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第10夜 模擬試験(後編)
第3話 光明
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全身に纏わり付くように、冷たく柔らかな風が吹いている。緋鞠は遥か下に広がる光景に、顔をしかめた。
地面を埋め尽くす赤黒い光。ちりばめられた宝石のように輝くそれらすべて、月鬼だろう。小鬼からさまざまな動物の姿をしたものが駆け回り、飛び跳ね、緋鞠たちの命を狩り取ろうとしていた。
(こんなに、どこから集まってきたの?)
あまりの衝撃的な光景に、ぐっと息が詰まるような感覚に襲われる。
これを相手にどこまで闘えるだろう。そんな不安が脳裏を掠める。だけど、それを掻き消すよな力強い声が下から響いてきた。
「おまえら! こいつら全部狩るぞ!!」
翼の号令に、不安が一気に消え去る。その声には、出来るかなんて不安はなく。ただ、できると信じている強い思いが伝わった。
緋鞠はぐっと手に力を込めて、届くように腹の底から声を出した。
「了解!!」
この場にいる全員の声が合わさって、それは大きな力になる。
緋鞠は振り返ると、琴音に向かって声をかけた。銀狼と琴音をみつけたとき、真っ先に二人の元へ向かった。背に乗った琴音は不安そうに青ざめて、緋鞠の姿を見て少し目が潤んでいた。
だけど、今その桜色の瞳には不安なんて欠片もない。ただ、皆と同じ闘志の炎が静かに燃えていた。
「私は空から迎撃したいと思うのですが、銀狼さんをお借りしてもいいですか?」
その策が最善だろう。緋鞠は頷くと、頼りになる相棒にも声をかける。
「銀狼。琴音ちゃんをよろしくね」
『気をつけろよ』
「うん」
大丈夫。二人は私よりもずっと強い。空は任せる。だから私は──。
真っ暗な海に飛び込むように、緋鞠は銀狼の背から飛び降りた。琴音はそれを見届けると、空に向かって弓を引き絞る。
「下限のニ・篠津く雨」
矢先から桜色の陣が広がっていく。イメージを矢にのせて、手を離した。空から降り注ぐ数十本の矢は、空を羽ばたく鳥型の月鬼に次々と突き刺さる。
──ギィィ!
「あなたたちの相手は私です!」
『振り落とされるなよ!』
そうして、空では琴音と銀狼の戦闘が開始した。
緋鞠は空中に身を踊らせながら、目を閉じる。意識は沈んで、だんだん感覚が研ぎ澄まされていった。体の中をめぐる霊力は、川の流れのように行き先が決まっていて、一定。
(今回は数も多い、強さも未知数)
まだ連携だってできていない。戦闘においての不安は残ってる……でも。
『できないと困るって言われたのか?』
そう、言われてない。だから、最初から全力で──やれることをやるだけ。
木々の間に滑り込み、地面が見えたと同時に月姫を振るった。霊力が含まれた毒のインクに、月鬼の表面が焼ける。
つんざくように醜く響いた声を塗り潰すように。もう一度振るうと、ちょうど人一人が降り立てるぐらいの空間ができる。ぐるっと足を下に、トンっと軽く着地した。その隙を狙って、どっと月鬼が押し寄せる。だけど、それも想定通り。
「下限のニ・巴螺旋」
第一陣を退け、さらに術を重ね掛けする。
「下限の一・夢幻灯」
刀に変えた月姫で、剣舞を舞う。縦横無尽に、少しの隙間さえも許さないその舞いに、月鬼たちの存在できる空間はない。さらに、剣筋が糸のように空中に残り、紅い螺旋を描く。
宙に次々と描かれていき、道標のようにくっきりと刻まれている。がら空きとなったその空間に、小鬼が飛び込んだ。
──ギィー……ギィア!?
千切り焼け落ちる体、驚愕の声を上げて消えていく。この剣筋は霊力で描いたもの。月鬼が触れて平気なはずがない。
「はあ!」
緋鞠は気合いの一声と共に、さらに加速した。
離れた位置で槍を振るう翼も、心配もなく攻撃に専念できていた。
「下限の五・雷槍」
ドンッ! と空気を震わせ、一瞬で地面から突き上げる無数の雷。半径五メートルほどの周囲を穿ち、砕けた石はキラキラと空中に舞い散った。
引き続き目の前に立ち塞がる月鬼を凪ぎ払おうと颯月を振るう。そのとき、ドンッと軽く地面が揺れた。
「こっちもなかなかいるなぁ!」
その暑苦しさは──。
「手助けはいらないぞ、藤林」
先程まで来栖の周りで闘っていた湊士だった。おそらくそっちは終わったのだろう。背中合わせになるように立つ湊士に、鬱陶しそうな視線を投げ掛ける。しかし、湊士は気にせず、にかっと笑った。
「違う違う。ちょっと聞きたくてさ」
「なにが?」
お互いに目の前の敵をぶっ倒しつつ、話を続ける。
「緋鞠のこと。あいつめっちゃ速いよな」
視線を巡らせた先に、月鬼を蹴散らす緋鞠の姿があった。月鬼を突き、斬り裂き、吹き飛ばす様は凄まじい。
「おまえ、あれに合わせて闘えるか?」
「ああ?」
試すようなその声に、苛立ちを覚える。突っぱねるように声を荒げると、湊士はニヤリと口の端を吊り上げた。
「そっか、無理だよなー。そんな長い得物じゃ邪魔になるし、遅くなるよなー」
その物言いに、カチンっと怒りが沸き上がる。
(なんだそれ。自分はできるけど、おまえには無理みたいな)
イライラを槍に込めて、目の前に立ち塞がる群れを横に薙ぎ払う。自身の周りにいた月鬼までもきれいに倒され、湊士は口笛を吹いた。
「おー、やるな!」
「……な」
「ん?」
小さくて聞こえない。首を傾げて翼を見ると、ギロリと鋭い眼光で睨み付けられる。
「後悔させてやるからな」
そういうと、翼はふんっとそっぽを向いて緋鞠の方へと走り出した。残された湊士は、意味がわからず首を捻る。
「まぁ、やる気になったならいっか」
そのとき、あわわと顔を青ざめさせながら、和音は少し離れた場所で隠れつつ、闘いを見守っていた。
「うわぁ、今年の一年強っ! ……あれ?」
ちらりと人影が見えた気がした。だけど、いくら見回しても誰もいない。
(……気のせいかな?)
首を傾げつつ、視線を戻す。それよりも、やはり気になるのだ。
空から振る矢の雨、一匹も残すまいと振るわれる猛攻な剣と槍の乱舞。
その勇敢な戦いぶりに、目が離せないのだった。
地面を埋め尽くす赤黒い光。ちりばめられた宝石のように輝くそれらすべて、月鬼だろう。小鬼からさまざまな動物の姿をしたものが駆け回り、飛び跳ね、緋鞠たちの命を狩り取ろうとしていた。
(こんなに、どこから集まってきたの?)
あまりの衝撃的な光景に、ぐっと息が詰まるような感覚に襲われる。
これを相手にどこまで闘えるだろう。そんな不安が脳裏を掠める。だけど、それを掻き消すよな力強い声が下から響いてきた。
「おまえら! こいつら全部狩るぞ!!」
翼の号令に、不安が一気に消え去る。その声には、出来るかなんて不安はなく。ただ、できると信じている強い思いが伝わった。
緋鞠はぐっと手に力を込めて、届くように腹の底から声を出した。
「了解!!」
この場にいる全員の声が合わさって、それは大きな力になる。
緋鞠は振り返ると、琴音に向かって声をかけた。銀狼と琴音をみつけたとき、真っ先に二人の元へ向かった。背に乗った琴音は不安そうに青ざめて、緋鞠の姿を見て少し目が潤んでいた。
だけど、今その桜色の瞳には不安なんて欠片もない。ただ、皆と同じ闘志の炎が静かに燃えていた。
「私は空から迎撃したいと思うのですが、銀狼さんをお借りしてもいいですか?」
その策が最善だろう。緋鞠は頷くと、頼りになる相棒にも声をかける。
「銀狼。琴音ちゃんをよろしくね」
『気をつけろよ』
「うん」
大丈夫。二人は私よりもずっと強い。空は任せる。だから私は──。
真っ暗な海に飛び込むように、緋鞠は銀狼の背から飛び降りた。琴音はそれを見届けると、空に向かって弓を引き絞る。
「下限のニ・篠津く雨」
矢先から桜色の陣が広がっていく。イメージを矢にのせて、手を離した。空から降り注ぐ数十本の矢は、空を羽ばたく鳥型の月鬼に次々と突き刺さる。
──ギィィ!
「あなたたちの相手は私です!」
『振り落とされるなよ!』
そうして、空では琴音と銀狼の戦闘が開始した。
緋鞠は空中に身を踊らせながら、目を閉じる。意識は沈んで、だんだん感覚が研ぎ澄まされていった。体の中をめぐる霊力は、川の流れのように行き先が決まっていて、一定。
(今回は数も多い、強さも未知数)
まだ連携だってできていない。戦闘においての不安は残ってる……でも。
『できないと困るって言われたのか?』
そう、言われてない。だから、最初から全力で──やれることをやるだけ。
木々の間に滑り込み、地面が見えたと同時に月姫を振るった。霊力が含まれた毒のインクに、月鬼の表面が焼ける。
つんざくように醜く響いた声を塗り潰すように。もう一度振るうと、ちょうど人一人が降り立てるぐらいの空間ができる。ぐるっと足を下に、トンっと軽く着地した。その隙を狙って、どっと月鬼が押し寄せる。だけど、それも想定通り。
「下限のニ・巴螺旋」
第一陣を退け、さらに術を重ね掛けする。
「下限の一・夢幻灯」
刀に変えた月姫で、剣舞を舞う。縦横無尽に、少しの隙間さえも許さないその舞いに、月鬼たちの存在できる空間はない。さらに、剣筋が糸のように空中に残り、紅い螺旋を描く。
宙に次々と描かれていき、道標のようにくっきりと刻まれている。がら空きとなったその空間に、小鬼が飛び込んだ。
──ギィー……ギィア!?
千切り焼け落ちる体、驚愕の声を上げて消えていく。この剣筋は霊力で描いたもの。月鬼が触れて平気なはずがない。
「はあ!」
緋鞠は気合いの一声と共に、さらに加速した。
離れた位置で槍を振るう翼も、心配もなく攻撃に専念できていた。
「下限の五・雷槍」
ドンッ! と空気を震わせ、一瞬で地面から突き上げる無数の雷。半径五メートルほどの周囲を穿ち、砕けた石はキラキラと空中に舞い散った。
引き続き目の前に立ち塞がる月鬼を凪ぎ払おうと颯月を振るう。そのとき、ドンッと軽く地面が揺れた。
「こっちもなかなかいるなぁ!」
その暑苦しさは──。
「手助けはいらないぞ、藤林」
先程まで来栖の周りで闘っていた湊士だった。おそらくそっちは終わったのだろう。背中合わせになるように立つ湊士に、鬱陶しそうな視線を投げ掛ける。しかし、湊士は気にせず、にかっと笑った。
「違う違う。ちょっと聞きたくてさ」
「なにが?」
お互いに目の前の敵をぶっ倒しつつ、話を続ける。
「緋鞠のこと。あいつめっちゃ速いよな」
視線を巡らせた先に、月鬼を蹴散らす緋鞠の姿があった。月鬼を突き、斬り裂き、吹き飛ばす様は凄まじい。
「おまえ、あれに合わせて闘えるか?」
「ああ?」
試すようなその声に、苛立ちを覚える。突っぱねるように声を荒げると、湊士はニヤリと口の端を吊り上げた。
「そっか、無理だよなー。そんな長い得物じゃ邪魔になるし、遅くなるよなー」
その物言いに、カチンっと怒りが沸き上がる。
(なんだそれ。自分はできるけど、おまえには無理みたいな)
イライラを槍に込めて、目の前に立ち塞がる群れを横に薙ぎ払う。自身の周りにいた月鬼までもきれいに倒され、湊士は口笛を吹いた。
「おー、やるな!」
「……な」
「ん?」
小さくて聞こえない。首を傾げて翼を見ると、ギロリと鋭い眼光で睨み付けられる。
「後悔させてやるからな」
そういうと、翼はふんっとそっぽを向いて緋鞠の方へと走り出した。残された湊士は、意味がわからず首を捻る。
「まぁ、やる気になったならいっか」
そのとき、あわわと顔を青ざめさせながら、和音は少し離れた場所で隠れつつ、闘いを見守っていた。
「うわぁ、今年の一年強っ! ……あれ?」
ちらりと人影が見えた気がした。だけど、いくら見回しても誰もいない。
(……気のせいかな?)
首を傾げつつ、視線を戻す。それよりも、やはり気になるのだ。
空から振る矢の雨、一匹も残すまいと振るわれる猛攻な剣と槍の乱舞。
その勇敢な戦いぶりに、目が離せないのだった。
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