死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第四章・生涯で唯一一度もお相手願えなかった、気位の高い猫みたいな男と。

4-10・それから

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 正直なところ。
 日頃無調法に絡んでくる駄犬への、意趣返しを込めた反撃だったことは否めない。この機に乗じて肉体を躾けてやれば、さすがの彼もいくらかしおらしくなるだろう。悪くとも都合の良い遊び相手くらいにはなるだろう、と、それだけの考えで始めた戯れだった。楽しませるだけ楽しませてもらったことは事実だが、一方でなんだ、こんなものかと理不尽な冷笑を覚えたのも事実ではある。
 ともあれ躾は呆気なく終わった。今後はオレの忠実な犬として、適度に愛玩させて頂くとしよう。あの空間を抜けた時点で、オレはそんなふうに考えていた。
 だが翌日以降の彼は意外にも、想像の埒外にある道を行った。



「猫塚」

 当日分の仕事を終えて、撮影現場から撤収しようとしたとき。股旅衣装を身に着けたままの犬飼直登が、オレに声を掛けてきた。

「……なんだい」
「やれやれ、今日もつれないな。カフェーに行くんだろう? どうだ、今日こそは俺と一杯付き合わないか」
「は?」

 思わぬ彼のセリフに、オレは止める予定のなかった足をつい止めてしまった。眉をひそめてまじまじと彼を見る。立ち姿も言葉の調子も、いつも通りの彼だ。そう、あまりにもいつも通りの。

「……本気か、キミ」
「本気って? 俺はいつでも本気だぜ」
「オレとしては昨日、キミの所業を散々躾けてやったつもりなのだけれど」
「ああ、あれか」

 編み傘をちょいと傾げてみせながら、犬飼はなんでもないふうに鼻を鳴らす。

「閨の中で起きた出来事は、外には持ち出さないのが俺の信条でね。演じた役柄を引きずって相手を縛るほど、野暮なことはないだろう」
「……は」

 あくまで気取ってみせる彼に意表を突かれて、開いた口がふさがらない。なるほど確かに正論だ。正論ではあるが昨夜あれだけ痴態を晒し、あまつさえ股を開きながら主人とまで呼ばわった相手に、正邪以前にこの態度を取れること自体がなんなんだ。

「キミってやつは……本当に」

 どうしたものかと思いあぐねるオレに、犬飼が一歩近づいた。耳元に口を寄せて小声で囁く。

「犬の悪さは、飼い主の責任だろう? ──ご主人様」
「……っ」

 不覚にも、息を詰めてしまった。至近距離の彼の瞳を見遣る。普段通りのその瞳の奥底には、昨夜と同じ色の媚熱が小さく燃えている。
 唇の端が、自然と吊り上がっていく。腹の底から笑ってやりたくなるのを辛うじて抑えた。面白い。面白いじゃないか、犬飼直登。ことによればあの夜の媚態よりもずっと、オレの心身を熱くするほどに。

「……本当に、躾のなってない犬だ」

 本当ならばキャンと鳴かせて足を舐めさせるところだが、昼日中の屋外ではそういうわけにもいかない。代わりに大上段から手の甲を差し出した。犬飼もオレの意を心得たように、恭しくオレの手を取って口づける。その唇を服従の証として受け取りながら、オレはまた高揚と共に思考を巡らせ始めていた。この傲岸不遜な雄犬の、更なる躾け方を。
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