A&N 副業やってるけど、副業の方が本職っぽいよ。

阿佐田あさ

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閑話 1

アキラ、ニックの本業を知る

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 ニックが突然変なことを言い出したんだ。ボクのボイストレーナーになるって。特訓だって。
 どーして?
 ボク、歌えるよ。自信があるか?ったらちょっとアレだけど、人並みに歌えるもん。
 そう言ったらこの間みたいにポカポカ殴るんだ。今日なんて事務所のマネージャーに会わせろ。上の人間に会わせろって。
 結局会わせることになったんだ。メンドクサイ。ぶぅ~

 ボクが所属してる事務所は立ち上げたばかりで、まだ名の売れてる人がいないんだ。だから小さい仕事もたくさん入れて、みんなで頑張ってるの。
 社員は社長も入れて五人。社長もマネージャーを兼ねている。所属タレントは今は十五人。あ、何人か辞めたな。十人だったかな?弱小事務所だけど楽しい職場だよ。

 「で、ボイストレーナー?」
社長でマネージャーのエンジュさんが眉を吊り上げた。褐色の肌に山吹色のスーツがすっごく似合っている。クセの強い髪を揺らしてボクとニックをじぃっと上から下まで舐めるように見つめてくる。それから眉を吊り上げて、肩を上げて鼻から大きなため息。
 綺麗なんだけど、こういう仕草されると怖いんだよな。少し苛っとしてるんだ。

 「それが貴男にできるわけ?」
エンジュさんがニックに言った。
 「できるさ。俺は耳が良い」
うわー自信たっぷりに言ってるよ。そりゃ、耳が良いのは認めるけどさ、音楽ってなったら別じゃない?

 それからまたエンジュさんはニックを見つめて、持っているタブレットで何かを調べて見つけて、それから机の引き出しをゴソゴソさせてる。あそこは美形や可愛いもの好きなエンジュさんの、宝物コーナー。こっそり覗いて、うへぇ?ってなったな。
 「ニコラス・オランジュ?」
呟いた。
 ニックの名前はニコラス・ケインのはずだけど。振り向くと、ニックは肩をすくめた。
 「待って!あのオランジュ?本当に?」
エンジュさんが興奮して早口でしゃべる。引き出しの中から一枚の音楽ディスクを取り上げてる。
 ニックは否定もしないで、わずかに口角を上げた。

 「アキラ、貴男ってばすごい人と知り合いだったのね!」
ぅわぁ。エンジュさん、黒い瞳をキラキラさせて乙女の顔だよ。
 「そうなのねー。任せちゃうわ。アキラ、彼に付いてしっかり勉強してね」
 「えぇ?なんでそうなっちゃうの?お・おらんじゅ?何それ?」
頭の中ハテナマークでいっぱい。
 「オランジュよ。ニコラス・オランジュ。クラシック界の大物がこぞって共演したがる、めったにステージには出なくて、出れば一番チケットが取れない、バイオリニスト!」

 興奮してる。鼻息が火事場の煙だったらボヤではすまないような勢いだ。
 「なの?」
振り向いてニックに訊いた。あぁって、短い返事。あーそうですかー。ボク、クラシックは聴かないしなぁ。
 「世界一美しいバイオリニストなんて、言われてるのよ!なんでしがない顔だけアイドルが彼と知り合いなのよ?」
しがない?ひどい言い様。泣くよ、ボク。
 「アキラ、良い機会だからちゃんと勉強するのよ。そしたらもう『顔だけアイドル』じゃなくなるわ」
 今、さらーっとひどいこと言った。顔だけアイドルって、何ー!
 「歌えるようになれば、売れるわよ」
 「んなの、もう歌えるよぉ」
 『あれは歌じゃない!』
ってニックとエンジュさんの声が重なった。ひどっ!
 「アキラに歌わせた時、後悔したわ。何テイク歌わせてもダメ。どころかどんどんダメになって、結局最初に録ったの使ったのよ。覚えてるでしょ?」
あー、あのCМソングかな?そんなにダメだった?ボク、上手く歌えてると思うけどなぁ。
 「ボイストレーニングして、まともになれば売れるわよ。たぶん」
最後のたぶんが小声って、失礼だなもう。

 それからはエンジュさんはただのミーハーになってニックにキャーキャー言ってた。



 帰り道。
 ボクのお気に入りのカフェで二人で小腹を満たしていた。
 「ニックって、本業はバイオリニストだったんだ?」
 「あぁ」
って、いつも素っ気ない返事だなぁ。
 「こぞって共演したがるバイオリニスト。なの?」
 「みたいだな。俺は気になる奴としか共演しないから」
ふーん。ニックの事だから渋いイケオジとかそんな所なんだろな。思っていたら、
 「あっ!ボクのイチゴ!」
ボクが食べてたパンケーキのラストのイチゴをニックが盗っていった。
 「俺に失礼なこと考えてたろう」
 「えぇ?読んだの?」
テレパシーは遮断してたはずなのに。
 「やっぱり考えてやがった」
ハッタリだったんだ。膨れて睨んだらにぃっと笑った。
 「これから週一でこの近くのスタジオを押さえてあるから来いよ」
 「待ってよ。本当にやるの?」
 「当たり前だろ。おまえのためってより、俺のためだけどな」
 「何それー」
 「音程の合わない歌を聴かされるのは拷問だ。しかも本人に自覚無しの垂れ流し」
ひどい言われよう。ちょっと腹が立ったからイチゴの復讐にサンドイッチの付け合わせに付いてるカットオレンジをフォークでブン盗った。ザマーミロ!
 「よくも盗ったな!」
 「イチゴのお返しだい」
あかんべーをした。あれ?オレンジ……オランジュ?
 「あははは」
笑った。そっかー。
 「ニックの好きなフルーツ、オレンジなんだね」
 「違うし!」
あれ?もっと文句を言ってくると思った。え黙っちゃったよ?
 《俺の愛した人の好きなものだったよ》
 少ししゅんとなって、ニックはテレパシーで答えた。悪いことしちゃった。
 「ごめん。端っこ噛んじゃったけど返すよ」
フォークで戻した。ら、頬っぺた引っ張られた。
 「おまえはなぁ」
呆れている。
 「感傷に浸る暇もねぇや」
またにぃっと笑った。


 前に訊いた話。
 ボクとコンビを組む前、ニックの愛した人が亡くなったんだって。
 ボクといたら気が紛れるのじゃないか?ってクールが言ってたな。
 うん。ボクってニックにいい影響与えてるのかも。
 「何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いぞ」
 「うん。うんっ」
ニックが変な顔してる。でもいいや。早く立ち直るんだぞぉ。
 「気持ち悪」
ニックの言葉、あえて無視した。言い返せばまた戻ってくるんだもん。勝てる気がしないよ。ボク。


 で、後日。


 ニック指定の音楽スタジオに来た。
 多人数から個人で使えそうな大小様々なスタジオが一棟一棟独立している。
 こんな所、あったんだ。すごく立派。レンタル料高いんだろうな。ボクの事務所じゃ借りるの難しそうだよ。

 たしか、奥の小さいスタジオだって言ってた。
 入り口に立って呼び鈴を押す。音がしない?
 あ、たしか防音だし演奏中は気がつかないから光かなにかで報せるって話だったよな。

 「来たか」
にぃっと笑った。来なかったら迎えに行くつもりだったって言った。いちおう約束だもん。行くよぉ。

 中は意外に狭かった。グランドピアノが場所を取ってる。
 小さなキッチンとトイレ。ソファが一つ。
 あれ?トイレから水の流れる音。
 「誰かいるの?」
 「初日だし、知り合いの声楽家を呼んだんだ。丁度こっちでリサイタルを開く」
ニックが言った。
 「キミがニコラスのセートさんね」
トイレから出てきたのは長身の男。
 今までの流れから行くと、ニックの好みに近い髭オジだな。
 「ドメニコ・カンタロッツィいいますよ。ニコラスともチガって、キュートな男の子ダネ」
カタコトで早口で、いかにもな陽気な国の人だ。で?誰なの、この人?
 「マズは握手ネ。ヨロシクヨロシク」
ボクはあっと思った。マズい。考えちゃった!あわてて手を離したけど遅かったよぉ。

 映像が流れた。この部屋の……

 「お、おい。顔が赤……や……何…を?」
ニックも感づいた。
 「R指定」
ボクはそれしか言えない。やだやだリアル成人映画~!
 「今日は練習サボる!」
ボクはスタジオを飛び出した。
 はっずかしい。何この超能力。こんな時、もう嫌って思うよ。
 おりび庵で口直ししよ。うん。そうしよう!


 夕方、ニックからお詫びが来た。オープンしたばかりのドーナツ店のドーナツを持って。
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