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第10夜 模擬試験(後編)
第2話 刺客
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爆発音と、爆風のように強く熱い風。それが過ぎ去ったあとに残ったのは、無残に焼けた木々のあと。それと、倒れた三人の同級生と一匹の妖怪。
生きているのか、死んでいるのか。
しかし、あれだけの鬼晶石の爆風を受けて生きているはずがない。
(だけど、確実に殺さなければ──)
懐から取り出した苦内を握りしめ、ターゲットにゆっくりと近づいていった。
『あなたが誰の暗殺を命じられていようと、関係ない。ただ、私が行う工作を利用するというのであれば、お好きにどうぞ』
主から紹介された、暗殺者の女。しかし、指定の場所に行っても姿は見えず、現れたのは女の冷淡な声のみ。
女はろくな助言もなく、ただ邪魔はするなというように、無言の牽制と爆風を無効化する霊符を残して去っていった。
女の工作は絶大な効果を発揮した。これならいくら素人の学生でも、確実に仕留められるだろう。従うべき、仕えるべき相手へ裏切るための、明確な敵意を刃に込める。それでも震える手を握りしめ、苦内を大きく振りかざした。
「やっぱり、君が刺客だね」
「!?」
ばっと振り返り、マントが翻った。顔を覆い隠すためのそれは、はらりと落ちる。見えなかった剣筋がフードの先を斬り払ったのだ。
腰を抜かし、座り込んだ暗殺者の少年はガタガタと震え、その名を呼んだ。
「な、なんで……剱崎!」
来栖は薄緑色の瞳を細めると、口元に笑みを浮かべた。その手には、両刃に変わった装飾の施された剣が握られている。
「仮にも、元主に向かって呼び捨てはないんじゃないかな? まぁ今となってはどうでもいいけど」
「じゃあそこにある死体は!?」
倒れていた三人と一匹の姿は消え、代わりに落ちていたのは札だった。
「式神!?」
感じた気配は人間そのものだった。血で汚れ、息が絶え絶えの姿が偽物であったなんて信じられなかった。
草を踏む音に視線を向けると、翼が札を拾い上げた。その姿には傷がひとつもない。碧の瞳と目が合い、その少年は恐れおののくように、ひっと声をあげる。
「三國君、協力してくれてありがとう」
「貸しひとつな」
「ま、まさか手を組んでいたのか!?」
二人は顔を見合わせると、吹き出すように笑いだした。しかし、その笑顔には楽しげな雰囲気など微塵もない。悪魔のような笑いに、少年はぞっと背筋を凍らせる。
「僕らが手を組む? 面白い冗談だね」
「バッカじゃねぇの? おい、本当にこんなやつ部下に加えてたのか? 見る目がないな」
「仕方なくだよ。厄介な人間を派遣されても面倒でね。でも……」
切っ先が顎に添えられ、そのまま上を向かせられる。
「ここまで間抜けだと、憐れだね」
その瞳に宿る静かなる殺気に、少年は逃げられないことを悟らされる。力なく項垂れ、戦意を失ったようだった。
刺客について知らされたのは、試験が始まって少し経った後。緋鞠が袖から霊符を取り出すと、ポトリとなにかが落ちる。
『あれ? なにこれ』
それは、四つ折りに畳まれた小さなメモ書きが一枚。しかし、緋鞠がいくら開けようとしても開かない。
『なんで開かないの!?』
『おい、そんなの後に……』
翼が覗き込むと、真ん中に翼のような羽のマークが刻印されていた。
『おい、それおまえのか?』
『ううん、違うよ。知らないうちに入ってたみたい』
『そうか』
そういって、緋鞠の手から取り上げる。
『あ、なんで持ってっちゃうの!』
『気が散るなら預かってやる』
そのままぎゃーぎゃー騒ぐ緋鞠を放置して、刻印に触れた。すると、霊力を吸い取り、花開くようにゆっくりと開いた。そこに書いてあったのが、翼に本人そっくりの式神を作って欲しいというものだったのだ。
まったく協力するつもりなんて微塵もなかったが、その場面に出くわしてしまったため。本当に仕方なく手を貸した。
なのに手を組んだなど、本当に笑わせてくれる。思い出し笑いしそうなのを堪えていると、来栖が近づいてくる。どうやら少年は木にくくりつけてきたらしい。
「俺に用があるなら、あいつを通すな」
「神野さんを通さないと、話が伝わらないじゃないか」
「そうだとしても、藤林に抱きつかせてとか、性格悪いぞ」
「それはたんに湊士が彼女を気に入ってるからだけど」
その言葉に、翼はピシッと固まる。それを見て、来栖は目を見張った。
「……あっそ」
翼は目を逸らして小さく舌打ちをした。なんだかムカムカして、気分が悪かった。眉間にシワが寄り、口をへの字に曲がる。そこで、理由がわかった。
(そうだ、いいように利用されたからムカつくだけだ。絶対そうだ)
一人納得していると、木の後ろからひょっこりと琴音と銀狼が顔を覗かせた。
「あの……もう出てきていいですか?」
「ああ、もう終わった」
『ならさっさと呼ばんか! こっちは心配なのに、じっと黙ってたんだぞ! まったく……』
そう文句を言い、銀狼は契約印に意識を集中させた。そのとき、どす黒い殺気が足元の影に渦巻いた。
「! 逃げろ!!」
気づいたときには遅かった。地中から黒い塊が突き上げる。ちょうど真下にいた琴音と銀狼が巻き込まれた。
「花咲! 銀狼!」
銀狼はすぐに体を大きく変化させると、琴音の上着を引っ張りあげ背に乗せる。琴音は片手で鬣に掴まり、もう片方の手で弦月を具現化させた。
「大丈夫です! 銀狼さん、このまま空にとどまれますか?」
『任せろ』
無事な姿を確認し、翼も戦闘態勢に入る。
ざっと見回すだけで、十、二十……影からどんどん増えていく。
(まずいな……一人ならどうにかなるが、周りを気にしながらだと効率が下がる)
小さな小鬼から猪、犬など階級が上のものまで見える。このまま経験のない奴等を、連れて闘うには部が悪い。しかし、退くにしてもやはり数が多すぎる。
「わあああ!!」
突然悲鳴が聞こえ、見ると来栖たちのほうに大きな影が見えた。木のように大きく、赤黒い鱗に細長い体──大蛇型の月鬼だ。
「巳の梅だと!?」
(なぜこんなところに!? 二年は何をやっている!!)
舌打ちしたいのを堪えて、すぐに駆け出した。来栖はそれをじっと見据え、剣を構えたまま動かない。
「そこから離れ──」
「おらああ!!」
突然、気合いの一声と共に、大蛇の頭が吹き飛んだ。弾丸のように跳んできた人影、それは先程緋鞠を連れ去った湊士だった。
「俺の主を見下ろしてんじゃねぇ!!」
──ということは。
すると、今度は鳥の月鬼が悲しげな声をあげ、地面に落ちる。ばっと顔を上げると、銀狼の背に仁王立ちした緋鞠が見えた。
肩に大きな筆を乗せ、黒く長い髪と袖を風にたなびかせている。
「琴音ちゃんに手は出させないんだから!!」
ふんっと胸を張る姿に、自然と口元が緩む。
二人の頼りになる戦力に、翼は選択を決めた。
「おまえら! こいつら全部狩るぞ!!」
「了解!!」
全員の声が揃い、月鬼の討伐が始まった。
生きているのか、死んでいるのか。
しかし、あれだけの鬼晶石の爆風を受けて生きているはずがない。
(だけど、確実に殺さなければ──)
懐から取り出した苦内を握りしめ、ターゲットにゆっくりと近づいていった。
『あなたが誰の暗殺を命じられていようと、関係ない。ただ、私が行う工作を利用するというのであれば、お好きにどうぞ』
主から紹介された、暗殺者の女。しかし、指定の場所に行っても姿は見えず、現れたのは女の冷淡な声のみ。
女はろくな助言もなく、ただ邪魔はするなというように、無言の牽制と爆風を無効化する霊符を残して去っていった。
女の工作は絶大な効果を発揮した。これならいくら素人の学生でも、確実に仕留められるだろう。従うべき、仕えるべき相手へ裏切るための、明確な敵意を刃に込める。それでも震える手を握りしめ、苦内を大きく振りかざした。
「やっぱり、君が刺客だね」
「!?」
ばっと振り返り、マントが翻った。顔を覆い隠すためのそれは、はらりと落ちる。見えなかった剣筋がフードの先を斬り払ったのだ。
腰を抜かし、座り込んだ暗殺者の少年はガタガタと震え、その名を呼んだ。
「な、なんで……剱崎!」
来栖は薄緑色の瞳を細めると、口元に笑みを浮かべた。その手には、両刃に変わった装飾の施された剣が握られている。
「仮にも、元主に向かって呼び捨てはないんじゃないかな? まぁ今となってはどうでもいいけど」
「じゃあそこにある死体は!?」
倒れていた三人と一匹の姿は消え、代わりに落ちていたのは札だった。
「式神!?」
感じた気配は人間そのものだった。血で汚れ、息が絶え絶えの姿が偽物であったなんて信じられなかった。
草を踏む音に視線を向けると、翼が札を拾い上げた。その姿には傷がひとつもない。碧の瞳と目が合い、その少年は恐れおののくように、ひっと声をあげる。
「三國君、協力してくれてありがとう」
「貸しひとつな」
「ま、まさか手を組んでいたのか!?」
二人は顔を見合わせると、吹き出すように笑いだした。しかし、その笑顔には楽しげな雰囲気など微塵もない。悪魔のような笑いに、少年はぞっと背筋を凍らせる。
「僕らが手を組む? 面白い冗談だね」
「バッカじゃねぇの? おい、本当にこんなやつ部下に加えてたのか? 見る目がないな」
「仕方なくだよ。厄介な人間を派遣されても面倒でね。でも……」
切っ先が顎に添えられ、そのまま上を向かせられる。
「ここまで間抜けだと、憐れだね」
その瞳に宿る静かなる殺気に、少年は逃げられないことを悟らされる。力なく項垂れ、戦意を失ったようだった。
刺客について知らされたのは、試験が始まって少し経った後。緋鞠が袖から霊符を取り出すと、ポトリとなにかが落ちる。
『あれ? なにこれ』
それは、四つ折りに畳まれた小さなメモ書きが一枚。しかし、緋鞠がいくら開けようとしても開かない。
『なんで開かないの!?』
『おい、そんなの後に……』
翼が覗き込むと、真ん中に翼のような羽のマークが刻印されていた。
『おい、それおまえのか?』
『ううん、違うよ。知らないうちに入ってたみたい』
『そうか』
そういって、緋鞠の手から取り上げる。
『あ、なんで持ってっちゃうの!』
『気が散るなら預かってやる』
そのままぎゃーぎゃー騒ぐ緋鞠を放置して、刻印に触れた。すると、霊力を吸い取り、花開くようにゆっくりと開いた。そこに書いてあったのが、翼に本人そっくりの式神を作って欲しいというものだったのだ。
まったく協力するつもりなんて微塵もなかったが、その場面に出くわしてしまったため。本当に仕方なく手を貸した。
なのに手を組んだなど、本当に笑わせてくれる。思い出し笑いしそうなのを堪えていると、来栖が近づいてくる。どうやら少年は木にくくりつけてきたらしい。
「俺に用があるなら、あいつを通すな」
「神野さんを通さないと、話が伝わらないじゃないか」
「そうだとしても、藤林に抱きつかせてとか、性格悪いぞ」
「それはたんに湊士が彼女を気に入ってるからだけど」
その言葉に、翼はピシッと固まる。それを見て、来栖は目を見張った。
「……あっそ」
翼は目を逸らして小さく舌打ちをした。なんだかムカムカして、気分が悪かった。眉間にシワが寄り、口をへの字に曲がる。そこで、理由がわかった。
(そうだ、いいように利用されたからムカつくだけだ。絶対そうだ)
一人納得していると、木の後ろからひょっこりと琴音と銀狼が顔を覗かせた。
「あの……もう出てきていいですか?」
「ああ、もう終わった」
『ならさっさと呼ばんか! こっちは心配なのに、じっと黙ってたんだぞ! まったく……』
そう文句を言い、銀狼は契約印に意識を集中させた。そのとき、どす黒い殺気が足元の影に渦巻いた。
「! 逃げろ!!」
気づいたときには遅かった。地中から黒い塊が突き上げる。ちょうど真下にいた琴音と銀狼が巻き込まれた。
「花咲! 銀狼!」
銀狼はすぐに体を大きく変化させると、琴音の上着を引っ張りあげ背に乗せる。琴音は片手で鬣に掴まり、もう片方の手で弦月を具現化させた。
「大丈夫です! 銀狼さん、このまま空にとどまれますか?」
『任せろ』
無事な姿を確認し、翼も戦闘態勢に入る。
ざっと見回すだけで、十、二十……影からどんどん増えていく。
(まずいな……一人ならどうにかなるが、周りを気にしながらだと効率が下がる)
小さな小鬼から猪、犬など階級が上のものまで見える。このまま経験のない奴等を、連れて闘うには部が悪い。しかし、退くにしてもやはり数が多すぎる。
「わあああ!!」
突然悲鳴が聞こえ、見ると来栖たちのほうに大きな影が見えた。木のように大きく、赤黒い鱗に細長い体──大蛇型の月鬼だ。
「巳の梅だと!?」
(なぜこんなところに!? 二年は何をやっている!!)
舌打ちしたいのを堪えて、すぐに駆け出した。来栖はそれをじっと見据え、剣を構えたまま動かない。
「そこから離れ──」
「おらああ!!」
突然、気合いの一声と共に、大蛇の頭が吹き飛んだ。弾丸のように跳んできた人影、それは先程緋鞠を連れ去った湊士だった。
「俺の主を見下ろしてんじゃねぇ!!」
──ということは。
すると、今度は鳥の月鬼が悲しげな声をあげ、地面に落ちる。ばっと顔を上げると、銀狼の背に仁王立ちした緋鞠が見えた。
肩に大きな筆を乗せ、黒く長い髪と袖を風にたなびかせている。
「琴音ちゃんに手は出させないんだから!!」
ふんっと胸を張る姿に、自然と口元が緩む。
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