65 / 113
第6夜 夢みる羊
第13話 もたらしたもの
しおりを挟む
「わぁぁぁ!? どうしよう死んじゃったぁぁぁ!!」
「うぇぇぇ!? まりまり死なないでぇぇぇ!!」
『死んどらんわ!? 不吉なこと言うな!!』
気絶してしまった緋鞠を見て大騒ぎになる愛良たちを、ほかの生徒たちが見かねてそれぞれ動き始める。保健の先生を呼んでくる者、怪我をした生徒の手当てを手伝う者。はては羊の整頓まで。全員ではないものの、皆で協力して行う姿がちらほらとみられた。
(少しは効果があったようだな)
少し離れた場所で、大雅は朧月に寄りかかりながらそれらを見ていた。少々強引ではあったが、生徒たちの壁を少しは取り払えたのならば僥倖である。
「……で、なに?」
ちらりと横に視線を向けた。そこには、いまだに銃口を大雅に向けたままの瑠衣がいた。撃つ気はあるが、さきほど言っていた従者が気になるのだろう。さっきまでの気迫がない。
「あなたがやると言ったんだろう?」
「もうチャイムが鳴ったからおわり~」
「はあ!?」
「残念でした、また……来てほしくねぇなぁ」
立ち去ろうとする大雅に、なおも瑠衣は食い下がる。全員の目がなくなったわけではない。今も、蓮条側の生徒がこちらを見ている。ここで引き下がることは、蓮条としての名が許さなかった。
「ふざけるな! 逃げるつも……」
しかし、言葉の続きを発することができなかった。大雅の手にはすでに封月はなく、五メートルほどの距離があるはずなのに。喉元に刃先が突きつけられているかのような緊張感がある。
「なに勘違いしてんだ」
いつも緩みきった瞳は、怒りを帯びて鋭い眼光を放つ。その気迫に、瑠衣は気圧され重月を下ろした。
「俺はおまえが自分の大事なものを守るために武器を手にした。だから応えただけだ。ただの喧嘩ならやらない」
そして、瑠衣の手にある重月を指指す。
「その力は何のためにあるのか、それを見誤るな」
そういって、さっさとその場を立ち去った。瑠衣は悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめる。
昔、誰かにも同じ事を言われたことがあった。最初から、生まれたときからそこにあったもの。
──その力は、何のためにあるの?
「……そんなの、僕が知るわけないだろう」
こんな厄介なだけの、力の意味なんか。
~◇~
夕日が燃えるように、学園全体を照らしていた。
保健室の窓から光が差し込み、眠っていた緋鞠の顔を照らす。
「眩しい……」
「──なんで起きねぇんだよ」
光から逃げるように毛布を引っ張って潜り込むと、毛布を剥ぎ取られ、頬に冷たいものが押しつけられた。
「ひゃっ!? つめたっ!?」
覚醒した身体を起こすと、大雅が缶ジュースを手に緋鞠を見下ろしていた。
「おまえ寝すぎ。もう今日のカリキュラム全部終わったぞ」
「え!? ていうか、私なんで寝てたの!?」
「霊力を酷使したからだとさ。まあ、簡単にいうと過労だな」
その場でプルトップを開けられた缶ジュースを突き出される。
(珍しく気が利くなぁ。どういう風の吹き回しだろ)
一応礼を言って受けとり、ひと口飲んだ緋鞠は危うく吹き出しかけた。
青汁のような青臭さと、レモンをこれでもかというほど入れたような強烈な味。そして、そこに強炭酸。
「げっほごっほ……! こここれなに!?」
「霊力回復スタミナジュース」
「うえええ、さすがにまっずぅぅぅ……」
缶は青と黄色のゴテゴテしたロゴで彩られており、星に顔が描かれたマスコットキャラクターが青い葉を持っている。吹き出しには「元気になってね!」の文字。
元気になるどころか、お花畑が見えたわ。作った人、ちゃんと味見した?
食の好き嫌いがない緋鞠にとっても、これはかなりの衝撃である。思わず生産会社名を探しながら、一番の疑問を大雅にぶつけた。
「これ売れるの?」
「知らね。そこの冷蔵庫に入ってたから」
「飲んだことないのに渡したの!?」
「見るからにまずそうだから、おまえで試してみた」
「ひっどい!! サイアク~!」
勝ち誇ったようなムカつく顔をする大雅に、緋鞠がふんすふんすと憤っていると、がらっと部屋の扉が開いた。
「夜霧先生。生徒は目覚めまし……」
理知的なメガネをかけた女性──おそらく女医であろう女性は二人を見て、冷ややかな笑顔と青筋を浮かべる。その表情を見て、大雅はさぁっと顔を青ざめさせた。
「夜霧先生。その子は過労で安静が必要だと説明したはずですが?」
「いやいやいや、霊力回復薬を飲ませてやっただけだから!」
「それ、私の私物。しかも、試作品です。勝手に飲ませたんですか? 馬鹿ですか? 阿保ですか? ああ、昔から馬鹿ですね。失礼しました」
つかつかと靴を鳴らして歩み寄った女医は、いきなり大雅の頭を鷲掴みにした。ミシミシと頭蓋骨を絞まるいい音が聞こえてくる。
「いでででで」
「うっとうしいから少し寝てなさい」
大雅を鮮やかな手刀で落とした女医は、透明感のある薄緑色の切れ長な瞳を、緋鞠に向ける。
観察するような、計るような視線が恐ろしい。思わず逃げようと後ずさると肩を掴まれた。そうして冷たい指が首筋をつぅと撫でられる。何をされるのか。思わずぎゅっと目をつぶって警戒してしまう。
「血圧百八の六十八、脈拍八十五ですか。少し早いですね、緊張してます?」
こくこくと必死に頷く緋鞠を見て、女医は手を離す。ベッドの端に腰かけると、すらりとした長い足を組んだ。
「先程よりも顔の赤みがありますし、霊力も平均値まで回復したようですね。今日はもう帰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。え、と、先生のお名前は?」
「伯東柚羅といいます」
「一年の神野緋鞠です。今日は休ませていただいて、ありがとうございました」
「はい。神野さんは霊力を枯渇させてしまう癖があるようなので、気をつけてくださいね」
微笑みは聖母のように美しい。だが、次の瞬間には阿修羅のような表情で大雅を足蹴にした。
「ほら、貴方も帰りなさい。どうせ住んでる場所同じなんだから。ちゃんと送ってあげなさいよ」
「あんたのせいで転がってんだけど……」
「ああ?」
「すんませんなんでもないっすちゃんと連れて帰るっす」
早口でそんなことを捲し立てる。それに満足したのか柚羅は頷くと、きれいな笑顔で見送った。
「うぇぇぇ!? まりまり死なないでぇぇぇ!!」
『死んどらんわ!? 不吉なこと言うな!!』
気絶してしまった緋鞠を見て大騒ぎになる愛良たちを、ほかの生徒たちが見かねてそれぞれ動き始める。保健の先生を呼んでくる者、怪我をした生徒の手当てを手伝う者。はては羊の整頓まで。全員ではないものの、皆で協力して行う姿がちらほらとみられた。
(少しは効果があったようだな)
少し離れた場所で、大雅は朧月に寄りかかりながらそれらを見ていた。少々強引ではあったが、生徒たちの壁を少しは取り払えたのならば僥倖である。
「……で、なに?」
ちらりと横に視線を向けた。そこには、いまだに銃口を大雅に向けたままの瑠衣がいた。撃つ気はあるが、さきほど言っていた従者が気になるのだろう。さっきまでの気迫がない。
「あなたがやると言ったんだろう?」
「もうチャイムが鳴ったからおわり~」
「はあ!?」
「残念でした、また……来てほしくねぇなぁ」
立ち去ろうとする大雅に、なおも瑠衣は食い下がる。全員の目がなくなったわけではない。今も、蓮条側の生徒がこちらを見ている。ここで引き下がることは、蓮条としての名が許さなかった。
「ふざけるな! 逃げるつも……」
しかし、言葉の続きを発することができなかった。大雅の手にはすでに封月はなく、五メートルほどの距離があるはずなのに。喉元に刃先が突きつけられているかのような緊張感がある。
「なに勘違いしてんだ」
いつも緩みきった瞳は、怒りを帯びて鋭い眼光を放つ。その気迫に、瑠衣は気圧され重月を下ろした。
「俺はおまえが自分の大事なものを守るために武器を手にした。だから応えただけだ。ただの喧嘩ならやらない」
そして、瑠衣の手にある重月を指指す。
「その力は何のためにあるのか、それを見誤るな」
そういって、さっさとその場を立ち去った。瑠衣は悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめる。
昔、誰かにも同じ事を言われたことがあった。最初から、生まれたときからそこにあったもの。
──その力は、何のためにあるの?
「……そんなの、僕が知るわけないだろう」
こんな厄介なだけの、力の意味なんか。
~◇~
夕日が燃えるように、学園全体を照らしていた。
保健室の窓から光が差し込み、眠っていた緋鞠の顔を照らす。
「眩しい……」
「──なんで起きねぇんだよ」
光から逃げるように毛布を引っ張って潜り込むと、毛布を剥ぎ取られ、頬に冷たいものが押しつけられた。
「ひゃっ!? つめたっ!?」
覚醒した身体を起こすと、大雅が缶ジュースを手に緋鞠を見下ろしていた。
「おまえ寝すぎ。もう今日のカリキュラム全部終わったぞ」
「え!? ていうか、私なんで寝てたの!?」
「霊力を酷使したからだとさ。まあ、簡単にいうと過労だな」
その場でプルトップを開けられた缶ジュースを突き出される。
(珍しく気が利くなぁ。どういう風の吹き回しだろ)
一応礼を言って受けとり、ひと口飲んだ緋鞠は危うく吹き出しかけた。
青汁のような青臭さと、レモンをこれでもかというほど入れたような強烈な味。そして、そこに強炭酸。
「げっほごっほ……! こここれなに!?」
「霊力回復スタミナジュース」
「うえええ、さすがにまっずぅぅぅ……」
缶は青と黄色のゴテゴテしたロゴで彩られており、星に顔が描かれたマスコットキャラクターが青い葉を持っている。吹き出しには「元気になってね!」の文字。
元気になるどころか、お花畑が見えたわ。作った人、ちゃんと味見した?
食の好き嫌いがない緋鞠にとっても、これはかなりの衝撃である。思わず生産会社名を探しながら、一番の疑問を大雅にぶつけた。
「これ売れるの?」
「知らね。そこの冷蔵庫に入ってたから」
「飲んだことないのに渡したの!?」
「見るからにまずそうだから、おまえで試してみた」
「ひっどい!! サイアク~!」
勝ち誇ったようなムカつく顔をする大雅に、緋鞠がふんすふんすと憤っていると、がらっと部屋の扉が開いた。
「夜霧先生。生徒は目覚めまし……」
理知的なメガネをかけた女性──おそらく女医であろう女性は二人を見て、冷ややかな笑顔と青筋を浮かべる。その表情を見て、大雅はさぁっと顔を青ざめさせた。
「夜霧先生。その子は過労で安静が必要だと説明したはずですが?」
「いやいやいや、霊力回復薬を飲ませてやっただけだから!」
「それ、私の私物。しかも、試作品です。勝手に飲ませたんですか? 馬鹿ですか? 阿保ですか? ああ、昔から馬鹿ですね。失礼しました」
つかつかと靴を鳴らして歩み寄った女医は、いきなり大雅の頭を鷲掴みにした。ミシミシと頭蓋骨を絞まるいい音が聞こえてくる。
「いでででで」
「うっとうしいから少し寝てなさい」
大雅を鮮やかな手刀で落とした女医は、透明感のある薄緑色の切れ長な瞳を、緋鞠に向ける。
観察するような、計るような視線が恐ろしい。思わず逃げようと後ずさると肩を掴まれた。そうして冷たい指が首筋をつぅと撫でられる。何をされるのか。思わずぎゅっと目をつぶって警戒してしまう。
「血圧百八の六十八、脈拍八十五ですか。少し早いですね、緊張してます?」
こくこくと必死に頷く緋鞠を見て、女医は手を離す。ベッドの端に腰かけると、すらりとした長い足を組んだ。
「先程よりも顔の赤みがありますし、霊力も平均値まで回復したようですね。今日はもう帰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。え、と、先生のお名前は?」
「伯東柚羅といいます」
「一年の神野緋鞠です。今日は休ませていただいて、ありがとうございました」
「はい。神野さんは霊力を枯渇させてしまう癖があるようなので、気をつけてくださいね」
微笑みは聖母のように美しい。だが、次の瞬間には阿修羅のような表情で大雅を足蹴にした。
「ほら、貴方も帰りなさい。どうせ住んでる場所同じなんだから。ちゃんと送ってあげなさいよ」
「あんたのせいで転がってんだけど……」
「ああ?」
「すんませんなんでもないっすちゃんと連れて帰るっす」
早口でそんなことを捲し立てる。それに満足したのか柚羅は頷くと、きれいな笑顔で見送った。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる