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2章: Aman loves someone not by him but in his mind.

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 隊員は名をサナ=クオルハートと名乗った。
「私ね、実は一度だけ、殿下に夜伽を命じられたことがあるのよ」
 場所を変え、置かれていた長椅子に腰かけながら彼女は自慢げに語る。
「殿下は、清廉な方でいらっしゃると同時に、夜にはとても熱いお方でもあるのよ。その時の出来事は、この私の一生にとって忘れられない至福の一時。この髪は、その時に枕に散らばっていたものを集めたのよ」
「そうなんですか」
「私ね、来年にはここを出ることになるわ」
 親衛隊の年齢は23歳が最年長。それ以降のことは入隊したばかりのチハルにはわからない。
 多分、給料をもらって各々里帰り、ということになるのだろうが。
「殿下のお傍を離れるのは少し寂しいけど、私にはディオラがいるから。生涯彼と付き添って生きていくつもりよ」
 そう言って、彼女は皇太子の髪を大事そうにしまい込む。
 あれが、この人にとっての恋人なのだ。
 誰にも奪われたくない大事なもの。
 こんな形の愛もあるのかと、チハルは人の心の多様さを知った。
「あなたも、殿下のお傍にお仕えできる日が来るといいわね」
「いえ、私は」
「チハルさんと言ったかしら。話を聞いてくれてありがとう。私のことを変に思わなかったのは、あなたが初めてよ」
 サナは優しく微笑んで、その場から辞去した。
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