アイリス未来探偵事務所

小森 輝

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 私を急かして外に出るのを急いでいる様子だった鐘ヶ江先輩だったが、案外、のんびりしていた。別に時間がなくて急いでいるわけではないようだ。これなら、私の質問も聞いてくれそうだ。
「あの……これからどちらに?」
「警察」
 素っ気ない答えが帰ってきた。
「依頼を受けて、これから調査だから、警察に行って担当の刑事さんと情報交換するって感じですか?」
「いいや。資料は貰ってるから挨拶だけ。どうせ聞いても資料以上のことは帰ってこないよ」
「そうなんですね……」
 学校では、刑事事件は警察との連携が重要だと聞いていたが、現場は違うようだ。実習なのだから、そういう部分は積極的に学んでいかなければならない。
「いいか? 刑事事件で一番大事なのは、担当刑事と仲良くすることだ」
「なるほど……」
 メモしておきたい話なのだが、残念ながら資料とパソコンで両手が塞がっている。忘れないよう脳に刻んでおこう。
「仲良くすれば、優先的に刑事事件の依頼を流してくれるからな」
「あぁ……」
 それは横流しと言うのではないのかと言いたかったのだが、所謂、暗黙の了解というやつなのだろう。そう言う部分も含めて事務所トップなのだろうから。
「情報交換だってそうだぞ。資料送ってんのに、わざわざその内容を口頭で説明するのなんて不要だろ。担当刑事の身にもなってみろ。そう言うことを形式上必要だと言ってやらせる頭の固い事務所と、俺みたいに資料に目を通してるから必要ないって言ってくれる事務所。どっちに依頼を出したい? そりゃ、後者だよな」
 私としては、いい加減な人よりも形式をきちんと守って基本に忠実な事務所の方がいい気がする。そもそも、この人とは感性が合わないと思っていたし、考え方は見本にしなくてもいいだろう。しかし、実際、このやり方で実績を積み上げているということなので、実は大事なことなのかもしれない。
「あぁ、でも、飲みニケーションっていうのか? 飯に誘ったり飲みに誘ったりして奢ったらダメだぞ。汚職として摘発されるかもしれないからな。絶対に財布を持っているのか確認しろ。ちなみに逆はありだから。奢るんじゃなくて奢らせろ」
 それはもはやただのドケチなのではないのだろうか。むしろ嫌われそうな気がするのだが。
 食事についてことは話半分と思って覚えておこう。
 そんな話をしているうちに、私たちは事務所の外に出た。
 そして、向かったのは駐車場。そこに止まっている灰色の鍵を開けた。これが鐘ヶ江先輩の車なのだろう。
「乗れ」
 そう言われたので、後部座席を空けると、座席には段ボールが乗せてあった。
「あぁ、後ろは書類やら何やらで埋まってるんだ。助手席に座れ」
 事務所の机の上だけじゃなくて車の中も散らかっているのか。これは家の中なんて凄まじいことになっているに違いない。
 想像するとぞっとしながら、私は助手席にお邪魔させて貰うことにした。
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