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9章 次はその手を掴む
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「体力に自信がないのでしたら、上から引っ張りながら登るのはどうでしょうか? 上級者コースになるんですけど、安全のため体にワイヤーを取り付けるんで、それを登るときに少しだけ引っ張るようにできるんです。そしたら、体力に自信がなくても登れますし、楽しく体力を付けていけると思いますよ」
そう言う彼女は、おそらく、このスポーツジムの店員さんなのでしょう。ただ、今は彼女が誰かなんてどうでもいいのです。大事なのは彼女が言ってきた提案の方です。
「そ、そんなことができるんですか! それなら、私の体力がなくても技術を身につけることができるし……。マリさん! そっちにしよう!」
「まあ、やる気があるならそっちでも……」
「よしっ!」
別にやる気が出てきた訳ではありません。楽な道があるなら私はそちらを選びたかっただけです。
マリさんの合意も得られたので、私たちは店員さんに連れられて上級者コースへと来ました。
「ほえぇ……こっちはこっちですごい……」
私が高いと感じていた壁の3倍は高い壁が立ちはだかっていました。横の長さも教室3つ分はありそうで、その光景はもはや圧巻です。
そんな壁を登っている人たちの中に知っている人の姿を見つけました。
「結構、登ってる。気づくかな……」
登っていると、当然、壁の方を向くので手を振っても気づかないかなと思ったのですが、ちょうどタイミング良く振り返ったようで、私たちのことに気づいて降りてきてくれました。
「彦君、結構うまいんだね。もしかして、やってた?」
「いいや、初めて。普段使わない筋肉を使うから新鮮だよ」
彦君は爽やかに言ってのけます。きついとか辛いとか、そう言った様子はありません。日頃から鍛えでもしているのでしょうか。私とは大違いです。
「それより、二人ともこっちに来てどうしたんだ? そっちの初心者用でやるんじゃなかったのか?」
「ふっふっふ。もうその時代は終わったのですよ、彦君。私には秘策があるのです」
そう言って、私は準備ができた店員の元へと向かいました。
不思議そうな顔をしている彦君の驚く顔が楽しみです。
店員さんからワイヤーを付けてもらい、準備は万全です。体も上へ引っ張られていて、今ならとんでもないジャンプ力を発揮できそうです。
「見てろよ……」
そして、私は壁を上り始めました。
「おぉ……これは楽ちんだ」
ワイヤーで体を引っ張ってもらっているおかげで、スイスイと壁を登っていけます。
そして、あっという間に頂上までたどり着きました。自分の力で登ってはいないのですが、頂上から見下ろす風景には達成感があります。
マリさんと彦君の姿を見つけて手を振ると、彦君が何か言いたいようで口を大きく動かしています。口の動きよく見て真似してみると……。
「い、ん、ち、き? インチキ? なんだとぉ!」
私がワイヤーで引っ張られていると気づいたのでしょう。それにしてもインチキは言い過ぎなのではないのでしょうか。
私は怒りにまかせて壁の頂上から飛び降りました。すると、ワイヤーのおかげでゆっくりと降りていきます。まるでアクションスターになったような気分です。残念ながら、着地はうまくいきませんでしたが。
うまく着地できず、よろめいたところを店員さんが支えてくれました。
「とっても上手でしたよ。もう少し負荷を落としてみましょうか?」
「い、いえいえ。このままでお願いします」
楽にできるのならそれに越したことはありません。しかし、まずいことに私と店員さんの話は彦君に聞かれてしまったようです。
「やっぱりインチキしてたんじゃないか」
「いいじゃない。別に体力を付けるわけじゃないんだし。もしかして、また嫉妬? 私の華麗なる体裁きに嫉妬したんでしょ?」
「誰が……。そんなブニブニな体に嫉妬なんてしねぇよ」
「ブニっ! 私はそんなに太ってないもん! 体脂肪率だって平均より少し高いぐらいだし……。って、レディにそう言うこと言わせるのどうかと思うんだけど!」
「勝手に自分で言ったんだろ」
「もう怒った! ボルダリングでどっちが早く登れるか勝負だ!」
「言ったな? 俺も男だ。売られた喧嘩は買うし、相手が羽金なら少しぐらいハンデをやってもいいぞ」
「今の私にハンデなんていらないね!」
ハンデなんて、今の私には必要ありません。先ほど登ったときに確信しているのです。今の私は最強だと。
しかし、それは私の失言でした。
「言ったな? じゃあ、こいつの吊り上げてる力、なくしてやってください」
急に彦君はそんなことを店員さんに言い出したのです。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何だよ。ハンデはいらないんじゃなかったのかよ」
確かに、私はハンデはいらないと、そう言いました。平等な条件で勝負をするのなら、私だけ吊り上げるわけにはいきません。今は彦君が言っていることが正しいです。
「すいません。ハンデをください」
私は頭を下げて、彦君の慈悲を願うしかありません。
しかし、彦君はそう甘くありません。
「さっきよりも弱めで。いい感じに疲れるようにお願いします」
「えぇ……」
「何だよ。文句あるのか?」
「……ありません」
言い出したのは、私のほうです。彦君が出す条件に私は首を縦に振ることしかできません。
そう言う彼女は、おそらく、このスポーツジムの店員さんなのでしょう。ただ、今は彼女が誰かなんてどうでもいいのです。大事なのは彼女が言ってきた提案の方です。
「そ、そんなことができるんですか! それなら、私の体力がなくても技術を身につけることができるし……。マリさん! そっちにしよう!」
「まあ、やる気があるならそっちでも……」
「よしっ!」
別にやる気が出てきた訳ではありません。楽な道があるなら私はそちらを選びたかっただけです。
マリさんの合意も得られたので、私たちは店員さんに連れられて上級者コースへと来ました。
「ほえぇ……こっちはこっちですごい……」
私が高いと感じていた壁の3倍は高い壁が立ちはだかっていました。横の長さも教室3つ分はありそうで、その光景はもはや圧巻です。
そんな壁を登っている人たちの中に知っている人の姿を見つけました。
「結構、登ってる。気づくかな……」
登っていると、当然、壁の方を向くので手を振っても気づかないかなと思ったのですが、ちょうどタイミング良く振り返ったようで、私たちのことに気づいて降りてきてくれました。
「彦君、結構うまいんだね。もしかして、やってた?」
「いいや、初めて。普段使わない筋肉を使うから新鮮だよ」
彦君は爽やかに言ってのけます。きついとか辛いとか、そう言った様子はありません。日頃から鍛えでもしているのでしょうか。私とは大違いです。
「それより、二人ともこっちに来てどうしたんだ? そっちの初心者用でやるんじゃなかったのか?」
「ふっふっふ。もうその時代は終わったのですよ、彦君。私には秘策があるのです」
そう言って、私は準備ができた店員の元へと向かいました。
不思議そうな顔をしている彦君の驚く顔が楽しみです。
店員さんからワイヤーを付けてもらい、準備は万全です。体も上へ引っ張られていて、今ならとんでもないジャンプ力を発揮できそうです。
「見てろよ……」
そして、私は壁を上り始めました。
「おぉ……これは楽ちんだ」
ワイヤーで体を引っ張ってもらっているおかげで、スイスイと壁を登っていけます。
そして、あっという間に頂上までたどり着きました。自分の力で登ってはいないのですが、頂上から見下ろす風景には達成感があります。
マリさんと彦君の姿を見つけて手を振ると、彦君が何か言いたいようで口を大きく動かしています。口の動きよく見て真似してみると……。
「い、ん、ち、き? インチキ? なんだとぉ!」
私がワイヤーで引っ張られていると気づいたのでしょう。それにしてもインチキは言い過ぎなのではないのでしょうか。
私は怒りにまかせて壁の頂上から飛び降りました。すると、ワイヤーのおかげでゆっくりと降りていきます。まるでアクションスターになったような気分です。残念ながら、着地はうまくいきませんでしたが。
うまく着地できず、よろめいたところを店員さんが支えてくれました。
「とっても上手でしたよ。もう少し負荷を落としてみましょうか?」
「い、いえいえ。このままでお願いします」
楽にできるのならそれに越したことはありません。しかし、まずいことに私と店員さんの話は彦君に聞かれてしまったようです。
「やっぱりインチキしてたんじゃないか」
「いいじゃない。別に体力を付けるわけじゃないんだし。もしかして、また嫉妬? 私の華麗なる体裁きに嫉妬したんでしょ?」
「誰が……。そんなブニブニな体に嫉妬なんてしねぇよ」
「ブニっ! 私はそんなに太ってないもん! 体脂肪率だって平均より少し高いぐらいだし……。って、レディにそう言うこと言わせるのどうかと思うんだけど!」
「勝手に自分で言ったんだろ」
「もう怒った! ボルダリングでどっちが早く登れるか勝負だ!」
「言ったな? 俺も男だ。売られた喧嘩は買うし、相手が羽金なら少しぐらいハンデをやってもいいぞ」
「今の私にハンデなんていらないね!」
ハンデなんて、今の私には必要ありません。先ほど登ったときに確信しているのです。今の私は最強だと。
しかし、それは私の失言でした。
「言ったな? じゃあ、こいつの吊り上げてる力、なくしてやってください」
急に彦君はそんなことを店員さんに言い出したのです。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何だよ。ハンデはいらないんじゃなかったのかよ」
確かに、私はハンデはいらないと、そう言いました。平等な条件で勝負をするのなら、私だけ吊り上げるわけにはいきません。今は彦君が言っていることが正しいです。
「すいません。ハンデをください」
私は頭を下げて、彦君の慈悲を願うしかありません。
しかし、彦君はそう甘くありません。
「さっきよりも弱めで。いい感じに疲れるようにお願いします」
「えぇ……」
「何だよ。文句あるのか?」
「……ありません」
言い出したのは、私のほうです。彦君が出す条件に私は首を縦に振ることしかできません。
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