A&N 副業やってるけど、副業の方が本職っぽいよ。

阿佐田あさ

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その3

初仕事

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 二週間ほど前の爆発事故が故意に起こされたものだと結論付けられ、一人の男が逮捕された。素直に罪を認めたというが、彼の父親が再度調査をして欲しいと訴えていた。もう一度調査をして、それで納得の行く結果が得られれば息子の罪も認め、父親として償いたいのだという。再調査の申請はしているものの、まだそれは認められていなかった。

 「マスターは本当のところはどう思っているんだ?」
報告を聞いていたニックは、クールの差し出したコーヒーを受け取って言った。受けとる時に腰までもある長いブラウンの髪がはらりと落ちたのを、右手で耳にかけ直す。その仕草が色っぽい。顔立ちが中性的で上背もあるので、ともすれば女性のモデルとしてステージに立てそうだ。しかしニックは女嫌いとまでもいかないが敬遠するタイプで、女よりは歳が一回り以上ある男性が好みだ。
 「さあ?マスターはいつものようにそういう訴えを見つけただけでしょう?」
クールはこだわる程の疑問でもないと、静かに受け流す。

 マスター──名前も年齢も性別さえも分からない。唯一分かるのが、相当な資産家ということだけだ。
 マスターは仕事の依頼を受けるのではない。日々上がってきたり聞こえてくるニュースの中から気にかかるものをピックアップしている。それをクールが精査をして再びマスターに報告したあと、取りかかる仕事を選択したり適任者を決めるのだ。全てマスターの判断ひとつ。良く言えば慈善事業。悪く言えば〈金持ちの道楽〉なのだ。

 この仕事を─副業だが─自分もこなすようになって、改めてルールを思い出していた。
 マスターの正体には疑問を抱かないこと。マスターの指示には従ってもらうが、絶対ではない。また、怪我や死に至る事故があっても、自己責任。
 全てはマスターの身分を守るためだ。クールもマスターの仕事を取り次ぎはするが、その正体は知らないらしい。知っていたとしても、話さないとは思うが。
 以前、声からその所在を探そうと試みたことがあった。しかしマスターの声に乗せて人には聞こえない音波が同時に発信されており、気持ちの悪さに倒れてからはそれさえ止めた。
 ただ、仕事のために必要な物・事に関しては無条件で用意してくれる。時には武器さえも躊躇せずに用意してくれるのだ。今の住まいにしても、マスターが用意してくれたものだ。財力はかなりの物だと思う。報酬も、時には本業より良いかもしれない。

 「どうします?他の者に回してもいいですよ?」
 「いや。マスターは、俺なら何かできるかもしれないって、呼んだんだろ?」
複数の案件をマスターは振り分ける。どんな裁量を持って適任者を決めるのかは分からないが、いつも本業に支障のないペースで仕事を終わらせることができた。
 次の仕事(本業)はひと月後だ。余裕で終わらせることができるだろう。たぶんだが。
 「やるよ。いつまでも家で落ち込んでいられないし」
苦しく、寂しそうな声だった。
 「彼の事は残念でした。でもニコラスならそう言うと思いましたよ」
クールはニックの飲みかけのコーヒーに、ブランデーを染み込ませた角砂糖を落とした。少し驚いた。涙をこらえた鼻の奥がツンと痛い。これはエドワードの好きな飲み方だった。
 エドワードが本職の方で死んだのはひと月ほども前。その報せを聞いたときはかなり取り乱した。身内がおらず、クールの助けを借りてニック一人が彼を見送った。しばらくは何も手を付けることができなかったが、何時までもこうしていられないと、立ち直る気持ちも生まれてきたところに、マスターからの仕事の依頼が来たのだ。


 ニックとアキラが出会う直前からのスタートである。

 *********

 髪は束ねた。スーツはマスターが用意した。伊達眼鏡をかけるとインテリ風。首から下げた身分証と、左に付けた腕章は架空の報道機関名が書かれている。クールが作ってくれたIDカードは、どこのセキュリティもほぼ通ってしまう優れものだ。悪用はしないが。
 「まぁまぁか?」
全身を映して呟いた。若い記者のようだ。ビジネスマンがそろそろ出社するだろう時間を見計らい、ニックはスタンバイハウスを出ていった。
 



 記者として警察に出向いて話を聞こうと思った。が、まだ取調べも済んでいないとけんもほろろに追い返されてしまう。では、とニックは父親の方から詳しく経緯を聞こうと足を向けた。
 彼の自宅は数十年前に宅地造成された土地の建売住宅だったようだ。数家族の入れ替えがあり、リホームなどもされているようだが、外観がほとんど変わらない家が並んでいる。
 同じ家並の奥。裏手がもう林という一番端の家がそのようだ。改めて見ると、ずいぶんと小ぢんまりとした家だ。当時の流行りであったのだろうが広い間取りではなさそうだ。が、父親と二人で慎ましく暮らすには十分と言えよう。
 そこに住む『篠原イサトゥ』という容疑者は、十歳にもならない頃から不登校の引きこもりだったそうだ。母親の失踪などもあったが詳しい理由は分からない。が、十数年間も世間との関わりをほとんど絶っており、ようやく社会との接点をつかもうとある事務所でアルバイトを始めた。それが、今回爆発事故が起きた会社である。
 職員はイサトゥ一人。出社すると職場のパソコンに業務内容が指示されていて、彼は午前中いっぱいそこで作業する。仕事内容については父親も知らないらしい。ただイサトゥは他人との接触も無いので気が楽だったようだ。
 だが、ひと月程過ぎた頃からイサトゥは再び塞ぎ込むようになり『これで最後にする』と家を出て今回の事件である。
 新聞や報道で聞いたのと大差ない内容だった。


 「その『これで最後』の意味は、お父さんには分かりますか?」
ニックは小さなボイスレコーダーを父親に向けた。
 「見当もつきません。ふがいない父親で、すみません」
無造作に束ねた白髪混じりの頭を揺らし、無精髭まみれの顔を撫でた。息子の起こした事に、憔悴しきったようにも見える。父親というものは、我が子の事となってはこんなにも心配するものなのだろうか。自分とは無縁の感情だがうなづけそうだ。理解したとまではいかなかったが。
 「気になさらず。こちらも新人なもので至らないことばかりです。地道に取材をさせていただきますので、また伺わせて下さい」
 自分らしくない物言いに、鳥肌を立てながらその家を後に、爆発事故の現場へ向かった。


 さて……。
 建物全体を覆うパネルゲートと規制線の前で、ニックは自分に気合いをいれるように大きく息を吐いた。取材許可は取ってある。現場の検証もほぼ終わっているのだろう。警察も現状を変えないならばと許可してくれた。

 中は三階建てのオフィスビルと聞いていた。その一階が現場である。しかし妙だった。爆発事故とされているはずが、炎が上がった形跡がない。吹き飛んだ天井の縁がぐるりと焼ききったように焦げているだけだ。その煤が床にパラパラと落ちているだけである。散乱している紙類には少しも焼けた気配が無い。


 「ここってさ、こないだ爆発事故があったっていうのに、焦げひとつ無いんだね」
背後からいきなり甲高い少年の声が上がった。
 驚いて振り向くと、十五─六の少女のような面立ちの少年が立っていた。左手に数本のポップキャンディを持ち、右手には舐めかけのキャンディを持っている。
 「誰だ?ここは立ち入り禁止だぞ!」
言うと、えへへと照れ隠しに笑い、少年は続けた。
 「だって、綺麗な長い髪のお姉さんがここに入ってったから。んで、付いてきたらお兄さんだったの」
 「何が目的だ?お前『篠原イサトゥ』と関係があるのか?」
返答次第では催眠術を使うつもりだ。この仕事をしていると、時々妨害にもあう。そういう類の人間だと思ったのだ。
 「それ誰?ボク、綺麗な女の人の姿を見たかったんだよ。それなのに野郎だったなんて残念」
ニックの質問にはひとつも答えることなく、いたく残念そうにブツブツとぼやきながら周囲を見回していた。
 「何なんだ?帰れよ」
 「帰ってもいいけどぉ、お兄さん、肌も髪も綺麗だよね?お手入れとかしてるの?ボクと同じ趣味だったら語り合おうよぉ」
 ニックの質問には答える気はないようだ。そもそもニックの話を聞いている風もなかった。
 「うるさい。仕事中だ。失せろ」
 「仕事?そっか。ボクも仕事中なの。駆け出しのアイドルって、何でもこなさなきゃいけないんだね。今日はこのキャンディを食べながら街を歩けってさぁ」
周囲を眺めながら言う。
 「ニュースでは爆発って言ってたけどさ、嵐にでもあったみたいだよねぇ」
彼は言った。情報は知ってはいるようだが、興味ではないらしい。が、件の事件現場とあって周囲をキョロキョロと見回している。
 確かにそうなのだ。爆発した形跡はない。何かが大暴れしたかのように物が散乱しているのだ。
 「あはは!天井、空までぶち抜きー!」
けらけらと笑っている。巨大な何かが空まで吹き上がったか、もしくは落ちてきたのか、天井の一部がぽっかりと抜けている。その天井部分は捜索しているが欠片さえも見つかっていないという不可解さだ。青空がよく見えると、彼は伸びをするように空へ手を向けて振っている。しかしこの少年の不真面目なまでの軽薄さ。仕事中だと言っていたが、その真剣さが足りないようだ。真面目に仕事に向き合っている自分を、嘲笑うかのような陽気さだ。
 「ここ、何やってたんだろうね?爆発物でも作ってた?でも、火が出た形跡も無いや。書類なんかも有るけど、特別って感じじゃないもんね?何かの秘密組織とか?」
そこまで言って、思い出したようにまたけらけらと笑う。特撮番組のその他大勢の悪役に出たけど、覆面を被っていたので放送を観ても自分を見つけられなかったのだと言う。
 調子を狂わされる。辟易として天を仰いだ。誰かこいつを外に放り出してくれ。思ったが自分しかいない。関係の無いことに自分の調査の時間を潰されたくなくて、ニックは苛々としてきた。
 「ここから出ていけ。早く!」
 「うわ、怖ーい」
少しも怖がっているふうはない。興味は周囲に向いているようだ。
 「邪魔するな!早く出ていけよ」
ニックの声も怒鳴りに近くなっていた。
 「はいはい。お邪魔しました。あ、キャンディはバイオレットポップ!新発売でーす」
 

 「ふざけるな!行け!」
腕を振り上げて殴る仕草をしてみた。きゃっと叫んで、彼は避けようとしたが、それより先に散乱した本や紙の山に足を取られて豪快に尻餅をつき、そのままひっくり返ってしまった。
 痛かったのか、しばらく起き上がれないでいるらしい。
 「すまない。本気で殴るつもりはないから」
申し訳なくニックは言って手を差し出して腕を取ろうとした。が、袖に触れかけたその手を払いながら少年は、じぃっとひっくり返った机や書棚の奥の隙間を見ていた。
 「邪魔したお詫びにさ、何か見つけたの。あそこ。壁と床にできた隙間に挟まってる物があるの。仕事中だったんでしょ?何かの手がかりが無いかって、思ってたでしょ?」
仕事中とは言ったが、何か手懸かりになりそうなものはないか?とまで話した覚えがなかった。いや、言っただろうか?彼の行動に苛ついて記憶が定かではない。しかし彼の言うように、確かに何か小さな物が挟まっている。
 持っているペン先を使い、慎重に掻き出してみた。四角い小さなメモリーカードのようだ。
 「メモリー?ここの事故の手懸かりになるかもね?邪魔したお詫びになってよかった」
 「俺がなにか探してるって、何で分かるんだ?お前、ここの事何か知ってるんじゃないか?返答次第じゃ強制的に話してもらうぞ」
詰め寄ると、触れられまいと彼は慌てて後退りした。
 「そんなんじゃないよ。綺麗なお姉さん見かけて入ってきただけで、お姉さんが男で……!」
言葉が最後まで続かなかった。
 風を切る鋭い音がした瞬間、ニックが摘まんでいた爪の先ほどのメモリーカードが何かに弾かれて空を飛んだのだ。落ちていくのを見逃すまいと、彼は手を拡げて受け止めた。
 しまった!という一瞬の表情の後、彼はその場に倒れ込んだ。荒い息をあげて、手のひらからメモリーカードを無理やり振り落とすように見えた。それからぶるぶると震えながら、ポケットに仕舞い込んでいたキャンディの包み紙を破いて口に頬張った。
 「おい、どうした?」
 「ダメ!今、ボクに触らないでぇ」
助け起こそうと手を差し出すと、彼は悲鳴のようにそう口走った。
 「今ボクに触ったら、キミのプライバシーみんな見えちゃう」
少し落ち着いたところで彼は言った。
 「超能力者エスパー?」
ニックは呟いた。
 「うん。過去視っての?物の残留思念が読めるの。ここでね、誰かがここで超能力を高めてたよ」
所構わずに読まないよう訓練してきたが、考えている事とその物が同調したとき、今のようにいきなり見えてしまうのだという。少しの時間とはいえ体力も精神力も消耗してしまうのだそうだ。触れている時間が長ければ、戻れなくもなるらしい。
 「ごめんね。邪魔したお詫びにボクの視たこと受け取って。ただ、本当にこことは関係ないの。本当に女の人と間違えて追いかけてきちゃったの」
ぺこぺこと二重三重に頭を下げて彼は言った。良い手懸りをくれたのだ。もう怒ってはいない。こっちも驚かせてしまったのだから。
 「こっちこそ、思わぬ手懸りをもらったよ。戻ってこのカードを調べてみるさ」
拾い上げてニックは言った。しかし、メモリーカードは一部が欠けて変形していた。読み込むのは難しそうだ。
 「何だろうね?これをピンポイントで狙ってきたみたいに落とされたよね?」
 「長居しない方が良さそうだぞ。これも持ち帰ればこっちが狙われそうだな」
ニックはメモリーカードを大袈裟な動作で放り投げた。まだどこかで何者かが監視しているかもしれない。
 「出るぞ。今度は俺たちに射ってくるかもしれない」
そう言うと、出口へ向かった。彼もあたふたとニックを追いかけてくる。
 「じゃあな。もう二度と見間違うな」
厳しい眼差しを向けてニックは言った。その冷たい視線にごめんねを繰り返しながら、彼はバタバタと角を曲がって賑わっている人通りの多い方へと消えていった。
 やれやれと頭を振った。収穫はあったが、とんだ邪魔が入ったものだ。しかし、妙な少年だった。物怖じすること無く話しかけてくる。良く言えば社交的でおおらか。悪く言えば考え無しの単純バカ。そこまで思って小さく笑った。同年代くらいの人間と話すのは初めてだ。しかし、ああいうのにはあまり関わりたくはない。振り回されそうな気がする。もう一度会いたいとも思わなかった。

 「ニコラス!」
ビルの反対側へ渡ったところで声をかけられた。クールである。
 ビジネスマンならそろそろ仕事上がりの時間だろう。今日はここで仕事を終わらせるとクールに伝えてあった。迎えに来てもらったのだ。


 「先ほどの子は誰です?」
スタンバイハウスへ向かう車を運転をしながらクールは言った。
 「知らない。俺を女と間違えて追いかけてきたらしい。ずいぶん調子のいい奴だったぜ」
思い出して少し苛ついた。しかし彼も超能力を持ち、過去を見ることができて、調査の糸口を見つけてくれたとは伝えた。
 また、見つけたメモリーカードの事やどこからかカードを狙い撃ちされたことも。
 「何度も言っていることですが、危険が及びそうであれば調査は打ち切ることですよ。危険に会わせることを、マスターは望んでいませんからね。亡くなった彼もきっと同じでしょう」
 「分かってるよ」
過ぎ去る街並を眺めながら相づちを打ったニックは、上の空だった。こっちが本業だったら、エドは死ななかったのかもしれない。そんな『もし』の思いを、車が車庫に収まるまでずっと巡らせていた。


 **********

 マスターの仕事を受けて一日こなした後、本業の方を抜けられずに数日。マスターの方からも都合がつかないから調査を中断してくれと、更に数日の休みが過ぎた。久しぶりにスタンバイハウスに戻ってきてみれば、
 「なんでこいつが居るんだ?」
 「やっほー!おひさー!」
 事故現場で会った少年が、部屋に入ってきたニックにブンブンと手を振った。大袈裟な身振りをしなくても、嫌というほど視界に入ってくるのだ。遠慮しろとニックは思った。
 「ニコラスの話から、彼は仕事の手助けになるかとスカウトしてみました。適性は十分にあります。コンビを組んでください」
 「冗談だろ?」
 クールの青い瞳を間近に、噛みつく勢いだ。
 「冗談ではありませんよ」
 いたって静かな物腰で佇みながら、クールはニックを見つめ返す。
 「俺は嫌だ」
 言い争って熱くなればなる程、クールはその名の通り冷たく冷静になる。分が悪い。あからさまに不機嫌な表情で、ニックはどかりと少年が座るソファの正面に腰を下ろした。
 「ぅわ、何か怒ってる?」
 戸惑うというより、不思議そうに目を丸くして首をかしげている。
 「気にしないで下さい。意にそぐわない状況に癇癪を起こしているだけですよ」
 静かに微笑むクール。しかしクールはニックが少なからず苛々していることはよく分かっていた。
 「ボクでいいのかな?」
 小首を傾げて、まだ不思議そうな顔をしている。お前の存在そのものが迷惑なんだとニックは思った。
 「ニコラスには良い機会なのです。今まで歳の近い人間がいなかったものですからね。ニコラス。彼はアキラ。同年代ですから仲良くなさい」
 エドワードは生前、自分には歳の近い友が必要だと言っていた。だからといっていきなりこの展開は迷惑この上ない。
 「嫌だ」
 「何が嫌?例えば、どんなことが嫌なの?」
自分より濃いブラウンの瞳が、見つめてくる。辛い経験をしてきた事が無いような、無垢な視線だ。だからあんなに物怖じすることもなく、他人の懐に入ってこれるのだろうか?
 そうか。と、ニックは思った。自分とは過ごしてきた環境が違うだろうから、受け入れられないのだ。
 エドワードが同年代の人間と交流を持てと言っていたことを思い出した。学校へ行っていなかったために、同じ年代の人間の考え方や行動を知らない自分を、彼は心配していた。しかしその頃は、エドワードが自分の前から永遠にいなくなることなど考えていなかったのだ。彼と共にいれば、他は大きな問題では無かったのだ。
 「お試し。って、どう?」
少年─アキラ─が提案してきた。
 「君はボクの事知らないし、ボクも同じだもん。ボクの事も知ってよ。いろんな環境の人と過ごすことも、必要なんでしょ?」
そこまで言ってから、アキラはあからさまに慌てて口を押さえた。
 「エドがよく言っていた言葉。俺の過去も読んでたのか?」
厳しい眼差しだ。
 「うっかり見えちゃったの。メモリーカードの時。でもほんの数秒で、だからすこしだけで……」
 「一緒に仕事なんて、やっぱり無理だな」
ニックは駄目だと首を振った。頼まれても無理なものは無理だ。
 間違ったことをされているわけではない。それが癪に触ると言えば触るのだ。アキラはたまたま見えてしまったのだ。その見えたことを誰かに話すということはしないようだ。先ほどの口を滑らせて慌てた表情が物語る。
 しかしその素直な行動がまた癪に触るのだ。その純粋なキラキラとした瞳にも。
 ふん。と、鼻息を荒くしてニックはアキラに背を向けた。ソファの背もたれが邪魔になるので、上に正座をして背もたれを抱えている。
 「ほぉ……」
その行動を、クールは珍しいものを見たと声を漏らした。
 「そんな拗ねた姿を見るのは初めてですね。なんとも子供らしい」
くすりと笑う。
 「拗ねてなんてない!ガキはあっちだろ!」
親指を後ろへ向けて声を荒げる。
 「子供じゃないよぉ。もう選挙権だって、カードだって持ってるもん。車だって運転できるよぉ」
緊迫感の無いゆったりとした口調でアキラは言う。カサカサと何かの包みを開く音もする。ちらりと振り向くと、チョコバーを口に運ぶところだ。
 「おやつ持参は子供じゃないか」
 「え~っ?糖分の補給はより良い思考を促すためにも、大人には必要なんだよぉ」
 「はん!言い訳じゃねーか。ガキ、ガキ!」
見たことが無いような喚き口調が面白くて、クールは声を圧し殺して笑っている。ニックは完全に拗ねた子供のようだ。これまで見たこともない姿だった。
 「大人。なんだよね?」
アキラがテーブルを乗り越してニックの背中に迫る。
 「あぁ!そぅ…?」
荒げた声は最後までいかなかった。振り向くと、口にチョコバーを押し込まれたのだ。甘い。苦手なほど甘い。
 「ならさ、大人の対応取ろうよね。お試しの一度きり。やってみようよ」
いつも冷静なクールが、声をあげて笑った。


 ニックは自分が調べた経過について、車を運転しながら話していた。たった一日だけの調査なので、成果は無いに等しい。唯一の功名といえば、アキラが視たイサトゥの思念だけ。これがまたニックには癪だった。
 「ねぇ、経過については分かったからさ、ボクと運転代らない?」
 「あぁ?」
唸るような声音で返答し、じろりとアキラを見返した。
 「ぅわ、すっごい迷惑そう」
 「新人は黙って俺の仕事を見てりゃいいんだ」
面倒臭そうに一息吐いて、ニックが言う。
 「やだ。パワハラ?でも、運転はボクの方が得意だよ。後ろ見てよ。この道狭いから追い越しもできずに行列ができてるよ」
ニックはその後のアキラの呟きも聞き逃さなかった。『カルガモのママみたい』
 「俺は安全運転なんだよ。交通ルールはきっちり守るんだ」
癪に触る。自然と声が荒くなる。
 「でも、車の流れを妨げてもいけないんだよ」
苛ついているニックなど気にする風もない、こだわりの無い返答。ニックは正論に息を飲んで怒鳴り返そう……と思ったが、正直に言えば車の運転は苦手だ。それを見透かされたようでまた腹が立ってきた。結局、交代した。

 「で、まずはどこへ?さっき、イサトゥに話を訊くんだって言ってたけど、そうすると留置されてる警察署ってば遠いんだけどさ?」
運転席へ着いたアキラが言った。ニックが左折ばかりで移動しているのは気付いていた。が、これは言うまいとアキラは思った。


 目的地には五分もかからず到着した。アキラはずいぶんと裏道を知っているようだ。そりゃ、生まれ育った街だから。と、アキラはにこやかに返答した。
 署内には様々な手続きで訪れる者もいる。二人も然して不審に思われることもなく、担当部署のあるフロアへやって来た。
 「何か探して?」
受付の若い署員が二人に声をかけた。
 「篠原イサトゥの弁護士の秘書です。早急に確認したいことが発生しまして、彼に接見したいのですが?」
流れるように淀みもなく、アキラの口から嘘が漏れてくる。
 「先ほどいらしたばかりで。まだ何かありましたか?午後には移送を始めるそうですが?」
移送?と、ニックとアキラは顔を見合わせた。アキラは想定外の返答に何を話すべきか口だけをぱくぱくとさせている。これ以上間が開けば不審に思われるだろう。その前に……と、ニックはその瞳を金色に光らせた。
 催眠術。その言葉がいちばん適当なのだろう。ニックの超能力のひとつだ。
 「篠原イサトゥに会いたい。案内してくれ」
 「あぁ、はい。こちらへどうぞ」
彼は来客を招くように二人を案内し始めた。


 「ねぇ、何?今、何をしたわけ?キミの瞳、一瞬金色に光ったよ?」
アキラが小声ながらも早口でまくし立てた。
 「俺の特技。催眠術。そして黙れ」
アキラの胸ぐらに指を突き立てて言った。しかし、そんな脅しのような仕草ではアキラは黙りそうもない。接見室に入ってからも、ブツブツと呟きながらニックの能力を羨ましがっていた。

 接見を拒否していたのか時間がかかっている。アキラの呟きにいい加減飽きてきた頃、やっとイサトゥが現れた。艶毛のないバサバサの灰色の頭。染めが抜けてずいぶん時間が経つのだろう。毛先だけ緑色が残っている。眠たそうにも見える神経質そうな生気の無い瞳が、ぼんやりと二人をとらえた。
 

 「さっきの弁護士と違うんだな」
乾いた少し高い声だ。アキラとニックは顔を見合わせた。奥にいる立会人が邪魔だと互いに思ったらしい。軽く手を上げ、その男を招いた。同時にニックの瞳が光り、男は頷いて面会室を出ていった。
 「あのビルを破壊したのは、本当にお前なのか?」
ニックがまだ瞳をゆらゆらと光らせている。返答次第ではまた超能力ちからを使うつもりだ。
 「なんだ弁護士じゃないのか。アイツらの仲間でもない?そうだよ。おれがやったんだ。でもあんな風にしたかったわけじゃない」
警戒しつつ苛立たしそうに言う。
 「何かの超能力なんでしょ?ちょっと制御しきれなかった?」
アキラが現場で見えた内容から推測して言った。イサトゥはおや?と目を開いた。もしかすると、やつらとは違う人間かもしれないと期待を持った。
 「なぜそれを?おれはこんな能力なんていらないんだ。それなのに解放しろ。仲間になれって。…父さん…」
イサトゥが思い立ったように二人を見つめた。
 「頼む。父さんの無事を確認してくれ。あいつ等、父さんの安全をちらつかせて、おれの能力を解放しようとしたんだ!」
先ほどまでの虚ろな視線は成りをひそめた。緊張の増した瞳がすがるように二人を見つめている。
 「移送ってのも嘘だと思う。おれはネットでしかやり取りをしていない連中のところに連れていかれるだろう。おれが言うことをきかないと、今度は本当に父さんに何かするはずだ。父さんを、できれば必ず安全だっていう所に匿ってくれ」
彼は必死に祈りのポーズをとっている。
 「妙なことになっちまったな。爆破事件が本当にお前の仕業かを調べるだけだったのに」
 「どうするの?」
他人の依頼を受けるような決定権はアキラにもニックにもないのが通例となっている。しかし捜査中に派生した依頼については、状況によっては判断を任される。結果が良ければお咎めなしだ。失敗すれば始末書を書かされると聞いている。
 「移送は午後って言ってたな?わかった。確認してくる。その後、お前もここから解放だ。ここにいる間は大丈夫そうだが、お前の身の安全も不確かそうだからな」
ニックは言うと、指をパチンと弾いた。程なく立会人が現れ、イサトゥは促されるまま立会人と共に消えた。

**********

 閑静な住宅街。といえば洒落たデザイン住宅でも並んでいそうだが、数十年前に宅地化されたここは、少々雑多な家並が続き、所々は更地になっている。二人はそこを車で走っている。
 「なんだか寂しい住宅街だね。で、どこに向かってるの?」
 「この先、あの林の手前」
実に無愛想な物言い。仕事でもなければ、一緒にいたくないという態度があからさまだ。他人に対して壁を作ってこなかったアキラにも、これは少し切なくなってくる状況だ。しかし努めて明るく、
 「変わった場所だね?でも…」
言いかけた。
 「道が狭いからここで停める」
言い終わらないうちに指示が入った。
 渋々といった表情でアキラは従う。現在の設定は記者の助手。余計な口出しはしない事とニックからクギを刺されていた。路地をいくつか曲がり、背後に林がひろがる住宅街の最奥の一軒家が目的地だ。周囲は荒れた庭などの家があちこちにあり、宅地の古さを思わせられた。

 チャイムを鳴らすと程なく現れた白髪交じりの男。前回会った時は無精髭を伸ばしていたが、今日はこざっぱりとしている。
 「久しぶりです。再捜査を取り下げたと聞いたのですが?」
 「あぁ、少し待ってください」
彼は戸惑ったように視線を動かしてから、家の奥へ消えた。
 その間ずっと、アキラがニックのスーツの袖を引っ張っている。なんだよ?と鬱陶しそうに振り向くと、
 「あの人、誰?」
アキラはニックの耳元で言うが、小声でもないので筒抜けだ。
 「イサトゥの父親。あぁ、会うのは初めてか」
するとアキラは頭を振った。しかもブンブンと大きく。
 「ボクが見た父親は、ハ…つるっぱ…頭髪の淋しいヒトだよ」
直後、ニックは苛立った顔を驚きに変えた。癪に触る奴だが、能力ちからは認める。アキラが感応したものが本当だろう。更に問いただそうとした時、異質な音を聞いた。
 甲高い電子音。どこかで聞き覚えがある。
 エドワードの仕事に同行した時、過激な奴等が仕掛けていた時限装置。それと同じような音だ。
 「逃げるぞ!」
アキラの襟首を鷲掴むと、自分でも想像つかない力で低木の生け垣の中に飛び込んだ。
 直後、轟音と共に炎と熱風が入り口のドアを吹き飛ばした。火柱も屋根を突き破り、黒煙が高く立ち上っていく。周囲の家から家人がわらわらと集まりだし、見上げたり指差したりをしている。
 「この後、どうするの?」
ちょうど茂みの中にすっぽりと覆われて、二人は周囲から見えていない。
 「どうするって、人が少なくなるのを待つしかないだろう?」
困りきった顔をして、ニックが言った。
 「でもさ、父親がニセモノってバレて、イサトゥの事も調べているの気づかれてさぁ、イサトゥってヤバくない?」
言うと、ニックの顔が今度は険しくなった。
 「ヤバいな」
 「だよね」
ニックの同意に頷くなり、まるで周囲の動きに紛れるように悠々と立ち上がり、拾った植木鉢の破片を片耳に当てながら通りへ出ていった。気が気ではないニックがその後をあたふたと付いていく。
 「そうです。爆発音がして。はい。はい。中に人が居るかもしれません!」
いかにも切羽詰まった風な声音だが、アキラは茶目っ気を込めた笑顔でニックの方を向いて舌を出して見せている。
 「イサトゥのとこ、行こ!」
車を停めた場所まで戻ると、持っていた破片を放り投げて言った。まだ戸惑ったままのニックは、言われるままに助手席のシートに納まる。考えがまだ追い付いてこない。
 我に返ったのはグンと加速が付いて、身体がシートに沈んだ時だった。
 「おい。俺たち見られたぞ。爆破の容疑者にされたら…」
 「大丈夫だよぉ。ボクたち通報してたでしょ」
植木鉢のカケラでだけど。と笑う。アキラ曰く、堂々としていれば大丈夫だと。本当だろうか?ニックは胡散臭そうな顔を向けるばかりだ。それに、
 「スピード落とせ。今度はスピード違反で捕まるぞ」
言ってる端から、爆発した家へ向かうと思われる数台の警察の緊急車両が一台、こちらへターンしてきた。しかしアキラは暫くは減速しない。逆に大丈夫だとニコニコしながら言うのだ。
 やがて減速。停車。パトカーが後方について、警官が降りてくる。
 「お急ぎでしたか?」
運転席の窓を開けたアキラへ、警官が訊いた。
 「困るんですけどぉ」
免許のカードを見せながら不満顔を向けている。
 「今、撮影カメラが回ってるの。あなたのせいで、撮り直しだよ。撮影申請出てたでしょ?見てないの?ほら、上空でヘリだってドローンだって飛んでるでしょ?」
嘘だ。ヘリは爆発現場をとらえてるはずだ。しかし警官は少し戸惑い、問い合わせようとしている。
 「待ってられないの。時間との勝負だよ。でも、今このシーンも使われるかもね。おまわりさん、スターになっちゃうよ。じゃ、時間がないから行くね。確認、ごゆっくりー」
言うなり、急加速でその場を去る。
 頭が真っ白になって思考停止したのは、これで何度目だろう?呆れて開いた口が塞がらないというのはこういう事か。ニックは自分に感心した。
 「よくもまぁ、しれっと嘘がつけるな」
 「悪人みたいに言わないでよ。名演技と言ってよね」
アキラはあくまで楽しそうだった。

 制限速度になったのはイサトゥがいる警察署が近づいてからだ。いくつかの出入り口を見て回ると中央入り口にワゴン車が止まっており、人の動きがある。
 「ねぇニック」
 「ニックぅ?」
呼ばれた言葉に鬱陶しそうに返答。今までそんな短縮形で呼ばれた事がなかった。
 「んじゃ、ニコラス?君?様?」
 「いい。ニックで!」
こんな軽い奴にフルネームで呼ばれるのは気に食わない。
 「あのね、後ろのシートに移って左のドアを開けて」
 「は?」
後方への移動は可能だが、何を?とまで考えて気づいてしまった。
 「まさか俺に、イサトゥを引き込め。とか言うんじゃないだろうな?」
 「ご名答ぉ」
 運転中だというのに拍手。
 「俺は腕力仕事はしないぞ!」
 「ボクもだよ。でも、運転中だからお願いね。タッチ&ゴーだよ」
あっさりと指示を出すので、ニックは頭を抱えた。
 「失敗したらどうするんだ?」
 「逃げて次を考える。出てきた!行くよ!」
数人の署員に囲まれて、背を丸めたイサトゥがのろのろと歩いている。やはり彼の移送は早められたようだ。
 車は加速を増した。もう覚悟を決めてやるしかない。意を決して後部座席へ移動したニックはドアを開いた。落ちないでね。と、アキラの声が聞こえたが、もうそれどころではなかった。
 タイヤを激しく軋ませながら、ワゴン車の横で車をターンをさせる。停まったのは一瞬。成功するとは思っていなかった。
 車が猛スピードで近づくのを目にしたイサトゥを囲んでいた男達が、その勢いにたじろぎ怯んでガードが緩んだ。その目の前に横付けで急停止するとイサトゥの姿が顕になる。次いで急発進。考えるより先にニックは彼の襟首を掴んで車に引き入れていた。綱渡りのような計画は成功した。だが、
 「ぅわぁ、いっぱい来た」
 「ったり前だろ!」
派手に音を鳴らしながら、ありったけの緊急車両が追ってくる。
 「どーしよ?どーしよ?とりあえず逃げる!」
スピードを上げながら通常走行の車を何台も追い抜いていく。車は郊外へと向かっていた。とりあえずは車通りの少ない道を走って、事故が起きるのを回避しているらしい。
 「あんた達、何でこんな事?」
やっと我に返ったらしいイサトゥが声を上げた。
 「俺たちはお前の家へ行ったんだ」
 「そしたら、キミのお父さんのニセモノが出てきたよ。家もニセモノ」
 「家も?」
驚いたのはニックだった。アキラはそうだよ。と頷いてみせる。
 「キミの家に行きたい。じゃないと、お父さんの安否も分からないんだ」
訝しい顔でイサトゥはニックを見つめると、無言で頷いている。
 「でも、まずは後ろのお巡りさん達をどうにかしなきゃね」
 アキラは切羽詰まった風もなく、どこか他人事のように笑顔で声をあげた。
 「無茶なことするから……」
 「え~っ?だってぇ、あの場合ってドラマとか映画でやるようなアレしか思いつかなかったんだもん」
 「その緊張感のない喋り、やめろ!」
 「ぶぅー」
これが自分なのにと、アキラは口を尖らせた。

 『まったく。あなた方は何をどうしたらこんな事になるんです?』
 車のスピーカーからクールの呆れた声が流れてきた。仕事には車を渡されるのだが、常に位置情報をクールが把握できるようになっている。
 『あちこちの監視カメラには、あなた方がしっかり映ってますよ。これであなた方も犯罪者ですね』
 しかもクールはどこのシステムにもハッキングが可能で、たぶんアキラが撮影中などと作り話でスピード違反をしている頃から追っていたのだろう。
 「どうしよう?」
初めてアキラが困った顔をしている。
 『仕方がありませんね。この先左に曲がると住宅街です。その中に我々が管理している家があります。シャッターを開けておきますから、心置きなくスピードをあげて後方を振り切ってください』
 カーナビがその地点を点滅し始めた。
 「おっけーで~す!」
能天気なまでのアキラの声と共に、ガクンと身体がシートに押しつけられた。アクセルを踏むアキラの足は床に張り付いている。初めてスピードを上げる車が恐ろしいと思った瞬間だった。

 **********

 車が車庫へ滑り込むとシャッターが静かに閉じてロックのかかる音がした。次に車はゆっくりと地下に下がり、天井が閉じる。まるでSFやスパイ映画のようだとアキラは思った。こんな事ができるのも、マスターの財力の賜物だ。どんな事業をしているかは謎だが。

 いそいそと狭い階段をあがり、三人はリビングへ入って安堵の顔を見合わせた。誰も何も言わずただ大きなため息を漏らし、やっと緊張の糸が解れたようだった。
 「正直言うと、君を奪還するのがこんなに上手く行くとは思わなかったよぉ」
アキラは一番大きなソファに飛び込んでうつ伏せに寝そべると、うんと伸びをした。
 「かなり無謀な賭けだったけどな。これからどうするんだ?下手に外に出られないぞ」
ニックがレースのカーテン越しに外を見ながら呟いた。捜査関係の車が行き交い、捜査員が家々を一軒ずつ訪ね歩いているようで、いずれここにも来るかもしれない。車は隠したので居留守も可能だが。
 「どーしよ?どーしよ?ねぇー」
ソファに身体を伸ばしたまま、アキラはじたばたした。じたばたしているが、本当に困っている雰囲気でもなく、傍目には他人事を傍観しているようにも見えて、ニックはその気の緩さに小さく舌打ちをした。
 「そうだ!隠れるトコ探そう!」
部屋という部屋をうろついて、寝室で歓喜の声をあげた。
 「でかい声出すな。外にまで聞こえたらヤバいだろう!」
 「だってだって、綺麗なのから可愛いのまでより取りミドリ」
クローゼットの一つを開いてアキラは目を輝かせていた。女物の服や小物が並んでいるのだ。仕事の関係で衣装替えしなければならない時の一式だ。当然男物もあるがそちらには目もくれない。えへえへあはあはとニヤつきながら、鏡の前で服をあてている。ニックは呆れて首を振り、イサトゥは目を丸くしていた。

 『今、あちこちのカメラに映るあなた方を消している作業をしています。終了次第連絡しますから、それまではここで待機していてください』
 どこかにあるらしいスピーカーからクールの声がした。
 「だとよ。休もうぜ。これからの計画もあるしな」
どこから声が聞こえるかなどは意に介さず、これがいつもの事であると知っているようなニックは、冷蔵庫からミネラルウォーターを三本出してテーブルに置いた。
 「あんた方、何者?」
イサトゥがやっと声を上げた。トーンの高い声はやはりかすれている。
 「俺たちは、あんたの父親が『再調査してほしい』旨の話を聞いたある人の希望で調査している。警察は再調査しないらしいからな」
 「ある人って?」
 「それは言えない」
そう言ってニックは話を終わらせた。正体不明の人間の依頼調査などとは言えるわけがない。自分たちでさえ、誰なのか分からないのだし。

 『しかし……』
 再びクールの声が聞こえてきた。あなた方は私に、過労死させる気ですか?と、溜め息とともに憤りを含んだクールの声。
 『カメラというカメラに映り込んでいますよ。まったく……。予定より時間がかかりそうですね』
 うんざりとした声音と、責めるかのような溜め息まで聞こえてきた。かなり厄介事らしい。
 「ゴメンねぇ」
驚いて目を見張るイサトゥの前にアキラが現れ、悪びれる風もなく声をあげた。断りもなく女装している。パフスリーブのレモン色のTシャツに小花模様のミニスカート。中性的な顔立ちに体型なので、家でくつろぐ女の子のようでまったく違和感がない。ニックは大きなため息を吐きイサトゥはドギマギと顔を赤らめていた。
 気をとりなおし、
 「それまで缶詰なのか?」
訊いた。
 『そうですね。食事でもして休んでいなさい』
 不満げな声のニックにクールの返事も腹立たしげだ。作業が手間取っているのだろう。普段なら聞かないような舌打ちが聞こえた。
 「でも、父さんが心配なんだ」
 『父さん?』
 説明がまだだったとニックは悔いた。仕事中に発生した更なる依頼は、現場の判断に任せられる。ただし報告はしなければならない。さもないと始末書まで書かされる。
 「あのね、彼の話を聞いて家へ行ったの。そしたらニセモノがいて家もニセモノで、いきなり爆発して、それで彼もアブナイんじゃないか?って戻って説明するつもりが移送が早まって……」
 『もう少し分かりやすく話せないのですか?』呆れたような溜め息でアキラの説明をクールは遮った。
 「ニック、お願い」
 「つまり、イサトゥは父親を盾に取られて何者かに脅されていたらしいんだ。その安否を確認してほしいと言うことで家へ向かったらアキラの言うことには何もかもが偽物だったらしいのさ」
アキラに振られたクールへの説明を、小さく舌打ちをしてからニックは続けた。
 「俺たちが調査していると知られたからイサトゥの安全も危ういと動いたら、アキラのやらかしでオオゴトだよ」
 「やらかしってなにさー!」
 「やらかしただろうが!」
ニックは指折り言い始めた。爆破現場でのニセ通報。公道での猛スピードにカーチェイス。警官への嘘八百。おまけに堂々とイサトゥを奪還。
 「目立つ事ばかりだぜ」
 「ちょっとやりすぎちゃったかな?えへ」
全く悪びれるふうはない。
 「なーにが『えへ』だよ。申し訳ないとか思わねぇのか?」
返すとアキラは目を丸くし、うーんと首をかしげてみせる。
 「とりあえず、ごめんねぇ」
笑顔を見せて言うアキラに、議論は無駄のようだとニックは諦めた。
 「というわけでイサトゥの爆破事件に彼の父親の捜索が加わったんだ」
 『分かりました。マスターには私から報告しましょう。消去作業の終了までは待機してください』
 クールの声に被せるようにイサトゥが『でも、』と声をあげた。
 「父さんや家の事、早く知りたいんだ。早くここを出て確認したい」
少し苛立たしげなクールの溜め息が聞こえた。
 『気持ちは分かりますが、慌てていては上手く行くものも失敗しますよ。ここは堪えて下さい』
 イサトゥはアキラとニックのやり取りの間も、居ても立ってもいられないのか腰かけてはすぐに立ち上がり、部屋をうろうろと歩き回っていた。追われているのでなければすぐにでも飛び出してしまいそうだった。
 そうだね。と、アキラが立ち上がった。
 「こうしてても仕方がないし、何か食べようよ。だんだんお腹空いてきたよ」
アキラが遠慮もなく冷蔵庫やキッチンの戸棚を漁りだした。
 「でも……?」
言いかけるイサトゥの口に見つけたクッキーが押し込まれる。
 「食べないと、いい考えは浮かばないんだよ」
食べたいだけだろう?とニックは言ってみたかったが、このままでは何もできない。朝から食事もろくに摂っていないし、胃に何か入れた方が良さそうだと思い、言いかけた言葉を飲み込んで頭を振った。

 ストック棚にはすぐに食べられる食材が主菜からデザートまで揃っている。我が家然として女装姿のまま床に座り込んでいるアキラは、すでにスナック菓子を拡げて吟味している。口には先に見つけたクッキーが咥えられ、ブツブツと何事かを呟いていた。
 緊張感や仕事をしているという意識は無いのだろうか?いや、行き当たりばったりでイサトゥ奪還に成功した辺り、肝が座っているということか?どちらにせよ仕事がうまく行けばいいのだろう。コンビを組んだばかりのアキラを眺めつつ溜め息を深く吐いて、ニックはチーズ味のクラッカーを一つ取った。


 「でさ今さらだけど、この家って何?普通の家なのにスパイ映画みたいに仕掛けだらけだね」
見つけた巨大マシュマロを頬張りながらアキラが言った。
 ニックの説明では、ここはマスターの依頼で捜査する者たちの拠点のひとつということだ。一軒家だったり高級なマンションや外見が古いアパート。営業している店の裏口や、公衆トイレもあるらしい。ニックもすべてを把握しているわけではなく、クールからの又聞きだ。そういうものが街のあちらこちらにあるらしいのだ。
 説明してあげたというのに、アキラの返答はあっさりしたもので、興味はすでに他の事に移っているらしかった。


 「んで、時間もある事だしイサトゥ?イッくんでいい?キミの能力について教えてよ。ボクはアキラ。物を触ると残留思念を追う事ができるんだ」
チョコレートやらクッキーやら、甘いものばかりを並べて手に取っては選びながらアキラは言った。当のイサトゥは初めて耳にした自分の愛称に目をしばたたかせている。
 周囲との違和感や自分の力に引け目や疎外感を感じ、自分から学校や社会と距離を取ってきたので『イッくん』と呼ばれたことが戸惑いと共に新鮮だった。思えば友達付き合いというものも記憶にはなかったので、同年代の友人とはこんなものなのかとアキラの自分に遠慮の無い態度が、存外心地よくもあった。
 「言いたくないこともあるんじゃないのか?こいつ、結構失礼なやつだよな」
ニックがイサトゥの肩に手を置いて援護した。
 「失礼なんて、それこそボクに失礼だよ。ボクはボクなんだもん。あ、そんでもってボクね、女装が好きなんだ。女装だけね」
 「お前、秘密にするってこと無ぇだろう?」
 「ほぼ無い」
ケラケラと笑う。
 「ニックは?」
 「俺は自分の手の内は簡単には明かさねぇよ。というか、こいつホント馴れ馴れしくないか?俺も会ったばかりなんだぜ」
イサトゥへ振り向きながら、親指でアキラを指した。自分イサトゥを知らない人間が親しげに話しかけてくる今までにない心地よさに、初めて微笑んだ。ぎこちのない微笑みではあったが。
 それと共に自分の能力を知ったら、二人は今と同じように接してくれるのだろうか?過去の事実が不安となって押し寄せる。まだ話す気にはなれなかった。

 ***********

 クールから処理終了の報告が来たのは、翌日の夕暮れだった。深い色に周囲の輪郭が溶けてしまうような時間。空に細い月がかすかに見えている。それを見てアキラは外に出渋ったのを、何とか言いくるめて車の運転席に座らせた。
 「どうしても今じゃなきゃダメ?」
 「まだ言うのか?」
 「父さんが心配なんだ」
何度も同じ押し問答を繰り返していた。
 アキラは明るくなってからの方が良いと言い、ニックは人の往来が少なくなった今だと譲らない。クールもそれには賛成だった。イサトゥの実際の家は警察の監視対象には入っていないらしく、イサトゥも父親の安否を早く知りたがっているのだ。
 「ぶぅぶぅぶーぅ!」
三対一だ。返す言葉もなくアキラはハンドルに八つ当たりした。


 イサトゥの家は夜も賑やかな繁華街の、路地裏の古アパートだった。表の人通りは途切れることが無かったが、一歩裏に回れば利用者のみの生活道路だ。夕刻も遅くなれば人通りも途絶えがちである。そのアパートの狭い駐車場に車を停めて外へ出た。
 上下十二世帯、二階の奥から二番目がイサトゥの家だ。夕刻だ。室内に灯りは灯っている。しかし違和感が拭えない。イサトゥの緊張と不安の鼓動が伝わるようだった。アキラもニックも嫌な予感しかしていない。
 イサトゥの足の動きが自然と早くなる。何か仕掛けられているかもしれないと制止する二人の声は聞こえている風は無かった。

 「父さん!」
勢いよくドアを開けて飛び込んだが、しばらく人の気配がなかったような少し埃っぽい匂いがした。
 しかし部屋の中は数分前まで人が居たかのように生活感にあふれている。イサトゥが難なく飛び込んだように、家に鍵はかけられていなかった。ソファには投げ出されたままの上着。読みかけの雑誌はテーブルの上に伏せられ、マグカップに入っていただろうコーヒーは蒸発し、不在時間の長さを物語っている。
 「父さん!父さん!」
 「人の存在が無い。何日も前から居ないような雰囲気だぞ」
部屋中を回って父を呼ぶイサトゥに、ニックが残念ながらと頭を振った。
 「戻って他の策を考えるぞ」
そう言ってアキラの方へ顔を向け、異変に気がついた。
 床に崩れている。頭を押さえ、激しく喘いでいた。
 「どうした?」
 「見えた。イッくんのお父さん。連れていかれたの。何人かの人……」
立ち上がりかけたアキラの身体が再び傾いで行く。助けようと手を伸ばしかけたニックとイサトゥをアキラは激しく拒否した。
 「ごめん。今手をかけられたら、また違うのを受け取っちゃう」
肩を上下に震わせながら、アキラは呼吸を整えている。
 腰から崩れて床に座り込み、ゆっくり息を整え、滲んだ冷や汗を手の甲でぬぐってからやっと言葉を発した。
 「何人か人が押し入ってきたよ。ノブに手を掛けてたのは下っ端なのかな?外の見張りを言われて、家の中の物音がかすかに聞こえてるの。それからドアが開いてみんな居なくなった」
 「いつ頃だ?」
 「分からない。ただ、時間は今くらい?夜だったよ。他の家の灯りは見えたから、深夜ではないと思う。ヘリポートへ行くって声があった」
ようやくアキラは身体を起こして立ち上がろうとした。まだふらついている。ハラハラしながらイサトゥが手を貸してもいいか訊き、対してありがとうとアキラは微笑んで応じた。

 車へ戻った。アキラがエンジンをスタートさせると、ニックがおもむろに声をあげた。
 「クール、この地区のヘリポートの利用状況を調べてほしい。イサトゥの事件後からの、夜の離発着だ」
クールの返答があり、数分後ナビ画面に赤い点滅と共に結果が語られた。
 『周辺のヘリポートから夜に離陸できるのはここだけのようですね。離発着は頻繁にありますが、ここしばらくの夜間利用は、観光で飛んでいるトラン観光だけのようです』
 その後、大きな吐息が聞こえた。
 『この会社は飛行船と外洋航海の客船を利用しながら世界一周のツアー中です。今は乗客のオプショナルツアーで滞在中ですね。今夜、客船へ戻るようですよ』
 クールの示した赤い点が、数十キロ離れた外洋で待機している巨大客船へ移動した。

 「じゃ、まずはこっちの空港に向かえばいいね」
アキラは言い終わらないうちに車を発進させる。
 『そうですね。飛行船は今夜離れて洋上で待機している客船へ向かうので。ところで、何か策はあるのですか?』
 クールがアキラに訊いてくる。
 「無いでーす!」
ニックとイサトゥが拍子抜けした顔をしている。仕方ないでしょうとアキラが続けた。確かに考える間もなく車に乗り込んだのだ。

 『あなたをスカウトした時に、手はずを整えない無鉄砲な所があるとは思いましたが、初仕事です。どんな仕事をするか様子も見たいので大目に見ましょうか』
 大きな溜め息が聞こえた。
 『さて、これからの事ですが、イサトゥ。あなたは先程の家で報告を待っていてください。一般の方を危険にさらすわけにはいきませんからね』
 「いや。おれも行く」
イサトゥはやや声を震わせながら言った。
 「おれも行くんだ。父さんの無事を少しでも早く知りたい」
後部座席から前に乗り出してイサトゥは言った。やめろと言っても聞く耳は無さそうだ。
 『一般人をむやみに危険に巻き込まないよう、マスターは注意しているのですが……』
 「昼間、十分危険にさらされてたけどねぇ」
アキラが他人事のように声をあげる。イサトゥには思い止まってもらいたいがために言ったクールの配慮など、欠片も感じていないようだ。
 「おれの事はおれがなんとかする。お願いだ」
クールがイサトゥの言葉に大きなため息をひとつ吐いた。
 『マスターが自己責任だと言っています。何かあっても、文句は言えませんよ』
 イサトゥは大きく頷いて、構わないと声をあげた。

 やや間があって、再びクールが声をあげた。
 『サトル・トオル・ユリン。偽名で乗船名簿を入れておきました。チケットを渡す都合がありますからここのコンビニへ寄ってください』
 ナビに青い点が示された。どうやらここも拠点のひとつらしい。


 アキラとイサトゥが車内で待つ間、ニックはコンビニのトイレ用具入れへためらうことなく入り、数分も経たずに戻ってくる。その手には三枚のカードがあった。写真入りだ。クールが本気でハッキングした時には国の一つも無くなるかもしれない。そうニックは言っていた。
 『イサトゥ、あなたは顔を知られているので写真を少しいじってます』
 変装をしろという事らしい。ニックが手助けをして後部シートの片側を倒すと、トランクルームにスーツケースがある。
 衣装や小道具・化粧道具が入っていた。空港までは時間がある。カードに写る顔を見ながら、自分をその姿に寄せていくというのはなんとも不思議な感覚だった。
 アキラに付けられた偽名で、文句を言っていたのも付け加えておく。女の子の名前だったら女装できたのに。という事らしい。ニックの呆れた溜め息が大きかった。

 ***********

 「ふわぁ!可愛い色だけど、でっかいねぇ」
空港に近づくと夜でも遠目から目に入る飛行船。ショッキングピンクに赤いリボンがペイントされており、かなり目立つ。
 トラン観光飛行船。上部にガス嚢を備え、且つ横に大きな静穏プロペラを八機付けた大型船で長時間の航行が可能のようだ。
 それに偽名を使ってこれから乗り込むということで、三人の表情は固かった。いや、二人。アキラは目立つほどにはしゃいでおり、ニックは気が気ではない。イサトゥも浮き立つアキラの行動に不審がられはしないかと動悸が止まらなかった。
 堂々としていれば何の事はないそうだが、それはもう何度も聞いたとうんざりしているニックだった。


 飛行船内のホールでは人々が出発を前にさざめいていた。オプショナルツアーの感想やこれからの旅に想いを馳せる声がさざ波のように聞こえてくる。数名の給仕はカクテルやソフトドリンクをトレイに乗せて客の間を行き交っており、数種類のカクテルがアキラ達にも差し出された。イサトゥは飲んでいる気分ではないしアキラはアルコールは飲めないと辞退したが、ニックだけさりげなく受け取って御満悦といった笑顔を浮かべていた。
 「人は多くないみたいだけど、どうやって父さんを探す?」
 「たぶん監禁されているだろうな。そこさえ分かればいいんだが」
 「でもさ、拉致されてもう何日も経つんでしょ?この船に乗ってるかさえ分かんないじゃん?」
 「不確かだよな。だけど飛び立ったヘリを利用したのはトラン観光だけで、この飛行船が待機している空港にヘリが降りたのは事実だ。だとしたら、どんなに日が経とうとここから調査しなきゃならないだろうよ」
ホールの壁際へ移動して周囲に目を配りながらニックは言った。自分の顔を知られていないとはいえ、偽造チケットに偽名で乗り込んでいる。目立つことは極力避けたかった。
 しかし一人だけそういう配慮の欠片もない者が……
 「すごーい!浮いたよ!景色綺麗!」
窓に額を押し付け、思いのたけを叫ぶアキラは思いきり目立っている。黙れ!ニックはアキラに思念を投げつけたが、テレパシー能力の無いアキラには無駄だった。

 ホールは夜景をより見やすいように照明が落とされていた。人々も出発時の高揚感を落ち着かせ、窓際の席で落とされた照明同様に声を低くしている。ひととおり大騒ぎしたアキラも、今は静かに眼下を見おろしていた。
 飛行船は都市部の夜景から工業地帯へと移動している。車やビル群の生活の明かりやネオンとも違い、二十四時間稼働している工場の明かりも観光の見所だ。
 「おい。仕事の時間だぞ」
 『いひゃい痛いいひゃい痛い!』
ニックがアキラの両頬をつまんだ。こうでもしなければ意識を切り替えそうになかったのだ。多少の不満をアキラは訴えたがそれは無視した。
 「どうやって監禁されてる人を探すのさぁ?」
アキラが両頬をスリスリとさすりながら言う。抗議をするような声音だ。ふん。とニックは冷めた眼差しを向けた。
 「誰かに訊けばいいことだろ?」
そう言ったニックの瞳は金色に光っていた。


 三人はラウンジの窓から離れたソファに場所を移し、声をひそめる。
 「俺は従業員用通路から誰か捕まえて訊く。アキラは残留思念を追えるんだな?」
 「深くは追えないよ。人が多すぎるもん」
 「手掛かりさえつかめたら御の字だ。どんな危険があるか分からないから、イサトゥはここで待っていてくれ。一時間もあればいいだろう?」
ニックは言ったが、そのあと少し意外な顔をした。
 「だったら、俺かアキラのサポートをしてくれるか?」
 「なんだよ。二人で分かったような会話してさぁ?ボクはサポートいらないよ。うっかり思念を拾っちゃうかもだし」
仲間はずれになったような気分で口を尖らせながらアキラは言った。
 「じゃ、イサトゥは俺と行動な。それとな、こいつテレパシーが使えるらしいぜ。どっかの奴より使えるな」
ニックはにやりと笑ってみせ、アキラは驚き、イサトゥは少し申し訳なさそうにはにかんだ。
 「うぅーっ!ボクだって訓練したらきっと使えるよー」
 「はいはい。行動開始だ」
手をヒラヒラとさせてニックはイサトゥと薄暗いホールの奥へ消えていった。
 アキラもふんと鼻息を荒くすると、二人が消えた方とは反対方向へ歩きだす。宛があるわけではない。しかし何かしらに当たるだろうと、楽観的だった。

 「ふーんだ。テレパシーだってなんだって、きっと訓練したら使えるんだ。小さい時はもっといろんな事できてたらしいもん」
負け惜しみをブツブツと呟きながらバーカウンターの前を通りすぎた。静かなさざめきの中、イサトゥの家の残留思念の中で聴いた声がどこからか聞こえてきた。特徴のある少女とも少年ともつかない声。少し自分の声質とも似ていて勝手にライバル心を抱いていたので覚えていた。やはり飛行船の中にイサトゥの父親の手掛かりは高確率でありそうだ。
 どこへ行こう?声の主を探してもよかったが、うろうろするだけでは不思議がられる。声の主が客ではないことは確かなようだから、従業員を探せばいいだろう。バーカウンターの奥は厨房とも繋がっているらしいのに気づき、壁際をキョロキョロと見渡して人目につかないプランターの影にスタッフオンリーの文字を見つけた。さりげなく近づき、それが当たり前のように扉の奥へ入っていった。
 人ふたりがすれ違えるだけの狭い通路だ。開け放たれたものから閉じられたものまで点々と出入口が見える。スタッフはホールの方へ回っているのだろうか、ドアの近くで行き来する者はあるもののすれ違う者はいない。好都合だった。
 とはいえ、一般人が立ち入るのは不審だろう。どこかにスタッフが制服に着替える更衣室があるはずだ。女性用も必ずあるはず。鼻息が荒くなった。だが探し回ると怪しまれる。

 「あ、あのぉ?」
辺りをうかがって、やって来た若い女性にアキラは声をかけた。おずおずと申し訳なさそうに話しだす。
 「今日はこっちで仕事しろって言われて来たのだけど、制服を忘れちゃってぇ」
もじもじ。
 仕方ないわねと呆れて、彼女はアキラを更衣室まで案内した。合うのに着替えたらホールに戻るように言われて、彼女は去っていく。アキラは心の中で親指を立てた。
 白いパフスリーブシャツに焦げ茶色のベスト付のエプロンドレス。可愛らしさはないが大きなポケットもあって機能的だ。おやつがたくさん詰め込める。着替え終えると再び細い通路に戻った。

 本番。

 頬を軽く叩き、気合いを入れた。そろりと壁に指先を触れさせる。壁伝いにたくさんの思念と情景が早送りの動画のように駆けめぐった。気になった光景がひとつあったが深く探れば意識を持っていかれそうで、これではダメだと指を引っ込める。気になる場所でもう一度試みるべきと思った。
 「その前に……っと」
大きなため息をひとつ吐き、ポケットに入れていた溶けかけたチョコレートを口に放り込んだ。超能力ちからを使うとひどく甘いものが食べたくなるので、どこかしらのポケットにはいつもチョコレートやキャンディが入っているのだ。単に甘いもの好きというのもあるが……

 通路をさらに奥へ進んでいった。

 アキラが見た光景は生体認証のパネルだった。指紋や静脈とかの類いなのだろう。見つけたらニックがなんとかしてくれるだろうから、探すだけ探せばいいや。そう思った。
 壁に触れて見えたのだから、通路のどこかのはずだ。
 「でも変だよね。狭い飛行船のはずなのに、なんでこんなに通路の距離があるんだろ?」
呟いた。通路は緩く傾斜して上へ続いているように思えた。もしかすると飛行船のガス嚢はダミーなのかもしれない。思えば推進のプロペラを付けていたが、あの大きさならガスの袋など必要なさそうだった。どうでもいいけどね。心の中で呟いた。

 「さて!先に進みますか~」
大きな伸びをして歩き出した。ホールの方が忙しいのだろう。スタッフがちらりとアキラを認めても、声をかけている余裕がなさそうだ。
 角を曲がる。
 数メートル先の壁にわずかな出っぱりを見つけた。近づくと十センチ四方ほどのコントロールパネル。テンキーと上部にレンズが一つ。虹彩認証だ。
 ぞくりと身震いした。何人もがこのパネルに触れただろう。思念に引き込まれたら自分の意識が戻ってこられるのか不安で仕方がない。
 触れる時間を短くすれば、数日から数週間以内の思念ですむだろう。ただ、どの程度触れていればいいのか、引き込まれたら自分の意思で手を離すこともできなくなるかもしれない。
 「一瞬。一瞬だよ……」
自分に言いきかせるように呟いた。それからうんと頷き、緊張して冷たくなった指先をパネルへ近づける。近づけたが、そこから触れるまでしばらく間があった。
 「ホールスタッフが何やってるのさ。仕事中でしょ?」
意を決して触れようとした瞬間、背後から声をかけられた。咄嗟に振り向き、
 『あっ?』
 互いに驚きの声をあげる。今まさに追っている気配の人物だ。少年とも少女ともつかない幼げな顔、肩際までの鮮やかなオレンジ色の髪は内巻きにふっくら広がっている。どこかで会ったことがあるだろうか?アキラは思ったが全く見当が付かなかった。
 「どうして驚いたの?会ったことある?」
アキラが訊いた。
 「いーや。知り合いに似ていたからねぇ」
ちょっとまごついた声音に、本当だろうかとアキラは思った。しかし話がややこしくなっても困る。ニック達とも合流しなければならない。まずは肝心なことをストレートに訊いてみた。
 「人を探していたの。間違ってこっちに来たみたいでぇ。ハ…ちょっと髪の寂しいオジサンなんだけど?」
 「さぁ?知らないな。こっちはダメだ。ホールに戻って!」
煩わしそうに言いながら手を伸ばしてきたので、アキラは触れられるのを避けようと体を捻った。しかし彼の方が早い。伸ばした指先が手首を掴んだ瞬間、大きな意識の流れに声もあげられずに昏倒した。

 『新人。早くドアを開ける。ホントにパッとしないね』
 『え?まだ認証入れてない?早く登録する!』
 言われたのが気に障ったのか彼の意識が怒りに変わり、色々な方向へ飛んでいる。自分に向けられる言葉の相手に、罵詈雑言を心中で叫びながらドアの前に立っていくつかのボタンを押し、最後にカメラの前で瞳を開いた。
 レンズに映る瞳がアキラを見つめているような錯覚にとらわれた。瞳孔の奥が広がって意識が持っていかれるようだ。
 暗闇の中に放り出されて足元が消え、宙に浮かんでいるような、エレベーターで高層階へ上げられているような、おかしな感覚が襲ってくる。頭痛と吐き気もしてきた。声だけがどこかくぐもって聞こえてくる。ダメだ。意識に取り込まれる!アキラは悲鳴を上げたかもしれない。
 『僕が?』
 『種を』
 『…でいい』
 『大事に扱え』
 『いずれ花嫁』闇の中で激しい頭痛に襲われ、薄れゆく意識の中で断片的な声を聞いていた。


 「あーぁ。なんだよ、こいつ!気ぃ失うとかあり得なくない?テレパシーさえ使えないポンコツなのにさ、あの人がなんでお前に執着するのか分かんない」
舌打ちをして倒れるアキラを足蹴にした。可愛い顔ながらつらつら文句を並べ立てる言葉は相当に厳しい。アキラが意識を失っていたのは幸いである。

 **********

 「彼、一人で大丈夫?」
イサトゥが呟くように言った。
─アキラ?大丈夫だろ?ニックがテレパシーで返す。まだコンビを組んだばかりだが、無計画な行動をとりながら不思議と失敗しないアキラは、これも能力者の一端なのだろうと思っていた。いや、思わざるを得ない。
─でも、心細いかも?
─無いない。一緒にいて分かっただろう?かなり能天気な奴だぜ。くすりと笑うと、イサトゥも釣られて笑った。確かにそうだと思った。アキラは他人に対しての壁がかなり低そうだ。ふと、自分の事も話してみようかという気持ちにもなった。
─あんな友達が俺の子供の頃にいたら良かったな。テレパシーをニックに送った。
 「ぁん?」
ニックが目を丸くして振り向いた。
─おれの能力、重力……?ブラックホール的なものなんだ。重力の穴に押し潰す。
─物騒だな。おい。
─だろう?でも、発動が不安定なんだ。子供の頃、この力で他人を怖がらせたりもした。母さんも。だから他人と関わるのをやめた。
 「大変だったな」
自分の子供の頃に重ねて、ニックから呟きが漏れた。
─ありがとう。それで、この能力に目を付けた奴らが力を安定させる目的で、仕事としておれをあの事務所に呼んだんだ。
─成果はあったのか?
─無いさ。途中でやらされている内容に気が付いたんだ。普通の会社だと馬鹿正直に信じて処理をしていたおれは悔しくて頭に血が昇って……
─怒りで爆発?あの一室をめちゃくちゃにしたと?天井も吹き飛ばして?
─それはたぶん、おれじゃない。おれは押し潰す。あの部屋に重力場が出来始めた時にそれを相殺するような爆発があったんだ。誰がやったのかまではわからないけど。
 爆発……か。と、ふとニックは思い出した。イサトゥの家とされた建物の爆発。もしかすると同一人物の可能性があるのかもしれない。しかしそれに考えを囚われてはいられない。まずはイサトゥの父親を捜索だ。

─俺はこれから耳を使う。しばらくテレパシーもシャットダウンしてくれ。
─耳?
─俺、音という音が聞こえてくるんだ。利用されたし狙われた。イサトゥと同じさ。
─想像できないけど、大変だろうな。
 もう慣れたと肩をすくめ、人差し指を唇に当てた。

 音の波が体を飲み込んでいく。音という音に飲まれながら、必要なものを選びとってこの飛行船だけに絞り込んでいく。
 川の中ほどに身を置いている自分の回りを水のように会話や音楽や様々な音が通りすぎていく。時々、マークや印といった言葉が聞こえてくる。その中に『三つだけマークが』という言葉が聞こえ、すぐに自分達のことだと気がついた。目立たないようにしているが見つかるのも時間の問題なのだろう。
 しかしマークとは?乗客達には目立ったような物は無かったはずだ。いや、それよりもイサトゥの父親に繋がるキーワードを。
 その時アキラの声が聞こえてきた。多少のやり取りの後、不快と怒りを含んだうめき声と同時にどさりと大きなものが床に落ちる音。『あーぁ。なんだよ、こいつ!気ぃ失うとかあり得なくない?』続いてそう罵る声が聞こえた。アキラの声は聞こえない。トラブルで気を失った可能性もある。

 「予定変更。アキラに何かあったみたいだ」
困った表情をイサトゥに向けると、神妙な面持ちの彼は頷いた。

 アキラの声の聴こえた方向を目指している。妙に長い通路だ。聞こえた距離感からはこの辺りだと思うのだが手がかりは何もない。
 『見つけた』かなり近い距離から声が聞こえた瞬間、目の前の空気が歪んだ気がした。まるでエレベーターが急速に下降しているような感覚。
 ガクンと下降が止み、ニックもイサトゥも膝を付いて顔を見合わせた。互いに驚きを隠せない顔をしている。

**********

 「よーこそ。密航者達!」
目の前に派手な女物の下着を身に付けた金髪の男が立っていた。化粧をしている。薄い青のアイシャドウに真っ赤な口紅。肌がほのかに赤く上気し、近くにいれば鼻息も荒いだろう。いやしかし、そんなことはどうでもいい。
 「なんで分かった?」
ニックは訝しげに声をあげた。とっさの時には回避できる体勢だけはとっている。
 「何故って?だってほら、乗船歓迎のキッスをしていたんだよ。君たちにはキッスの印がないのさ」
男は大きな羽の扇を拡げると、それをあおぎながら黄金の巻き毛を揺らして二人にキスを投げるポーズをした。そうか。キスをして見えない何かをマークしたと?そこまで見抜けなかったことが腹立たしかった。

 「さて。密航とはいえお客様にはくつろいでもらおうかな?」
男が指を弾くと、部屋の隅にあった椅子が2人の背後に素早く移動してきた。
 「あんたも超能力者エスパーってわけか」
ニックが睨む。
 「ご名答」
ニックの肩を何かがぐいぐいと押さえ込んでいく。バランスを崩してそのまま椅子に座り込んだ。意外にも座り心地の良い椅子だ。
 「おおかた偽名でも使って乗り込んだ?それはいいのだけど、この子まで連れてきてくれるとはね。手間が省けたわ」
ギリッと歯を食い縛っているイサトゥの細い顎を閉じた扇で持ち上げて男が言う。
 「お父上を探しにきたの?よくここが分かったね」
男は言ってから〝ちょっと待て〟とでも言いたげに首を傾げて人差し指を立てた。
 「能力者がいるんだね。そこの長髪と、もう一人?」

 言った直後だった。
 『おかっしらー!不法侵入ぅ。密航者だよぉ!』
 突然、緊張を破るように間の抜けた声が響いた。
 「新人。社長って呼びなさいよ」
 「いーじゃないかー。今は仲間しかいないよぉ。っと、ここにも密航者がいたっ!」
今さらのようにニック達の存在に気付いた少年が声をあげた。何か既視感と思ったら、言葉遣いといい少女とも見える成長しきらないような姿といい、アキラと被っている。
 そんな彼は気を失っているアキラの片足をずるずると引きずっていた。思いの外、怪力だ。
 「そこに置いときなさい。で、アンタはホールに戻って仕事」
 「えぇー!こっちの方が面白そうなのにぃ」
頬を膨らませて口ごたえ。
 「外洋に出たら忙しくなるって、わかる?ウチの最大顧客のイベントよ」
 「んだから表家業なんか廃業しちまえっつーの!」
 「文句言わない!とっとと仕事!」
怒鳴られて少年は、ぶぅぶぅと文句を言いながら去っていった。



 アキラは呻いた。頭痛と吐き気で意識を失くしていたのはどの位の間だろう?話し声にやっと気がついた。たぶんここは床の上。固い。
 「まだガンガンするぅ」
自分の中に新しい力が表れる時、激しい頭痛に襲われると知ったのは学生の頃。数人の友人が濡れ衣を着せられて警察に強制的に連行された時だ。友人たちにはアリバイがあると分かっているので、もちろん反論も反抗もしたのだが、大人や公権に対してどうすることもできなかった。厳しい大人達へ友人たちと反抗して、もみくちゃになった時に誰かに弾き飛ばされて壁に激突した。激しい頭痛とともに昏倒し、気がついて立ち上がる時に証拠物に触れてしまって真実が見えたのだ。
 その時は何が起きたのか、それが何なのか分からなかったが、友人が無実で戻ってきた時にそれが分かった。
 過去を見る能力。少し怖くもあって、あまり表立った事はしなかったのだが、時おり人助けをして感謝されていた。
 「どんな超能力ちからなんだろ?」
ぶつぶつと呟く。
 「ちょっと。いつまで寝てるの?」
まだ寝転がったままのアキラの前に、真っ赤なブーツの足が立ちはだかった。んぇ?と間の抜けた返答とともに見上げて驚いた。
 真っ赤な膝上までの編み上げブーツ。真っ赤なショートパンツにビスチェ。フェイクファーで縁取られた長いレースのベビードールも赤だ。そして化粧。そして金髪。そして男。
 「わぉ。エキせんトリック」
あまりにも似合いすぎている姿に、呟きが大きく出た。
 「何?悪い?」
チリチリの金髪は癖毛だろうか?その髪を揺らしながら、男は整えたらしい眉をつり上げ扇を広げて口元を隠した。
 「とても個性的!でも、色がちょっと毒々しい?ベビードールとブーツは白がいいかなぁ?」
女物の下着を身に付ける趣味まではなかったが、全身赤というのがアキラにはいただけなかった。
 「ほぉ?いい意見」
言って男はじっとアキラを見つめた。
 「まずはお座り」
人差し指をくいっと引くと、ニック達と同じ椅子がアキラの横にやって来た。どうやらこの下着男も超能力者とわかり、アキラは恐る恐る立ち上がる。
 「なにもしやしないからさっさとお座り!」
言われて腰を下ろすと、何か強い力で全身を押さえ込まれた。


 「さて。トラン観光へよーこそ」
男が妖しく笑う。笑ったあと持っていた扇を広げてウインクしてみせた。
 「あんた達、イサトゥのお父上を探しに来たのでしょう?なら、ワタシの言いたいこと、分かるよね?」
目の前を右に左に歩き、イサトゥの顔の間近で言った。
 「それはできないと思うよ。イッくんのお父さん拉致ったことは、口外しないから解放してくれたら嬉しいなぁ」
アキラは自分を押さえ込む力から逃れようとモゾモゾしながら言った。
 「お黙りよ。何だかあの子とダブってイラつく!」
アキラを連れてきた彼の事を言っているらしい。
 「あの子って誰?誰でもいいけど、僕の方が女装しても可愛いと思うな。たぶん」
おまえ、そっちかよ?ニックが心の中で突っ込んだ。
 「え?ニック何か言った?」
 「言ってねぇ」
 「ちょっと!今の自分達の状況分かってる?」
勝手に会話を始めた二人に、男は眉をつりあげた。それからまじまじと三人を見つめ、笑顔を作った。
 「でも、面白い取り合わせだねぇ。ゲイにトランスジェンダー、クロスドレッサー」
 「性癖なんて関係ないじゃ…え?トランスジェンダー?」
ゲイはニックだ。クロスドレッサーは自分。では、イサトゥ?
 「なんだ、気付いてなかったのか?」
 「うん」
言われてみれば、イサトゥの声はかすれ、無理に低く押さえようとしているようでもあった。
 「そっか。で、なんで面白い取り合わせなのさ。見たところ、あなたも女物の下着マニアじゃない」
 「そう。だから引っくるめて面白い取り合わせでしょ?もう、これ着ているだけでゾクゾクしてくるの。特に、このお臍の下がねぇ」
男が腰を左右に揺らして腕をくねらせながら頭の後で腕を組んでポーズを作ってみせた。
 「うん。ボク女装してもエッチな気分にならないから分からないや」
 「黙りなさいよ」
言ったとたん、プシュッと耳の横を何かが飛んでいった。覚えがある。ニックと初めて会ったあのビル。あの小さいメモリーカードを射貫いた現象。
 「メモリーカード。あれ、あなたがやったの?」
 「ほぉ?よく見たらあの時の?」
アキラの顔の間近で眉をしかめた。
 「うんうん!あの時の!……っ痛っ!」
バチッと頬を扇で叩かれた。
 「余計なことしてくれたね。こっちはやりたくもない変装までして追い払おうとしたのに、正体まで見抜いてさ」
 「あんただったのか?」
ニックも声をあげた。
 アキラが見抜いたイサトゥの父親。爆破された家。イサトゥに接見した弁護士も変装したこの男だったのだろう。
 「もう少しってところでかっさらって行くし。邪魔しないでよ」
 「イサトゥ。あんたもね、不安定な力いきなり発動させないでよ。こっちはそれを相殺するのに持ちビル破壊しちゃったよ」
建物被害届も軽微なもので出されていたのはそういうことだったのかと、ニックは納得した。
 イサトゥは爆破の犯人ではない。これでマスターの依頼は達成できたわけだ。解決などはどうでもいい。爆破したのがイサトゥではないという事実だけでいいのだ。
 詳しい調査などは専門の公的機関の仕事だ。だが、イサトゥの父親の救出は終わっていない。
 「でさ、いるんでしょ?イッくんのお父さん。ここに」
アキラがストレートに訊いてくる。
 「そんなの教えるわけ無いでしょうが」
 「やっぱりいるんだぁ」
知らないなら知らないと言うだろうと探りを入れてみたのだが、引っ掛かったことにアキラが笑った。
 「どこにいるんだよ!」
イサトゥが初めて地声をあげた。甲高いというよりはよく響くハスキーボイス。
 部屋全体が震えているように感じたのはアキラの気のせいだろうか?
 「ほらほら。お友達を巻き添えにするのかい?落ち着きな」
男が笑った。波が引くように部屋の震えが静かになった。奇妙な緊張感が漂う。

 ************
 
 「社長、入るぞ!」
静寂を破るように甲高い声があがった。現れたのはエキゾチックな出で立ちの少女だ。
 「姫様?ここは関係者以外入れません。って、いつも言ってるでしょう!」
扇で口元を隠しつつ、彼は眉をひそめた。
 「いいのじゃ。勝手知ったるナントカじゃ。また弱いもの苛めをしとったのか?」
 「そんな人聞きの悪い」
 「力で押さえ込んで、何が『人聞きの悪い』じゃ。その力を外せ」
言われて、彼は膨れっ面を隠した。直後にアキラ達三人を押さえつけていた重い力から解放される。
 少女は大股でずんずんと進んでくるとアキラを見つめた。
 「そなた、力の流れがまだ不安定じゃぞ。頭がまだ痛かろう?」
幼い手でアキラの頬を包み込んだ。確かに、耐えられないほどではないが頭痛は続いていた。驚いたことに少女の正体を訝しんでいるのに、彼女のことが読めない。
 「なんで?」
 「よいよい。話はあとじゃ」
 「今すぐこの者達を解放するのじゃ」
 「でも姫様?」
 「わらわはこの船旅の最大の客ぞ。打ち合わせもすっぽかしおって」
幼い丸い瞳が男をにらんだ。
 「さぁ来るのじゃ。そなた達もな」


 三人は姫と呼ばれた少女に付いて一室に入った。何とも豪華なスイートルームだ。驚いたことに外には月の明かりに照らされた海が拡がっている。
 「飛行船に乗っていると思ってたのに」
アキラが驚いて呟いた。
 「あやつの力のひとつよ。テレポートのようなものかの?飛行船と船との空間を繋げておるのじゃ」
あとは人を視る事ができるし、その場の重力をコントロールしたり。とブツブツ呟いてから急に笑いだした。
 「空気鉄砲もじゃ。空気鉄砲じゃぞ。面白い。なぁ」
少女は笑った。
 「そろそろおまえの正体も教えろよ」
ニックが面白くなさそうに言う。眉がつり上がってイライラしているのが丸分かりだ。
 「不敬な。姫様に向かって何という口の利きよう」
少女の従者らしき人物が声高に言った。とたんに少女の眉に緊張が走り、黙れとでも言いたげに片手を上げた。
 「良い。わらわは遥か山奥の国からやってきた。国の名は無い。いわゆる少数民族というやつか?」
そう言ってからニックの顔の間近に迫った。
 「だが金はあるぞ」
言うと背後の男が『俗物的な言い方ですぞ』と嗜めている。
 「分かりやすいではないか。今、わらわは久しぶりのバカンスを満喫中じゃ。無礼講ぞ」
少女は笑った。
 「正体であったな。わらわはタガラじゃ」
 それでな。と、少女はアキラをソファに腰かけさせると屈んで頬を挟み込んだ。夜のような瞳がキラキラとアキラを見つめている。
 「そなた、大きな力を持ちながら、その流れがあちこちに拡がっておるのじゃ。その一つがまともに発露する筈が、あのちんちくりんに邪魔されたようじゃな」
 例の自分が会った少年ということがわかった。自分も十分少女なのに、ちんちくりんと言うのがおかしい。
 「そなた、こちらへ」
少女はニックを呼んだ。
 「そなたの力の流れをこの者に流すのじゃ。わらわが今流れを整えたでな、あとはそなたが少ーし力を送るだけじゃ」
少女は言って、アキラの掌にニックの手を重ねて包み込んだ。
 チリチリとした刺激があるが不快ではない。やがて暖かいものに包まれ、大きくなって三人を包み込んだ。
 「終わりじゃぞ。たぶんテレパシー能力が二人に結びついたはずじゃ」
 「え?ニックとだけ?」
 「贅沢は無しじゃ。訓練次第では他者にも使えるようになるじゃろ。訓練次第でな」
─二回も言われたな。と、ニックの声が響いた。とたんにアキラの顔が上気して明るくなる。本当だ。ニックの声が聞こえる!わーいわーい!
 目の前でニックが頭を抱えた。
 「普段は声を出せ。うるさい」
ただでさえ聴力を使わないようにしているのに、アキラの声が無遠慮に飛んでくるのは勘弁してほしかった。

 「さて。次はそこの者」
少女─タガラ姫─はイサトゥを呼んだ。
 「おれ?」
また掠れた声をあげた。
 「そう取り繕うな。そなたの育った環境では無理もないじゃろうが、もう誰もそなたを奇異の目では見んよ」
タガラ姫にはイサトゥの過去も分かっているような物言いだった。そっとイサトゥに寄り添い、彼を椅子に促して抱きしめる。
 「ずいぶんと苦労したのぉ」
まるで母のように、姉のようにイサトゥの頭を優しく撫でた。
 「そなたの力の流れもわらわが滞る事なくできるのじゃが、望んではおらんな?」
見透かすような黒い瞳は薄い黒曜石のかけらのように綺麗だと思った。
 「はい。おれはこんな力なんていらない」
 「ふむ。そうか。力を失くすことは無理じゃ。ならばそのままにしておこうか?常に平常心を忘れるでないぞ」
タガラ姫はにっこりと微笑んでみせた。先程の年上のような雰囲気から変わって、とても子供らしい笑みだ。

 「ところでさ、タガラ姫はバカンスって言ってたよね?なんでこの船なの?」
アキラが話している間中、再び従者らしき男がわざとらしく咳払いを繰り返している。
 「ふふ。面白いのぉ。わらわは花嫁探しのバカンスじゃ。世界を巡ってわらわに相応しい花嫁を探しておった」
気を失う時に聞こえたキーワードが引っ掛かる。『いずれ花嫁』とはどういうことだろう?この子が将来誰かの花嫁になるということなのだろうか?それとも別の誰か?
 何のために探す?誰の花嫁?いずれとはいつやって来るのか?わからないことばかりだ。
 「見つかった?」
訊いてみた。
 「おぉ。見つかったぞ。い奴らじゃ」
 「奴ら?複数?」
 「まーったく。姫様はビョーキの域よ」
再び男が現れた。先ほどまでの赤い女物の下着姿ではない。上下赤いスーツに胸まで開襟した白いシャツを来ている。首からは大粒の真珠のネックレスをかけていた。
 「社長。また来たのか?」
 「来るでしょーが。披露宴の打ち合わせ!するんでしょ?」
苛々と羽の扇をばたつかせて真っ赤な社長は言った。
 「そうであったな。では始めようかの」
二人は隣の部屋へ移動していった。

 ***********

 残された三人は顔を付き合わせた。
 「何だか変な方向へ行くな?」
ニックが言うと、イサトゥが大きく頷いた。
 「どう思う?あの男とタガラ姫?」
アキラは眉をひそめる。テレパシーを解放してもらったが、彼女の事はまだ信じられない。赤社長と繋がっているのも胡散臭さに輪をかけていた、
 「信じられねぇよ。俺が催眠術かけようとしたらあの子、交わしやがった。たまにいるんだ。催眠にかからないヤツ」
悔しげに言って、瞳を金色に揺らせた。自分が知っている中で催眠術にかからなかったのは、今のところクールだけだ。
 「本気では信じらんないよね。ボクもあの子に手を取られたけど、何も見えなかった。でもその前の、タガラ姫が言う『ちんちくりん』に手を取られた時は声だけ聞こえてたんだ。花嫁がどうとか言ってた」
アキラが言うと、ニックはぎょっとした。別の仕事に取りかかりそうな、嫌な予感だ。 
 「待て。その流れからすると、おまえそっちの方にも首を突っ込むつもりか?俺たちはイサトゥの父親探しが仕事だぞ」
ビル爆破は片がついている。
 「だって、イッくんのお父さんの方、まだ手がかりが無いんだもん。取っ掛かりついでにちょっとひと舐めしてもいいじゃない」
 「ひと舐めって、食い物じゃな……?花嫁か?」
嫌な予感が当たってしまった。父親探しより女装を楽しみたい方に針が振れているのが丸分かりだ。
 「当たり。ボクも花嫁になってくる」
言うが早いか、隣の部屋へ飛んでいった。
 「女装バカ…」
ニックが頭を抱えた。
 「女装。可愛いけどね」
フッと笑ってイサトゥは呟いた。ニックがぎょっとしていた。


 その第一声を聴いた時。アキラは目を丸くした。まるで来るのを知っていたような物言いだったのだ。
 「花嫁が来たぞ」
遅れてきた花嫁がやっと来たといった口調だった。自分の好みまで知っているようで、
 「可愛いのが好きじゃったよな。他の花嫁たちはもう衣装合わせに行ってしまったぞ。社長、案内するのじゃ」
そう言った。まるで自身の従者に命じているようだ。
 「それ、仕事の範囲外。それにいい加減に名前覚えなさいって」
 「うーん。興味の無いものは覚えられんわ」
黒い瞳をきらきらと輝かせて姫は言った。コクンと首をかしげる様は相応の少女らしさで可愛いとアキラは思う。

 「まったく。姫様の気紛れにも困ったもんさ」
クローゼットの純白の衣装を吟味しているアキラの背に彼はぼやいた。
 「よく知ってるの?」
数点を選び出し、鏡の前でまた迷った。
 「あぁん?ビジネスパートナーだよ」
一呼吸置いて、彼は諦めるように話し始めた。
 「この際だから教えとくよ。表家業は観光会社。裏では依頼に応じて会社や政界の乗っ取りに転覆。他人の失脚もやっちゃう何でも屋ね」
その後を小さい声で、なんで話さなきゃならんのよ。と、ぼやいている。どうやらタガラ姫に何かを吹き込まれたようだった。
 「でさ、ボクってどっちが似合うかな?」
持っていた扇をポトリと落としかけた。
 「さっきまでの話の流れでそれ?」
気を取り直し、扇で口元を隠して彼は眉を吊り上げた。
 「だって、そっちの話は興味ないもん。ニックかイサトゥに言ってよ」
 「でも仕事でしょうが?」
眉を吊り上げる。
 「だけど、花嫁のウエディングドレスも気になるもん」
全く…舌打ちをして、アキラが選んだ中の一着を突き出した。ショート丈のスカートにホルターネック。腰に共布の大きなリボンが付いている。
 「んでさ、イっくん…イサトゥのお父さんは解放。でいいんでしょ?」
ドレスを受け取った時にほんの一瞬ではあったが、彼とタガラ姫の会話が見えたのだ。姫はアキラたちに協力するよう言っていた。
 「不本意だけどね。契約反古で信用ひとつ無くしたわ」
 「あれぇ?赤社長がイッくんの力を欲しくて拉致ったんじゃないの?」
赤社長と言われて眉が吊りあがった。いちいちあの新人とキャラが被って苛つく。
 「アタシはノクス・トラン。赤社長なんて恥ずかしい呼び方やめなさいね」
 「ぅへーい」
緊張感の無い間の抜けた返事に、再びカチンと来た。
 「メイクするよっ」
言われた。椅子がカラカラと目の前に移動し、見えない力がアキラを押さえつける。そのまま大きな鏡まで移動させられると、トラン社長は手際よくメイク道具を並べた。本格的なアイテムの勢揃いにアキラの興味はそちらへ向いた。

 **********

 「可愛い、誰ぇ?やだ、ボクじゃないかー」
何この軽薄な子。この子に邪魔をされたなんて屈辱。社長はいまいましげに思って噛んだ唇を、扇で隠して睨み付けた。
 たしかに軽くメイクをしてやっただけで少女のような可愛らしさだ。女装が趣味というだけはあり、選んだウエディングドレスも違和感なく着こなしている。スカートの下はボクサーブリーフというちぐはぐさには苦笑したが。
 「イサトゥはね、あの不安定な超能力を安定させてから依頼先に引き渡すはずだったんだよ。知ってる?あの子の力は重力の穴に人や物を押し込めるんだよ。アタシの力に似てるんだよね」
彼が言うとアキラは初耳だと目を丸くした。
 「そんなことも調べずにイサトゥを奪還したわけ?」
 「だってボクたちの仕事は、イサトゥが本当にビルを爆破したのかって事実の確認だけだもん。詳しい事は警察おやくにんの仕事でしょ」
社長が大きなため息を漏らした。
 「イサトゥの爆破の確認だけって、あんたたちを雇ったの誰なの?」
 「うん。ボクたちは…」
バタンと勢いよくドアが開いた。ニックが肩で息を切らし、怒りの形相でアキラに詰め寄ると『ボコッ!』豪快な音で拳骨をくらわせた。
 「痛ーい!」
涙目でアキラが訴える。こっちも痛ぇよとニックは手をヒラヒラさせた。
─契約違反になるぞ!ニックの声が頭に響いた。厳しい目が自分に向いている。アキラはようやく理解して首をすくめた。
 「ごめん。でもボクが喋りそうになるの、よく分かったね」
 「耳がいいからな」
ニックは多くを語らない。ふーん、地獄耳ね。放った言葉でも思念でもないのに、
 「おい!何を考えたか分かるぞ」
凄まれた。


 「はいはい。花嫁はこっちの控え室!」
まだ何か言いたそうなニックとアキラの間に入ってトラン社長は言った。
 控え室と言うわりに豪華な部屋だ。壁際にぐるりと座り心地の良さそうなソファや椅子が配置され、中央にはアルコール類から清涼飲料にミネラルウオーター。軽食からスイーツまである。そこに性別も年齢もバラバラな十数人が談笑したりくつろいだりをしていた。同じなのは白い婚礼衣装を身に付けているくらいである。
 彼らはアキラが現れたことに驚くでもなく、目が合えばにっこりと会釈までする。
 「ここの人がみんな花嫁?」
隣にいる社長に訊ねた。
 「そ。性別も年齢もバラバラな花嫁たち。姫様の基準って分かんないわ」
 「でも、みんな可愛いし綺麗だし格好いいや」
今の時代、年齢差があろうが、男同士・女同士だろうが関係ない。古い因襲はもう無いのだ。だからアキラも堂々と女装できるし誰もおかしいとは言わないのだ。
 「んじゃ、ありがとね。えーと、社長」
小首を傾げる姿がやたらと可愛い。着替えも手伝って男だと分かっているが、なんとも複雑だ。二言三言、注意をしたかったが気がついた時には中央のテーブルで嬉々としてケーキの類いを選んでいた。


 **********

 花のように色とりどりの礼服を纏った人々が会場に集まっていた。昼間のパーティーとあって、参加する客の顔もよく見える。
 驚いたことに、ここには政財界の大物、しかも重要とされているような人々が多い。アキラは気付いていないのだろうか?エドワードの仕事によく同行していたニックには見慣れた顔も多かった。
 幸いにもエドワードの同業者はおらず、ニック自身もいつも目立たない場所にいるかホテルの客室で時間を潰す事が多かったので、彼らに顔を覚えられてもいないようだった。念のため髪を縛ってサングラスをかけた。
 「ねぇ、イッくんも食べよ。あそこのダックワーズが美味しかったよ。ニックも!」
ウエディングドレス姿のアキラが二人の手を引く。
 「俺はワインだけでいい。それより、花嫁がタガラ姫から離れてていいのか?」
 「堅いなぁ。お姫様は楽しめって言ったよ」
アキラは雛壇に座るタガラ姫を指した。
 タガラ姫はパーティーを楽しむ花嫁達を嬉しそうに眺めている。首を巡らせて自分を指差しているアキラを認めると、彼女は小さく手を上げてアキラを呼び寄せた。
 「楽しんでおるか?」
もちろん。と声をあげ、タガラ姫の両頬に自分の頬を合わせてチークキスをした。
 「ねぇ、お姫様。なんか凄そうな人がいっぱいだね?」
 「凄そう?」
黒い瞳をキラキラさせてアキラを見つめる。
 「うん。だってどっかの外務大臣だとか、どっかの会社の偉い人とかいるよ?」
へぇ。とニックは感心した。無関心なようで、見ているところは見ているらしい。ほんの少しだけ見直した。ただ、行動は軽い。今度はシュークリームを見つけてそちらへ移動している。
 「面白い子じゃの。目を離してはいかんぞ」
タガラ姫はニックとイサトゥへ声をかけた。言われなくとも、何をしでかすか、何を口走るかわからない。アキラをあまり一人にしてはおけないと思っている。


 そんなアキラは先程から視線を感じていた。何の感情もない、ただ見つめるだけの視線だ。誰?とその先を探しても、人混みに紛れて分からなくなる。まぁいいかと、今度はカラフルなチョコレートに指を彷徨わせていた。

 タガラ姫が不意に立ち上がった。
 眉を寄せて嫌悪している。
 アキラもさらに強い視線を感じて、周囲に視線を巡らせた。燃えるようなオレンジ色の頭が視界の端に見えた。
 タガラ姫が『あの、ちんちくりん』と呼んでいたあの子。オレンジの髪をアップに結って大きな白いリボン。会場の花嫁達のようにウエディングドレスを身にまとってはいるが、憎しみに満ちた視線をアキラに投げつけて近づいてくる。
 「言っとくけどね、僕はちんちくりんなんて言うんじゃないから。お前なんてテレパシー使えるようになったって、ポンコツはポンコツのままじゃんか」
敵意むき出しで言ってくる。
 「えぇ?ポンコツってボクのこと?」
アキラは初耳だと首をかしげた。
 「とぼけるなよ。なんで僕じゃないんだよ!」
彼の髪が震えて舞った。まるで体の周囲を強風が吹き荒れているようだ。
 「不完全でも仕方がない。イサトゥは先に連れてくよ」
アキラの背後でイサトゥの体が浮き上がっている。ニックは引き留めようとその手を握っていた。
 「離すでないぞ!」
タガラ姫も言った後、周囲へ指示を出し始める。
 会場の客の避難を従者達に命令。花嫁達をニックとイサトゥの周りへ展開。会場の混乱に慌てたトラン社長にはアキラを援護しろと激を飛ばしていた。
 「邪魔するな虫ケラが!」
 「ひどい言いようだね。なんでそんな言われなきゃならないんだよ。そもそも、君は誰?」
会場の混乱の中、アキラだけのほほんと首をかしげている。
 「豪胆なんだかおバカなんだか、その新人はアンタに敵意丸出しだわさ」
トラン社長が扇を広げて二人の間の空間を割った。
 「能力者の新人は雇ったけど、こんな事をさせるためじゃないよ」
社長の言葉に彼は嘲りを込めて鼻で笑った。
 「だーれがお前みたいな三流エスパーに雇われるのさ。バカにすんな。それに僕はあの人からもらった『ルト』って名前がある」
ルトと名乗った彼の周りで再び嵐のように風が塊となって飛び交い始めた。社長も空気の塊を飛ばして応戦する。その間にアキラが入ってオロオロしていた。
 「アンタはそこに居ちゃ邪魔だよ」
社長はアキラの手を取って、放り投げた。ルトが放った風の塊にアキラを投げあげ、扇から放った力でニックやタガラ姫の方へ起動を変える。
 「ぷへぇ!びっくりしたぁ」
タガラ姫に受け止められてアキラは暢気な声をあげる。
 「その姿では動き難かろなぁ」
同情された。
 「そだね。ボクのパンツ見えちゃう」
スカートの下が柄物のボクサーブリーフなのを思い出して言った。
 「悠長なこと言ってねぇで何とかしろって!」
片足を見えない力で引っ張られているイサトゥの腕を取ってニックが言う。力仕事は無理だ。心の中でぼやいた。なんとかこらえていられたのは、自分の周りで力を送ってくれる花嫁達のお陰らしい。
 「その力を削ぐべく花嫁達も頑張っておる。もちっと待つのじゃぞ」
 「待たせてらんないよ!」
アキラは腰のトレーンをはずすと、タガラ姫が引き留めるのも構わずニックの隣に並んでイサトゥの手をつかんだ。

 『邪魔するな!』
先程の少年、ルトの声がホール全体に響いた。同時にイサトゥを引く力が失せて、三人で尻餅をつく。代わりにビリビリとした圧力が、そこにいる全員の動きを止めた。
 「どいつもこいつも、邪魔しやがって!おい役立たず。お前をこっちに引き入れるのが最初の目的なんだぞ。なのに余計なポンコツどもまで連れてきやがって!叱られるじゃないか!」
ルトの背後がぐるぐると回っている。その中心に腕を入れると、なにかを引き出し始めた。

 「父さん!」
叫んだ。そこから現れたのは、ぐったりと意識の無い様子のイサトゥの父親だった。
 「ふん!父さん?くったびれたオッサン。役立たずもいいとこだ」
ルトは言って空中に放り投げた。落下地点へ向かってイサトゥが走る。アキラも、ニックも走った。
 「ヤバいのじゃ!」
 「おい!」
 「イッくん!」
タガラ姫、ニックとアキラとが叫んだ。数秒遅く、鈍い音と共にイサトゥの父親が床に崩れる。腕と足があらぬ方向に投げ出されている。
 「ははっ!人間なんて脆いね」
ルトが笑った。
 「おーまーえぇ!お前だって人間だろぉ。人間を何だと思ってるんだよ!」
アキラが初めて怒りの叫びをあげた。
 「へーえ。怒るんだ?出来損ないの、使えないポンコツが、なーにができるんだろうねぇ」
嘲笑う。
 確かに自分にできることはない。だからといってなにもしないというわけにはいかなかった。手近にあるテーブルの上のカトラリーを手当たり次第に投げつけ始める。
 「あはは!無駄だよ。投げつけるなら、これ位しないとねっ」
皿やカップが食べ物と共に浮きあがり、さらにはワインボトルや重たそうな大きな花のアレンジまで空中に浮き、一瞬止まったと思いきや態勢を整えて一斉にアキラへ向かってきた。
 「イサトゥを助けな!」
トラン社長が扇を払ってアキラへの攻撃を阻止した。
 ニックもアキラの隣に駆けつけた。タガラ姫がイサトゥの父親の手を取っている。しかし周囲にはおびただしい血が流れている。もう望みが無いのは誰の目にも明らかだった。
 「イサトゥ。父親の言葉を聴くがよいぞ」
風で物が舞い上がり散乱するなか、タガラ姫だけがひどく冷静に言った。父親の手を取る姫の体がぽぅっと光った気がした。『ミサト』と、父親の口が動いた。
 『お前を守ってやれなくてごめんな。あの時、沈んでいくお母さんを止められなくて、ミサトに辛い日々を強いてしまってごめんな。どんな姿でも、他人に怖がられる力があっても、いつまでもミサトはミサトらしく。お父さんの願いだ』
タガラ姫はそっと手を離した。父親の手が力なくぶら下がった。
 周囲の空気が震えている。ルトの空気の嵐ではない。
 「イサトゥよ、心を保つのじゃよ」
タガラ姫は声をかけるが聞いている風はない。イサトゥはこと切れた父親を抱きしめながら、涙を流していた。後悔。絶望。重たい感情がアキラにも伝わってくる。感情にシンクロしてアキラも涙がこぼれてきた。空気の振動が激しくなる。
 「イサトゥの力が発動したぞ。じきにこの空間が押し潰される」
タガラ姫が言う。どこまで力が作用するか分からないから、できるだけ遠くへ避難しろと指示を出している。
 「イッくん、行くよ。こっちに戻ってきて!」
アキラは駆け寄るが、近づくほど大きな固まりに押し潰されていくような感覚だ。呼吸まで苦しくなってくる。
 「行って。今分かったんだ。俺は怒りでこの力を出せるんじゃない。悲しかったから出せる力だった」
イサトゥと父親はずるずると中心の暗黒に沈んでいきかけている。それでもと、アキラは手を伸ばすが届かない。背後でニックがアキラを呼び、アキラの手を掴まえた。
 「悲しんでも君は今日まで生きてきたじゃないか!悲しみはいつか癒えるんだ。周りのみんなが支えてあげるから。だから!」
叫んだが、アキラの声にイサトゥは弱々しい笑みを見せ、口が『ありがとう』と形付くって闇にのまれていった。

 空気の振動が収まった。イサトゥが父親と共に消えたため、重力場も消えたらしかった。

 「ちぇーっ!仲間に引き込み損なったじゃないか。せっかく発動条件分かったのに」
ルトが残念そうに言った。そこにいる全員の怒りが彼に向いた。
 「お前はっ!」
アキラがルトへ向かっていく。ニックも唸るような声をあげて向かった。二人の手がルトの両肩を掴む。
 かに見えたが、その小さい体が宙に浮いた。背後の空間が歪んでいる。
 『戻れ!』
静かだが、全てを威圧するような深くおぞましい声が響いた。
 「ちぇっ。仕方ないや。バイバイ」
残念そうに眉をしかめた後、彼は歪んだ空間に消えた。


 ***********

 重苦しい沈黙。アキラもニックも、イサトゥを引き戻せなかった後悔とイサトゥの父親を救えなかった悔しさとで言葉を失っている。加えて、あのルトへの怒り。
 タガラ姫もまたイサトゥを説得しきれず失ったことに、無念の表情を浮かべていた。
 長いため息を漏らしたトラン社長は壁に持たれていた体を起こして散乱した食器類を足で片付け始める。その様子を見た男女の花嫁達も行動を始めた。

 「会社の信用ガタ落ちもいいとこだわ」
ぼやきたくもなる。会場は惨憺たる有り様だ。
 「披露宴のお偉方にはなんて説明するわけ?」
アキラはしおしおと呟く社長が気の毒になってきた。
 「うむ。それは適任者がいるでな。みんな忘れるであろうよ」
タガラ姫がニックを見つめた。ゾワッと嫌な予感。しかし何事もなかったように彼らを去らせるにはそれが一番の方法に思えた。

 **********

 二人は今の気分にそぐわないショッキングピンクの飛行船を見送っていた。見送りながらアキラはほろほろと涙を溢し始めた。
 イサトゥが沈んでいった時はイサトゥの感情にシンクロした涙だったと自分でも思っている。でも今の涙は自分の涙だ。
 「助けられなかったね」
 「あぁ」
ニックは短い声をあげた。エドワードを失ったばかりの悲しみの感情がよみがえってきた。深く関わったわけでもないのに泣きたくなるのは、同じ大切なものを失ったイサトゥへの思いからだ。

 飛行船が去って行く。
 「トラン社長。裏も表の仕事も辞めるって言ってたね」
客船の乗客は一人ずつニックの力で記憶を書き換えられ、次の寄港地で下船するらしい。従業員も入れると百人以上へ記憶の操作を行うというのは初めてだった。アキラが深い過去視でダメージを受けるのはこんなものなのかと少し同情した。アキラと力のやり取りをタガラ姫から伝授されなかったら、この疲労感は半端なものではなかっただろう。過去視から戻ったアキラが、しきりに甘いものを欲しがる気持ちもよく分かった。
 甘いものは苦手なのに、自分もそうなのかとおののいた。しかし全員へ催眠術を終わらせた後、ニックが欲したのは酒だった。ワインにウイスキーにリキュール類までラッパ飲みしたのは初めてだった。

 「社長、どうすんだろね?」
彼はしきりにタガラ姫から花嫁になれと勧誘を受けていたのだ。タガラ姫が言う花嫁とは、どうやら自分のそばへ置く超能力を持つもの達ではないのかと、二人は漠然と思っていた。そうでなければ、自分達やタガラ姫へ力の陣形は作らないだろうと。

 「戻るぞ。スタンバイハウス」
苦々しい思いを抱えながらニックは言った。たぶん、きっと、必ず、初めての始末書を書くことになるだろう。この考えなしの軽薄野郎のお陰で。
 クールには一緒に仕事は無理だと伝えなければ。調子は狂わされるし、余計な仕事を背負いこみそうな予感しかしない。絶対に無理だ。ニックはそう思った。

 **********

 そして現在。

 「なんでまだ組んでるんだ?」
オープンカフェのテーブルに両肘を付き、ニックはため息と共に頭を抱えた。先程からアキラの能天気発言の連発に、初仕事の事を思い出していた。
 あの時クールは『ではこれからはニコラス一人で』そう言ったはずだった。なのに、アキラはまだ新人だから。一人での仕事は心許ないから。少し危険が伴うかも?そんな理由をつけられて、いつのまにかコンビを組んでいる。
 「なんでって、ボクたちいいコンビじゃない。ねっ!」
ねっ!じゃねーよ。呟いた。
 しかしまぁ、エドワードを失った悲しみを引きずっていられなかった事は、結果的に立直りを早められたのかもしれない。アキラの予測不能さはニックに思い悩む暇を与えてもくれなかったから。
 「おい。だったら言うことあるだろう?俺はまだお前の口から聞いてねぇ」
 「えぇぇ?何?なんかあった?」
慌てて残りのマカロンを口に頬張り、アキラは考える。しかしどうしたものか何も浮かんでは来ない。呆れたため息が再び正面から聞こえた。
 「新人だったら、仕事に就く時に言うことがあるだろう?」
テーブルから身をのり出して、ニックはアキラの両頬を横にひろげた。
 「いひゃい痛いよぉ~」
 「じゃねぇ。これからも宜しくだろ」
 「えぇぇ?今さら」
 「言えよ」
眼差しが厳しい。仕方なく言った。
 「これからも宜しくっ!」
 「迷惑をかけますが。が抜けてる」
ぶーっとアキラは膨れる。ニックの足が地面を音を立てて踏み鳴らすと、首を引っ込めて小さくなった。
 「めーわくかけるけど、ヨロシクね」
精一杯、真面目な顔をして言った。にぃっとニックが笑う。
 「仕方ねぇな。付き合ってやるよ」
言って、アキラが最後に食べる予定のショコラマカロンを口に入れた。やっぱり甘すぎだ。
 その行動にアキラがぎゃいぎゃいとわめき散らす。
 同年代と交流を持てと言っていたエドワードの言葉が今ならわかる。結構楽しいものだ。悲しみは癒えない。でも楽しい思い出はこれからも増やせそうだ。


       初仕事 〈了〉

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