スラッガー

小森 輝

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スラッガー 28

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 まるで、体中の血液が沸騰しているようだ。
 蒸発して失った水分を求めるように、体が動き出す。
 雑草すらない砂漠のような黒い地面を歩き、俺はその場所に立った。
 その瞬間、歓声が一気に高ぶる。
「四番、ファースト、重君」
 アナウンスの音も歓声がかき消そうとする。
 それも仕方のないことだ。
 今この瞬間が舞台上の大一番。
 最終回、7回裏。
 1点差で迎えた俺の打席は、ツーアウト。
 俺の死は、敵の勝利へと変わる。
 だが、この試合、俺の打席は全て歩かされていた。勝負を避け、ストライクゾーンから離れたボールが四球。
 俺の我慢は限界だった。
 ピッチャーの滑らかな投球動作。
 どんな投手であろうと、ボールが指先から離れた瞬間に、コースが決定する。
 今までのような逃げていたボールではない。
 俺の懐へと抉り込むようなストレート。
 今までのような逃げたボールではない。
 俺を殺そうと放たれた渾身の一球。
 その殺意に、思わず、体が反応した。
 踏み込んだ足と同時に、腰が回転し、背負っている番号から投手が見えなくなる。
 今まで無視されてきた俺に対する必殺の一球。
 だが、この挑発に乗ることはなかった。
 腰は回転し、体は開いていたが、バットはその回転に巻き込まれなかった。
 結果はボール。
 ストライクゾーンから外れていると感覚的に分かっていたのに、今までの仕打ちに体が反応してしまった。
 真剣勝負の場では、常に冷静に。感情で動いてはいけない。
 でも、これで分かった。
 敵は、俺と勝負する気だと。
 勝利まで、あとアウト一つ。そして、一塁には走者が一人。次に控えているのは、今日、調子がいい五番バッター。
 俺を歩かせ、二塁に走者がいる状態で勝負をするのなら、ここでヒットぐらいなら許そうと、そう言うことだ。
 だが、その考えは甘い。
 俺は誰よりも優れたスラッガー。
 一球だけで、十分だ。
 投手の手から放れたボールは、さっきとは逆で、打者から逃げるようなボール。
 一見、今までと同じように逃げているボール。
 でも、ストライクゾーンに、ボール半分だけ入っている。
 それがストライクなら、それで十分なんだ。
 踏み込む足は強く。回転する腰は早く。そして、振り抜く腕はしなやかに。
 バットは芯でボールを捕らえて……。
 突然、体が強く揺さぶられた。
 打球の方向も確認できないまま、体が硬直し、地面へと倒れ込む。
 走らなければ……。
 しかし、体は言うことを聞いてはくれず、猛烈な眠気に視界は消えていく。
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