アイリス未来探偵事務所

小森 輝

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 車の運転は、これといって荒くもないし、自己中心的な運転もしていない。普通の、むしろ乗り心地のいい運転だ。
 ただ、車内は散らかっている。ダッシュボードからは書類のような紙がはみ出しているし、キシリトールのガムは蓋があけっぱなしになっている。それに、車の消臭剤の匂いなのだろうか、ラベンダーの香りがしてトイレを連想させる。やはり、絶妙に私とは感性が合わない。
 それでも、相手は男性。助手席から運転する姿を見るのは、少しドキドキする。よく考えれば、父親以外の男性が運転する車に乗ったのは初めてかもしれない。しかも、座っているのは後部座席ではなく助手席。今日会ったばかりで、年齢も近くないし、感性もずれていて、仕事でたまたま一緒になっただけなので、何かが起こるわけではないと分かっているのに、妙に心がざわつく。
 こんな時は、何かに集中するのがいい。そうしたら、変なことを考えずにすむ。ちょうどよく、手元には今回の事件に関する資料があるので、読めなかった分も車の中で目を通してしまおう。
 そう考えた私は、すかさず、資料が入っているファイルを開いた。
「お前……。車の中でそんなもん読んでると酔うぞ?」
「大丈夫です。お構いなく」
 鐘ヶ江先輩の忠告を無視して、私は資料へと集中した。全身の神経を視覚に集中させて、脳をフル回転させる。
 状況が状況なだけあって、先ほどと同じような集中力は発揮できなかったが、それでも、気を紛らわせることは出来た。
 そうやって、資料に集中しながら車に揺られていると、
「ついたぞ」
「うっ……はい……」
 それほど移動時間が長かったわけではないが、やっと降りられたという気分だ。外の空気が新鮮で気持ちがいい。
「やっぱり車酔いしてるじゃないか。言わんこっちゃない」
 鐘ヶ江先輩が言っていたとおり、少し酔ってしまったようだ。資料を読んでいたのもあるけれど、あのラベンダーの臭いも少しきつかった。
「車で休んでいてもいいぞ?」
「いえ、大丈夫です」
 車に酔ったといっても少しだけだ。吐き気はないし、もう車から降りたので直によくなるだろう。それに、何より、車の中で休む方がつらい。あのラベンダーの香りは気分が悪くなる。鐘ヶ江先輩はどうして平気なのだろうかと嗅覚を疑うレベルだ。
「大丈夫ならいいんだが……。くれぐれも迷惑だけはかけるなよ? 担当刑事に向かって吐いたりしたら俺の仕事が減るんだからな?」
「そんなことしませんよ! 大丈夫ですから!」
「それだけ元気があれば大丈夫か。じゃあ、行くぞ」
「はい!」
 今のやりとりだけで車酔いは治ってきた。もう気持ち悪さは一切ない。
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