オートマーズ

小森 輝

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9章 次はその手を掴む

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 そうして、私と彦君の壁登り一本勝負が始まりました。審判をしてくれるのはマリさんです。
「それじゃあ、位置について」
 私も彦君もさっき登った壁ではありません。そうなると、当然、登るルートも変わってきます。しかし、それを探している時間は与えられませんでした。
「よーい、ドン!」
 マリさんの声を聞いて、私と彦君の二人は同時に壁に向かいます。
「うぐぅ……」
 やはり、店員さんはワイヤーで引っ張る力を弱めているようです。先ほどと同じようにスイスイ登ることはできません。しっかり自分の体を持ち上げてから次の突起へと手を伸ばさなければ登ることができません。それでも、マリさんと二人で特訓していたときと比べれば、登れるという気がするので、ずいぶんと楽ではあります。
 頑張って一つ一つ登っていき、彦君といい勝負をしていると思ったのですが、ちょうど真ん中辺りで私のペースが失速しました。何か特別なことが起こったわけではありません。単純に疲れたのです。それでも、まだ頑張れると思えるので、あの店員さんの手腕はすぐれていました。
 気づいたら、彦君は隣の壁にはいませんでした。もう頂上までたどり着いているのでしょう。勝負は私の負けです。それでも私は手を伸ばします。ゴールする事に意味があるなんてことは考えていません。ただ、私が言い出したことを途中で諦めるのが嫌なだけです。
 そうやって頑張っていると、後少しで頂上だというところまで来ました。上を見ると、彦君の姿があります。まだ下へ降りていなかったようです。私を見下しているつもりでしょうか。少し癪に障るので、ラストスパートをかけます。
 そして、あと一歩で登り切るという所で彦君が動きました。
 何か嫌がらせでもするのかと身構えていましたが、そんなことではありませんでした。
 彦君が私に手を差し伸べてきたのです。その手を掴めば彦君が引き上げてくれると言うことでしょう。しかし、ここまできたなら自分の力で登り切りたいです。
 私は彦君の手を掴むことなく、そのまま登ろうとしました。
「今度は、羽金のこと、ちゃんと捕まえるから」
 彦君は、火星でのことを言っているのです。竜巻に遭遇して、私が飛ばされてしまったときのことを。あのとき、私のことを掴めなかったと後悔しているのでしょう。決して掴めるような距離ではなく、私を掴むために体を起こしたことが間違った判断だったとしても、あのときに掴めていればと。
「仕方ないな……」
 まあ、自分の力でと言っても体はワイヤーで引っ張られているので、最後に彦君の力を借りても同じことです。
 今度は、彦君の手を掴みました。
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