傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

文字の大きさ
23 / 55

8 子どもの誕生

しおりを挟む

 先生のプロポーズから1ヶ月ほどで、子どもは無事に産まれた。

 お産というものは命がけだ。だって命を産む行為なのだから。何十時間も大波のように迫り来る陣痛に耐え、そうしてようやく我が子に出会えた。生まれてきた赤ちゃんは女の子でセーラと名付けた。天使のように可愛くて、見る人みんなを虜にしていた。

 先生の借りていた小さな部屋に私は妊娠中に同居させてもらった。ベッドさえもなかったアパートメントの部屋は、今やベビーベッドやミルク缶など、セーラのためのベビーグッズでいっぱいだ。

 先生がにこにこしながらセーラを抱き上げた。

「ジュリアによく似て可愛いな、本物の天使のようだ」
 
 私に似てるだなんて。
 だってセーラの金の髪に真っ青な瞳は父親似だったから。
 私の髪はブルネットで瞳は緑色だ。全然似てない。
 可愛い整った美しい顔立ちも、きっと成長していくにつれてランドルフのような美形になっていくのかもしれない。

「ほら、セーラ。抱っこしてあげよう」

 先生は元気にふぎゃふぎゃと泣き声を上げるセーラを抱き上げてしあやしてくれた。

「よしよし、セーラは可愛いなぁ」

 それでも赤ん坊のセーラは泣きやまずに、耳奥につんざくような声を上げ続けている。

「おっぱいもあげて、おむつも替えたのに……どうして泣くのかしら」

 初めての子育てはわからないことだらけだ。自分の母親としての不甲斐なさを毎日感じる。可愛いけど、それだけじゃ育てられないということをひしひしと感じられた。

「私がこんなだから……」

 ダメな母親だから、セーラは泣き続けるのだろうか。

 寝不足も重なって悪い方向にしか考えられなくなっていく。

「赤ちゃんは泣くのが仕事だよ」

「でもずっと泣いてるわ」

「人肌が恋しいんだろう。泣くのは元気な証拠さ」

「抱っこしたって泣く時は泣くわ」

「甘えてるんだよ。もっとぎゅっと抱きしめて私を見て、ってね。君みたいにさ」

 セーラを優しく抱き抱えたまま、ニコッと私に向かって笑った。

「もうっ! 私はそんな甘えたじゃないわ」

「冗談だよ」

 クスクスと笑いながら、セーラのために体をゆりかごののように揺らした。
 ケビンの腕の中で安心しきったようにセーラはうとうとし始めて目をつぶる。

 私がどれだけネガティブな発言をしたとしても、明るく元気に振る舞ってくれる。明るい気持ちに私もなってくる。

 ケビンは眠ったセーラをベビーベッドにそっと寝かせた。
 ふぇ、と声を出して起きてしまうかと思ったが、彼がセーラの胸あたりをトントンすると落ち着いた。

「でもさジュリア、もし君がハンモックに揺られながらまどろんでいるところで、いきなり地面に落ちてしまったどうだい? 当然びっくりするだろう?」

「それはそうよ」

 私はハンモックに揺られながら読書して寝落ちするのが大好きだ。

「それと同じだよ。ずっとママの温かいお腹の中にいたのに、突然外に出されたんだ。びっくりして泣き叫ぶのは当たり前だよ」

 確かにそう言われると納得できた。

 生まれたセーラに、実の子のように接してくれるケビン。私たちはもうすでにファーストネームを呼び合うほどになっていた。

「ありがとう、ケビン」

 ぎゅっと後ろから猫背の背中に抱きついた。
 デスクにいつも齧り付いているせいで、背中はいつも丸くなっている。

 実の父親より父親らしく、娘のお世話をしてくれる。おむつを替え、ミルクを与え、慈愛に満ちた父親の顔でポンポンと子どもの胸をたたいて寝かしつけてくれる。

 子どもがいるからもう先生になるなんて無理だと私は諦め始めたが、小さな子どもがいたって教師になれると後押ししてくれる。
 ケビンのそばにいて、彼に励まされると、なんでもできてしまうのではないかとさえ思えた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】それは本当に私でしたか? 番がいる幸せな生活に魅了された皇帝は喪われた愛に身を焦がす

堀 和三盆
恋愛
「ヴィクトリア、紹介するよ。彼女を私の妃として娶ることにした」 (……この人はいったい誰かしら?)  皇后ヴィクトリアは愛する夫からの突然の宣言に混乱しながらも――――心の片隅でどこか冷静にそう思った。  数多の獣人国を束ねている竜人の住まう国『ドラゴディス帝国』。ドラゴディス皇帝ロイエは外遊先で番を見つけ連れ帰るが、それまで仲睦まじかった皇后ヴィクトリアを虐げるようになってしまう。番の策略で瀕死の重傷を負うヴィクトリア。番に溺れるロイエの暴走で傾く帝国。  そんな中いつの間にか性悪な番は姿を消し、正気を取り戻したロイエは生き残ったヴィクトリアと共に傾いた帝国を建て直すために奔走する。  かつてのように妻を溺愛するようになるロイエと笑顔でそれを受け入れるヴィクトリア。  復興する帝国。愛する妻。可愛い子供達。  ロイエが取り戻した幸せな生活の果てにあるものは……。 ※第17回恋愛小説大賞で奨励賞を受賞しました。ありがとうございます!!

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?

基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。 彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。 仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。 王は今日も愛妾のもとへ通う。 妃はそれは構わないと思っている。 元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。 しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。 廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。 王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。 しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。 虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。 ※初っ端から乳弄られてます

処理中です...