A&N 副業やってるけど、副業の方が本職っぽいよ。

阿佐田あさ

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その1

女占い師にはご用心

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 「家に帰りたい!家に帰りたい!家に帰りたいよぉ~!」
 「うるっせぇな。俺だって帰りてぇよ!」

 甲高い声で怒鳴りながら運転をする若い男に、隣のライトブラウンの長髪男が運転者の耳朶をひねりあげて怒鳴り返した。二人ともまだ少年と言いたくなるほどの若い男だ。

 にしても……。と、助手席の男が不機嫌そうにまた声をあげる。
 「一応、本業ある身なんだからよぉ、少しは遠慮してほしいぜ」
 「ボク、久々に仕事が入ったの。間に合うかな?泣きたいよぉ」
うんうんと頷いて、運転手も渋滞し始めた前方を睨んだ。


 突然、ナビゲーション画面が音と共に光り出した。今までぶぅぶぅと文句を言い合っていた二人は、座席から数センチも飛び上がりそうなほど驚いている。ナビの画面は前方脇の駐車場を指示していた。
 「今向かってるんだからも少し待ってよ。渋滞中だよ」
独りごちながら冷静さを取り戻した若者は、渋滞の列を離れて車を駐車場へ滑り込ませた。
 まだけたたましくアラームを響かせているナビ画面をうんざりとした面持ちで指示に従いタッチすると、黒いスーツ姿の男が冷めた眼差しで現れた。青いネクタイが冷ややかさを一層に煽っている。
 「みんな聞こえてますよ。いつまで悪垂れているんですか?すぐにスタンバイハウスに来られないのなら、この駐車場から指示を出しますが、いいですか?」
その言葉に2人は顔を見合わせ、慌ててそれを拒否した。そんなことをされたら、一休みすることもなく仕事にやられることになる。少しでも腰を落ち着けて、コーヒーの一杯でも飲みたいところだった。だから5分以内に向かう旨を伝えてナビ画面を暗転させる。
 「仕方ねぇや。引き受けた仕事だもんなぁ」
 「だね~。抜け道行くとしますかぁ」
少年のような面立ちのドライバーが小さくため息をもらしてハンドルを握り直した。


 **********


 閑静な住宅が建ち並ぶ中、ごくありふれた一軒家が彼ら言うところのスタンバイハウスである。見た目は幼い子をもつ若い夫婦が住んでいそうな、小さな遊具を配した庭の家だ。今にも子供がドアから飛び出してきそうである。
 庭隣の大きなガレージ内に車が入るとシャッターが静かに閉じられた。奥には入り口の狭い勝手口が扉を閉ざしており、二人はどちらが先に入るかを揉めながらドアの方へ進んでいった。

 リビングに入ってからもまだいざこざを繰り返す二人を、黒髪・黒スーツの青年がまるで父親か教師のように厳めしく佇み、一喝した。
 彼の名は『クール』。その名前以外は明かさない、二人の直接の上司だ。名の通り、仕事以外の無駄を嫌う堅苦しい人間である。

 「まったく…あなた方は些細な事で揉めますね。幼稚園児ですか?。少しは勤労青年らしい落ち着きというものを見せてもらいたいものです」
 「勤労青年だって。言い方じじくさ」
さっきまでハンドルを握っていた方がくすくすと笑った。聞こえるように言ったのだが、ぎろりと睨まれて思わず居ずまいを正す。
 「怒らせるつもりがあるなら、大きな声で言ったらどうですか?」
広いソファに身を寄せ合って罰の悪そうに座る二人に、男は腕組みのまま冷たく言い放った。ここでは彼が二人の上司なのだ。これ以上刺激しては、仕事をさらに上乗せされかねない。前々回は報告書のダメ出しを食らって、小学生の宿題よろしく『家で原稿用紙十枚』などと書き直しを命じられたのだ。もちろん手書きである。あれはハッキリ言ってイジメだ。パワハラだと彼の居ないところで文句を言ったものだった。

 「では本題に入りましょう」
言うなり、男はテーブルに小さなクマの縫いぐるみを置いた。
 「何これ?誰の趣味だ?」
 「可愛いじゃない。ボク、嫌いじゃないな」
 〈オ気ニ召チタカナ?〉
突然、縫いぐるみがしゃべり出した。
 〈ヒトチ事終ワッチャバカリデ悪イチョハ思ッチャケド、適任チャガイナクテネ〉
 「ボク好きだな。こういうの」
クスクスと笑い出して、長髪の男に小突かれる。
 〈シャテ依頼ノ件…チャイ近、女学生ガ失踪シュルトイウ事件ガチュヂュイテル。ダガ彼女タチニハ失踪シュルヨウナ理由ハナイノダ。警察モ動イチェルノダガ、アキラ・ニック…彼女タチヲ探シ出シテホシイノダ〉

 名を呼ばれて二人は姿勢を正した。
 『アキラ』『ニック』二人の名前だ。
 少々癖っ毛混じりの『ボク』がアキラ。スイーツが好きで子供っぽいのだが、子供扱いをひどく嫌がっている。身長が百六十五センチと小柄で、男の格好をしている時も女の子と間違われるのが目下の悩み……とは言っているが、内心嬉しい。
 腰に届くほどの長いブラウンの髪の『俺』がニック。モデルにしてもおかしくないほどの美貌を持ち、数多の女性を虜にしても誰も文句は言わないだろうが、ゲイである。

 アキラが本業以外の仕事に就くようになり、そろそろ半年ほどにはなるだろうか?ニックはすでにこの副業に就いており、時には危険を伴う仕事ではあるが二人とも普段では感じられない充実感を覚えて、こうして文句は言うのだが満更苦でもないらしい。
 〈時に危険〉と言いながらもそれを回避できるような身体能力は皆無に等しい。だがそれを上回る特殊な力をもっているのもこの二人だった。


 二人の雇い主は不明。アキラがスカウトされた当初から分からない。ニックはすでにこの仕事に就いていたがやはり契約の中の第一に、正体を探らないことが条件とされていた。
 黒スーツの男、クールが二人にコンタクトをとり、このスタンバイハウスで詳細なやり取りをするのが常となっているのだ。能力を使えば雇い主の正体は分かるのだろうが、二人はそれに触れようとは思わないようである。
 『まるでスパイ映画みたいで面白いよ』アキラが楽しそうに語った事がニックには忘れられない。緊張感も無いようで、いつもどこか楽しんでいる風があった。

 〈デハ、頼ミマチタヨ〉
 「はーい。了解でちゅー」
縫いぐるみが片手を振りながら小首を傾げて見せると、アキラもほっこりと微笑んで手を振った。
 「ガキか!」
ニックが不機嫌に呟いた。もちろん聞こえている。多分に漏れず、アキラが膨れっ面を始めると、クールが揉め始める前に大きく手を打った。

 「では、早速準備をしてもらいますよ」
淡々とした声が投げられた。


 **********


 「俺は降りる!」
さっきから眉間に嫌悪の皺を刻みながらニックがそればかりを言っている。いつもならアキラが原因を持ち出すのだが、今回は少し違うようだ。
 「そっかな?ボクにはパラダイスだよ」
アキラがウキウキと声をあげる。
 「女子校だよ。女の子ばっかり!そん中に入ってけるなんて、なんて素敵なお仕事!」
キラキラと瞳を輝かせている。それはもう、少女漫画のヒロインさながらの輝き。背中には花が乱舞するのが見えそうなくらいである。
 「お前はいいさ。趣味丸出しだ。でも俺は嫌だね。」
クールが用意したらしいブレザーと細かいチェックのミニスカートに、ニックは思い切り顔をしかめてつまみ投げた。
 「ニックだって綺麗なのに。美人さんになるよ。きっと男にもモテモテだよ」
 「女子高なのに、何がモテモテだよ。脳天花畑!」
いつもならその言い様にアキラも食いついてくるのだが、ニックが放り投げた衣装を今は大事そうに拾い上げながら笑いが止まらないようだった。対してニックは、売った喧嘩に乗ってこないアキラに今にも噛みつきそうである。手近にあったクッションやコーヒーカップに添えられていたスプーンを投げつけてやったのだが、アキラは悪戯っぽく交わしながら次室へと隠れてしまった。

 「ニコラス。無理に女装しろとは言いませんよ。でも、仕事ですからね」
あくまでも冷静なクールのもの言いに、頑なにソファから離れようとしないニック。とうとうソファの上に正座すると、背もたれの方を向いて唸りながらふさぎ込んでしまった。
 「そうだよー。仕事だよ。でもニックが女装しちゃったら、きっとボクのライバルになっちゃうなぁ」
ドアが開いて、現れたアキラが言った。
 中性的な顔立ちで童顔。男の割には発達していない体格。骨っぽい手足を制服で隠せば、化粧もしていないのにまるで少女だ。
 「これぞ趣味と実益!」
くるりと一回転し、最近の少女たちがよくしているポーズを取ってみせた。語尾に音符とハートが踊るのが見えそうだ。

 「あ、さっきクールが教えてくれたけど、体育教師にガタイの良いイケオジがいるって。先生役でもいいんじゃない?」
ニヤリと笑って言う。ニックへの落とし処の一言だ。これで引き受けないわけにはいかないはずである。
 「早く言えよ。俺、保健室勤務な!」
その気になったニックが立ち上がった。クールが背後で親指を立てて微笑んでいた。


 ──翌日。

 校長室にはオレンジ色の花が活けられていた。花の名は知らないが、花弁の一枚一枚が大きくて目の前の小柄な校長より存在が目立つ。目を細めた銀縁眼鏡の女校長は提示した身分証とパソコンに送られてきたデータとニックを何度も見比べている。理事長が着任を依頼したという養護教諭だが、ずいぶんと若く見えるからだ。長い髪を無造作に束ね、まるでまだ学生といった方がいいような風貌だった。

 ノックの音。

 控えめにドアを開けて入ってきたのはアキラだ。ショートカットのちょっと男の子っぽい女学生風。実際男なのだが、違和感なく馴染んでいる。
 「あのぅ。今日、転入のナガハラですぅ」
 「転入生ですって?聞いていないわね」
校長は細い銀縁眼鏡をはたと上げて首を傾げた。
 「そんなぁ?二週間前には必要書類揃えてメールで提出したんですよぉ」
くねっと身をよじりながら言う。もちろん嘘だ。クールが昨日学校のコンピューターに侵入をかけて操作したのだ。ニックのデータもしかり。だが校長は疑いもせずモニター画面を凝視しながら、あぁと声をあげた。
 「ごめんなさいね。事務から上がっていた文書を見落としていたようだわ。本校の転入を許可します」
 「よかったぁ!よろしくお願いしまぁす。校長先生」
可愛らしくぴょんと跳んで手を叩く。巨大な猫を被っているらしい。役者やれ役者!ニックはアキラの後頭部を殴ってやりたかった。
 二人の学校生活が始まった。


 **********


 数日経ったが、少女の失踪に繋がるような糸口は見つからない。何人もの生徒がいなくなっているというのに、教師達に動揺や不安というものがあまり感じられない。ニックの着任初日に校長が言っていたが、生徒達に動揺をあたえ兼ねないのでその問題は触れないようにとの事らしい。
 そんな中でアキラは女子高生活を満喫しているようだった。
 


 「とりあえず、まだバレてはいないよ」
制服姿のアキラが保健室のベッドに腰掛けて言った。女装がバレていないのが嬉しいらしい。
 「で、他に何か分かってるのか?問題は起きてないのかよ?」
 「ん~」
リボンタイの形が気になるのか、何度も直しながら考え込んでいる。
 「まだ分からないんだけど、占いってのが鍵かなぁ。失踪と流行りだしたのが同じような時期。あと問題というかぁ……」
そう言いかけて突然、保健室のドアが開いたのが聞こえた。慌てた二人がベッドサイドで右往左往していると足音が近づいてきてカーテンが勢いよく開く。現れたのは一人の少女である。

 『アナベル!』

 驚く2人の声が重なった。
 「アキラちゃん、次の授業始まるよ」
明るいブラウンの肩までの髪をふわふわと揺らし、にっこりと笑って言う少女は、二人の事もその事情も分かっているようだった。
 「言いかけた問題ってのは、これか?」
げんなりとニックは頭を押さえた。仕事の内容は他言無用である。しかし、アナベルはアキラの家に同居をしているのだ。今回の依頼内容を知らないまでも、二人が学校に来たということは仕事なのだとアナベルには察しがついたようだ。

 幼なじみのアナベルは、両親を事故で失った。かつて隣同士で暮らしていたものの引っ越してしまい、再びこちらへ戻って来る時の事故だった。学校の関係で先に到着していた彼女が遺されてしまったのだ。身内のいない彼女にはまだ大人の助けが必要だろうと、アキラの両親がアナベルを引き取る事にした。そんな複雑な事情があっての同居なのだが、幼い頃彼女に恋心を抱いていたアキラには、同居を拒否する理由はなかった。

 転校という形で学校へ潜入してから、できる限り彼女と鉢合わせしないよう気をつけてはいたのだが、学期途中の転校生や突然現れた保健室の美形教師がおしゃべりな少女たちの口に登らないわけがない。その姿を見ようと集まってくる彼女たちの中にはアナベルもいたわけだ。
 アキラにとっては彼女と一緒に居られることは嬉しいことだった。女装をしているので傍目からは女同士である。ならば気後れする事もなく手を繋いだり、頭を寄せて小さなお喋りもできるのだ。
 『アキラちゃんとずっと学校で過ごせたらいいなぁ』転校初日に、腕にぎゅっと絡みついて彼女は呟いた。それを聞き逃すようなもったいないことはしない。何となくアナベルも自分を好いているのだとは気づいているものの、面と向かって本心を聞きだす勇気だけがまだ出せないでいるので、そんな一言でも舞い上がるほど嬉しかった。
 「まだお話し中?なら、先に行ってるわ。アキラちゃんのクラスの先生厳しいから気をつけてね」
 小さく首をかしげて言うと、アナベルはパタパタと駆けていった。あざとすぎるほど可愛い。幸せすぎる。もう仕事なんてどうでもいい。本気でアキラは思っていた。


 昼休み、アキラとアナベルは弁当を持ってニックのいる保健室へ現れた。
 「なんでアナベルを連れてくる?仕事は些細なことでも極秘だろうが」
ニックの言葉尻は切り裂かれそうなほど痛い。
 「分かってるよ。だけど行方不明の女の子達についてはアナベルが一番詳しそうなんだもん」
ウンウンとアナベルが大きく頭を縦に振っている。
 「そうなのよ。行方不明になってるの、あたしの友達もいるの。仲良しの友達よ。他の学年の子もいるし、他の学校の子もいるらしいわ」
アナベルは二人の役に立っているのが嬉しい様子で話を続けていたが、そのほとんどがスタンバイハウスで聞いた報告と同じだった。初耳と言えば(いや聞いていたかもしれないが忘れた)他の学校にも行方不明者がいるといったことや、全国的に少女の失踪が増えているといったこと。謎のピンクマント男が少女を拉致しているとか、ある建物のトイレが異次元に繋がっていて出られなくなっているのだとか、もはや都市伝説とも化しているようだ。

 「うん。この仕事をボクたちに振ってきたわけが何となく分かってきたよ」
掴み所の無い話を聞きながら合点がいったと、アキラはニックを見つめた。ニックもまた、無言で頷いていた。
 「アナベル、最近いなくなった子の教室はわかる?連れていってくれる?」
手がかりに近づける確信をもってアキラは言った。この仕事は自分達にしかできないだろうという自信がその瞳にはあった。


 **********


 保健室で気配を潜めていたアキラとニックそしてアナベルは、夕日も落ちかけた薄暗い教室へ入ってきた。生徒も教師ももういない。ひっそりとして寂しいくらいだ。

 その人の気配の無くなった教室でアキラは机に触れながら歩き回り、はたと足を止めた。
 「ここ?…だね?」
確認をとるように、アナベルの顔を見た。今にも泣き出しそうな心配げな顔で頷いている。アキラはそれににっこりと微笑んでみせた。安心させるつもりでもあったが、自分の緊張を解くためにも笑っていたかった。
 「大丈夫か?深入りするなよ」
ニックが眉をひそめる。大丈夫。多分ね。と苦笑した後、軽く息を吸い込んでからアキラは静かに両手の指先を机の上に落とした。

 意識を解放すれば、事の真相の細部にまでわたって理解する自信がアキラにはある。ただ、それを行えば自分がそちらに取り込まれるか、精神が崩壊するかもしれない。だからいつもは周囲の様々な思念をセーブして、考えないようにしている。
 「ちとオソロシイけどねぇ」
呟いてから意識解放。

 時間も何もかもがひとつになって、その周囲での出来事や会話の数々が早送り画面のように流れ込んでくる。例えるなら起承転結の四コマ漫画がひとつこ画面に収まるような感じである。または推理ドラマの事件の発生と解決を同時進行で見ているようなものだ。
 同時に現れる様々な人間の会話や思念までも聞こえてくる。まるで雑踏の中に佇んでいる気分だ。その中から机を利用していた少女の意識に集中し……
 そこでアキラはふらりと体を崩した。
 「ダメ…辛い」
意識を引き戻して弱音を吐いた。
 「机じゃ、人が多すぎるよ」
クラクラする頭をもどかしげに振って言った。
 「ただ、一番近い出来事だと思うんだけど、占いって言葉とこんな形のが出てきたよ?」
黒板まで行って、直線とそれに接する短い斜線を書いて見せた。

 


 「なんだ?鳥……の足跡とも違うな?」
 「これ、御守りだと思う。友達がこんな形が描かれたチャームを持っていたの」
アナベルが声をあげた。

 ──翌日。

 保健室の中で病欠サボりのアキラと、手持ちのタブレットから資料を開いたニックが顔を揃えた。
 「北欧の古い文字らしいな。これを占いに使ったりもするらしい」
 ニックがルーンと言われる文字列を指して言う。
 「こっちも分かったよ。御守りの出所は化学の教師だって。その占い師を紹介してるらしいの」
悩める乙女は占いが好きなんだよ。とアナベルはアキラに教えてくれた。ちょっとした事で行動を悩む時、女の子は色んな占いに頼っちゃうの。とも言っていた。そういえばアナベルも登校前に今日のラッキーカラーがどうとか、今月のラッキーアイテムがどうだとかよく言っている。

 「化学の…この教師だって」
本当は見せたくないんだ。と言わんばかりに、アキラはその教師の写真を裏返したまま渡した。受け取ったニックの顔色が変わったのが分かった。肩幅の大きな、銀髪の男。品の良さげな中年紳士だ。
 「いいオトコだな。好みとは少し違うけど」
そう声を上げたのを、アキラは予想通りの思いで聞いていた。
 「体育教師はどーしたんだよ~?」
 「妻子持ちはパス」
はぁ、そうですか。と呆れてまともな返事もできない。ニックの方はというと、背もたれに掛けた白衣に袖を通すのももどかしげにドアへ向かうところである。
 「何か、うきうきしてる風だけど?」
 「気のせいだ」
 「あまり過激なことはしないでよ。ここ女子高なんだからね」
聞いちゃいないなとアキラは思った。毎度の事ながら、男の事になると生き生きしてると、呆れるばかりである。


 数刻後。

 あぁ、何か言うことを用意しておくんだった。アキラは化学教室隣の教員控室でしどろもどろと立ち尽くしていた。
 先生!分からないんです!と、出し抜けにドアを開けたかと思うと、そう叫んで立ち尽くしたのだ。

 「で?何がどう分からないんだい?」
整えられた形の良い眉を上げて、化学教師がアキラを見つめた。深いところまで覗かれそうな鋭い眼差しに、一瞬、眉間の奥が痛んだ気がした。
 「えーと。えーと……」
しどろもどろでそれ以外の言葉が出てこない。いつもなら流れるように嘘をつけるが、化学の用語を駆使するとなると考えが出てこない。困った。
 「焦れってぇ!」
ニックがいきなりドアを開けて脇にあるスチール棚を蹴った。
 まずは自分が問い質すから、ニックはお願いだから疚しいことはしないでと、アキラに懇願されたので仕方なく外で様子をうかがっていたのだが、案の定アキラの詰めが甘かった。
 「本当は違う事が聞きたいんだろーが!」
アキラの横を軽やかに通り過ぎながらニックは言う。瞳がキラキラと輝きだしていた。あちゃあ、やっぱりヤル気だ。アキラは頭を抱えた。
 「君は?」
 「新しい、保健のセンセイ…」



 そう言うと、明るいブラウンの瞳が金色に輝いた。途端に化学教師の瞳が正気を失い、ただの空洞になる。空洞になった瞳がニックだけを映している。
 「教えてよ。ルーンの御守りのコト」
抗えない催眠状態なのを良いことに、ニックは男の身体に絡み付くようにして耳元で囁いた。正気を失っているのをいいことに、首筋や身体をこれでもかと撫でまわしている。アキラは火がつきそうなほど顔を赤らめて回れ右をした。いかがわしくて見ていられなかった。

 「ああ、あれを持って行けば、すぐに占ってもらえる」
 「それだけ?」
唇を艶々に湿らせて、誘いでもするかのように囁いた。
 「見込みのある子の印しだよ」
 「見込みのある子?」
 「特殊能力のね。探してるらしいから、協力しているんだ。私も少しはあるからね」
一瞬の頭痛はそのせいかとアキラは思った。彼は、アキラが胸ポケットに付けたルーン文字のチャームを見て、その能力を放ったのだろう。ただ、その力は大した物ではない。何かしらを見られる程度のものだ。

 「行方不明の子の事訊いてよぉ」
さっさとこの淫ら恥ずかしい行為を終わらせたかった。ニックが小さく舌打ちをする。
 「彼女たちの事は知らない。心配しているんだ。私が占い師に紹介した子達だったから」
 「じゃ、占い師はどこで会える?」
 「机の中にメモがある」
その言葉に早速、机の抽き出しを探ってアキラは一枚のレポート用紙をニックに見せた。いくつか住所が記されては消され、最終段だけが日付と共に記されていた。たぶん、期日を区切って転々と居所を変えているのだろう。

─もう用はないよ。早く終わらせて!─アキラは直接ニックの意識に話しかけた。了解とばかりに親指を突き立てたニックは、でもまだ化学教師の首に腕を巻き付け、身体を密着させている。ダンっとアキラが床を踏んだ。
 「名残惜しいけど、催眠解除…」
そう言うとたっぷり間を持たせた長いキスをする。同性ながら色気まで感じてしまうのを、アキラはドキドキと赤面しながら見つめていた。
 こちらに近付いて指をパチンと鳴らし、そのまま部屋を出て行くニックを見送る。急に我に返ったアキラはゆっくり正気を取り戻しつつある化学教師に慌てて礼を言うとニックを追った。

 「いい男見つけるとすぐなんだからぁ。止めてよね~。ボクまでドキドキするよ」
並んで歩きながらアキラが言うと、ニックがにやりと笑った。
 「興奮した?俺とキスしたくなったら、いつでもいいぜ」
がばっとばかりに肩を抱き寄せて、耳元で言った。とたんに頭から湯気が吹き出しそうなほど真っ赤になって、ニックを突き飛ばした。
 「止めてよ。ボクは女装は趣味だけど、ノーマルだから。アナベルって彼女も居るからっ」
 「彼女?まだ本心も聞きだせずにいるくせに」
 くすくすと笑った。今どき漫画でもそんな展開ないぜと、大いにからかった。
 「いいんだよ。純愛なの。清く美しい恋の花を咲かせるのがボクなの」
はぁ、そうですかー。はいはい左様でございますかー。ニックはその演説は聞きあきたとばかりになおざりな返答でその場を去っていった。

***********

 「ここ…みたいだね?女の子がいっぱいいるよ」
言葉尻にハートが付きそうな声でアキラが言った。
 上階が住居になっている商業ビルだ。小さなカフェや雑貨・衣類の店など、個人オーナーが出店している店が一階と二階に並んでいる。数人の少女が表のカフェの看板を見て指さし、きゃっきゃと笑みを浮かべながら入っていくところだ。アキラも制服の襟やリボンを直すと、いそいそと車の外へ出た。

 「ヤバくなったらすぐ呼べよ」
車のドアから釘を刺すように言った。ヤバくなる云々より、アキラが女装のまま何かしらやらかしてしまうのではないかと、それが心配だ。
 「分かりましたぁ。行ってきま~す」
浮ついた足取りでビルの中に消えていくアキラを、女装しているのを忘れているのではないかと心配しながら見送った。


 「あ・のぉ~?」
そっとドアを開けた。
 どこか郷愁を誘うような弦楽器の音色が部屋に満ちている。夕暮れのように落とした照明。ルーン文字と古い遺跡を模したような壁紙が部屋を埋めていた。

 テーブルについて雑誌に目を落としていた女が、はたと顔をあげた。緑がかった瞳に、白く輝くようなプラチナブロンド。美女だ。
 彼女はアキラの胸ポケットから覗く御守りに目を止めると、椅子に座るよう促し、入り口に閉店のパネルを下げた。
 ドキドキしている。妖しい美しさにではない。彼女の目的が読めないからだ。たぶん彼女も何かしらの能力者なのだと分かった。



 「占ってほしいのね?何が知りたいの?」
女が微笑みながら、テーブルの上にカードを無造作に広げ始めた。
 「えーと………将来の事とか?」
何か考えておくんだったなぁと思い巡らせて言い淀みつつ一言。
 そう。と、その大雑把な悩みには気に止める風もなく、ルーン文字の描かれたカードを広げ終えると彼女は再びアキラを見つめた。
 「さぁ。お好きな文字を選んでご覧なさい」
彼女の囁きが空洞の中で反響するように聞こえてきた。カードの静止画が頭の中にずっと現れている。強く発信しているからなのか、脳の中心に細い針を刺されているような鈍い痛みが始まった。
 早く終われ!痛みから解放されたい思いで、促されるままにそのカードを示すと、再び女の声と画像が入ってくる。否応なく集中を繰り返され、頭痛は次第にひどくなってきた。今にも机に臥せってしまいたいくらいだ。

 「結果が出たわ」
女の嬉しげな声が弾むように投げられた。ひどい頭痛に吐き気までしてきたアキラは、やっとの事でカードから視線を上げた。と、女が何かを握ってアキラへ向けている。
 「合格よ!」
品の良さげなハンカチで口元を覆った女は、そう言ってアキラにスプレーを吹きかけた。ニックを呼ぶ間も、突然の事で防ぐ間もなかった。

**********

 車の中でニックは、後ろから誰かに引っ張られるような強い衝撃を受けていた。痛いとかいったものはない。感覚だけなのだが、その直後からアキラの気配を全く感じなくなった。どうやら何かあったらしい。

 急いでアキラが入っていった建物の中へ飛び込んでいった。
 が、あるはずの占い師の店など見当たらないのだ。階層を間違えたかと上へあがってみたが、どの階にもそれらしい店は見当たらない。アキラはまだ気を失っているらしく、呼びかけにも意識は返ってこなかった。


 無事でいろよ。小さく呟いて車の中へ戻ってきた。別の行動を起こさなければならない。
 アキラに何かあった以上、占い師が少女失踪の原因の一つなのは間違いないだろう。計画は変わったがアキラがその首謀者のもとに拉致されたのなら、いずれテレパシーを使ってコンタクトを取ってくるはずだ。ニックはそれを待つことにした。

 それから小一時間ほど経っただろうか?すっかり日も落ちて車の往来が多くなってきた。アキラからはまだ返答がない。気配も感じない。まだ意識を失っているということか?まさかぐっすりと眠っているなんて事はないだろう。
 これだけ待って気配すら感じないということは、もしかするとアキラはもうこの周辺に居ないことも考えられた。



 一方アキラは、暗闇の中でかすかに呻いていた。頭が痛い。ガンガンする。どこかで女の子の声も聞こえる。
 何人だろう?二人か三人はいそうだ。それから今の自分の状況を考えた。ふんわりしている。たぶんベッドの上なのだ。何故ベッド?

 パチッと目を開いた。自分の直前の状況を思い出したのだ。あの占い師に何かを吹きかけられた。たぶん、麻酔ガス。飛び起きるとずきずきと頭が痛んだ。ひどいことしてくれるなぁ。ブンブンと頭を振って呟いた。
 「起きたのね?あなた大丈夫?」
見覚えのあるブレザーの制服を着た少女がベッドサイドに来て声をかけてきた。自分が着ている女子高の制服と同じものを着ている。何枚か見せられた行方不明の少女の一人だ。
 「ここ、どこ?」
 「分からないの。この部屋、窓も無いんだもの」
悲観的な眼差しで頭を振りながら言う。すでにこの状況に諦めもしているようだ。奥のソファに二人、キッチン近くのテーブルには一人の少女がいてこちらを見ているが、やはりここから逃れることを諦めているようだった。
 「窓も時計も無いのよ。外に連絡しようにも電波も届かないの」
 「でもそこにテレビがあるじゃん?」
 「録画しか見られないんよ」
ソファに座っていた小柄な少女が言った。中学生もいたはずなのでその子だと思った。
 「眠くなったら寝て、一日が終わる感じだよ」
スラックスをはいた少年のような雰囲気の少女が言う。
 「あの女、一日二回食事をくれるんだけど、朝食か夕食か分からないもんね」
 「小腹が空いたら、おやつ食べ放題。太れっていうのかしら?あの女、まるでお菓子の家の魔女よ」
ソファに腰かけていたもう一人も言った。

 この子達を集めてどうしようというのだろう?しかも行方不明の少女はこの子達ばかりではない。失踪に原因が見当たらない少女は、十数名はいるのだ。こうして数人単位でどこかに監禁しているのだろうか。
 カチャカチャと鍵を開ける音がする。あの女よ。と、同じ制服の子が教えてくれた。たぶん食事。ともう一人が言い、激マズだよと小柄な子が言って小さな笑いが起きた。


 さっきからニックへもテレパシーを送っているのだが、返答がない。能力を遮断されているのかもしれなかった。二人がリンクしていれば居場所も分かるし対処の手立てもつけられるのだが…能力が使えなければ丸腰の役立たずそのものである。
 だったら、場所だけでもはっきりさせたかった。この窓の無い部屋が地上か地下か?一軒家か集合住宅か?それだけでも確認したかった。

 「お嬢ちゃんたち、そろそろ食事よ。」
例の占い師が食材と思われるものが入った白い袋を提げながら、短くて狭い通路の奥の扉を開くところだった。
 「てぇぇい!」
先手必勝とばかりにベッドから飛び降りると狭い通路を突進した。外に開きかけたドアに体当たりし、ドアから飛び出す。
 「え?」
そこもまた、窓の無い細い通路。クリーム色の壁が淡い照明に輝き、一瞬見ただけでは他の部屋のドアも女がやって来ただろう出入り口らしきものも見えなかった。そしてすぐに暗転。
 女の仲間と思われる二人が、飛び出したアキラの背後にいたらしい。さらに状況を確認しようとしたアキラの背中に針のような痛みがあり、直後に電流が走ったかのように身体が硬直した。そのまま気を失ってしまった。


 **********


 スタンバイハウス。

 クールが眉をつり上げ、腕組みした指を苛立たしげにパタパタとさせている。
 「で?ニコラスは特段探しもせずにここへ戻ってきたのですか?」
 冷ややかな声音で言われる。名前の通り冷てぇ男だなぁと、言われていることは分かっているとばかりにニックはクールから視線をそらせて耳穴を掻く仕草をしてみせた。
 「いちおう、探したぜ。周囲もあのビルの中も。防犯カメラは死角になってるらしくて、アキラの歩いてる姿しかないんだ。しかもだぜ!占い師の店なんてどのフロアにも無いんだ。外へ出た時は、あったはずの看板まで無くなってる。その辺の奴らに聞いても、みんな閉店したって言うばかりなんだ」
 「それで、他の方法も試さずにノコノコと帰ってきたと?」
頭に来る言い方だなと睨み付けたが、本当の事だ。アキラには呼びかけたが反応がなかったことも説明した。
 「俺のテレパシー、届いてないのかも。バリアとかで」
言うと、クールが首を振った。
 「あり得ませんよ。あなたたちの力をシールドするような材質のものは無いはずですし、開発されたという話も聞きません。アキラの事ですから爆睡している可能性もあるでしょうね」
やっぱりそっちに行くかと少々の納得。それでも、とクールは言を続けた。
 「あなたの顔の両側についているのは、ただの穴ですか?」
 「これ、使えってかよ?」
両耳を押さえてニックは嫌々と首を振った。
 「アキラを探すつもりがあるなら、当然使うでしょう。それなら例えバリア何ぞがあったとしても機能するはず」
 「だけど……」
 「だけども何も無いでしょう。あなたはもう十分に克服してるし、大丈夫です」


 「分かったよ」
長い間があってから、渋々と声をあげた。決心はついたが、本当は嫌なんだと言わんばかりのゆっくりとした動作で腰をあげ、クールが開いた重たい扉の中へ入っていった。

 防音室だ。扉が閉まると何一つ音を捕らえられない。しかしニックは違った。どんな小さな音も捕らえることができる耳を持っているのだ。防音室など本当は役に立たない。だが視界もなにもが遮断された部屋が一番集中できる。
 静かな部屋の中にいたとしても、周囲の生活音。外にいる人々の話し声。足音。風の音。車の音。遠く岩に砕ける波の音。その瞬間発せられている全ての物音がニックには聞こえてくるの。幼い時はそれが普通であると思い、近くの人が自分に発せられているだろう言葉もそれとは分からなかったために聞こえない子なのだと思われていた。
 その特殊な聴力が分かってからは色々と嫌な思いもしてきたわけだが、訓練と耳奥の装置のお陰で普段は雑音を除外することができるようになったのだ。
 「さて、と。あいつ、爆睡してなきゃいいけど」
 呟いて床に座り込むと、大きく息を吸って目を閉じた。ある程度効果のある両耳の奥に入れたキャンセラーをはずす。聞こえることを意識しないでいる、心の開放の準備が必要だ。直後に雪崩れ込んでくる音の洪水だけは、数をこなしても慣れないものだから。
 流れ込んでくる声。雑音。自然音。音の衝撃に身体が仰け反りかけたがなんとかこらえた。その中からアキラの声を探し出す。海の中に落ちた小石を探すようなものだ。
 それでもアキラは拾いやすい方かもしれない。アキラの声はあちこちに落ちている。自称、売り出し中のアイドル。初めて会った時そう言っていたのを思い出して笑った。
 まだ本当に駆け出しらしく、メンバー不足のバックダンサーにかり出されたり、商品名を連呼するようなコマーシャルソングを歌ったり、ローカルテレビで大物シンガーの新曲をプロモーションしたりもしていた。本人も一曲出しているらしいが鳴かず飛ばずのようである。
 これじゃあな。あちこちから聞こえてくるアキラの声を聞きながら、ニックは苦笑した。

 一方。

 何かの上を滑っているような、奇妙な浮遊の感覚を覚えながらアキラは次第に頭をはっきりさせていった。そういえば電流でも受けたような熱い衝撃を背中に受けたんだった。そう思った。
 わりとスッキリした気分なので、長く眠っていたようでもある。寝ていたんじゃない。ずいぶんと長く気を失っていたんだ。そうだそうだ。言い訳がましく心で呟いた。身体を起こそうと腕に力を入れると、手錠で後ろ手に拘束されているようで起き上がれない。代わりにうっすら目を開いた。
 プラチナブロンドの頭が、ひたすらテレビを眺めている。少女達が見えないのは、あの女がそこにいるからだろうか?女の仲間なのだろう。二人の女も画面を眺めてはキャーキャーと騒いでいる。あのはしゃぎ様、酒も入っているのだろう。ワインボトルが二本テーブルで空になっていた。
 見ているのは、大掛かりなイリュージョンシーンだった。テレビが機能していないと言っていたから、録画されたものなのだろう。
 若い男が鎖でぐるぐるに巻かれ、いくつかの鍵が繋がれている。更に鍵付きの木箱に入れられ、それも鍵で止められ、重りをつけられて巨大な水槽へ沈められようとしている。水槽の周囲にはボウガンが何台も仕掛けられタイマーがセットされた。
 見ている女たちはグラスに口をつけるのも忘れて画面に見入っていた。木箱の中のカメラが、男がもがきながら鍵をはずそうとしているシーンを写している。水がどんどん浸水している。暗転。木箱はとうとう水槽に沈んでしまった。心配そうに息を飲む女たち。
 黒い布が水槽を覆い隠した直後、何本ものボウガンの矢が一斉に放たれた。水槽は割れ、床に水を撒き散らしている。
 期待を持たせるようにドラムの音が鳴り響いた。照明があてられ、派手な花火があがると、水槽に沈められていた鍵付きの木箱の上にびしょ濡れの男が現れた。激しく肩で息をしている。
 アイドルに送る声援のように女たちが声をあげている。

 あれくらい、ボクもできたらなぁ。ぼんやりと心の中で呟いた。超能力といっても、物体の残留思念を読み取ったり、ニックとのテレパシーでの会話くらいなものだ。種も仕掛けもあるイリュージョンだけど、サイコキネシスが使えたらもっと派手なイリュージョンができるだろう。けっこう万能だろうなぁ。などと考えた。
 女たちがひときわ声高に悲鳴をあげている。黄色い悲鳴というやつである。男がカメラに向かってウインクしてみせたのだ。

 あー、うるさい!思った直後だった。突然、額の裏側が痛む感覚。また、何か来る?。痛みの恐怖と期待とが込み上げた。
 そう。残留思念が読めるようになった時も、テレパシーが使えるようになった時も頭に突然の痛みが襲ってきた。この激しい痛みの後に新しい力を得ていた。きっとまた何かの能力が目覚めるんだ。とは思ったが、何ともしがたい痛みだった。

 「あらあら?目が覚めたのね」
アキラが痛みに呻いているのに気がついた女が、ベッドサイドへ寄ってきた。
 「来るな!さわるな!」
 「いきなり何よ?」
全身がビリビリとする。まるで針を刺されているようだ。ベッドの揺れまでもが痛みを誘う。女も驚いていた。アキラに触れたか触れる寸前、電流のようなしびれが指先から手のひらにひろがったのだ。

 「あなた、超能力者ね?私の所へ来て何をするつもりだったの?」
 女の顔から弄ぶような笑みが消えている。冷たい刺すような瞳が、痛みに震えるアキラを見つめていた。
 「こっちも仕事で来てるんだ。逆に訊くよ。女の子達をさらってどうするつもりさ?」
ふん。と、女は笑った。
 「言ったって、何ができるの?あなたには関係の無い事。それとも私達の仲間になる?その力、何倍にも訓練してあげるわよ」
あぁ、そうか。アキラは得心した。
 女は占いと称しながら、少女達に一定の感応力があるかを見ていたのだ。見合った力がある子は、こうして連れ去られていたのだ。きっとどこかに集められ、その力を増幅させる訓練でもするつもりなのだろう。
 そんなことはさせない。女の子達はあるがままの姿で、可愛くきゃぴきゃぴとしていてくれたらいいのだ。あわよくば自分がモテモテになってくれたら、言うことはない。今だかつて可愛いと言われたことしかなく『カッコいい』と、一度は言われたいひと言だった。
 激しい痛みがすぅっと引いた。砂が水を通していくような素早さだ。代わりに、手のひらにジンジンと力のようなものが集まってくる感覚がある。今なら分かる。これはサイコキネシスというやつだ。確信だった。ガチャガチャと拘束された手錠を動かしてみた。外れるわけないでしょう。と、女がせせら笑う。
 そうかなぁ?とアキラもにやりと笑った。手錠の繋ぎ目部分を意識。それを開く。思い切り。

 がちゃりと手錠が外れた。

 初めてにしては上出来だ。踊り出したかった。それから気がついた。この部屋の中では力が使える。外に出せないだけのようだ。これなら、この力なら、なんとかできるかもしれない。
 女が驚いている隙をついて、身体全体を使って壁まで彼女を押し詰めた。仲間の女二人は突然の事で次の行動にまだ移せないでいる。行動を共にしているのであろうが、統制は取れていないようだった。
 「ここにいる子だけじゃないでしょ?他の女の子達はどこ?」
 「言うと思う?甘いわね、お嬢ちゃん」
あ?っと思った。まだ女装したままカッコつけてた!失敗したとばかりに頭を掻く。でもそこではめげない。これは自分の女装が完璧なのだと居直った。
 「教えてよ。お姉さん?」
 「可愛いから教えてあげたいけど、私達と一緒に来てくれるんじゃなきゃ嫌ぁよ」
壁際に押さえられた女は首をかしげて、耳たぶに触れそうなほど唇を寄せて囁いた。されたことのない行為に、アキラの頬が染まった。
 あら?可愛い反応と、女が再び囁く。

 その時、急に身体が傾いだ。車がブレーキを踏んだ時のような、そんな荷重。
 「到着よ。お嬢ちゃん」
 「到着?」
 「ここがただの部屋だと思っていたの?私達のトレーラーハウス。とっても大きいけど振動もなくて快適だったでしょ?」
 トレーラー…そういえばベッドの上にいた時、横滑りしているような感覚があったが、移動していたというわけだ。
 「私の勝ちね。あなた達はこれからある所へ向かうのよ。そこで力をつけて頂戴ね」
 アキラの腕を振り払うと、女は壁の中へ溶けていった。壁をすり抜けたのだ。厚さは分からない。
 「お嬢ちゃんなら、私達の良い仲間になりそうで楽しみよ」
そう言って笑う女の声がかすかに聞こえていた。気がつくと仲間の女も消えている。
 「ちくしょう!」
思い切り壁を殴り付けた。

 あの女は壁の向こうへ消えることができたのに、自分はここからテレパシーを送ることはおろか、受けとることも無理そうだ。彼女はどんな方法を使ったのだろう?この壁はどんな材質なのだろう?ごく普通の板壁。普通の壁紙のように見える。打音で確認してみても、不自然さは感じられなかった。
 やはりニックの耳に頼るしかないようだ。絶対、あとから恩を売ってくるに違いない。高く吹っ掛けられるだろうなぁ。やれやれ。思った。

**********

 拾った!ニックは顔をあげた。

 丹念にアキラの声を拾い上げ、違うものは排除。すさまじい集中力である。今やアキラの声のみを拾っているのだ。この声は、録音などしたものではない。今現在、アキラはどこかで話している。しかも自分に向かって話しかけているようだった。


 「聞こえてるかな?聞こえてると信じて話すよ」
同じ台詞を何度か繰り返した。
 「今いる部屋は力を遮断するみたいなんだ。あ、でも部屋じゃない。トレーラーハウスらしい」
一人でぶつぶつと喋りだしたアキラを、別室から現れた少女達が不思議そうに眺めている。
 「あ、気にしないでね。ちょっとお芝居の練習」
言って、ウインクしてみせる。
 「今まで移動していたんだけど、今はどこかに停まっているよ。『到着した』って言ってたから、もう移動はないと思う。あ、でもまたどこかに移動するとか言ってたよ。ここはきっと、大きな駐車場とかそういった所に停まってるんだと思うんだけど、そっちから探せないかな?かなり大きなトレーラーハウスだと思うよ。窓が無いから、それ位しか説明できないや」
届いたかどうかは分からない。何度か同じようなことを呟かなければならないだろう。面倒だなぁ。これは呟かなかった。聞こえていたら、そっちの方が面倒だ。


 「クール。トレーラーハウスだ!でかいらしい。探してくれ。俺も声を拾いながら探す。声の感じから多分、半径二五〇キロ以内」
車の始動装置をわしづかみに、ニックは飛び出そうとした。が、クールに鋭い声で呼び止められる。
 「何か食べなさい。あなたがトイレ以外で出てきたのは、一日半ぶりですよ」
気持ちが逸っているのが丸分かりだったので、いくらか落ち着かせようとのひと言だった。慌てても仕方がない。気が急いては判断も鈍るし危険も招く。
 そういう経験もあったので、素直に従った。とはいえ、コーヒー一杯。テーブルにカップもそのままに、ニックは飛び出していった。

 さてと。と、カップを片付けたクールは書斎の机に戻ってきた。
 座り心地の良い椅子に腰を下ろして机の下にある小さなスイッチを押した。背後の書斎棚が唸りをあげて奥まり、代わりにいくつかのモニターとキーボードが現れる。
 「お手伝いしましょうか?」
呟いて、現れた衛星からの画面を操作し始めた。


**********

 時々聞こえてくるアキラの声には、緊張感がない。差し迫った危険というのは今のところ無さそうだ。それにしても…
 と、ニックは怒りと困惑と脱力のない混ぜになった顔をした。

─抹茶スイーツならカモノハシ堂の濃厚抹茶タワーパフェがいいなぁ。
─えぇ?あれ、超でっかくて食べれない。
─そう?ボク一人で食べちゃうよ。
─たたら庵の抹茶どら焼は?あれって中が生クリームなんだって。栗も入ってるらしいよ。お姉ちゃんの職場が近所らしいけど、夕方には売り切れちゃうって。
─そうなの?知らなかった~

 って、何で抹茶スイーツ談義?こっちは必死で居所探してるってのに。探さないぞ!怒鳴りつけてやりたかったが、聞こえるはずもないのでやめた。


 「見つけましたよ。多分、ですが」
クールからの連絡が入った。スタンバイハウスを飛び出してから数十分後の事だ。フォローしてくれる時の仕事はいつもながら早い。
 ナビ画面の広域地図が、いくつかのポイントを指している。運送業者のトレーラー中継基地や海岸線だ。
 「大きなトレーラーハウスなら、一般の駐車場には停めにくいでしょう。キャンプ場とて同様。木の葉を隠すならなんとやらの例えがあるように、コンテナやトレーラーの集積地なら、停めてあっても不自然ではないでしょうね」
クールが言った。もし少女達を海外へ連れていくのであれば、車ごとあるいは箱だけを船に積み込めるので、地上を移動するより見つかる危険も手間もかからないだろう。とはクールの意見だ。
 「だとすると港周辺で尚且つ、大型貨物船が停泊できる港となるとそう多くあるわけではありません。絞り込めば三つくらいになります。そして」
 「そして?」
 「この三ヶ所とも、貨物船が寄港中です。それぞれでコンテナの積み込みは開始されているので、チェックするならこの三ヶ所から急いだ方がいいのかもしれませんね」
 「わかった」

 ニックは聞こえた距離感からここと思われる地点を目指して車を回転させた。相変わらずアキラと少女達はスイーツの話で盛り上がっている。お気楽野郎。こっちの気も知らねーで!舌打ちをした。


**********

 ニックは自分の声を拾えただろうか?少女達と休みなく会話をしながら思った。こうして声を発していれば、ある程度の距離までがニックには分かる。時間はかかるかもしれないが、きっと見つけてくれるはずだ。そう信じている。

 さてと。と、アキラはさっきまで女たちがいたソファへ近づいた。ニックが見つけてくれるのを待つつもりはない。あの女の目的を調べるつもりだ。外へ力を向けることはできないが、中でなら使いたい放題。嫌だけど。
 女はワイングラスをずっと握っていた。そこから何かを読み取れるかもしれない。
 「これからボクは、あの女の目的を探ってみるよ。この中だけでなら、力を使えるみたいなんだ。長く集中はできないけど、がんばるよ。うん」
大きな独り言。もちろんニックへのメッセージだ。それから大きく息を吸い込んで自分をリラックスさせると、おそるおそるグラスに触れる。
 流れ込んでくる大海原。空も海も紫と濃紺と暗いオレンジ色に暮れかけている。浮かぶ孤島。海岸線まで迫る崖や森。その奥に黒々と、村と思われる家々と中央に城の影。
 少女達をさらう理由を探したい。もっと奥。糸口を!
 きらびやかなドレスや宝飾品の数々は女の願望か?その部屋の奥に数人の男や女がいる。何かを話している。しかし内容まで分からない。
 男が振り向いた。部屋が暗いからなのか、黒い影でしかない。影は女の方を見ているはずなのに、まるでアキラを見ているように見える。
 「ぅ…わ!」
ここまで来るなと、まるで押し返されたような気がした。
 ワイングラスを持つ手が疲れでブルブルと震える。覗いていたのは長くても数十秒だと思うのだが、全力疾走したかのようだ。喘ぐ呼吸を整え、眩暈のする身体をソファに預けた。ここまで集中したのに、女の目的の糸口さえ見つからない。
 「島と村と城だけじゃ、何にも分からないや。こんなの初めて」

 「ね、どうしたの?大丈夫?」
ぐったりと喘ぎながらソファに凭れるアキラに、一人が声をかけてきた。同じ制服の少女。自分と同じ学校のようで、彼女が一番アキラに声をかけやすいようだ。
 「大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃって。…みんな家に帰りたいよね?」
テーブルに残されていた板チョコを頬張りながら言う。甘味が足りないが、無いよりましだ。
 「帰りたいよ。お母さん、心配してるかと思ったら泣けちゃうよ」
一番小柄な、中学生らしい子が今にも泣きそうだ。
 アキラはひとつ考えがあった。この子達は超能力者の卵のようなものだ。微弱ではあるが彼女達のエネルギーを自分に貰えたら、一瞬でも力を増幅できるかもしれない。やり方はニックで実証済だ。
 「お願いなんだけどね、ボクがこの部屋のドアに触れたら、君たち心の中で『ドア開け~』って、一心不乱にお祈りしてよ」
部屋の中で力が使えるのなら、内側からエネルギーを大きく与えたらバランスが崩れて開くかもしれないと思ったのだ。
 「鍵がかかってるのよ」
 「たぶん、大丈夫だよ。ボクは鍵開けの天才なんだ!」
 「泥棒さん?」
 「うーん、合鍵屋さん。なんちゃって」
誰も笑ってくれなかった。まぁいいや。立ち直りが早い。

 狭くて短い通路をアキラを先頭にぎゅうぎゅうになりながらドアの前まで来た。各々がアキラの腕や指先に触れている。アキラはドアの取っ手を握っている。
 ビリビリと彼女達の力を感じる。一つ一つは弱いけれど、集まって自分の力となって増幅するのが感じられる。取っ手を握る掌が電流を帯びているようにじんじんとしてきた。壊れちゃえ!思った。
 取っ手がぐにゃりと曲がった。アルミ箔を裂くように、ドアに穴が開いていく。うわぁ!ひどい壊しよう!自分でやっておきながら思った。
 「ほんとに開いちゃった!逃げられるね!」
嬉しそうに一人が言う。みんなが頷く。
 「すごいね!何者さん?」
 「うふふ。正義の味方さんでーす」

 ドアの外は最初に見た時と同じ、淡い照明の細い通路。窓も他のドアも見当たらない、長い通路……そう思ったのだが、
 「え?車庫、違う?」
ひしゃげたドアの向こうには数十センチの隙間を開けて鉄のような壁が立ちはだかっているのだ。わずかな隙間から左右・上下を確認するとコンテナが積み上がっているのだと分かる。外気が流れてくる。機械油の匂い。時折聞こえるのはウミネコの鳴き声。それに潮の匂い。海が近いらしい。

 「あたし達、出られる?」
 「うん。大丈夫だよ」
たぶんね。続けて心の中で呟いた。少女達を不安にさせるわけには行かない。幸いというべきか、ここではもう力を遮られてはいない。

 まずはここから出なくては。と、向かい側のコンテナに触れた。人が通れるだけ動いてほしかった。
 ギリギリと音を立てながらコンテナが動く。今はもう少女達の力は借りていない。それなのに何段も積み上がったコンテナがこうも容易く動くとは思っていなかった。予想外のパワーアップに嬉しくて笑い声をあげたくなる。
 しかしそれもすぐに緊張を増して全身が強張った。地面と金属の擦れる甲高い音に、不審に思った例の占い師の女とその仲間達が声を掛け合いながらこちらへやって来ようとしているらしい。慌てて少女達を背後に逃がした直後、女が目の前に現れた。


 「どういう事かしら?」
ずれたコンテナを指差しながら女が言う。
 「ごめんなさぁい。ちょっと触ったらこんなになっちゃったの!」
可愛らしく言ったつもりだ。
 「ふざけないで頂戴。お嬢ちゃん何者?」
まだお嬢ちゃん?いいかげん気づけよ。苦笑した。
 「何者でもいいけど、その力 欲しいわね」
女が軽く顎をしゃくった。予想外に仲間がいたらしい。背後に頭上に、銃を持った男や女がアキラを狙っている。更に後方では逃がしたはずの少女達も捕らえられていた。これだけの人数がいては逃げきれはしなかっただろう。
 「ボクは仕事で来てるって言ったろ?ギャラはくれるの?」
 「お嬢ちゃん次第よ。考えてみない?」
 「うーん。そもそも、お姉さん達は何が目的で何を考えてるか、そこがギモン」
 「お引き受けします。って言うまでは教えないわよぉ」
銃を構えた集団がじりりと近づいた。
 「ぼくはさ、行方不明の女の子達を探してって依頼を受けて探してたんだ。そしたら、お姉さん達にぶち当たっちゃった」
背中に銃の先端が当たって両手をあげた。
 「お姉さん達の仕事の邪魔はしたくないけど、彼女達を家に帰さないとボクの仕事の報酬もないんだよね~」
ぐいっと銃の先端が食い込んでいく。
 「警察とかそんなんじゃないから、連絡とかはしないよ。ホント。彼女達だけ帰してよ」
ふーん。と女の顔が近づいた。値踏みするようにゆっくりとアキラを見つめ、
 「ぅわひゃぉ!」
びっくりして突拍子もない声をあげた。女がアキラの顔を撫で回した後、全身を遠慮なく触り始めたのだ。
 「お嬢ちゃんじゃないのね。どっち?」
性別の不一致かただの女装男子なのかを問うているらしい。何だか嬉しいこと聞かれちゃった。と、ニヤリと笑ってしまう。
 「うん。世間ではクロスドレッサーって言うんでしょ?ただの女装好きな好青年だよ。ボク」
言った。それに返ってきた言葉は、
 「ヘンタイ」
だった。このご時世にそれはないよ。と、少しヘコんだが、いつまでも引きずってはいられない。
 「あなたの力は欲しいけど、可愛い女の子がいいわ。男は要らないの。消えてちょうだい」
女が人差し指をスッと立てた。
 パチパチと静電気の弾けるような音がした。掌ほどの光の玉がアキラの回りを舞い飛んでいる。女の力を知らず、完全に虚を付かれた感じだ。光の玉の中から細い繊維状の物が何本も伸びてきて、身体に絡まり始めた。
 「何、これ?」
見たことのない繊維だ。グラスウールのような、あるいは極細の金属繊維のような、でもそれらとも全く違う繊維物質。引き千切ろうにも伸びもしない。それどころか、
 「お姉さん、これ熱くない?」
 「うふふ。どんどん熱くなるわよぉ」
両手の指を優雅に動かしながら、楽しげに女が言う。
 その通りに、次第にその繊維は熱を帯び、熱くて火傷を起こしそうだった。ヤバい。このままでは可愛い制服が焦げてしまうかもしれない。出ている皮膚だって、PKの力の応用で皮膚に触れないようバリアしているが、いつまで集中力が保つか分からなかった。こうなったら、
 「お姉さーん!」
叫んで女の胸元に飛び込んだ。ふざけているわけではない。女に触れて、一時的に力を増強するためだ。突然の行動に女は悲鳴をあげ、同時に縺れるように二人は倒れた。
 女の集中が途切れ、アキラは女の力を自分に移して増幅し繊維物質を引きちぎった。
 「わぉ。怪力!初めてにしては順調!」
にこやかに言って立ち上がる。と、まだ倒れている女を見てぞわりと背筋が寒くなった。女が鬼の形相で自分を見ているのだ。美しいだけに恐ろしい。
 「ふざけてるわね。ちょっと可愛いから手加減してやろうと思ったけど、止めたわ」
拳を白くなるほど握りしめて、怒りを込めた声を振り絞った。
 「この子はいらない。殺してもいいわよ!」
その声と共に、銃筒が一斉にアキラを捉え、屋根を打つ雨のように銃弾がアキラを襲ってきた。
 「ヤバい!ヤバい!」
半ばパニック状態となりながら、攻撃の手薄なコンテナの影に身体を寄せた。
 「どうしよう?」
呟いたが落ち着いている暇はない。身を交わした直後には、その場所に銃弾の痕が無数のクレーターを作るのだ。コンテナの影から次のコンテナへ移動を繰り返す。銃を構えたまま追ってくる集団の隙をついて駐車場に停車しているトレーラー群の隙間に潜り込んだ時は、少し落ち着けた。

─ニック、どこ?
ニックがどこまで探しに来てくれているか知りたかった。
─アキラ?無事か?
ニックの声が頭に響く。
─無事だよ。無事だけどヤバいの。めちゃくちゃ絶体絶命!超絶大ピンチ!
 「あっ!」
思わず叫んだ。見つかった。
 気づいた時は全方向から銃が向けられていた。
─万事休すだ。崖っぷちだ。もうお手上げ。八方塞がり~
─御託並べてねぇでさっさと逃げろ!
─逃げろったって、この状況じゃ…
はたと閃いた。そういえばP Kサイコキネシスが使えるようになったんだ!

 「もう終わりねぇ、坊や」
頭上から声がした。女が浮かんでいる。超能力者としては相当の力を持っているらしい。しかし、こっちも覚醒しちゃったもんね。アキラはにんまりと笑った。
 「お姉さん、パンツ見えてるよ。すんごい色だね。ショッキングピンク」
女が赤くなった。油断が生まれた。銃を構えている者達にも多少動揺が見られたがそれは一瞬だ。しかしそれで十分だ。アキラの集中力の方が勝ったとき、向けられていた銃が破壊されたり、ライフルの長い銃筒なぞはグニャリと曲がっていた。
 女がヒステリックな悲鳴をあげている。あまりにも頭に来ているからなのか、何を言っているのか全く分からない。追いかけてくる連中は新たに武器を持ち、再びアキラを追いかけてくる。
─絶体絶命は抜けたけど、ピンチには変わりないよぅ。ニック、早く来て!
再びコンテナを盾にしながら逃げ惑う。この仕事が終わったら、格闘技でも習いに行こうか?本気で思った。
 今度は車の下に潜り込んでいた。バラバラと足音がアキラを探している。荒い息を押し殺しながら、ニックが来るのを待った。もう少しだと答えていた。だから待つ。待っているが、時間が間延びしているようでもどかしかった。
 マスターは武器も提供してくれるがそれは必要に迫られての時だ。持っていればこんな時、応戦も可能だったろう。でもこの国では武器の所持は認められていないし、ましてアキラ達は一個人に雇われている身だ。護身用とはいえ武器を持っていれば不法所持で警察沙汰である。自分達に危険が迫れば仕事は放棄してもかまわない。仕事を受ける上での優先事項だった。あくまでこれはサイドビジネスなのだ。しかしアキラは仕事を放棄しようとは思わなかった。あと少しで少女達を解放できるのだ。
 そのためにもニックの到着を待った。

 微かに緊急時を告げるサイレンの音が聞こえてきた。無事を問うニックの声も、頭に響いた。

**********

 サイレンの音が次第に近づいてくる。今やその赤色灯も建物の影を縫って点灯しているのが見え隠れしていた。
 音が止んだ。
 武器を捨てて投降を促す声。複数の足音は車から降りてきた機動隊だろう。防御盾のぶつかり合う音がしている。その音の合間を埋めるようにいくつかの銃声がした。
 「ちょっとだけ、お手伝い」
アキラは小さく呟くと、車の下から見えた武装集団の武器が破壊されるよう念じた。
 直後、銃の不調に一斉に隙が生まれたらしく、プロテクターと防御盾を持った部隊がバラバラと取り囲んでいくのが見え、アキラはやっとほっとした。
 「そうだ、女の子達!」
慌てて頭をあげて、したたかにぶつけた。涙が出そうだった。出ていたかもしれない。のそのそと車の下から這い出てきた。
 「よぉ、無事だったな!」
のんびりと声をかけられた。警官の制服。しかし多少着崩し、長い髪を束ねようともせず制帽を斜めにかぶっているのはニックだった。

 「うわぁ、ニックってば退廃的デカダンスぅ~」
こういうのも似合ってるだろ。ニックは答えた。誉めたわけではないのだが、言うとまたもめる。それよりは他の少女達だ。
 「ニック、他の女の子達の声拾える?」
 「またやれってかよ?一つ貸しな」
アキラの要望に不服を言いながらも、集中するように耳を両手で覆った。物や人の音質を覚えて記憶するのはニックの特技だ。次々と覚えるのは容量オーバーになるので忘れることにはしているが、思い出すことはできる。この時もさっき聞いた少女達の声を探した。
 少し間をおいて、こっちだと走り出した。岸壁の方だ。あの女の気配もそちらの方から感じられる。もしかすると、この先の大型貨物船に乗り込んだのかもしれない。
 「あの子達連れてかれちゃうかも?」
 「大丈夫。クールが船の積み荷の中に違法薬物があるって偽情報流してある。出港はできなくなってるぜ」
 「用意いいね」
二人は船に乗り込んだ。甲板に高く積み上げられているコンテナの細い通路中を迷う様子もなく進み、立ち止まる。
 「あれだ」
 「了解。いい能力、手に入れたから見てて」
ニックの示したコンテナは、高く積み上がっている一番上だった。アキラは途方にくれることもなく、頭上のコンテナを指差すと、ロックされた太いワイヤーをねじ切らせ浮き上がらせた。どうだ凄いだろう?と言わんばかりの顔はまるで子供のようだ。
 「ほ!いつの間に覚醒したよ?」
 「うん。気がついたらね」
突然だったのでそれしか言いようがない。しかし得意満面の笑みがこぼれた。
 浮き上がったコンテナを、積み込み途中の低いコンテナの上にゆっくり慎重に下ろした。
 重い扉を開くと、中から不安と恐怖に涙をにじませている少女達が身体を寄せ合いながら現れた。みんな泣きそうな顔にはなっているが、怪我はないようだ。

 「ここに行方不明の少女達がいるぞ!」
ニックはおもむろに声をあげ、存在を知らせた。もうすぐ本物の警官やら機動隊やらが大挙して押し寄せるだろう。
 「んじゃま、仕上げをよろしく」
晴々とした顔でアキラが言った。ニックが嫌そうな顔をしている。仕方がない。相手は女の子だ。
 「はい、みんな!彼の目を見てくれる?」
有無を言わせぬよう、アキラが声をあげた。ちっと舌打ちをするニック。瞳は金色だ。
 「みんな、彼とボクの事はきれいさっぱり忘れてね。明日からはいつもの日常だよ。幸せにね」
言った。それからくるりと背を向けると、警官達がやって来るのとは反対方向のデッキを降りる階段へ向かった。降り際、ニックが指を三回鳴らす。
 少女達は徐々に我に返るだろう。その時はもう、アキラの事も退廃的過ぎる警官ニックの事も覚えてはいない。

 自分達の存在を知られてはいけない。

 こういった事件絡みの仕事をする上での重要なルールの一つだ。誰にも感謝されないのは少し残念ではあるが、やり遂げた満足感に比べたら気にするほどでもない。


 「二人ともお疲れさまでした」
クールがいた。脇に宅配業者の配送トラックが停まっている。
 「めっずらし!クールが迎えに来てる」
ゴンっとアキラの頭にげんこつが落ちた。
 「二人ともその格好のままでは不審に思われますからね」
言われて納得した。ニックは偽警官。アキラは女装のままだ。二人が早々に荷台に乗り込むと。それと入れ替わりに外でクールが職務質問を受けていた。トラックの中は二室に分かれている。後方のメインの扉を開けると、たぶん山積みの段ボールがあるはずだ。積み荷を確認している声が聞こえてきた。扉の閉じる音。エンジン始動。軽い負荷と共に車は動き出した。

 ようやくアキラがほっと安堵の声を漏らした。それから笑顔を作る。
 「お仕事完了~!」
そう言って右手をあげると、ニックが応えるようにぱちんと掌を合わせた。
 「今回は危なかったんじゃないか?」
 「うん。ちょっとね。でもP Kサイコキネシスが使えるようになったよ。ボクって、スゴくない?」
やっぱりこいつはお気楽能天気野郎だ。とニックは思った。
 「あー、はいはい。お前にゃピンチなんて関係ねーな」
ボールペンを両手の間で浮かせたりくるくる回している楽しそうなアキラを見て、うんざりと言った。しかしアキラは何かを思い出したようで運転席への小窓を開くと、申し訳なさそうに声をあげた。
 「後で報告書は書くけどさ、女の子達を拉致ったやつの記憶処理すんの忘れちゃったよ」
 「そんな親玉が居たんですか?まぁでも、被害者達の記憶は無いのですから、気にせずともいいでしょう。我々の目的は行方不明の少女を探すこと。その目的が完了しているのですから、あとは公的機関に任せていいですよ」
クールの言葉にアキラの顔が明るくなった。見ていて分かりやすいヤツ。とニックは苦笑した。たぶんクールに叱られるとでも思ったのだろう。
 「んじゃま、ほんとのほんとに仕事の終了だね」
クールが用意した自分達本来の衣装に着替えながら、アキラはにこにこと呟いた。

 その後、三人を乗せた配送トラックはその業者の駐車場に停められ、そこでクールがいつも乗っている車に乗り換えてスタンバイハウスへ戻った。

**********

 スタンバイハウスへ戻ってから小一時間ほど、さっきからアキラは報告書の仕様に文句を言い始めていた。恒例の事である。

 「ねぇ、やっぱり止めようよ。この手書きの報告書」
ペンを空中にくるくると回しあげながら呟いている。
 「メールや電子文書でやり取りできる時代に、かなり時代遅れじゃない?」
前にも言いましたよね?と、クールがキッチンから声をあげた。コーヒーを淹れているらしく、とてもいい匂いがしてくる。焼き菓子の焼けてくる香ばしい匂いも食欲をそそられてきた。
 「あなた達の仕事は、公にできない全くもって私的な仕事です。もしハッキングなどされてみなさい?あっという間に存在を知られて、マスターにまで迷惑をかけるんですよ」
 「はーいはいはい!聞きあきましたー」
 「こちらも説明は飽きました。よくもまぁ、毎回同じ事を愚痴れますね。少しはニコラスを見習ったらどうです?」
淹れたてのコーヒーをテーブルに置きながらクールは言った。アキラの背後のダイニングテーブルでは、ニックがレポート用紙と向き合っている。
 ニックの真面目さが信じられないアキラは、そっと背後から近づいて覗いてみた。
 「ねー『クールの見た通り』って書いてあるよ。これでいいの?」
バカ、まだ言うな!ニックが慌ててレポート用紙の扉を閉じた。クールが呆れたようにこちらを見ている。その後、報告書の規定枚数が五枚追加されたのも、恒例の事だった。

 再びアキラはレポート用紙を前にうーうーと唸っている。作文は苦手だとか、あの文字が分からないだとかブツブツと独りごちて突然静かになった。

 「も一つ思い出したんだけど」
 「何ですか?」
 「学校の方、どうしよう?」
あぁと、クールは静かに応えた。それは解決済みだと言いたげだ。
 「アキラが捕まっているうちに、転校手続きをしておきました。ニコラスも転任したことになっています」
 「用意がいいね。クールが一番危ないハッカーだよ。でも街でバッタリってならないかなぁ」
あの制服着てなきゃ大丈夫だろう。とはニックが言った。それもそうだと思った。ニックはニックで、ちょっと目を合わせれば忘れさせられると、自信たっぷりだ。


 スタンバイハウスを出たのは翌日の朝だ。クールが作ってくれた手の込んだ朝食をおかわりまでして出てきた。ウンと伸びをしてアキラは言った。
 「やり遂げた後の朝って、気持ちがいいねー」
言いながら玄関から外に出て、車庫の前に回る。仕事や学校へ急ぐ人々が同じ方向へ歩いていく。朝になってから帰れとクールが言った意味がよく分かる。住宅街の中だから、真夜中に家を出ていくなど怪しまれるだろう。

 シャッターが開いて車が現れた。紺色のパールカラーが朝日に眩しい。と、ニックが思い出したように声をあげた。それからポカッとアキラを殴る。
 「いきなり何?」
 「謝れ」
 「は?」
 「俺の耳に謝れ」
 「何?」
 「何はこっちだ。まがりなりにも歌を商売にしてるなら、音ぐらいまともに取りやがれ。俺の耳が腐る。だから謝れ!」
 「えぇ~?何の言い掛かりだよぉ?」
 「自覚は無いのかよ、コノヤロウ!謝れったら謝れ」
 「やだ!」
謝れ。嫌だ。
延々と繰り返す二人のやり取りをキッチンの窓から眺めながら、どちらも子供だなとクールは苦笑していた。次の仕事までには、少しでも大人になってほしいと願わずにはいられない。まるで親になった気分だった。
 まだ揉めている。そろそろ若い母親が幼稚園児を登園させるために出歩く時間である。若い男が二人、ぎゃいぎゃいと喚いていては不審なことこの上ない。
 「いいかげん帰りなさい!」
キッチンの窓を全開にして、声を荒げた。その場で一メートルほども飛び上がった二人は、慌てて車に乗り込むとようやく庭から去っていった。
 先が思いやられる。そうは思ったが、二人の仕事の成長を見守るのも楽しみに思えてきた。フッと笑みを浮かべ、騒々しさの失せたリビングのソファで、クールはやっとのんびりとコーヒータイムに入った。


  『女占い師にはご用心   了』 
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