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第二章 輝ける乙女
陰謀3
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滲むような夕日が紫芳宮に淡い光を投げかける頃、皇帝帰還の声があたりに響き渡った。読みふけっていた書物から顔を上げたジェルファは、本を閉じ、窓に目を向ける。
「姪御殿が戻ったか」
そのようでございますね、と。侍女が代わりに窓を開け、表の様子を確認する。彼女の目には、リナレスと従者をつれたサリカが、馬丁に馬を引き渡す光景が映っているのだろう。
「つれないことだ。僕を誘ってはくれないのか」
苦笑を浮かべるジェルファ――アヤルカス公爵に、侍女は何の感情も宿らぬ瞳を向けて。
「陛下は、繊細でいらっしゃいますから」
ジェルファが病身であった頃のことを言っているのか。「だからサリカは、気を使ってジェルファを狩りに誘わない」のだとその揺らぎもせぬ視線が告げている。
幼い頃から、あの双子は叔父であり従兄であるジェルファと一線を画していたきらいがある。別に、嫌われているというわけではなく。活発すぎる姪たちは、終日離宮に引きこもって読書にいそしんでいる叔父とは気が合わなかった。それだけのことであろう。
それでも、歳の近い彼女たちと話をしてみたい、ともに草原を駆けてみたい、といった願望がジェルファにないわけではなかった。ただ、そうして無理を言って外出しても、結局姪たちのように動けるわけでもなく。ぽつんと取り残されて、彼女らの騎馬姿を遠くから見るのが関の山である。
「神聖帝国のエルメイヤ三世が、なんと呼ばれていたか知っているか?」
侍女に問いかけるふうでもなく、ジェルファは一人呟いた。侍女はこちらを振り返り、静かに頭を垂れるだけで、ジェルファの思惑通り何も応えない。
「詩人皇帝――病弱で、繊細で。帝国の崩壊を、ただ、詩を読んで嘆いているだけだった」
辛気臭い男だと、姪は――マリサは、エルメイヤ三世を嫌っていた。その、辛気臭い男と、自分を重ねてみていたのだろうか、彼女らは。滅びの香りを漂わせる、名目上の神聖帝国最後の皇帝と。
「僕も、神聖帝国最初で最後の大公になるかもしれない」
皮肉げな笑みを浮かべると、侍女は驚いたように彼を見つめる。
「陛下、そのようなことは」
「できれば、そうなってほしいんだよ」
侍女の言葉をさえぎり、彼は立ち上がる。本を傍らの卓子に置き、足音を立てず、漂うように隣室に向かう。彼が寝室として使用している部屋。その扉を無造作に開け、そっと視線を上げる。そこには、王妃候補として挙げられた三人の姫君の肖像画があった――数日前までは。
昨日、密かに従者に命じて、肖像画をすべて外させた彼は、別の女性の肖像画をそこにかけさせた。
「女帝の婿でも、僕は良かったのに」
見上げた視線の先。肖像画の中で、硬い微笑を浮かべるその美姫は。彼が密かに描かせた、エリアス・リュディガ・アヤルカス・ティル・アグネイヤ。かつてサリカと呼ばれ、現在は神聖帝国皇帝となったそのひとである。
真実のクラウディア、フィラティノアへの花嫁として教育された彼女を見るのは辛かった。けれども、どこをどうしたものか。嫁いで行ったのは、マリサ。将来の皇帝と目されていた皇女。嫁ぐのがマリサだと知ったとき、歓喜に身体が震えた。あの感覚は、今でも生々しく思い出すことが出来る。
サリカは、誰のものにもならない。
これからも、ずっと。彼女は男性として生涯過ごすのだ。
そう思うだけで、身体の芯が熱くなった。
「サリカ」
花嫁など要らない。彼女以外の女性を、傍に置くつもりはない。名目だけの花嫁など、必要ない。
もしも、サリカがフィラティノアへと嫁がされたとしたら。自分はおそらく危険を承知で彼女の奪還に向かったであろう。サリカと顔立ちの似通った、ミアルシァの封印王族を身代わりに差し出して。そうなった場合、サリカはどうするであろうか。心優しきサリカ、自身のことよりも、他者を案ずるサリカ。自分のために誰かを犠牲にすると知ったら、抵抗するだろう。間違いなく。
「そのときは、そうだね」
ジェルファは肖像画に向けて、小さく微笑みかける。
「君の心を、壊してあげるよ。傷つかないように、痛まないように」
そうして、自分のためだけに生きてくれれば良い。自分のためだけに笑ってくれればいい。
「ねえ、愛しき姪御殿」
◆
キアラ公女の到着が告げられたのは、夜の闇も深くなった頃である。姫君の旅程といえば、昼を中心に行うのが常である。伝統と格式を重んじるミアルシァの公女が、このような時刻に、と。迎える重臣たちは皆奇異に思ったことであろう。
キアラ公女は、名目上アヤルカス公爵の王妃候補であるが、その実神聖皇帝の妃にしてはどうか、との打診があるようである。無論、ジェルファがミアルシァとの縁を更に深めたいと思うのであれば、彼女を夫人として、生まれた子を世継ぎにすることが可能である。
もしも、と。ミアルシァ国王である公女の従兄は伝えてきた。
もしも、キアラ公の息女をどちらかの妃にするのであれば、国王の養女として嫁がせるという。現在のミアルシァ王には、娘がいない。愛妾もすべて男腹であるのか、生まれてくる子供はすべて王子であった。逆に、先王の実弟であるキアラ公は、姫ばかり四人も儲けている。ひとりは愛妾の娘だが、残る三人は正室の娘で、うち二人はサリカたちと同じく双子であった。今回、神聖帝国皇帝の皇后に、と勧められたのは、正室の末娘。双子の姉妹の妹に当たる息女である。
「ダニエラ・セリア・ルクレツィア・アリーチェ・エレオノーラ」
古の聖女ダニエラと、賢夫人と名高い数代前のミアルシァ王妃の名が与えられた上に、アヤルカス創始の皇后の名・ルクレツィアを通り名とされている。大層な名を持つ娘だと、エルハルトをはじめ重臣たちは怪訝に思ったが。当のルクレツィアの顔を見て、その理由がはっきりとわかった。
「これは」
皇帝陛下に目通りを、と。旅装も解かずに二人の元首の前に進み出たのは、まだあどけない少女。年齢は、サリカと同い年にあたるが、ルクレツィアの容姿は歳不相応に幼く見えた。白く細い手足、華奢な首筋。抱き寄せれば、簡単に折れてしまいそうな細腰。けれども、前方を見据える視線には微塵の揺るぎもなく。寧ろ、ふてぶてしさを感じさせた。
「封印王族?」
サリカが思わずもらしてしまったのも、無理はない。
ルクレツィアの双眸は、ミアルシァ特有の限りなく黒に近い青ではなかった。古代紫とはいえぬが、柔らかな春の日差しを思わせる明るい青い瞳の中に、僅かに朱が混ざっている。紫の瞳――青紫、と称すればよいのだろうか。菫の花にも似た優しい色の瞳は、しかし帝国の色が入り込んでいるというだけで、ミアルシァでは、忌むべき対象となる。
皇太后リディアは、赤みの強い青い瞳であったために、『茜姫』と呼ばれ。既にガルダイアに嫁ぐことが決まっていたゆえに、封印王族とはされぬまでも、他の姫たちとは隔離されて育てられた。
肖像画では、ルクレツィアの瞳の色まで再現は出来なかったのだ。だから、サリカもジェルファも、他のものたちも。彼女に与えられた名の意味など、考えもしなかった。
(同じだ、母上と)
ルクレツィアはリディア同様、捨てられた姫君なのだ。神聖帝国元首に『下賜する』と定められたからこそ、王族として今まで生きてこられた。悲しき娘なのである。
「お初にお目にかかります。皇帝陛下。アヤルカス大公殿下」
よく通る声が、彼女の朱唇から零れ出る。銀の鈴を転がすような、と美声を表現することがあるが、まさにその表現が相応しい耳当たりのよい声であった。
ここで、どちらかに受け容れられなければ帰るところがない。そんな悲壮な背景を微塵も感じさせぬ凛とした声の響きに、心を奪われたのはサリカだけではないだろう。
「しっかりした姫君だね」
そっと傍らのイリアに囁くと、彼女も小さく頷いた。
「それに、綺麗なひとね」
イリアが言うまでもない。肖像画を見た時点で、それは誰もが思うことであった。日に当たることのない、白磁の肌に艶やかな黒檀の髪。棗型の涼しげな双眸に、濃く長い睫毛。一目で異性どころか同性までも虜にしてしまう、あやしの魅力を秘めた少女である。彼女が動くたびに揺れる黒髪からは、えもいわれぬ芳香が漂う。これはもしや媚薬ではないかと疑わしくなるほど、その香りはサリカの頭を痺れさせた。
「長旅、さぞやお疲れでしょう。今宵はゆるりと休まれよ。明日、改めてご挨拶を受けることにいたしましょう」
漸くそれだけの言葉を述べて、サリカは立ち上がった。ルクレツィアは優雅に一礼すると、退室するサリカとイリアを、笑みを含んだ表情で見送る。続いて退室するジェルファには、冷ややかな視線が刺さった。
◆
姫様、と呼びかける侍女に、ルクレツィアは首をかしげるようにして応える。用意された湯殿に幼い裸身を浸して、彼女は軽く手を伸ばした。介添えの侍女の形良い乳房を指先で弄び、くすりと悪戯っぽく笑う。
「思った以上にお綺麗な方で、宜しかったですわね」
侍女はルクレツィアの髪を梳きながら、そっとその端に口付ける。
「そうね。一緒にいた小娘が気に入らないけれど、あれはそのうちに処分するのでしょう、アガタ?」
アガタ、と呼ばれた侍女は「勿論です」と頷く。
「おぞましきは、北の魔女。巫女姫などは必要ありませぬ。早々に始末いたしましょう。姫様のためにも、皇帝陛下のためにも」
くくく、とアガタの喉が鳴る。その喉元を手の甲で撫で上げたルクレツィアは、
「そうしてちょうだい。ああ、早くあのお方をこの腕に抱きしめたいわ。もう、待ちきれない」
自身の胸を掴み、熱い息を漏らした。
「姪御殿が戻ったか」
そのようでございますね、と。侍女が代わりに窓を開け、表の様子を確認する。彼女の目には、リナレスと従者をつれたサリカが、馬丁に馬を引き渡す光景が映っているのだろう。
「つれないことだ。僕を誘ってはくれないのか」
苦笑を浮かべるジェルファ――アヤルカス公爵に、侍女は何の感情も宿らぬ瞳を向けて。
「陛下は、繊細でいらっしゃいますから」
ジェルファが病身であった頃のことを言っているのか。「だからサリカは、気を使ってジェルファを狩りに誘わない」のだとその揺らぎもせぬ視線が告げている。
幼い頃から、あの双子は叔父であり従兄であるジェルファと一線を画していたきらいがある。別に、嫌われているというわけではなく。活発すぎる姪たちは、終日離宮に引きこもって読書にいそしんでいる叔父とは気が合わなかった。それだけのことであろう。
それでも、歳の近い彼女たちと話をしてみたい、ともに草原を駆けてみたい、といった願望がジェルファにないわけではなかった。ただ、そうして無理を言って外出しても、結局姪たちのように動けるわけでもなく。ぽつんと取り残されて、彼女らの騎馬姿を遠くから見るのが関の山である。
「神聖帝国のエルメイヤ三世が、なんと呼ばれていたか知っているか?」
侍女に問いかけるふうでもなく、ジェルファは一人呟いた。侍女はこちらを振り返り、静かに頭を垂れるだけで、ジェルファの思惑通り何も応えない。
「詩人皇帝――病弱で、繊細で。帝国の崩壊を、ただ、詩を読んで嘆いているだけだった」
辛気臭い男だと、姪は――マリサは、エルメイヤ三世を嫌っていた。その、辛気臭い男と、自分を重ねてみていたのだろうか、彼女らは。滅びの香りを漂わせる、名目上の神聖帝国最後の皇帝と。
「僕も、神聖帝国最初で最後の大公になるかもしれない」
皮肉げな笑みを浮かべると、侍女は驚いたように彼を見つめる。
「陛下、そのようなことは」
「できれば、そうなってほしいんだよ」
侍女の言葉をさえぎり、彼は立ち上がる。本を傍らの卓子に置き、足音を立てず、漂うように隣室に向かう。彼が寝室として使用している部屋。その扉を無造作に開け、そっと視線を上げる。そこには、王妃候補として挙げられた三人の姫君の肖像画があった――数日前までは。
昨日、密かに従者に命じて、肖像画をすべて外させた彼は、別の女性の肖像画をそこにかけさせた。
「女帝の婿でも、僕は良かったのに」
見上げた視線の先。肖像画の中で、硬い微笑を浮かべるその美姫は。彼が密かに描かせた、エリアス・リュディガ・アヤルカス・ティル・アグネイヤ。かつてサリカと呼ばれ、現在は神聖帝国皇帝となったそのひとである。
真実のクラウディア、フィラティノアへの花嫁として教育された彼女を見るのは辛かった。けれども、どこをどうしたものか。嫁いで行ったのは、マリサ。将来の皇帝と目されていた皇女。嫁ぐのがマリサだと知ったとき、歓喜に身体が震えた。あの感覚は、今でも生々しく思い出すことが出来る。
サリカは、誰のものにもならない。
これからも、ずっと。彼女は男性として生涯過ごすのだ。
そう思うだけで、身体の芯が熱くなった。
「サリカ」
花嫁など要らない。彼女以外の女性を、傍に置くつもりはない。名目だけの花嫁など、必要ない。
もしも、サリカがフィラティノアへと嫁がされたとしたら。自分はおそらく危険を承知で彼女の奪還に向かったであろう。サリカと顔立ちの似通った、ミアルシァの封印王族を身代わりに差し出して。そうなった場合、サリカはどうするであろうか。心優しきサリカ、自身のことよりも、他者を案ずるサリカ。自分のために誰かを犠牲にすると知ったら、抵抗するだろう。間違いなく。
「そのときは、そうだね」
ジェルファは肖像画に向けて、小さく微笑みかける。
「君の心を、壊してあげるよ。傷つかないように、痛まないように」
そうして、自分のためだけに生きてくれれば良い。自分のためだけに笑ってくれればいい。
「ねえ、愛しき姪御殿」
◆
キアラ公女の到着が告げられたのは、夜の闇も深くなった頃である。姫君の旅程といえば、昼を中心に行うのが常である。伝統と格式を重んじるミアルシァの公女が、このような時刻に、と。迎える重臣たちは皆奇異に思ったことであろう。
キアラ公女は、名目上アヤルカス公爵の王妃候補であるが、その実神聖皇帝の妃にしてはどうか、との打診があるようである。無論、ジェルファがミアルシァとの縁を更に深めたいと思うのであれば、彼女を夫人として、生まれた子を世継ぎにすることが可能である。
もしも、と。ミアルシァ国王である公女の従兄は伝えてきた。
もしも、キアラ公の息女をどちらかの妃にするのであれば、国王の養女として嫁がせるという。現在のミアルシァ王には、娘がいない。愛妾もすべて男腹であるのか、生まれてくる子供はすべて王子であった。逆に、先王の実弟であるキアラ公は、姫ばかり四人も儲けている。ひとりは愛妾の娘だが、残る三人は正室の娘で、うち二人はサリカたちと同じく双子であった。今回、神聖帝国皇帝の皇后に、と勧められたのは、正室の末娘。双子の姉妹の妹に当たる息女である。
「ダニエラ・セリア・ルクレツィア・アリーチェ・エレオノーラ」
古の聖女ダニエラと、賢夫人と名高い数代前のミアルシァ王妃の名が与えられた上に、アヤルカス創始の皇后の名・ルクレツィアを通り名とされている。大層な名を持つ娘だと、エルハルトをはじめ重臣たちは怪訝に思ったが。当のルクレツィアの顔を見て、その理由がはっきりとわかった。
「これは」
皇帝陛下に目通りを、と。旅装も解かずに二人の元首の前に進み出たのは、まだあどけない少女。年齢は、サリカと同い年にあたるが、ルクレツィアの容姿は歳不相応に幼く見えた。白く細い手足、華奢な首筋。抱き寄せれば、簡単に折れてしまいそうな細腰。けれども、前方を見据える視線には微塵の揺るぎもなく。寧ろ、ふてぶてしさを感じさせた。
「封印王族?」
サリカが思わずもらしてしまったのも、無理はない。
ルクレツィアの双眸は、ミアルシァ特有の限りなく黒に近い青ではなかった。古代紫とはいえぬが、柔らかな春の日差しを思わせる明るい青い瞳の中に、僅かに朱が混ざっている。紫の瞳――青紫、と称すればよいのだろうか。菫の花にも似た優しい色の瞳は、しかし帝国の色が入り込んでいるというだけで、ミアルシァでは、忌むべき対象となる。
皇太后リディアは、赤みの強い青い瞳であったために、『茜姫』と呼ばれ。既にガルダイアに嫁ぐことが決まっていたゆえに、封印王族とはされぬまでも、他の姫たちとは隔離されて育てられた。
肖像画では、ルクレツィアの瞳の色まで再現は出来なかったのだ。だから、サリカもジェルファも、他のものたちも。彼女に与えられた名の意味など、考えもしなかった。
(同じだ、母上と)
ルクレツィアはリディア同様、捨てられた姫君なのだ。神聖帝国元首に『下賜する』と定められたからこそ、王族として今まで生きてこられた。悲しき娘なのである。
「お初にお目にかかります。皇帝陛下。アヤルカス大公殿下」
よく通る声が、彼女の朱唇から零れ出る。銀の鈴を転がすような、と美声を表現することがあるが、まさにその表現が相応しい耳当たりのよい声であった。
ここで、どちらかに受け容れられなければ帰るところがない。そんな悲壮な背景を微塵も感じさせぬ凛とした声の響きに、心を奪われたのはサリカだけではないだろう。
「しっかりした姫君だね」
そっと傍らのイリアに囁くと、彼女も小さく頷いた。
「それに、綺麗なひとね」
イリアが言うまでもない。肖像画を見た時点で、それは誰もが思うことであった。日に当たることのない、白磁の肌に艶やかな黒檀の髪。棗型の涼しげな双眸に、濃く長い睫毛。一目で異性どころか同性までも虜にしてしまう、あやしの魅力を秘めた少女である。彼女が動くたびに揺れる黒髪からは、えもいわれぬ芳香が漂う。これはもしや媚薬ではないかと疑わしくなるほど、その香りはサリカの頭を痺れさせた。
「長旅、さぞやお疲れでしょう。今宵はゆるりと休まれよ。明日、改めてご挨拶を受けることにいたしましょう」
漸くそれだけの言葉を述べて、サリカは立ち上がった。ルクレツィアは優雅に一礼すると、退室するサリカとイリアを、笑みを含んだ表情で見送る。続いて退室するジェルファには、冷ややかな視線が刺さった。
◆
姫様、と呼びかける侍女に、ルクレツィアは首をかしげるようにして応える。用意された湯殿に幼い裸身を浸して、彼女は軽く手を伸ばした。介添えの侍女の形良い乳房を指先で弄び、くすりと悪戯っぽく笑う。
「思った以上にお綺麗な方で、宜しかったですわね」
侍女はルクレツィアの髪を梳きながら、そっとその端に口付ける。
「そうね。一緒にいた小娘が気に入らないけれど、あれはそのうちに処分するのでしょう、アガタ?」
アガタ、と呼ばれた侍女は「勿論です」と頷く。
「おぞましきは、北の魔女。巫女姫などは必要ありませぬ。早々に始末いたしましょう。姫様のためにも、皇帝陛下のためにも」
くくく、とアガタの喉が鳴る。その喉元を手の甲で撫で上げたルクレツィアは、
「そうしてちょうだい。ああ、早くあのお方をこの腕に抱きしめたいわ。もう、待ちきれない」
自身の胸を掴み、熱い息を漏らした。
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