白面は紫黒の猫と共に ~怪盗キャスパリーグ、かく盗めり~

夏冬春日

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Episode.02 魔女からの挑戦状/夜明けのヘカテ

File.06(結)

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  ■3月29日  05:45  トロイア号 スカイデッキ


 ボロボロだった……。
 上品な客のためにしつらえられたそのスカイデッキは、幾度もの戦いの余波で悉皆真っ平らとなっていた。
 中央に立つのは、紫黒の髪をたなびかせたパリュ。

 相対したモーストと衣は肩で息をしている。

「ぬしらも本気のあち相手によくやるもんだねぇ。まあでも、もう終わりさね」

 春疾風はるはやてがパリュの髪をかき上げる。

「ああ、そうだな。さすがにもう終わりだ」

 モーストが膝をつく。

「ええ、もう終わり、時間切れ。あなたにはもう、月の光は届かない。ここは陸地からは大分東だから……」

 そう言った衣の視線の先に魔王はいない。紫黒の猫が凜と座っていた。

「にぃ。ぬしらは本当によくやった。褒めてやるよ」
「ごめんなさいとは言わないわ。でももう消えて……」

 一つ残った魔方陣に衣が触れる。
 放たれる一条の光。

「……ま、余録としては楽しかったかねぇ」

 目を閉じたパリュ。そのまぶたの裏に麻琴の姿が映る。
 それはなんだか怒っている気がした……。

 ドンという衝撃がパリュの体に走る。

「な……」

 2人の驚く声が聞こえた。

「《鷲と共に現れて――》」

 聞き慣れた声が聞こえた。

「《――盗みだししは金のサンダル、美の女神》」

 嗅ぎ慣れた匂いがした。

「あっぶな、うまくいってよかった」

 目を開けると見慣れた弟子がいた。




「あー、やられたね」
 モーストは大の字になって空を見上げた。
「ここまで準備して、し損じるなんて。衣は予想してたかい?」

「可能性はね……。だからモス、ちょっとあれを確認してきて」

 衣が指さすのはスカイデッキに唯一残ったマスト灯。

「オッケー、わかったよ」

 モーストは起き上がると飛ぶようにしてマスト灯を上る。
 そうしてたどり着いたその先で声を上げた。

「あーー、確かにやられてる。【夜明けのヘカテ】はないよ。衣が心配してたのはこれだったのか」
「ううん。【夜明けのヘカテ】がなくなってる分にはまだマシよ。変わりの物が置いてあるでしょ」
「まあ確かにね」

 飛び降りたモーストは衣に【蒼のメリクリウス】を差し出す。【夜明けのヘカテ】の代わりに置いてあった物だ。

「これがあるなら成果としてはまずまずよ。マストミッションの達成は出来てる」
「でも、太陽と月のエレメントが魔王の手に渡ったのはマズいだろ? あいつ本来の力を取り戻すぞ」
「大丈夫よ。まだ足りてないから……」

 衣はモーストを安心させるように言った。

「ん? どういうことだ?」

 モーストはなぜだかよくわからず聞き返す。

「モス。月っていくつかしら」
「そりゃ1つだろうよ」
「……本当に?」
「あ、いや。……そうか」
 モーストは指をはじく。
「3つだ……」

 衣は頷いた。

「そう、私にとっての月は1つ。でもあなたにとって、そしてあの魔王にとっての月は3つのはずなのよ。だからまだエレメントは足りない」
「確かにそうだ。そしてそれは地球じゃ永遠に手に入らないかもしれない」
「そう。あの魔王が気づいてるかどうかはわからないけど……」

 衣は【蒼のメリクリウス】を手の内で転がす。

「だから別に【夜明けのヘカテ】が向こうに渡るのはどうでもよかったの。それよりも大事なのはこの【蒼のメリクリウス】を手に入れること」
「ふぅん。そんなにたいそうな宝石には見えないけどねぇ」

「モス~、何馬鹿のこと言ってるのよ」
 へたり込んだ姿のままで、衣はモーストの膝をたたいた。
「メリクリウスって要はヘルメスのことなのよ。盗賊の守護神ヘルメス。そんな快盗としてジョーカーになるような物、相手に持たせて置くわけにはいかないでしょ。使いこなせてもいないだろうに、実際まんまと【夜明けのヘカテ】を持って行かれてるし」
「おお、確かにそうだわ」

 なんとも軽いモーストの調子に衣は呆れる。

「それにもっと大事なのはメリクリウスが錬金術の神であること。それどころかメリクリウス自体が賢者の石のこと。すべてになり得る変容姓と多様性を持っている」
「おいおいそれって……」
「そう、もしかしたら【蒼のメリクリウス】は向こうの月のエレメントを再現してしまうかもしれない。だからこれだけは必ず手に入れておきたかった」
「となると、それに気づいたあいつらがこれを狙ってくる可能性もあるわけか」

 モーストの疑問に衣はその通りと頷いた。

「まあ、その時こそ返り討ちにしてあげましょ」
「そうだな。その時はまた暴れるか」

 モーストは大剣を担いだ。

「ダメ」
「あん?」
「モス、あなたそれ使っちゃダメだからね」
「なんでだよ」
「そんなの、これ見たらわかるじゃないの」

 衣は悉くが破壊されたスカイデッキを指さす。

「これの大半がモスがそれで壊した物なの……。わかる? 直すのだってただじゃないの」
「直すのだけだったらそんなに……」
「何馬鹿言ってるの。直してる間この船使えないのよ。その損失も考えたら……。だからそれを使うのは禁止ね。大体他の物でも古典武器なら何でも使いこなせるでしょう。もっと繊細な武器を使いなさいな、もっと繊細な。……そうねレイピアなんかいいんじゃない?」
「ええ~。みみっちくて嫌だぜ」

 衣は大きくため息をついた。

「はぁぁ。嫌なら嫌でいいけど。そしたらその代わりモスが壊した分の費用とそれによる損失分、モスのお小遣いからさっ引くからね」
「げ……。わかった、わかったよ」

 モーストは両手を挙げて降参した。
 そんな2人を春の朝日が照らしていた。




 そこは港にほど近い埠頭だった。外海にまで出たトロイア号からはずいぶん離れている。

「ぬし、なんで戻ってきた。もしかして【蒼のメリクリウス】を使ったんじゃあないだろうね」
「なんでって、そりゃオレの目的のためだよ。【蒼のメリクリウス】はまあ、確かに使っちゃった。代償なしにあの魔法は無理だったから向こうに置いてきた」
「なんてことを……。あれがあればぬしの両親を治せるのだぞ」

 パリュの剣幕に麻琴は首を振る。

「でもそれじゃあ俺の望みは叶わない」
「両親と璃夜と共に暮らせるのだぞ。ぬしの望みだろうが」

 再度首を振る麻琴。

「パリュはさ、4人で食卓を囲む事なんて言ってたけど……。俺、そんなこと言ってないよ」
「な……に……?」
「俺はさ、ずっと言ってたよね。みんなで食卓を囲むって。当然パリュも一緒だ」

 麻琴はパリュの額を、ぴんと指ではじく。

「にっ」

 それを嫌がるようにパリュは麻琴の腕から飛び降りた。

「人の好意を無にしおって……。ぬしなんぞ知らん。あちは帰る」
「ああもう、恥ずかしがるなって。俺だって恥ずかしいんだから」

 追いかける声を無視して歩を進めるパリュ。

「ぬしがそう言ってくれるのは嬉しいさ。でもね、そいつは無理なんだよ……」

 聞こえない声でつぶやきながら、パリュは路地の暗がりに消えていく。

「ああ、ちょっと待てよ。疲れてるんだよ」

 麻琴は懐の重みを確認しながら必死にそれを追いかけた。


 余談ではあるが、家には鬼の形相の璃夜が1人待っているのを、2人は気づいていない……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

はい、これにて完結です。ありがとうございました。
嘘です。ごめんなさい。完結してませんね。
いや、プロット段階では太陽と月のエレメントを手にした麻琴とパリュは、両親を治して大団円だったんですよね。
それでちょうど5万字強の予定でしたし。
ただまあ、書いてるうちに怪盗2人のコンビが気に入ってしまって、もっと書きたくなったんです。
だからまあ、伏線を入れたりちょっと設定変えたりして調整をしたんですよ。

今後はまあ、続きだったり、あるいはパリュとの出会いだったり、学校での小さな事件だったりも書いていきたいですね。
とは言え、一旦はここで終わりです。再開はちょっと先になると思います。

それでは二人のお話でまた会いましょう。
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