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第56話「異世界ママ、朝ごはん杯! だし巻き三番勝負と“涙のひと口”」
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夜のうちに昆布が水の底で星みたいに光っていた。
ボウルをのぞくと、透明だった水が薄い金色になっている。よし、出てる出てる、“静かなうまみ”。
「ママー、今日の勝負は?」 「朝ごはん杯。だし巻き、味噌汁、吸い物の三番勝負」
「おみやげは?」 「だしガラふりかけ」 「やった! 白ごはんが勝つやつ!」
笑い合って、私は準備を詰め込む。木べら、温度計、小鍋、巻きす。
そして――削り器。地球の相棒。袋の中で心強く鳴る。
戸棚の向こうがやわらかく光る。
深呼吸して、私は一歩。
「いってきまーす。朝の一口で泣かせにいく!」
***
王都の中央広場は、今日はやさしい匂いに満ちていた。
味噌の香り、煮干しの香り、澄んだ湯気。昼より少し静かで、朝の空気が似合う。
「お待ちしてました!」
エプロンの王女セレスティアが手を振る。
ビアンカは白木の椀を磨き、ティオは湯呑みを温めている。
マダム・コルネは衛生チェック表に“朝は温度低下が早い”と赤で書き足した。
「ルールは“現地素材八割”。持ち込みは道具と調味料少々まで、です」 「了解。昆布は異世界の“澄湖昆布”、干し茸は“月鳴茸”、小魚は“灯火いわし”。仕上げに、すこしだけ私の相棒で香りを足すね」
対戦相手は三組。
錬金科は温度制御陣で“完璧温度だし”。
海の男たちは“濃いめ一本勝負”。
貴族家の料理人は“香りの重ね引き”。どれも楽しみ。
鐘が鳴る。開始。
***
まずは一番手、吸い物。
私は冷たい水に昆布をそっと戻し、火は弱く。鍋の周りに“静かに”って書いておきたい。
縁が泡立ちはじめ――まだ。もう少し。
指先で気配をとらえて、すっと昆布を引き上げる。
「ここで煮ちゃうと、昆布が怒るの」 「昆布、怒るの?」 「ぬぅってなるの」
みんなが笑う。
ここで“月鳴茸”を一枚。山の甘い香りが広がり、海と山が握手する。
さらに“灯火いわし”をひとつまみ。火は弱いまま、時間に働いてもらう。
澄んだ琥珀色になったところで、布で静かにこす。
吸い口は“星柑”の皮を針のように少しだけ。
椀に注ぐと、朝の光がひとすじ落ちた。
***
二番手、味噌汁。
だしを別の鍋に分け、火を止める。
味噌は直入れしない。お玉で溶いて、そっと戻す。沸かさない。味噌が“ぷい”ってすねるから。
「具は?」 「豆腐と若布。今日は“やさしいやつ”でいく」
湯気の中、味噌がほどける音がする。
香りが、帰ってくる。
***
そして三番手、だし巻き卵。
卵にうすくだし。砂糖は控えめ、塩はほんのひとつまみ。
銅の小鍋を温め、油を薄く。
卵液を流して、端から手前へ。くる、くる。
最後は火を止め、余熱で中までふわっと。
「巻きす、お願い」 「はい!」
巻きすで形を整え、少し休ませてから切る。
断面は細かな年輪。湯気の向こうで、ティオが「わぁ」と小さく漏らした。
***
審査が始まる。
まずは吸い物から。
審査官が椀を手に取り、ひと口。
沈黙。
もうひと口。
細い息。
「……静かだ。だしが“歩いて”くる」
次に味噌汁。
口に含んだ瞬間、眉の角度が少しやわらぐ。
数秒後、ほんの小さな笑み。
「朝の顔だ」
最後に、だし巻き。
箸先で持ち上げ、かぷ。
噛むたびに、層からだしがほどける。
「塩、砂糖、だし、卵。四人の会話が上品だ」
会場がふわっと温かくなる。
そこへ――
「……ふん」
背筋でわかる。ギルバート卿。今日もフードなし。朝だからか、顔がいつもより柔らかい。
卿が吸い物をすする。
しずかな時間。
次に味噌汁。
そして、だし巻き。
「値札は――」 「大きいです」 「よろしい」
恒例の第一声に、会場が小さく笑う。
卿は箸を置き、ほんの少し目を閉じた。
「……吸い口の“星柑”が強すぎない。香りが向こうから来ない。良い。
味噌は火の“手前”。だし巻きは“押さない”。――朝にふさわしい」
「ありがとうございます」
そのとき、観客席の端で小さな泣き声がした。
振り向くと、年配の女性が手を口許に当てている。
隣の若い娘が慌てて背をさする。
「大丈夫ですか」
私は椀を持って近づいた。
女性は首を振って、笑いながら涙を拭う。
「ごめんなさいね。……朝の味が、昔のことを連れてきたの。
働きに出る前に、母が、いつもこんな匂いを……」
胸がぎゅっとなる。
でも、重くしない。朝は、軽いままがいい。
「おかわり、少しだけよそいましょうか。薄めで」
「いただける?」
「もちろん」
小椀に少し。
女性は気持ちに折り合いをつけるみたいに、ゆっくりひと口。
涙は笑いに変わった。
「……ありがとう」
「こちらこそ。朝の味は、みんなのものだから」
***
結果発表。
ギルド代表の声が、朝の空に伸びる。
「朝ごはん杯――“総合朝顔賞”は、ハルリエッタ!」
わっと拍手。
王女が飛びついてくる。
「やった!」 「髪飾り、刺さらないように!」
錬金科は“精密温度賞”、海の男たちは“潮香賞”、貴族家料理人は“香り重ね賞”。
それぞれの“正しさ”に、拍手が続いた。
コルネ先生が近づき、私の手をぎゅっと握る。
「朝は、暮らしの最小単位。あなたの器は、誰かの一日を始めさせた」
「先生……言い回しが素敵すぎます」
ティオが鼻をこする。
「ねえ、泣いた?」 「汗だよ! 朝の汗!」
会場がまた笑いに包まれた。
***
後片づけの最中、ギルバート卿がぽつり。
「出店、月二でどうだ」 「私は“家のごはん”が最優先。……でも、“朝の露店”なら、月一で」
「交渉成立だ」
卿は短く頷き、去り際にぽそり。
「吸い口、次は“木の芽”も見たい」
「承知しました。春までに探しておきます」
***
地球の夕方。
台所でだしをひき直し、家族の椀に順番によそう。
「ただいま」 「おかえり!」 「今日の朝ごはん杯、どうだった?」 「泣いた人がいた。嬉しい涙」
「じゃあ、こっちは笑う涙で」 「どんな涙それ」
みんなで笑って、手を合わせる。
「いただきます!」
吸い物は澄んで、味噌汁はやさしく、だし巻きはふわっと。
どこの世界でも、朝の一口は一日を連れてくる。
その一日が良くなるなら、私は何度でも、だしをひく。
食後、私はだしガラをフライパンで乾煎りした。
ごま、醤油、砂糖をほんの少し。
明日の“おにぎり用ふりかけ”、完成。
「おみやげは?」 「“朝の一口で笑えるやつ”」
「最高!」
湯気が静かにゆれて、夜がやさしく降りてくる。
ボウルをのぞくと、透明だった水が薄い金色になっている。よし、出てる出てる、“静かなうまみ”。
「ママー、今日の勝負は?」 「朝ごはん杯。だし巻き、味噌汁、吸い物の三番勝負」
「おみやげは?」 「だしガラふりかけ」 「やった! 白ごはんが勝つやつ!」
笑い合って、私は準備を詰め込む。木べら、温度計、小鍋、巻きす。
そして――削り器。地球の相棒。袋の中で心強く鳴る。
戸棚の向こうがやわらかく光る。
深呼吸して、私は一歩。
「いってきまーす。朝の一口で泣かせにいく!」
***
王都の中央広場は、今日はやさしい匂いに満ちていた。
味噌の香り、煮干しの香り、澄んだ湯気。昼より少し静かで、朝の空気が似合う。
「お待ちしてました!」
エプロンの王女セレスティアが手を振る。
ビアンカは白木の椀を磨き、ティオは湯呑みを温めている。
マダム・コルネは衛生チェック表に“朝は温度低下が早い”と赤で書き足した。
「ルールは“現地素材八割”。持ち込みは道具と調味料少々まで、です」 「了解。昆布は異世界の“澄湖昆布”、干し茸は“月鳴茸”、小魚は“灯火いわし”。仕上げに、すこしだけ私の相棒で香りを足すね」
対戦相手は三組。
錬金科は温度制御陣で“完璧温度だし”。
海の男たちは“濃いめ一本勝負”。
貴族家の料理人は“香りの重ね引き”。どれも楽しみ。
鐘が鳴る。開始。
***
まずは一番手、吸い物。
私は冷たい水に昆布をそっと戻し、火は弱く。鍋の周りに“静かに”って書いておきたい。
縁が泡立ちはじめ――まだ。もう少し。
指先で気配をとらえて、すっと昆布を引き上げる。
「ここで煮ちゃうと、昆布が怒るの」 「昆布、怒るの?」 「ぬぅってなるの」
みんなが笑う。
ここで“月鳴茸”を一枚。山の甘い香りが広がり、海と山が握手する。
さらに“灯火いわし”をひとつまみ。火は弱いまま、時間に働いてもらう。
澄んだ琥珀色になったところで、布で静かにこす。
吸い口は“星柑”の皮を針のように少しだけ。
椀に注ぐと、朝の光がひとすじ落ちた。
***
二番手、味噌汁。
だしを別の鍋に分け、火を止める。
味噌は直入れしない。お玉で溶いて、そっと戻す。沸かさない。味噌が“ぷい”ってすねるから。
「具は?」 「豆腐と若布。今日は“やさしいやつ”でいく」
湯気の中、味噌がほどける音がする。
香りが、帰ってくる。
***
そして三番手、だし巻き卵。
卵にうすくだし。砂糖は控えめ、塩はほんのひとつまみ。
銅の小鍋を温め、油を薄く。
卵液を流して、端から手前へ。くる、くる。
最後は火を止め、余熱で中までふわっと。
「巻きす、お願い」 「はい!」
巻きすで形を整え、少し休ませてから切る。
断面は細かな年輪。湯気の向こうで、ティオが「わぁ」と小さく漏らした。
***
審査が始まる。
まずは吸い物から。
審査官が椀を手に取り、ひと口。
沈黙。
もうひと口。
細い息。
「……静かだ。だしが“歩いて”くる」
次に味噌汁。
口に含んだ瞬間、眉の角度が少しやわらぐ。
数秒後、ほんの小さな笑み。
「朝の顔だ」
最後に、だし巻き。
箸先で持ち上げ、かぷ。
噛むたびに、層からだしがほどける。
「塩、砂糖、だし、卵。四人の会話が上品だ」
会場がふわっと温かくなる。
そこへ――
「……ふん」
背筋でわかる。ギルバート卿。今日もフードなし。朝だからか、顔がいつもより柔らかい。
卿が吸い物をすする。
しずかな時間。
次に味噌汁。
そして、だし巻き。
「値札は――」 「大きいです」 「よろしい」
恒例の第一声に、会場が小さく笑う。
卿は箸を置き、ほんの少し目を閉じた。
「……吸い口の“星柑”が強すぎない。香りが向こうから来ない。良い。
味噌は火の“手前”。だし巻きは“押さない”。――朝にふさわしい」
「ありがとうございます」
そのとき、観客席の端で小さな泣き声がした。
振り向くと、年配の女性が手を口許に当てている。
隣の若い娘が慌てて背をさする。
「大丈夫ですか」
私は椀を持って近づいた。
女性は首を振って、笑いながら涙を拭う。
「ごめんなさいね。……朝の味が、昔のことを連れてきたの。
働きに出る前に、母が、いつもこんな匂いを……」
胸がぎゅっとなる。
でも、重くしない。朝は、軽いままがいい。
「おかわり、少しだけよそいましょうか。薄めで」
「いただける?」
「もちろん」
小椀に少し。
女性は気持ちに折り合いをつけるみたいに、ゆっくりひと口。
涙は笑いに変わった。
「……ありがとう」
「こちらこそ。朝の味は、みんなのものだから」
***
結果発表。
ギルド代表の声が、朝の空に伸びる。
「朝ごはん杯――“総合朝顔賞”は、ハルリエッタ!」
わっと拍手。
王女が飛びついてくる。
「やった!」 「髪飾り、刺さらないように!」
錬金科は“精密温度賞”、海の男たちは“潮香賞”、貴族家料理人は“香り重ね賞”。
それぞれの“正しさ”に、拍手が続いた。
コルネ先生が近づき、私の手をぎゅっと握る。
「朝は、暮らしの最小単位。あなたの器は、誰かの一日を始めさせた」
「先生……言い回しが素敵すぎます」
ティオが鼻をこする。
「ねえ、泣いた?」 「汗だよ! 朝の汗!」
会場がまた笑いに包まれた。
***
後片づけの最中、ギルバート卿がぽつり。
「出店、月二でどうだ」 「私は“家のごはん”が最優先。……でも、“朝の露店”なら、月一で」
「交渉成立だ」
卿は短く頷き、去り際にぽそり。
「吸い口、次は“木の芽”も見たい」
「承知しました。春までに探しておきます」
***
地球の夕方。
台所でだしをひき直し、家族の椀に順番によそう。
「ただいま」 「おかえり!」 「今日の朝ごはん杯、どうだった?」 「泣いた人がいた。嬉しい涙」
「じゃあ、こっちは笑う涙で」 「どんな涙それ」
みんなで笑って、手を合わせる。
「いただきます!」
吸い物は澄んで、味噌汁はやさしく、だし巻きはふわっと。
どこの世界でも、朝の一口は一日を連れてくる。
その一日が良くなるなら、私は何度でも、だしをひく。
食後、私はだしガラをフライパンで乾煎りした。
ごま、醤油、砂糖をほんの少し。
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