89 / 113
第8夜 心休める時
第4話 寂しさと驚きと
しおりを挟む
きっと大人は馬鹿にするであろう願いを信じて、結んだ約束。たぶん、あの子も欲しかったのだろう、一緒に信じてくれる人が。
それでもよかった。あのときの私は、あまりにも兄を頼りにしすぎて、一人じゃなにもできなくて……。
きっと、誰にも必要とされない、誰にもみつけてもらえない。そう思って、怖かった。それこそ、世界すべてに否定されるんじゃないかってくらい。
だから、一緒に探そうって。一緒に鬼狩りになろうって言われたときに、嬉しかった。まるで居場所をくれて、一緒にいるよって言われたみたいで。
「嬉しかったんだ……」
緋鞠は、はにかむように笑うと、折り鶴から少し離れる。
けれど、ここまで鬼狩りが過酷だと思わなかった。それこそ、正義の味方ぐらいにしか思ってなかったのが正直なところ。だから、少し思ってしまう。
少年が鬼狩りになっていてほしくないな、と。
傷ついてほしくない。怖い目にあってほしくない。けど──。
「会いたいな……」
胸のうちからこぼれ落ちた本心。小さく呟くと、突然折り鶴ががさがさと激しく動く。
どうしたのだろう。
「どうし……あれ?」
折り鶴へと伸ばした手に、水滴が落ちてきた。雨とは違う、温かい雫。自身の頬に触れると、それは自分の流した涙だった。
「なんで、私……」
拭っても、あふれでてくる涙に焦りの方が大きくなる。折り鶴は小さな体でティッシュを引きずってきたり、頭を撫でるように飛び回る。
「ごめんね、ごめん! 何でもないの……!」
今日はなんだか泣いてばかりな気がする。地下牢で目が覚めたとき、まったく体に力が入らなくて、わけもわからず泣いてしまったし。
そういえば、澪には言わなかったけれど、温かい手が気遣うように撫でてくれていたのは覚えていた。だからだろうか、なんだか寂しく思ってしまうのは。
頑張って止めようと目を擦るたび、どんどん涙が溢れていった。
──ガタンッ!
「!?」
突然、なにか崩れたかのような音が聞こえた。驚いて、襖の方を見る。緋鞠は折り鶴と顔を見合わせると、そっと襖に近づいた。
さっきの音で驚いた拍子に、ぱったりと涙は止まっていた。
ゆっくりと、静かに襖を開ける。廊下の向かい側に、もう一つ部屋があるようだった。この部屋から聞こえてきた気がする。
フローリングの床が小さく軋む音が響き、一旦部屋の前で止まった。
ふぅと息を整えて──。
「失礼しまーす……」
そぉーっと、襖をゆっくりと開いた。なかは薄暗くてよく見えないが、ベッド一つにキャビネットといったシンプルな部屋。緋鞠が使っている部屋と同じ造りだった。おそらく、病室だろう。
「明かりないかな?」
すると、折り鶴がまっすぐ飛んでいき、壁に備えられた小さな明かりをつけてくれる。オレンジ色の薄暗い光が、部屋のなかを照らしてくれた。
ぐるりと部屋のなかを見回すけれど、パッと見た限り変わったところはない。
もしかしたら何か妖怪が入り込んだのかと思ったが、その様子もなさそうだ。
(だとしたら、何か物が落ちたとか?)
一応、ベッド横も見ておこう。
そう思い、ベッド横を覗き込んだ。明かりの当たらない、黒い影しか見えない。と、思いきや──。
ごそごそと、何かが蠢く音がする。
「……へ?」
ガタゴトと壁にぶつかりながら、まるで芋虫のようなシルエットがだんだんと浮かび上がってくる。その得たいの知れない生き物か、妖怪かにだんだん恐怖を覚え、後退りする。びたっと壁にぶつかり、逃げ場がない。
「ひ、ひいぃぃやぁぁああ!?」
現れたのは──。
~◇~
蔵の地下にある蔵書室。床から天井まで本で埋め尽くされていた。その奥の蔵書に囲まれた一画、机に椅子の小さな読書スペースがあった。
小さな燈籠の灯り一つを頼りに、澪は積まれた本を片っ端から捲っていく。紐で綴じられた和装本を捲る音が響き渡り、やがてあった本の塔は横に移動していった。そして最後の本を手にとり、パラパラと扇状に中身を確認すると、パタリと閉じた。
「……ないねぇ」
ふぅと息を吐いて、頬杖をつく。
昼間、無理な呪術の使用で翼は瀕死の状態となっていた。呼吸が浅く、心音は弱まり、青ざめていたそうだ。外傷はなく、石畳は血で染まっていた。おそらく肺の損傷に伴った吐血の症状だろう。零の報告から見て、失血の量もそこそこ多い。
澪が駆けつけたときには、京奈はぼろぼろに泣いていて、零も珍しく暗い表情をしていた。だから、本当に驚いた。
『と、突然ね、ぴゃーってなって、パァァァって。それでしゅわわわわってなったの……! そしたら、そしたら……!』
『姐さん、いつの間にスゴイの開発してたンですカィ?』
『はあ!? なんの話だい! それより翼は!?』
二人を押し退けるようにして見えた光景に、目を疑った。
「……まさか、きれいに治っちまってるとはねぇ」
そこにいたのは、不思議そうな顔をして座り込む翼の姿だった。
それでもよかった。あのときの私は、あまりにも兄を頼りにしすぎて、一人じゃなにもできなくて……。
きっと、誰にも必要とされない、誰にもみつけてもらえない。そう思って、怖かった。それこそ、世界すべてに否定されるんじゃないかってくらい。
だから、一緒に探そうって。一緒に鬼狩りになろうって言われたときに、嬉しかった。まるで居場所をくれて、一緒にいるよって言われたみたいで。
「嬉しかったんだ……」
緋鞠は、はにかむように笑うと、折り鶴から少し離れる。
けれど、ここまで鬼狩りが過酷だと思わなかった。それこそ、正義の味方ぐらいにしか思ってなかったのが正直なところ。だから、少し思ってしまう。
少年が鬼狩りになっていてほしくないな、と。
傷ついてほしくない。怖い目にあってほしくない。けど──。
「会いたいな……」
胸のうちからこぼれ落ちた本心。小さく呟くと、突然折り鶴ががさがさと激しく動く。
どうしたのだろう。
「どうし……あれ?」
折り鶴へと伸ばした手に、水滴が落ちてきた。雨とは違う、温かい雫。自身の頬に触れると、それは自分の流した涙だった。
「なんで、私……」
拭っても、あふれでてくる涙に焦りの方が大きくなる。折り鶴は小さな体でティッシュを引きずってきたり、頭を撫でるように飛び回る。
「ごめんね、ごめん! 何でもないの……!」
今日はなんだか泣いてばかりな気がする。地下牢で目が覚めたとき、まったく体に力が入らなくて、わけもわからず泣いてしまったし。
そういえば、澪には言わなかったけれど、温かい手が気遣うように撫でてくれていたのは覚えていた。だからだろうか、なんだか寂しく思ってしまうのは。
頑張って止めようと目を擦るたび、どんどん涙が溢れていった。
──ガタンッ!
「!?」
突然、なにか崩れたかのような音が聞こえた。驚いて、襖の方を見る。緋鞠は折り鶴と顔を見合わせると、そっと襖に近づいた。
さっきの音で驚いた拍子に、ぱったりと涙は止まっていた。
ゆっくりと、静かに襖を開ける。廊下の向かい側に、もう一つ部屋があるようだった。この部屋から聞こえてきた気がする。
フローリングの床が小さく軋む音が響き、一旦部屋の前で止まった。
ふぅと息を整えて──。
「失礼しまーす……」
そぉーっと、襖をゆっくりと開いた。なかは薄暗くてよく見えないが、ベッド一つにキャビネットといったシンプルな部屋。緋鞠が使っている部屋と同じ造りだった。おそらく、病室だろう。
「明かりないかな?」
すると、折り鶴がまっすぐ飛んでいき、壁に備えられた小さな明かりをつけてくれる。オレンジ色の薄暗い光が、部屋のなかを照らしてくれた。
ぐるりと部屋のなかを見回すけれど、パッと見た限り変わったところはない。
もしかしたら何か妖怪が入り込んだのかと思ったが、その様子もなさそうだ。
(だとしたら、何か物が落ちたとか?)
一応、ベッド横も見ておこう。
そう思い、ベッド横を覗き込んだ。明かりの当たらない、黒い影しか見えない。と、思いきや──。
ごそごそと、何かが蠢く音がする。
「……へ?」
ガタゴトと壁にぶつかりながら、まるで芋虫のようなシルエットがだんだんと浮かび上がってくる。その得たいの知れない生き物か、妖怪かにだんだん恐怖を覚え、後退りする。びたっと壁にぶつかり、逃げ場がない。
「ひ、ひいぃぃやぁぁああ!?」
現れたのは──。
~◇~
蔵の地下にある蔵書室。床から天井まで本で埋め尽くされていた。その奥の蔵書に囲まれた一画、机に椅子の小さな読書スペースがあった。
小さな燈籠の灯り一つを頼りに、澪は積まれた本を片っ端から捲っていく。紐で綴じられた和装本を捲る音が響き渡り、やがてあった本の塔は横に移動していった。そして最後の本を手にとり、パラパラと扇状に中身を確認すると、パタリと閉じた。
「……ないねぇ」
ふぅと息を吐いて、頬杖をつく。
昼間、無理な呪術の使用で翼は瀕死の状態となっていた。呼吸が浅く、心音は弱まり、青ざめていたそうだ。外傷はなく、石畳は血で染まっていた。おそらく肺の損傷に伴った吐血の症状だろう。零の報告から見て、失血の量もそこそこ多い。
澪が駆けつけたときには、京奈はぼろぼろに泣いていて、零も珍しく暗い表情をしていた。だから、本当に驚いた。
『と、突然ね、ぴゃーってなって、パァァァって。それでしゅわわわわってなったの……! そしたら、そしたら……!』
『姐さん、いつの間にスゴイの開発してたンですカィ?』
『はあ!? なんの話だい! それより翼は!?』
二人を押し退けるようにして見えた光景に、目を疑った。
「……まさか、きれいに治っちまってるとはねぇ」
そこにいたのは、不思議そうな顔をして座り込む翼の姿だった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる