迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第7夜 忘却の地下牢

第18話 消えない傷痕

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 大雅は予想外の事態に、前髪をぐしゃぐしゃにした。その表情には悔しげな苦悶の色が浮かんでいた。
 そんなに難しい問題じゃなかったはずだ。
 それなのに、結果的に部下を総動員してしまった挙げ句、危険な目に合わせた。

「くそっ!」

 自分の力不足だ。
 澪の手を振り払い、立ち上がる。流れる血を乱暴に拭い去り、式神に血で『返』と書き込んだ。手を離すと、ふわりと浮き上がる。

「零! すぐにこの式神が案内する場所に行け」
「りょ」

 零はいつもと打って変わった真面目な表情で走り出す。風のような速さで、その姿は見えなくなる。
 隊のなかでもトップスピードを誇り、澪に医療知識も授けられている。助けになるだろう。

 あとは──。

 霊符の壁の前に立つ。
 先ほどと全く変わらない、強い霊力反応。時間が経っても変わらない霊力量に、少々驚きを隠せない。だが、時間がかかればかかるほと、二人の命がさらに危険にさらされる。

「澪、速攻で片付けるぞ」
「だね」

 澪は再び扇を構えると、先ほどと同じ演舞を舞う。演奏が無くとも、正確にリズムを取り続けた。扇を閉じ、下駄を鳴らすと、同様に火の鳥が現れる。

迦楼羅かるら、霊符ごと風を焼いて緋鞠までの道を作りな!」

 ──キィィ!

 返事をするように高く鳴き声を上げ、炎を撒き散らした。命令通り、先ほどより威力が弱い炎で霊符を燃やし出す。ぼろぼろになっていく霊符のなかから見えたのは、さっきよりも弱まった風の壁。
   これなら、すぐにでも近づけそうだ。
 澪は懐から一枚の霊符を取り出す。複雑な象形や文字が描かれた霊符。

 あとは、これを貼り付けるだけ──。

 虚ろな瞳の緋鞠の姿が見え、気の毒さを感じた。ぐっと色好い唇を引き結んで、誓いを込めるように霊力を流し込んだ。

 その瞬間、 突然風力が増した。霊符が吹き飛ばされないように気をつけて、顔を腕で庇う。ざらざらした砂がぶつかってきて、まったく前が見えない。

「なっ……んだいこりゃあ!」
「おい、さっきより悪くなってんぞ!」
「はあ!? どうして……!」

 迦楼羅も吹き飛ばされそうになり、これ以上近づけないじゃない。
 何が原因だ? 何が──。
 霊符が焼失し、風のなかが僅かに見えた。すると、緋鞠は蹲って耳を塞いでいた。

(意識が戻ったのか!?)

 なら、呼び掛ければどうにかできるかもしれない。

「おい、神野!」

 しかし、風が声さえも掻き消し、すぐに聞こえなくなる。いくら呼び掛けても、まったくこちらを向かない。それどころか、さらに小さく縮こまってしまう。
 やはり、風をどうにかしなければならない。

「澪! まだどうにかできないのか!」
「やろうとしてるさ! でも、迦楼羅を近づければ近づけるほど、風が強くなる!」
「なら迦楼羅以外召喚しろよ!」
「これしか装備持ってきてないんだよ!」

 このままでは拉致があかない。大雅は澪から霊符を奪った。

「じゃあ下がれ! 俺がやる!」
「あっ! ちょ、大雅!?」

 迦楼羅と入れ違いで前に出る。思ったよりも、風が強い。後ろから重力で引っ張られているように体が重く、なかなか前に進まない。

「くそっ、朧月!」

 大雅の周りを囲むように霧が立ち込める。普通の霧ならすぐに掻き消されるところだが、封月の能力で作った刃の霧だ。簡単に消えることはない。

(けど、やっぱきついな……!)

 女との闘いで霊力を減らしすぎた。これでは目の前の風を捌くので精一杯だった。しかし、ここで負けるわけにはいかない。
 左手を握りしめ、封月が紅く光る。今できる最大値で風を抑える。刀を低く構え、回転させるように抜き払った。

「下弦の三・渦霧うずぎり

 円を描くように、目の前の風が切り取られる。小さな渦巻いた風が流されていった。薄くなった壁に、間髪いれず刀を捩じ込む。
 刀の先が貫通したが、それ以上押し込むこともできない。大雅は僅かにできた隙間から呼び掛ける。

「神野! 聞こえてねぇのか! 神野!」

 そのとき、僅かにできた隙間から彼女の姿が先ほどよりもよく見えた。耳を抑えてばかりいると思った手、それは首を抑えている。

 確か、あそこは──。

 昨日、保健室に運ばれた緋鞠に付き添って保健室に行ったときだった。

「最近の子は無茶するわね。まったく、少しくらい手抜きを覚えてもいいのに」

   柚羅はため息をこぼし、そう呟くと緋鞠の上着を脱がせる。そのとき、ピタリと手を止めた。

「え?」
「ん? なんかあったか?」

 後ろから覗き込んで見えたものに、大雅は言葉を失った。
   左側の首から鎖骨にかけて伸び、痣のような赤い痕。それは蜘蛛の巣のような模様を描き、薄く盛り上がっていた。表面の傷は塞がっていても、一生消えることはないだろう。

   ──酷い、火傷の痕だった。
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