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1章: お前らが俺を人殺しと呼ぶのか
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駅前のカフェ。午後の柔らかな陽射しが店内を包んでいたが、三人の女子高生のテーブルだけは空気が重く沈んでいた。
「これからどうするの?」
「何度も言わせないで。あの子のことは、秘密だから」
「一生逃げ回るってことですよね?」
村山しおりは、カップを持ち上げず、無言のまま視線を落としたまま話し出した。
「……あの事故、私たちが悪いって言うけどさ……冷静に考えれば、飛び出した子が悪いでしょ」
その言葉に、高瀬あかねは目を細めた。
「……しおり……」
みのりはストローを口にくわえたまま動きを止めた。
しおりは続けた。
「坂のカーブで、いきなり飛び出してきたんだよ?しかもこっちは部活帰り、ちゃんと交通ルール守ってた。急ブレーキだってかけた。なのに——あれが全部こっちの責任って……おかしい」
あかねの顔色が徐々に青ざめていく。
「……それ……言い訳にしか聞こえないから……」
しおりはすぐには答えず、視線をあかねから外した。
みのりが申し訳なさそうに手を挙げる。
「……なんか……気分悪いです……すいません、ちょっとトイレ……」
みのりはふらつくように席を立った。
「大丈夫? 付き添おうか?」
「いえ」
あかねも苦々しい表情で黙っていた。
その時——
店内の奥の席。新聞を読んでいた中年男性が、ゆっくりと顔を上げた。
健一だった。
娘の陽菜を失ったその数日後。偶然立ち寄ったカフェで、耳にした会話。
“飛び出した子が悪い”
その言葉が、耳に突き刺さった。
健一は、新聞をそっと畳み、立ち上がった。顔は無表情のようで、瞳の奥では何かが蠢いていた。
カフェのトイレ。個室の中から、小さな声が漏れていた。
「え、エヘヘ」
「……私、気絶してた? あかね先輩の前で、パンツ丸出しで?」
早坂みのりは便座に座ったまま、頬を染めて口元をほころばせていた。
「……ナニコレ、アソコが超濡れちゃう! きゃあ、私、何ですぐに目を覚まさなかったんだろう? あかね先輩に抱かれて、役立たずだとぼろ雑巾のように見下されて、汚いパンツ、見られちゃった。そう思って、昨日から替えてないのにグショグショ。これじゃあ、先輩に匂い嗅がれちゃうよ。あ、それもいいかも」
その声を、入口付近でじっと聞いている男がいた。
健一だった。
目は、個室の扉を見つめている。
懺悔の言葉を求めていた。
痛みや後悔、失った命への祈り——そういうものが、この高校生の中にもあると信じたかった。
だが、そこにあったのは。
「……気絶って、人生で初めて……映画みたいで、ちょっと感動した……」
無垢というより、無神経な言葉。
健一の指が、ゆっくりと拳を握る。
扉の前に立ち、静かに深く息を吸った。
そして、低く、しかしはっきりと声をかけた。
「君……昨日、坂道で……何があったか、覚えてるか?」
みのりの独り言が止まった。
「……え?」
声の主が誰か、すぐにわかったわけではなかった。
だが、扉の外にいる“何か”が、普通ではないことは、空気でわかった。
「……誰っ……?」
沈黙。
それから——
小さなトイレの個室。空気が淀み始めていた。
「娘を、殺された父親だ」
その声に、みのりの背筋が凍った。
「……っ、スマホ……」
震える手でポケットを探るが、その動きは健一の視線の中だった。
バンッ——
次の瞬間、スマホが床に叩きつけられた。
「逃げるな。謝れ。君の口から、陽菜に何をしたのか言ってくれ」
健一の声は震えていたが、そこには怒り以上に——何か壊れかけた祈りがあった。
だがみのりは、黙っていた。しばらく沈黙したあと、ふっと鼻で笑った。
「……あんなの、勝手に飛び出してきただけよ。……こっちが被害者なの。 実際、私だって頭打って脳震盪起こしていたんですから。なのに、勝手に死んで勝手に人を巻き込んで……」
言葉が、吐き捨てるように飛び出す。
健一は、その場に立ち尽くした。
その瞬間、彼の中で何かが切り離された。
「……本当に、それが……君の本心なのか?」
みのりは返事をしなかった。代わりに、カバンの中から小型のスタンガンを取り出した。
ジジッという起動音が響き、青白い火花が空を裂く。
「……近づくな、人殺し」
健一は一歩引いた。だが次の瞬間、感情に任せて腕を伸ばした。
「お前らが俺を人殺しと呼ぶのか……こんなもの、子供が持ってるな!」
掴みかかった拍子に、みのりの足元が滑る。
「きゃ——」
鈍い音。
小さな身体が、床に倒れた。
しばらく動かなかった。
健一は、呆然とその姿を見下ろしていた。
「……嘘だろ……」
彼の手が震えた。さっきまで、問いただしたばかりの少女が、今は静かに横たわっている。
風が、トイレの換気口から静かに吹き抜ける。
その音だけが、現実を告げていた。
「これからどうするの?」
「何度も言わせないで。あの子のことは、秘密だから」
「一生逃げ回るってことですよね?」
村山しおりは、カップを持ち上げず、無言のまま視線を落としたまま話し出した。
「……あの事故、私たちが悪いって言うけどさ……冷静に考えれば、飛び出した子が悪いでしょ」
その言葉に、高瀬あかねは目を細めた。
「……しおり……」
みのりはストローを口にくわえたまま動きを止めた。
しおりは続けた。
「坂のカーブで、いきなり飛び出してきたんだよ?しかもこっちは部活帰り、ちゃんと交通ルール守ってた。急ブレーキだってかけた。なのに——あれが全部こっちの責任って……おかしい」
あかねの顔色が徐々に青ざめていく。
「……それ……言い訳にしか聞こえないから……」
しおりはすぐには答えず、視線をあかねから外した。
みのりが申し訳なさそうに手を挙げる。
「……なんか……気分悪いです……すいません、ちょっとトイレ……」
みのりはふらつくように席を立った。
「大丈夫? 付き添おうか?」
「いえ」
あかねも苦々しい表情で黙っていた。
その時——
店内の奥の席。新聞を読んでいた中年男性が、ゆっくりと顔を上げた。
健一だった。
娘の陽菜を失ったその数日後。偶然立ち寄ったカフェで、耳にした会話。
“飛び出した子が悪い”
その言葉が、耳に突き刺さった。
健一は、新聞をそっと畳み、立ち上がった。顔は無表情のようで、瞳の奥では何かが蠢いていた。
カフェのトイレ。個室の中から、小さな声が漏れていた。
「え、エヘヘ」
「……私、気絶してた? あかね先輩の前で、パンツ丸出しで?」
早坂みのりは便座に座ったまま、頬を染めて口元をほころばせていた。
「……ナニコレ、アソコが超濡れちゃう! きゃあ、私、何ですぐに目を覚まさなかったんだろう? あかね先輩に抱かれて、役立たずだとぼろ雑巾のように見下されて、汚いパンツ、見られちゃった。そう思って、昨日から替えてないのにグショグショ。これじゃあ、先輩に匂い嗅がれちゃうよ。あ、それもいいかも」
その声を、入口付近でじっと聞いている男がいた。
健一だった。
目は、個室の扉を見つめている。
懺悔の言葉を求めていた。
痛みや後悔、失った命への祈り——そういうものが、この高校生の中にもあると信じたかった。
だが、そこにあったのは。
「……気絶って、人生で初めて……映画みたいで、ちょっと感動した……」
無垢というより、無神経な言葉。
健一の指が、ゆっくりと拳を握る。
扉の前に立ち、静かに深く息を吸った。
そして、低く、しかしはっきりと声をかけた。
「君……昨日、坂道で……何があったか、覚えてるか?」
みのりの独り言が止まった。
「……え?」
声の主が誰か、すぐにわかったわけではなかった。
だが、扉の外にいる“何か”が、普通ではないことは、空気でわかった。
「……誰っ……?」
沈黙。
それから——
小さなトイレの個室。空気が淀み始めていた。
「娘を、殺された父親だ」
その声に、みのりの背筋が凍った。
「……っ、スマホ……」
震える手でポケットを探るが、その動きは健一の視線の中だった。
バンッ——
次の瞬間、スマホが床に叩きつけられた。
「逃げるな。謝れ。君の口から、陽菜に何をしたのか言ってくれ」
健一の声は震えていたが、そこには怒り以上に——何か壊れかけた祈りがあった。
だがみのりは、黙っていた。しばらく沈黙したあと、ふっと鼻で笑った。
「……あんなの、勝手に飛び出してきただけよ。……こっちが被害者なの。 実際、私だって頭打って脳震盪起こしていたんですから。なのに、勝手に死んで勝手に人を巻き込んで……」
言葉が、吐き捨てるように飛び出す。
健一は、その場に立ち尽くした。
その瞬間、彼の中で何かが切り離された。
「……本当に、それが……君の本心なのか?」
みのりは返事をしなかった。代わりに、カバンの中から小型のスタンガンを取り出した。
ジジッという起動音が響き、青白い火花が空を裂く。
「……近づくな、人殺し」
健一は一歩引いた。だが次の瞬間、感情に任せて腕を伸ばした。
「お前らが俺を人殺しと呼ぶのか……こんなもの、子供が持ってるな!」
掴みかかった拍子に、みのりの足元が滑る。
「きゃ——」
鈍い音。
小さな身体が、床に倒れた。
しばらく動かなかった。
健一は、呆然とその姿を見下ろしていた。
「……嘘だろ……」
彼の手が震えた。さっきまで、問いただしたばかりの少女が、今は静かに横たわっている。
風が、トイレの換気口から静かに吹き抜ける。
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