捨てられた皇女の備忘録

東沢さゆる

文字の大きさ
21 / 23
悪女は月夜に舞い踊る

07

しおりを挟む
「できれば」
 と。リディスはジュリアスタに注文を出す。「もう少し、若くならないかなあ?」
「若く? 年齢を下げるということかしら」
 眉をひそめるジュリアスタ。それは、難しいということか。可能か不可能か端的に尋ねれば。可能だと即座に答えるが。
「忘れられては困るけど。これは、あくまでも暗示のひとつ。相手にはだけ」
「ああ」
「見える範囲も限られているわ。そうね、せいぜい……」
 馬車の中を見回して、
「これより、ひとまわりふたまわり。それくらいの範囲ということ。無論、わたくしから離れれば、すぐに術は解ける」
 ジュリアスタは、意地の悪い笑みを向ける。
 と、いうことは。リディスは、常にジュリアスタに纏わりついていなければならない。更に、目くらましなのだから、言動が子供のそれでなければ、確実に怪しまれる。先方も、それなりに魔術の心得があるだろう。アリシアがあっさりと捕獲されたのは、魔術の素質がからきしであったから、という可能性が高い。尤も下級貴族となるほど、魔術師の血を得ることが難しくなるのだから。それも当然であるが。

「あと、五歳くらい年齢を引き下げてみようかしらね」

 その言葉とともに、ジュリアスタの姿が変化した。身体が一回りほど縮み、顔立ちが若干幼くなる。それでも美貌は変わらない。美人はいくつでも美人なのか、と。リディスは半ば感心して彼女を見つめる。

「お嬢様」

 恨みがましい、なにかねっとりと絡みつくような声に、リディスは我に返った。隣に座るエミリアが、険しい顔でこちらを見つめている。そういえば、侍女がいたのだ。彼女の存在を半ば忘れていた。

「まさか、とは思いますが。ええ、まさか、です。ご自身が、囮になられるおつもりではありませんよね」

 言ってしまうか、この侍女は。リディスは、目を細めた。あえて言わずとも良いものを。そこは気づいても言わぬのが大人の対応だろうと思うのだが。

「そういうことになるかしらね。リディスの依頼を受けたということは」

 ごまかさないのかい、と。今度はジュリアスタを見やる。
 正攻法で行く主従は、ある意味清々しい。
 普段の自身と王太子ライナルトのやり取りとは、大きく異なる。

「いけません、それは、いけませんわ。お嬢様。そうと分かれば、おとめするほかありません」

 目を吊り上げるエミリアに、

「大丈夫よ」

 先程よりも更に、毒のある笑みを向けるジュリアスタ。
「リディスがいるから。ねえ? あなたの腕、信用していてよ」
 いきなり話を振られ、リディスは面食らう。
「いや、まあ」
 腕に覚えはあるが。先方の実力がわからぬうちは、やたらなことは言えない。エミリアは「それみたことか」と胡乱な目つきになり、
「いくら殿下のお気に入りとは言え、まだ子供でしょう。リディス様は」
「子供子供って、そんなに変わらないだろ、おねえさん」
「では、お尋ねしますが。リディス様は、おいくつでしょうか」
「オレ? 十四だけど」
「あら、やはり子供ですわね。わたくし、十八になります」
 勝ち誇った顔のエミリアに、どうでもいいと思うリディスである。



 結局。エミリアはジュリアスタが黙らせた。正確には、術をかけて眠らせたのだが。眠りのなかで、リディスと押し問答をしているのか。座席に深く身を預けた状態で、眉をひそめたりほくそ笑んだり、唇を尖らせてたりしている。

「彼女は、暗示にかかりやすいから」

 くすくすと軽い笑い声を立てながら、ジュリアスタは馬車から飛び降りる。リディスもそれに続いた。

「エロワ侯爵、ご存知? あの方の直系の孫に当たるのよ。あの家系は大のつく魔術師嫌いでしょう」

 エミリアには、魔術師の血は入っていない。それゆえ、魔術に対する免疫がないのだろう。
 下級貴族でもあるまいに、と思いつつ。
「いいのか? お目付け役だまくらかして」
 公爵にしれたら、問題になるのではないだろうか。
「大丈夫よ。いつものことだから」
 軽い調子で答えるジュリアスタは、
「それに、こんなことでわたくしがどうにかなるとは、父も思ってはいないでしょう」
 軽く片目を閉じて見せる。
「でも。に何かあったら、王家との絆もなくなるし。気に入らない妾腹長男が余計に幅をきかせるようになるんだろ」
「あら。家の心配をしてくれるの」
「まあ、一応」
「優しいのね。さすがは……」
 言いかけて、ふと口をつぐむ。ジュリアスタの、菫に変化した瞳が揺れた。
「……?」
 首を傾げるリディスに
「さ、この姿でのふさわしい言葉使いにかえなくてはね」
 軽く腕を絡めた。



 なぜ、自分はここにいるのだろう。
 アリシアは不安にかられ、周囲を見回した。先日の誘拐の件での聴取とのことで、市警の本部に呼ばれたあと。帰り際に

『ヴィリエ嬢は、こちらへ』

 別室に案内されたのである。
 そこにいたのは、青年だった。不遜な態度で壁に背を預け、胸高に腕を組んでいる。こんな態度を取る人物を、つい最近何処かで見たような気がしたが、思い出せない。
 扉の前で声を失い佇むアリシアを、青年はすくい上げるように見やる。すっと細められた瞳は、金の中に緑をちらしたような不思議な色をしていた。

(あ……)

 異質な瞳。そこで気づく。リディスだ。彼は、リディスに似ているのだ。顔立ちも瞳の色も異なるが、彼とリディスは。整いすぎるほど整った顔立ちも、ある意味似通っていると言えば似通っているのか。

「アリシア・カロル・ヴィリエ嬢」

 名を呼ばれて、アリシアは驚いた。彼は自分を知っているのか。
「はい、あの」
 どちら様でしょう、と尋ねようとして、思いとどまる。なぜかそれ以上の言葉を発してはいけないような、そんな雰囲気が漂っていたのだ。
「とりあえず、座れ」
 青年が、椅子を示す。ここは言われた通りにしよう、と、アリシアは口のなかでもごもごと例を述べながら、腰掛ける。傍に控えていた使用人が、洗練された仕草で椅子を引き、アリシアの介助をしてくれたということは。客人扱いと考えて良いのだろうか。

 アリシアは、改めて青年を見上げた。
 見惚れるほど、綺麗な面立ちをしている。現に、アリシアも思わず溜息を付きそうになったくらいだ。彼は一体、何者なのだろう。身のこなしや視線の配り方を見るに、貴族……それもかなりの上級貴族のようであるが。若くして市警の長官、もしくはその補佐にあたるものなのか。こういう事件に巻き込まれない限り、しがない男爵令嬢の自分が、かかわり合いになることなどない存在であろうということは、なんとなくではあるが、理解できる。
 宮廷にあがることができれば、彼のような青年との恋愛ロマンスもあるのかもしれないなどと、くだらぬことを考えていたアリシアだったが。

「甘い香りを嗅いだ、と証言したそうだな」

 ほんのり甘い妄想が、先日の誘拐事件の記憶に塗り替えられる。

「その香り、どんな香りか教えてもらおうか」
「え?」

 どういうことだ。
 どんな匂いか、言葉で説明しろというのか。それは難しい、と、唇を噛みしめると。
 彼女が入室した扉ではない、別の方向にある扉が開き、続き部屋から一人の女性が現れた。漆黒の髪に黒い瞳の、理知的な美人である。年齢は、今ひとつ不明であるが、二十代といえば、二十代。三十代といえば、三十代。光の当たり具合で何色にでも見える硝子玉のような、不思議な雰囲気を持ち合わせる人物だった。

「錬金術師のアニエスです。鑑定に協力していただけますね」

 深淵を思わせる真っ黒な瞳が、まっすぐに此方を見つめる。
 アリシアはごくりと唾を飲み込み、気圧されるままに頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

処理中です...