アイリス未来探偵事務所

小森 輝

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 受付の遠藤さんに言われたとおり、階段を上がってすぐ右にある部屋の扉まで来た。
「話が本当ならここが社長室……」
 そもそも、嘘を言われる理由もないし、扉にはちゃんと社長室と掛かれているので疑う余地なんてないのだが、今の私にそんな余裕はない。
 心臓は張り裂けそうだし、まだ肌寒いのに夏のように額が汗ばむ。
 どれだけ心を落ち着かせようとしても生唾を飲み込むことしかできない。
 しかし、ここに長時間いて誰かに遭遇するのが一番気まずい。
 意を決して、私は震える手でノックを3回した。
「どうぞ」
 扉の奥から入室を許可する声が聞こえた。
「しつレいします!」
 思わず声が裏返ってしまったが、もう後には戻れない。
 扉を開けると、部屋の中の空気が一気に押し寄せる。すると、とてもいい匂いがした。甘い、花の香り。清涼感があって、不思議と脳を静かにさせてくれる。
「初めまして。あなたがうちで実習を受ける山本知紗希さんであってるかしら?」
「はい! このたび、御社で実習を受けさせていただく山本知紗希です! よろしくお願いします!」
 受付の遠藤さんと話したときよりもスムーズに言葉が出てきた。
 今は、扉の外にいたときのような緊張はしていない。この香りのおかげなのだろうか。とても心が落ち着いている。
「そんなに堅苦しい言葉はいらないわよ。これから一緒に仕事をする仲間なんですから」
「そう言うわけには……」
「まあ、いいわ。あなたの好きなようにして。今は緊張しているかもしれないけれど、1ヶ月もしたら慣れるでしょうし」
 私はまだ見習いで相手は社長。立場が違いすぎて堅苦しい言葉を選ばずにはいられない。
「そう言えば、私の自己紹介がまだだったわね。私がこのアイリス未来探偵事務所の探偵兼社長をしている虹釜綾芽(ごのかま あやめ)です」
「よろしくお願いします! 虹釜社長!」
「社長は辞めてよ。私、そんに偉い自覚ないから」
 彼女がこのアイリス未来探偵事務所を立ち上げ、そして警察から依頼がくるまで育て上げた成功者。女性探偵の憧れの的。虹釜綾芽社長。雑誌なんかで何回も見たことがあったけれど、実物はそれ以上に美人だ。受付の遠藤さんも美人だったが、虹釜社長はまた違った美人さだ。色気というか、オーラというか、まさに美魔女といった感じだ。でも、探偵に魔女という言葉を使うのは失礼なのかもしれないので、いくら美人だからと言っても口には出さないでおこう。
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