アイリス未来探偵事務所

小森 輝

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 やはり、車酔いの原因は資料を読んでいたのではなく、このラベンダーの臭いではないのかと思い、車の窓を少し開けて少しでも外の空気を吸い込もうとしていたのだが、そこで少しおかしなことに気づいた。
「あれ……こっちは事務所に向かう道じゃないですよね?」
 資料を読んでいたので、行きの道を覚えていたわけではない。ただ、この辺の地理については、ある程度頭に入れている。お茶請けのお使いなんかを頼まれたときにちゃんとこなせるようにと地図を見ておいたのが役に立った。
「あぁ、言ってなかったか。今から現場に向かうつもりだから」
 現場、というのは、おそらく、今回の事件があった場所のことだろう。つまり、被害者が殺された殺害現場のこと。いい加減な先輩だと思っていたが、ちゃんと資料を読んで被害者の住所なんかは暗記しているのだろう。いいや、それどころか、この辺の地図も頭に入っていて、住所さえ分かれば最短距離で向かえるのかもしれない。
 事務所のエース。刑事事件を任されるエリート。
 そんな肩書きが、鐘ヶ江さんを過大評価してしまう。
「あれ……この辺だったような……」
 完全に迷子になっていた。
「あっれ……どっから入ってきたっけな……」
 しかも、迷子になっているのに地図すら開こうとせずに住宅街をぐるぐると回っている。
「あの……私、ナビしましょうか?」
「いや、大丈夫。きっと、この辺なんだ。前もこの辺に来たことはあるし……」
 この謎の自信はどこから来るんだろうか。
 仕方ないので、私は携帯のナビアプリを開いた。こんなこともあろうかとダウンロードしておいて正解だった。
「えっと……」
 GPSはあらかじめついているので、アプリに住所を入力し、早速、ナビを開始しようとした。しかし、そのナビは早々に終わりを向かえた。
「あっ……」
 もう目的地についていたのだ。
 しかし、それに気づいていない鐘ヶ江さんは、殺害現場を素通りして、そのまま直進していく。
「ス、ストップ! ストップです鐘ヶ江さん!」
 私は慌てて叫んだ。
「なんだ、急に……」
 鐘ヶ江さんは急に叫んだ私を変な奴だと見ているが、鐘ヶ江さんのほうが変なので安心してほしい。
「さっき、現場を通り過ぎましたよ!」
「はぁ? お前、ナビしてんだからちゃんと止めろよな」
 いやいや、ナビ始めたのはついさっきですから。逆に鐘ヶ江さんは何で気づかなかったんですか。殺害現場になった建物の写真は資料に載っていたはず。探していたのなら私より先に止まれていたはず。この人はどうやってたどり着こうとしていたのだろうか。
 文句は尽きぬほどあるのだが、鐘ヶ江さんが車から出て行くので、ひとまず押さえて私も現場へと向かった。
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