水神様、いきなり巫女って言われても、恋もあやかしも難しすぎます! 〜こちら、帝都第一高校文芸部 あやかし相談室〜

猫屋敷むぎ

文字の大きさ
84 / 87
序章 ユイ編 第三章【完結済】

第二十一話 水神様と若君・前編

しおりを挟む
これは、今世の“ユイ”の物語。

ユイも村人も、旦那様の正体を知った後のこと。
悪代官をユイとアオイが追い払った後、村は再び平穏に包まれていました。
しかし、ほんのひと月も経たぬうちに――。

***


私はこの日、夕餉の支度に村の市場に野菜を買いに来たところだった。
村に、乾いた蹄の音が響いた。

最初は、遠くの雷みたいな低い音だった。
でも、それはだんだん近づいてきて――やがて、地面そのものが震え始めた。

(……何、このいやな音)

咄嗟に建物の影に隠れる。

いつもの穏やかで心を落ち着けてくれる水音を、
馬の蹄と甲冑のぶつかる音がかき消していく。

幾十もの武士と足軽を従えた大行列が、
夕陽を背に、土煙をあげて道を進んでくるのが見えた。

「ば、幕府の……軍勢……!?」

誰かが叫ぶ声がした。
村人たちは色めき立ち、道端へと慌てて身を寄せていく。

(こんな人数……。ただの巡察なわけ、ないよね……)

胸の奥で、悪い予感が重く沈んだ。

その先頭に立つのは、
深い藍の羽織を纏った若武者――。

そして、付き従うは、紋付き羽織の立派な初老の男。

「若君……。こちらの村にございますな」

「うむ。相分かった。案内に感謝する」

(若君――ということは、この方は将軍家の嫡男!?)

凛と張った背筋。
静かでいて鋭い眼差し。
腰に履いた豪奢な太刀と脇差。

その存在だけで、空気がぴん、と張りつめる。

そして行列の中央。
ひとりだけ、顔面蒼白で馬にしがみついている男がいた。

(……あれは)

――例の代官だった。

「こ、この村だ……! あの湖に棲むあやかしを操る娘がいる……っ!!
 若君様、必ず退治を!! わしはあやかしに殺されかけたのだ!!」

震える声が、村じゅうに響き渡る。
その怯え方は、まるで地獄から逃げ帰ってきた人みたいだった。

若君は視線だけで代官を黙らせ、
冷静に村の様子を見渡す。

「村人ども、全員、広場へ集まれ!」

家老らしき男の怒号が飛び、足軽たちが一斉に動き出した。

「おい、お前もだ! さっさと広場へ行け!」

「子どもも年寄りもだ、急げ!」

腕をつかまれ、肩を押され、村人たちは半ば引きずられるようにして広場へ集められていく。

私も、建物の端から様子を伺っていたところを、足軽に腕を掴まれた。

「お前もだ、巫女の娘!」

「わかりました、行きますから――
 そんなに強く引っ張らないでください!」

転びそうになりながら、私は村の真ん中の広場へ連れて行かれた。



広場には、あっという間に村人全員が集められていた。
村長を先頭に皆、膝をついている。

泣き出す子どもを抱きしめる母親。
不安そうに顔を見合わせる大人たち。
祠の方角を、ちらりちらりと盗み見る者もいる。

村の外れの道には、幕府の軍勢が横一列に並び、
幟が風にはためいていた。

(……完全に、“何かの裁き”の場みたいだ……)

若君が馬を進め、村人たちの正面へ出る。

「……この村に”あやかし”を操る娘がいるとは真か?」

その一言に、村人たちがざわついた。

私は息を飲む。

(……あやかしを操る女って、私のこと……?
 水神様はあやかしじゃないし、そもそも水神様を操るなんて――)

でも、このまま何も言わなかったら、
旦那様が本当に“討伐の対象”にされてしまう。

違う。もし本気で旦那様が怒ったら……。
それで若君様が怪我でもされたら、それこそ戦になってしまう。

旦那様が負けるはずもないけど――無用な血が流れてしまう。
しかも、そんな戦いに巻き込まれたら、この村なんてひとたまりもない。

(私が止めなきゃ)

思わず、一歩前に出ていた。

「お待ちください、若君様!!」

自分でも驚くくらい、声はよく通った。
ざわついていた広場の空気が、一瞬にして静まり返る。

私の着ている白い巫女装束が、夕陽を受けてひときわ明るく浮かび上がる。
そのせいで、隠れることなんてもうできなかった。

「そ、その女です! あやかしを操る娘は! は、はやくっ――」

代官が声を裏返す。
若君が一瞥すると、代官は口をぱくぱくしたまま静かになった。

若君の視線が、わずかにこちらへ向く。

「……名を名乗れ」

「ユイと申します。水神の祠の“巫女”にございます」

村のあちこちから、どよめきが起きる。

「ユイ様……!」

「”水神の巫女”さま……」

私は胸に手を置き、必死に訴えた。

「この村に“あやかし”などおりません!
 わたくしはただの巫女で――あやかしを操ることなどできません。
 代官様が見たものは――誤解です!」

若君の眉が、静かに動いた。

「ほう。
 では聞こう――その誤解とやら。
 代官は『娘が、龍に似たあやかしを操り、印章袋を奪い殺害を図った』と報告している。
 本当でないと言えるのか?」

(この代官……!)

胸の奥で、怒りと悔しさが混ざり合う。

(自分の悪事を隠すために、旦那様を“化け物”呼ばわりしたのね……!)

怖かった。
武士たちの視線、幟の影、若君の存在。
腰に下がった太刀……。

私はただの村娘。
いつ手打ちにされてしまうかわからない。

膝なんて、今にも折れそうなくらい震えている。

(死んで生き返っても、道はないかもしれない)

けれど――

声だけは、震えなかった。

「はい。本当ではありません。
 水神様はあやかしではありません。神様です。
 水神様は、誰も殺したりしません。村の守り神なのです。
 村の災厄の時も一緒に村人を説得してくれました。
 あのときも、ただ……私と村を助けてくださっただけです!」

若君の瞳が、わずかに細められる。

「な、なんと!」
「よりによって将軍家の若君が間違っていると申すか!」
「この娘……生意気な! 許せぬ!」

武士たちの手が刀の柄に伸びる。

ああ、きっと、手打ちにされてしまう――
それでも、私は間違っていない。

(旦那様――これでいいのですよね?)

覚悟を決めて、瞼を閉じる。

――その一瞬、風がやんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

処理中です...