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1章: 学院内権力組織

医務室にて

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 シュロムは答えず、ティラの身体はどんどん上昇していく。足をばたつかせようにも、何かにしがみつこうにも、完全に地面から独立した彼女の身体は無駄に足掻き続けるだけだった。
「た、助けて!? だ、誰かあぁ!!」
 ティラの叫びは本人と共に空の彼方へ消えていく。
 既に観客達から見た彼女は点に等しい大きさだった。
「この辺で、もういいか」
 シュロムがそう告げた瞬間、空高くに浮かんでいったティラの身体が真っ逆さまに落ちてくる。
 地獄を見たような彼女の絶叫と共に。
「死にたくないよっ! いやあぁぁぁ!!!!」
 涙溢れる彼女の眼前に、地面がみるみる迫ってきた。

「はうっ!!」
 気絶していたティラは悪夢から目覚めるように上体を起こした。
 顔中を触り、五体満足であることを確認して一息つく。
「私、まだ生きている?」
「当たり前だ」
 隣に腰かけていたシュロムがそっけなく答えた。
「・・・・・・アンタがいるってことは、少なくとも天国ではないってことなのです」
「そこまで上等に口が利ければ文句ないだろ? よかったな」
「でも、どうやって私は助かったのですか? あの高さから落ちて」
「あの高さって、急降下の直前で止めてやったさ。その頃にはアンタ完全にノビていたけどさ。実際の落差は今寝ているベッドの高さ以下だ。それくらいの落差で死ぬ人間はまずいない」
「どうして私を、殺さなかったのですか?」
「俺は単に自分がやりたいことをするだけだ。それは決して褒められた行為じゃないけど、人殺しではないさ。それに――」
 シュロムは顔を背けた。笑いを堪えているのだ。
「な、何なのです?」
「ククク、いや、アンタ確かに生物的には生きているけどさ。社会的には完全に死んだなって思ってさ」
 ティラは身を起こしてシュロムに掴みかかる。
「ど、どういうことなのです! まさか、私が気絶している間に辱めを?」
「勘違いするなよ! 俺は別に何もしていないぞ! ただ、恐怖で失神した時のあの姿がマジでおかしくてさ! 今思い出しても笑いが・・・・・・」
「そ、そんなにひどい状態だったんですか?」
「そりゃ、もう! 白目剥いているし、鼻水垂らしまくっているし、顔面の筋肉全部ひきつっているし! 本当の恐怖を味わった人間ってあんな顔するんだなって。悪いけど俺は、御免被るね」
「ななな・・・・・・何で私を生かしたんですか! 学院中が見ている前でそこまでの醜態晒したら私、もう死にたくなっちゃいますよ! ひえーーん!」
 毛布で顔を覆って号泣するティラの小さな肩を、シュロムは軽く叩いた。
「泣くなよ。お互いこれで命が助かったんだ」
「触らないで下さい! 泣かずにいられますか! あなたはBクラスを負かしてさぞ英雄扱いでしょうけど、私は敗北した上にパンツまで見られたんですよ! って、あれ?」
 ふとティラは腰下の違和感を覚えた。毛布で隠しながら、片手でその部分をまさぐってみる。
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