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第7章

一途な恋の歌。

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♢ケモミミホテルのロビー

十五分前までの俺達。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁ!!!!!」
「フローリアまじ天使っ!」「最高!」

終演後の俺達。
「ダメだ...明日からどう生きていけばいいんだ」
「すきな...すきなひ...ああ.....(白目)」

この変貌ぶりだ。
原因は最後の曲に入る前のMCにある。



“みなさん今夜は本当にありがとう”
(ワァー!キャァー!)


“私がアイドルになったのには理由があって”
(ワァー!ナニナニー?)


“前から好きな人がいるんです”
(エェー!? ザワザワザワ...)


“だからこの気持ち...届くといいな!”

シャラ~ン♪
最後の曲の前奏、そして悲鳴。



彼女にはこの“世界”になる前に好きな人がいて
亜空間に飛ばされたため生き別れたのだと言う。

“有名になって彼に想いを届けたい”

それは純粋な彼女の気持ちなのだろうけれど
ファーストライブ終了間際にまさかの事態だ。
そしてここにも重傷者が.....

「うぅ...あぁ...フローリ...ア.....あぁ...」

俺もショックだったけれど
イトは相当なダメージを受けた模様。
推しがそんなこと言ったら誰だってこうなる。

一緒に観ていたおっさんが急に立ち上がり
鎮む男衆に向かって声をかけた。


「しっかりしろ支配人。ちゃんと聞いたか?」
「好きな人...つまりまだ付き合ってはいなかった!」

確かに“恋人”とは言っていなかったな。
片思い...みたいな感じか?

「まだ俺達にもワンチャンあるってことだ!!!」
「ウオォォォォォォァァァアアアア!」


よくわからない自論が展開された。
その人が見つからない可能性もあるだとか
最悪倒せばいいんじゃないか...とか。
なんだかもう無茶苦茶だ。

「そ、そうですよね...はぁ(深いため息)」

それでもまだ落ち込むイト。
いま彼を慰めたら女子にワンチャンあると思う。


「男って単純よね。キミもそう思うでしょ?」
「えっと...まあ、なんというか...」

おっさんの連れと思わしき女の人が話しかけてきた。
ポニーテールに革の魔装具を着ている。
格好からして観光客ではなさそうだ。

「ダンジョンに行くんですか?」
「その予定よ。この雨が明日やんだらだけどね」
「明日はやめた方がいいよー」

カレンによると明日の朝は晴れるけれど
その後強い雨で出かけるのは危険との予報だ。
足場も悪くなるからお勧め出来ない。

「すごいわ!本物のウェザーに会えるなんて...」
「キミの都合次第だけど、一緒に行かない?」
「.......いいんですか!?」

嬉しい申し出だ。
元々は五人でパーティーを組んでいたが
欠員が出て追加を探していたらしい。
レベルは俺より全然上だけれど...

「そんなこと気にしなくていいから。ねっ?」

とても良い人そうだ。
それに喋り方とかもお姉さんぽくて好き。
こんな姉が欲しい。

「少し確認してからでも大丈夫ですか」
「もちろん!イイ返事を待ってるわ」
「じゃあまた明日ねっ!」

彼女はおっさんを連れて部屋へと戻っていった。
フィオにまた心配させると悪いから
返事は許可を貰ってからにしようと思う。
(ケニーにも休みの延長をお願いしないとな...)


イトは...相変わらず椅子にもたれている。
泣き過ぎて目の周りが赤くなっているし
尻尾も力なく下がったままだ。

「ああ...恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」

そういうと手で涙を拭って顔を上げた。
気丈にも笑顔を見せようとするイト。
イケメンは泣いても顔が崩れないのは何故だろう。
それにちょっとかわいい。

「もう平気です。彼女が最後に歌った曲...」
「すごく心に響いたから.....」

ライブの最後に彼女が歌ったのは
一途な恋の歌だった。
もちろん色々な意見があると思うけれど
彼女の偽りない想いはきっと
大勢の人の胸に届いたことだろう。
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