最後に幸せだったと言えるように

もりもり

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少年と出会い少女の人生は動きだす

森坂 照は物足りないGWを全力で満喫し、元の日常に戻る

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 ボーリングやカラオケなどに友達と共に訪れると、みんなは決まって点数を競い合う。
 やれアベレージは幾らだ。最高何点だ。遊び慣れた彼等は自らの点数を時に誇らしげに、時に悔しがりながら口にする。


GWの最終日
 今照がいる場所でもその様な会話が行われていた。

「照のやつ、また200越えかよ……」
「なぁ、なんで3日前までスペアの意味すら知らなかった完全ボーリング初心者が、スコア200以上を簡単に出せる様になってんの?」
「初日は2、30点しか出せなくて、みんな笑ってたのに……どうしてこうなった……」

 照の前で死屍累々となって横たわるクラスメイト。
 1クラスほぼ全員で遊ぶとなると、ボーリングをするだけでもちょっとした団体になる為、自然と周りの人はこちらを注目する。
 そんな中、今まで負けていたが、本日遂に彼等にボーリングで勝利した俺は、上機嫌に笑う。

「はっはっは! 見たかお前ら! これが俺の実力だ」

 照の高笑いにくそ~と悔しがるクラスメイト。喜び、悔しがるのは皆全力で遊んでいた証拠である。
 GW中はアルバイトの時間までだったが、全日クラスメイトと遊びまくった。
 今やっているボーリングやカラオケ、ビリヤードにダーツなど、今まで照が経験してこなかったものを彼等は教えてくれた。
 その時間はとても楽しく、充実していたが、照の中では何か物足りなさがあった。

「照? どうしたの」

 ひょこっと、照の顔を覗き込む様に彩花が下から見上げる。

「また考え事してたんでしょ」
「……よく見てるな」

 彩花はフフンと得意げに鼻を鳴らし、周りよりも少し控えめな胸をそらす。

「で、何か不満なことでもあったの?」
「不満なんてないさ。皆んな俺に付き合ってくれて、楽しかったし感謝もしてる」

 これは偽りの無い照の本心だ。

「……でも」

 ただ……この光景を、この楽しさを知って欲しいと思う人がいない。
 それだけが気掛かりなだけだ。

「でも?」
「いや、何でも無い」

 照は話を切り上げ立ち上がる。
 こんな話を今しても、彩花を困らせるだけだからだ。

「さて、次は何をしようか」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 乗り慣れない電車を数回乗り継ぎ、長時間の帰宅を終えた春香は、駅から自宅までの通路を、母と共に進んでいた。
 GW中に居た実家では、親戚との疎外感がとても酷かった。母以外、春香の面倒を見たく無いと言わんばかりに皆春香を避け、そのくせ裏では春香の陰口を頻繁に行う。
 そんな日々が続いた為、春香はストレスを多く抱え、疲れ果てていた。

「春香、もう少しで家だからね」
「うん」

 春香は額に汗を浮かべながら一生懸命に車椅子を漕ぐ。
 泊まりの荷物を2人分、ほとんど母が持ってくれているのだ。平坦の道ぐらい自分の力で進まなければ。
 自分をずっと支えてくれた母も、相当疲れているだろう。身の回りの事を、何から何まで世話してくれた母には、休まる時が無かったのだ。

 明日から自宅での生活に戻る。
 融通の利く自宅なら、母も少しは休むことができるだろう。
 それに、午後になればきっと照も来る。
 彼が家にいる時、母は安心した様な笑顔を浮かべている。それだけで自分の世話を1人でするのが、どれだけ母の負担になっているのかが伺える。

 明日だ。明日から元の日常に戻る。
 しばらく照に会っていなかったからか、この数日はとても長く感じた。
 彼と過ごしている時間は、とても過ぎるのが早くて、楽しかった。
 GW中、何度彼の顔を思い浮かべたか、声を聞きたいと思ったか……。

「……あ」

 そんな事を考えていたからだろうか……。

「いやー遊んだ遊んだー」

 横断歩道の向こう側、春香の目の前を、多くの人に囲まれ歩く照の姿があった。
 その表情はとても楽しげで、周りの人達の表情も笑顔だった。
 このまま行けば、照はこちらに気づかずに通り過ぎて行くだろう。
 すぐに駆け寄りたい衝動に駆られるも、信号に遮られる。

 ズキッ……っと、春香は胸の奥に鈍い痛みの様なものを感じた。
 自分が居なくても、照には居場所があって、そこで楽しそうに過ごしている。    
 その事実が、春香に声をかけることを躊躇させた。
 ーーその時。

「えー。照もう帰るの?」

 向こう側から声が聞こえ、春香はちらっと照の方を見る。すると、照が友人と思わしき人達に謝りながら別れ、手を降っている姿が見えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 彼女を見つけたのは偶然だった。
 何気無く反対側の歩道を見た時、1番に目に入ったのが車椅子に乗るハルだったのだ。
 今正に帰る途中なのか、珍しく春香が自分で車椅子を漕ぎ、冬美さんは両手にキャリーバッグや荷物を持っていた。
 2人共何やら疲れているようで、もう少しクラスメイト達と遊ぶ予定だったのだが、その様子を見て素通りすることは俺には出来なかった。
 彩花らと別れて数秒、信号が青に変わり、春香と冬美さんがこちらに渡って来る。

「照君。久しぶりね」

 始めに声をかけてきたのは冬美さんだった。

「こんにちは。荷物重そうですね、半分ぐらい持ちますよ」
「あら、ありがとう。それなら春香を押してあげてくれる? 駅からずっとだったから」

 冬美さんはそう言ったが、元々そのつもりだったので、背負える荷物なんかは照が持った。

「ほれ。ハル、押すから手離せ」
「あ、ありがとうございます」

 何故か少しよそよそしい春香だったが、その理由は直ぐにわかった。

「先輩。お友達とは別れて良かったんですか?」
「あー。あいつらとはいつも顔を合わせてるし、別にいいさ」
「私ともほぼ毎日顔を合わせてるじゃないですか」
「いいじゃん細かいことは。久しぶりなんだしさ」

 本当に大した理由は無いのだ。たまたま知り合いを見つけて、話がしたかったから友人との予定より優先しただけ。
 春香はこの答えに納得していないようだが……。

「照君はこの後バイトがあるの?」
 春香の家が見えてきた頃、少し疲れ気味な冬美さんが口を開いた。

「はい。もう少し時間がありますが、今日もバイトです」
「だったら近いしウチに寄ってって。お礼にコーヒーぐらいだすから」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 久しぶりに春香の家に上がる。
 いつもの春香の部屋ではなく、リビングに案内された照は、車椅子から春香を抱き抱え、ソファに座らせた。
 その後すぐ冬美さんを手伝うため台所に向かい、コーヒーを机に並べるとハルの隣に照も座る。
 ハルは何故だか少し落ち着かなそうに、身体をソワソワさせていた。

「先輩。私以外にもちゃんとお友達がいたんですね」
「はっ。どうだ、俺の人望も中々のもんだろ」
「あの人達の何人が上部だけの中になるんでしょうね」
「なんてこと言うのこいつ?!」

 いつも通りの会話。調子に少しホッとしながら、照は春香との会話を楽しんだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「そろそろバイトの時間だな」

 照が時計を見てそう呟く。

「お母さん。寝ちゃいましたね」

 春香と照の正面のソファでは、母が小さく寝息を立てていた。

「なんだかお疲れみたいだったからな。ハルは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫です。お母さんは向こうでも私の世話で付きっ切りでしたから、相当疲れたんだと思います。それでも……こうやって人前で寝ちゃうのは本当に珍しいです。私の前でもそうありません」
「あー……なんとなく分かる」

 照もその訳を察したらしい。

「私が1人で出来ることはかなり限られますから、起きている間は多分常に気を配ってるんだと思います」
「それだけ、ハルを大切に思ってくれてるんだろ」

 そう言って照は春香の頭をそっと撫でる。
 ああ。本当にこの人は……平気でこんな事をしてくる。
 照の手はとても暖かく、自分を安心させてくれた。その心地良さに春香は気持ち良さそうに目を細める。

「はい。本当に……お母さんは私を大切にしてくれてます。ですから、お母さんがこうして寝てしまうのは、それだけ先輩を信頼してるって事なんですよ」
「そんな大層な事、した覚え無いんだけどな」

 そう言って照は、少し困った様に笑う。
 声を聴くだけで分かる。きっと彼は、私達がどれだけ助けられていると感じているか、分かっていないんだろう。
 照はそういう人間だ。何時も自分がしたいように動いて、そこに打算などは存在しない。
 だから私は……。

「ん? どうした、ハル」

 春香が照に向けて差し出したスマホを見て、照は疑問の声を上げる。

「れ、連絡先……」
「え?」
「連絡先ですよ! 私達、もう知り合って2年以上になるのに、お互いの連絡先すら知らないのってやっぱりおかしいと思います!!」

 言った! 言ってやった。
 顔が熱い……。自分の顔が真っ赤に染まっているのが分かる。
 自分突然大声をだした事で、照は少し驚いたようだった。

「お、おう。そうだな……そう言えば、まだ連絡先交換してなかったか」

 照が自分のスマホを取り出し、春香のスマホに連絡先を登録した後、照が入れていた会話も出来るという、SNSのアプリで友達登録もした。
 スマホの画面に映った照の連絡先、そしてアプリに登録した照の名を見て、春香は口元がにやけるのを堪えるので必死だった。

「ほら、これでいいぞ。じゃあ俺はそろそろバイトに行くわ。おばさん、起こした方がいいかな」
「いえ、大丈夫です。疲れてるんで寝かせてあげて下さい。いざとなれば先輩に連絡しますし」

 春香はスマホの画面を照に見せながらえへへと笑う。

「いや、俺バイトなんだけど……」
「でも、何かあれば来てくれるんでしょ?」
「まぁ来るけどさ」

 照は少し照れながら、じゃあなと言って家を出た。
 早速夜。バイトが終わった頃に電話をしてやろう。何を話そうか……なんでもいい。ああ、早く夜にならないかな。
 照を見送った後、春香はしばらくスマホを見つめ、にやけ笑いを浮かべていた。
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