オートマーズ

小森 輝

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9章 次はその手を掴む

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 あれから、私たちには守秘義務が課せられました。友達はもちろん、家族にも話してはいけませんし、同じ部員でも部室外では火星人についての話題をしてはいけません。
 そこまでの徹底した守秘義務が課せられたのには、ちゃんとした理由があります。
 まず、私の証言が曖昧なとこでしょう。城山先生は「私が顧問をしている部員の言葉は信じる」と言っていましたが、おそらく、火星人がいるなんて半分も信じていないでしょう。
 そして、もう一つは、私たちが火星探査部だと言うことです。その辺のゴシップ記事で火星人がいたと書くのとは訳が違います。私たちは現実に火星へと行って、その土地を見てきているのです。冗談でも火星人がいたなんて言えば、大変な騒ぎになります。
 そう言うわけで、火星人については部室以外で口にしてはいけないのです。しかし、いけないと言われると言いたくなるのが人間の性です。それも私が最初に見つけたのなら尚更です。それでも言い出さなかったのは、私に遊んでいるような暇が与えられなかったからでしょう。
「も、もう無理です……」
 私は力なく倒れ込みました。
 時刻は18時を回って、全部の針が下に集まっています。学校も終わって、いつもならもうとっくに家にいる時間です。
 いつもの月曜日はそんなつまらないものでしたが、私は最近になって部活に入りました。今日はその部活です。しかし、ここは、学校ではありません。もちろん、火星でもありません。
 私が倒れているのは、駅前にあるスポーツジムの中です。
「こら! 緋色! 勝手に休まない! 早く立ち上がりなさい!」
 鬼コーチとなって私に怒号を飛ばしているのは、火星探査部2年のマリさんです。
 火星探査部は運動部系のノリはないと高をくくっていたのですが、そんな私をひっぱたいてやりたいです。今の私は、体力の限界をとっくに超えていました。しかし、それでも鬼コーチのマリさんは私を許してはくれません。
「ほら、立って! もう一回!」
 鬼コーチに無理矢理立たされた私の目の前にあるのは、高い、高い壁です。
 これが、城山先生が言っていた私たちをみっちり鍛え上げると言っていたものの正体、ボルダリングです。
 オリンピックの競技にもなっているボルダリングは、自分の肉体を使い、壁を登るという競技です。本物の岩を登るというケースもあるのですが、今回は室内で壁に取り付けられたクライミングホールドと呼ばれる突起を頼りに登っていくボルダリングです。手軽で競技人口も多い競技なのですが、私との相性は最悪です。
「せ、せめて少し休ませてください。も、もう、握力が……」
 もう何回も登らされています。もちろん、登り切ったわけではありません。私は壁に張り付いた状態から動くこともできず、そのまま体力の限界が来て倒れ込んでいました。私にはその程度の体力しかないのです。
「ダメダメ。日曜日までに間に合わせなきゃいけないんだから。それに、いいだしっぺは緋色なんだからね。あんたが行かなきゃダメでしょ?」
「それは分かってますけど……」
 マリさんは、私が火星人のことを言い出したんだから、その私が行かないのはおかしいと言っているのでしょう。それは私も同意なのですが、気力があっても私には体力がないのです。
 それでも、お構いなしに、マリさんは私の手を突起に押しつけます。
「ほら、掴んで。手を伸ばす場所は分かってるんだから簡単でしょ? 本番はこんな分かりやすくはないんだからね?」
「分かってるんですけど、体が……。そ、そうだ! 本番はオートマーズなんだから私の体力とか関係なくないですか?」
 火星ではオートマーズが私の体になってくれます。つまり、生身の体をいくら鍛えても火星では無意味ということです。
 つまり、このボルダリングは体を鍛えるのが目的ではありません。
「必要なのは技術だけど、これぐらい登れる体力がないとその技術も身につかないでしょ? ほら、分かったらさっさとやる!」
「ど、どうかご慈悲を……」
 そんな時でした。
「あの……」
 突然、知らない女性が私たちに声をかけてきたのです。彼女は、私にとっての救世主でした。
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