最後に幸せだったと言えるように

もりもり

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少年と出会い少女の人生は動きだす

小林 春香は自身の無力さを改めて実感する

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GWが過ぎて6月
 春香が違和感を感じたのは目を覚ました時だった。
 いつも母が自分を起こしてくれる時間は等に過ぎており、時計は9時を回っている。
 昨日、照と少し遅くまで電話をしていたから、気を利かせて起こさなかったのかと始めは思ったのだが、どうもおかしい。

 家が静か過ぎる。
 いつもなら洗濯機や掃除機の音が響いていてもおかしくない時間だ。

「お母さん」

 リビングの方に向かって母を呼んでみるが、返事はない。
 何か嫌な予感がした春香は、身体を伸ばして車椅子を引き寄せる。

「よいっ……しょ!」

 ベッドの上を這いながら自力で車椅子に乗った春香は、そのまま車椅子を漕ぎ部屋を出た。
 リビングに入って辺りを見渡しても母の姿は見当たらず、直後に台所からキィィィっとヤカンが音を立て始めた。。
 お湯でも沸かしていたのだろうか、慌てて台所に向かった春香は、ヤカンについた火を止める。
 その時、足元に倒れる人影を春香は発見した。

「お母さん!!」

 車椅子から転げ落ちるように降り、すぐさま倒れている母の身体に触る。

「……凄い熱」

 母の身体は熱く、息も絶え絶えでうなされている。

「どうしよう……どうしようどうしよう」

 春香は一気にパニックに陥り、頭の中が真っ白になった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 キーンコーンカーンコーンと、朝のホームルームが始まる直前、予鈴が鳴ると同時に照は教室に入った。

「おはよ~。ギリギリだね」

 照の隣の席に座る彩花は、珍しいねと照に声をかける。

「はよ~。今日は少し寝坊した」
「夜ふかしでもしてたの?」
「まぁそんなとこ」
「あ、そうそう。皆んなまた照と遊びたいから、予定が空いたら教えてくれって言ってたよ」
「そうだな。何時になるか分からんけど、予定が空いたらな」

 たわいない話をする間に、担任が教室に入ってきた。

「お前ら席に着け。ホームルームを始めるぞ」


 ホームルームが終わると同時に、クラスメイトは次の授業に向けて準備を始める。本日は1限目から移動教室のため、あまりのんびりしていると遅れてしまう事がある。

「ふわぁ……」

 照も準備を始めていたが、不意に欠伸が漏れた。

「眠そうだね。夜ふかししたって言ってたけど、昨日は何してたの?」
「いや、夜中に知り合いと電話してたら長くなってな。そのせいだわ」
「へー。照が長電話って……あんまり想像出来ない。その人とは仲が良いの?」
「その人ってか、年下の女の子だぞ。まぁ仲は良い方だと思うが」
「女の子……ふーん。」

 女の子と言う言葉に反応した彩花はジトッとした目を照に向けるが、そうだと何かを思い付き、カバンをあさる。

「ねぇ照。私にも連絡先教えてくれない?」

 そう言って彩花はスマホを照に向ける。
 その仕草が春香と少し被っていて、照の表情が少し綻んだ。

「なんで皆んな、俺なんかの連絡先を知りたがるのかね」
「そう言って照、クラスの誰とも連絡先交換してないでしょ。照は人気者なんだから、皆んな照と一緒にいたいんだよ」
「あんまり自覚はないんだがなぁ」
「いいからいいから。ほら、スマホだして」

 彩花の押しの強さに観念した照はスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換した。
その時……照のスマホに着信が入った。

「……ん?」
「え? こんな時間に誰から?」

 スマホの画面にはハルと書かれた文字が浮かび上がっていた。


『先輩! 先輩!』
「うお! なんだ? どうした」

 スマホから聞こえる春香の声があまりにも鬼気迫っていて、照は事態の深刻さを感じた。
 そもそも、自分がこの時間学校にいる事は春香も知っている。春香が下手をすれば授業中かもしれなかった事を、承知の上でかけてきた事から、照は学校内にも関わらず電話に出たのだ。

『お、お母さんが……倒れてて、凄い熱で……わ、わた……私どうしたら』
「ハル。落ち着け。ゆっくり、ゆっくり深呼吸して」

 電話の向こうで春香の息遣いが聞こえる。
 春香によると、朝起きれば母が台所に倒れていて、酷い熱を出していたらしい。それ以外の状況は、春香が未だパニックになっていて、上手く伝わってこない。
 今この場で照が出来るのは、精々春香を落ち着かせる事と、救急車を呼ぶ事や、応急処置の指示をするぐらい……。

『せんぱい…………たすけて』

 震える春香の声は消え入りそうに小さく、息が荒い。もしかしたら過呼吸に陥ってるのかもしれない。
 もう照は、自分のすべき事を決めていた。

「分かった」


 そこから、照の行動は速かった。

「照! もう直ぐ授業が始まるよ。早く行かなきゃ」

 教室に戻ったら、照の事を待っていたらしい彩花が、早く早くと教科書などを照に手渡す。

「すまん彩花。森坂 照は体調を崩したので早退しますって、先生に言っといてくれ」
「へ?」

 渡された教科書や他の荷物を素早く片付け、照は教室を飛び出た。

「ち、ちょっと! 照!? もう! 今度説明してもらうからね」

 彩花の呼び掛けに、照は振り向かず手をあげる事で答えた。


「ハル!」

 何時ものように律儀にインターホンを鳴らすこともなく、照は額に汗を浮かべながら勢い良く扉を開け、玄関からリビングへと向かった。

「先輩!」

 春香は車椅子から降り、台所の床に座り込んでいた。
 そしてその傍には、息を荒げ顔が赤い冬美さんが倒れていた。

「ハル。救急車は?」

 照の問いに春香は首を横に振る。

「さっき……お母さんが目を覚まして、救急車は呼ばなくてもいいって……でも、また起きなくなっちゃって」

 冬美さんの手を握る春香の両手は震えていて、目に涙を浮かべている。
 冬美さんは自分が入院して、春香が1人になるのを危惧したのだと、照はなんとなく察した。

「とりあえず、冬美さんをベッドに運ぶぞ。ハル、お前のベッドを使っていいか?」
「は、はい!」

 春香の了承を得ると同時に、照は出来るだけ負担を与えないように冬美さんを抱え上げ、春香の部屋のベッドに寝かせた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「多分過労だろうな……日頃の疲れとかが溜まって熱が出たんだと思う。あくまで素人判断だけど」

 母をベッドに寝かせ、冷たい水につけて絞ったタオルを母の額に乗せてすぐ、照が口を開いた。
 その言葉に春香はホッと胸を撫で下ろす。

「それじゃあ、お母さんは重い病気とかじゃないってことですよね」
「冬美さん、GW辺りからかなり疲れが溜まってるみたいだったからな。一応、お医者さん呼んで診察してもらうつもりだけど……何か食べやすいものでも作るか。薬とか、食材も買ってこないとな」

 照のあまりに速い処置に、春香は自分の無力さを改めて思い知る。
 自分は母が倒れた時、何をしていただろう。
 ただ泣き叫び、パニックになり、照に縋り付いただけ。
 他にも、今の自分に出来たことがもっとあったのではと、終わってからその考えが止まらない。
 春香がまた止まらない自己嫌悪に陥っている所に、ポンっと照は頭に手を起き、そのまま撫で始める。

「……先輩」
「よく連絡してくれたな」

 照の口調はどこまでも優しい。

「でも……私何も出来なくて」
「誰でもパニックになったらそんなもんだ。救急車どころか、誰にも連絡しない事に比べたら全然ましだよ」

 ああダメだ。何も出来なかった事を悔いたばかりなのに、照の優しさに甘えてしまう自分がいる。

 ーーでも。
 何時までもそんな自分でいるのが嫌で、少しでも変わりたいと思うから。

「先輩。私に家事を教えてください」

 春香は1歩、歩けなくなってから初めて、前に進んだ。
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