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本編
8-過去 カラーと約束
しおりを挟む1週間ほどで病院から退院して、母の実家にお世話になった。
離婚はまだ成立してないけど、父に不利な証拠も十分にあるから、裁判になったとしても離婚は成立するだろう。
父の、あの強烈なグレアを受けてから、体の自律神経がぐちゃぐちゃに乱れた。
どうにも調子が戻らなくて違和感しかない。
ずっと何かわからないものにイライラとしている。
吐き出すことも、発散することもできなくて、不調を抱えたまま久しぶりに学校に登校した。
早く蓮に会いたい。
癒されたかった。
蓮の声を聞いて、抱きしめてもらいたくてたまらなかった。
教室に一歩足を踏み入れたら、前と雰囲気が変わっていた。
ダイナミクス検査が終わり、みんな結果を言い合ったのだと思った。クラス内のヒエラルキーがDom優勢の位置付けに変わっていたから。
その筆頭に蓮がいた。
蓮の格好も見た目は何も変わっていない。根暗そうなべったりとした長い前髪に、ダボっとしたオーバーサイズの制服に身を包んでいる。
以前の蓮と変わっていないはずなのに、周りの黄色い目線が蓮に刺さっていた。
気に入らない。
蓮は俺のものだったはずだ。
俺だけの蓮だった。
それなのに、Domだとわかったらみんな目の色を変えて蓮を見る。お前たちが蓮の何を知っているっていうんだよ。
俺の蓮を見るな。
そう言いたくても、いえないジレンマ。
蓮との約束だ。
俺たちが付き合っていることは秘密だから。
誰にもいえない、2人だけの。
「ヒカルっ」
蓮が俺の名前をクラスで叫んで俺の目の前にくる。
なんで? なんで俺に話しかけてきたんだ?
周りの目があるのに、蓮はそんなのどうでもいいっていうみたいに俺しか見ていない。
クラスがざわついて俺たちの動向を見ている。それを肌でも感じた。
「ヒカル、これ、受け取って」
蓮が取り出したのはカラーと呼ばれる首輪だった。
Domが、パートナーとなるSubに与えるものだ。
「急いでバイトして買ったから安物だけど、ヒカルに早くつけて欲しくて」
居ても立っても居られなかったと、頬を染めながら興奮した様子で俺にカラーを差し出す。
みんなの好奇の視線が俺たちに突き刺さる。
周りに人がいるのに、俺にカラーを渡す意味が、蓮はわかっているのか?
俺のダイナミクスがSub性だとみんなに言いふらしているようなものだ。
俺はみんなに知られたくなんかなかったのに。
蓮がこんなに無神経なやつだったなんて知らなかった。
俺と仲のいいクラスの2人の類と瑛二も、口元を押さえながらこそこそと話している。俺と蓮を見ている。
俺を見ている。
見られている。
自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
どくん、どくん、と気持ち悪いほどゆっくりとした鼓動が聞こえてくる。
足がすくむ。
知られてしまった。
俺がSubだってこと。
俺たちが付き合ってることも、みんなには秘密だったのに。
俺たちだけの、秘密の関係だった。
特別な関係だった。
それを、蓮は踏みにじった。
いとも簡単に。
Domだから、Subとの約束を簡単に破れるのか?
俺がSubだから、下に見られているのか。
俺は、蓮との約束を守っていたのに。
俺は震える手でカラーを受け取った。
蓮は、俺が受け取ったことでホッとした表情で肩を落ち着かせていた。
蓮は俺との約束を破った。
だったら、
俺が傷つけられたのと同じくらい、俺も蓮のことを傷つけてもいいよな?
だって不公平だろ?
俺だけなんて。
自分でも信じられないくらい冷たい声が喉奥から出てくる。
「いらねぇ」
渡されたカラーを俺は足元に投げ捨てた。
「え、ぁ、ひ、……ヒカル?」
「こんな安物、恥ずかしくて着けられるわけねーじゃん」
はぁ、とわざとらしく大きなため息を吐いた。
それに反応するように、ビクッと蓮の体が跳ねた。
「あーあ、せっかくあの一条財閥の御曹司と付き合えたと思ったのにさー。こんな安物しか買えないとかマジでありえねぇ」
学校中に聞こえるくらいの声量を出しながら、ぐりぐりと足裏でカラーを踏みつけた。
俺の心も痛くて悲鳴を上げた。
クラスから、「え? 一条ってあの?」「うそ?」という声が聞こえてきた。
蓮の顔色は真っ青だった。
当然の反応だよな。蓮が一番知られたくないことをみんなにばらしてやったんだから。
蓮がひたすら隠してきたこと。
一条グループの御曹司だってこと。
Domは強くて、自己中心的で、支配的だ。それがこいつらの本質。だからってなんでも思い通りにして許されるはずがない。
俺だってお前を傷つけて、支配してやるから。
「よく見たらイケメンだし背も高いから、恋人になってやったんだよ。俺と付き合うんだから、ちょっとは服装や見た目も気にしてくれると思ったのにさ。いつまでもキモダサのままでもうこれ以上我慢できないわ」
「あ、……ヒカル、待ってくれ」
「俺に触んなっ!」
伸びてきた蓮の手を振り払った。
「ひ、ヒカル……」
お前がしたように、俺も踏みにじってやる。
「お前、もういらない」
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