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111・果ては静寂に至るもの
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「ん?」
振り向けばそいつは足音も立てぬまま、いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた。宝石のようにきらめく長い髪。魔法文字の縫い取りがされたゆったりめのローブ。妖しさを絵に描いたような風貌の彼──アメティスタは、俺のいる一段上の席から、満面の笑みでひらひらと片手を振っている。
「はろぉー。なぁんか、すっごい久しぶりな気がするねぇ、チューにゃん」
「チューにゃ……って、アメティスタ、なんでこんなとこに」
「んー? ちょっと、オシゴト。大事なオシゴト。……くふふぅ♪」
「え? ……っ!?」
瞬間。
背筋に、急速な寒気が走る。視界が絞られるように狭くなっていく。赤紫色をしたアメティスタの瞳が、膝をついた俺を微笑みながら見つめている。
「ジルっ……!」
今はここにいない相手に、助けを求めて手を伸ばす直前。
俺の意識は、スイッチを切るようにぷつんと途切れた。
♪孤独幻想生命平穏
♪悲嘆永遠真実偏愛
♪冷めたコーヒー 汚泥のワイン
♪流転するルーメンもしくは硬度
♪果て静寂に至るエントロピー
どこかから歌声が聞こえる。綺麗な声だ。いつもの挿入歌とは違って、イントロも伴奏もないアカペラの歌。歌詞の意味もよくわからないけれど、それでもこのままずっと聞いていたいと思ってしまうような、子守歌みたいな優しい歌だ。
うっすらと目を開ける。体に感覚が戻り始める。何か、ふわふわした柔らかいものの上に俺は寝かされている。間接照明としていくつかのランプが置かれた、薄暗い部屋だ。ぼやけた世界を規則的に並んだ、格子状の縦棒が遮っている。
鼻歌が止んだ。格子の向こうに見えたかたまりが、立ち上がってこちらに近づいてくる。
「試合は、終わっちゃったよ」
「……へ……?」
「ランジンの負けだって。残念だったねぇ、頑張ったのにねぇ。けどしょーがないよね。トパシオだって、それこそ負けないくらいに頑張ってたんだもんねぇ」
「何、なんの話……、……っ!?」
視界が、次第に鮮明になっていく。それと同時に、凍りついた。状況をようやく理解したからだ。床に敷き詰められた紫色のクッション。ベッド二つ分の面積を外界と区切る、細い金属製の鉄格子。そして檻を隔てた向こう側から、ワイングラスを片手に俺を眺めているアメティスタ。
流し込まれたように記憶が蘇る。そうだ。この光景には見覚えがある。俺がこの世界に来たばかりのころ、ジルコンに見せられた騎士サマたちの本性。その中にあったアメティスタの、本性。
ざあっと音を立てて血の気が引いた。にこにこしているアメティスタに、恐る恐る問いかける。
「……あのー。どういうことでしょーか、この状況は」
「んんー?」
怯えを丸出しにした俺に対し、アメティスタはまるで邪気を感じさせない笑みで言い放った。
「キミにはここにいてもらおっかな、って思って。この先、ずっと」
「は?」
「まーそれがキミのためでもあるんだよねぇ。頑張って生きようね、チューにゃん。くふふぅ♪」
「…………は?」
まるで理解できない彼の言葉を聞きながら、それでも俺は一つだけ、ほとんど本能的に理解していた。
こいつ──ヤバい。
振り向けばそいつは足音も立てぬまま、いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた。宝石のようにきらめく長い髪。魔法文字の縫い取りがされたゆったりめのローブ。妖しさを絵に描いたような風貌の彼──アメティスタは、俺のいる一段上の席から、満面の笑みでひらひらと片手を振っている。
「はろぉー。なぁんか、すっごい久しぶりな気がするねぇ、チューにゃん」
「チューにゃ……って、アメティスタ、なんでこんなとこに」
「んー? ちょっと、オシゴト。大事なオシゴト。……くふふぅ♪」
「え? ……っ!?」
瞬間。
背筋に、急速な寒気が走る。視界が絞られるように狭くなっていく。赤紫色をしたアメティスタの瞳が、膝をついた俺を微笑みながら見つめている。
「ジルっ……!」
今はここにいない相手に、助けを求めて手を伸ばす直前。
俺の意識は、スイッチを切るようにぷつんと途切れた。
♪孤独幻想生命平穏
♪悲嘆永遠真実偏愛
♪冷めたコーヒー 汚泥のワイン
♪流転するルーメンもしくは硬度
♪果て静寂に至るエントロピー
どこかから歌声が聞こえる。綺麗な声だ。いつもの挿入歌とは違って、イントロも伴奏もないアカペラの歌。歌詞の意味もよくわからないけれど、それでもこのままずっと聞いていたいと思ってしまうような、子守歌みたいな優しい歌だ。
うっすらと目を開ける。体に感覚が戻り始める。何か、ふわふわした柔らかいものの上に俺は寝かされている。間接照明としていくつかのランプが置かれた、薄暗い部屋だ。ぼやけた世界を規則的に並んだ、格子状の縦棒が遮っている。
鼻歌が止んだ。格子の向こうに見えたかたまりが、立ち上がってこちらに近づいてくる。
「試合は、終わっちゃったよ」
「……へ……?」
「ランジンの負けだって。残念だったねぇ、頑張ったのにねぇ。けどしょーがないよね。トパシオだって、それこそ負けないくらいに頑張ってたんだもんねぇ」
「何、なんの話……、……っ!?」
視界が、次第に鮮明になっていく。それと同時に、凍りついた。状況をようやく理解したからだ。床に敷き詰められた紫色のクッション。ベッド二つ分の面積を外界と区切る、細い金属製の鉄格子。そして檻を隔てた向こう側から、ワイングラスを片手に俺を眺めているアメティスタ。
流し込まれたように記憶が蘇る。そうだ。この光景には見覚えがある。俺がこの世界に来たばかりのころ、ジルコンに見せられた騎士サマたちの本性。その中にあったアメティスタの、本性。
ざあっと音を立てて血の気が引いた。にこにこしているアメティスタに、恐る恐る問いかける。
「……あのー。どういうことでしょーか、この状況は」
「んんー?」
怯えを丸出しにした俺に対し、アメティスタはまるで邪気を感じさせない笑みで言い放った。
「キミにはここにいてもらおっかな、って思って。この先、ずっと」
「は?」
「まーそれがキミのためでもあるんだよねぇ。頑張って生きようね、チューにゃん。くふふぅ♪」
「…………は?」
まるで理解できない彼の言葉を聞きながら、それでも俺は一つだけ、ほとんど本能的に理解していた。
こいつ──ヤバい。
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