二十五席目の君 ― Cafe Twenty-Five

チャチャ

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第7話「最後の25皿?」

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 黒板の下に、小さな紙が増えていた。いつもの

《本日の限定 ミルフィーユ 25皿》

 の下、チョークの文字は控えめだ。

《原材料の都合で、来月以降 変更の可能性があります》

 扉の鈴が鳴る音が、少しだけ遠く聞こえた。胸のどこかが、紙の端みたいにささくれる。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。……黒板、見ました」

「はい。まだ“かもしれない”ですが、いきなり嘘はつきたくなくて」

「正直は、やさしいです」

「財布には厳しいです」

「それも正直」

 湊の笑いは短く、でも逃げていない。私は二十五番席に座り、ブレンドを頼む。香りが来るまでの間、黒板の小さな追記が、頭の中でもう一度書き直される。

「方法、ありますか」

「値上げ、限定数の調整、サイズ変更……どれも、数字の顔が曇る」

「“二十五”の看板は、変えたくない」

「はい。二十五を守って、そのうえで現実と握手したい」

「握手、いい言い方」

 ブレンドが来る。今日の香りは落ち着いていて、背中に手を添えられる感じがする。

「例えば、ですけど」

「はい」

「“二十五皿”を、“二十五分ごとに一皿だけ焼きたて”へ。数は少なくなるけど、待つ時間の甘さで、ちょっと埋める」

「“見てろ”の時間を売る」

「レシピNo.25の最後の行、でしたよね。“二十五分、触らない”。あれを前に出す」

「悪くない。列が長くなりすぎないように、整理券二十五枚まで」

「ほら、二十五は逃げない」

「逃がしたくない」

 湊はすぐにメモを取り始めた。整理券、時間枠、端っこの扱い。言葉が現実になる音が、小さく店の中に落ちていく。

「それと、価格。段階的に、二十五円ずつ……は、逆に変でしょうか」

「二十五円は、かわいいけど足りない。かわいさで誤魔化した分、あとで苦しくなる」

「はい」

「だから素直に、ちゃんと上げる。でも、二十五日のみ旧価格。その日は記念日、みたいな」

「“数字のせい”を良い方に」

「ええ。数字は言い訳として使うとやさしい」

「侑里さん、黒板の文言、考えてもらえますか。短く、伝わるやつ」

「任せて」

 私は紙片に、短い一行を書いた。二十五文字かどうかは、もう細かく数えない。枠の形は、身体が覚えている。

「……いいですね」

「父上の“見てろ”を借りました」

「父が喜びます」

 湊は黒板を拭き、私の一行を写した。粉砂糖みたいなチョークの粉が、指にうっすら残る。

   ◇

 昼の二十五分。同席のタイマーが鳴るまで、私たちは具体の話を続けた。
 整理券の紙はクラフト地で、25のスタンプ。番号の横に小さく「見てる時間」欄。受け取った人が、そこにメモできるように。

「“見てる時間”、みんな何を書くかな」

「『彼氏と静かに』とか、『子どもが寝た』とか、『スマホやめた』とか」

「『総務が会議を忘れた』は困ります」

「それはまずい」

「侑里さん、拡散、少しだけお願いできますか。派手なのじゃなくて、近所に届くくらいの声で」

「やります。社内の雑談チャンネルに、**“二十五分の焼きたて”**の話、ひと言だけ置く。あと、商店街の掲示板にも、A5サイズの小さなポスター。可愛いより、誠実で」

「たぶん、それがいちばん効きます」

 私は頷き、すぐにメモを取った。写真は明日、光の時間に撮ろう。25番席の角に落ちる四角い光と、一皿の影。その画だけで伝わるはずだ。

「苺の仕入れも、見直します」

「市場?」

「はい。早朝の市場に、バス二十五系統で行けます。今の業者さんを責めたいわけではないんですが、選択肢は多い方がいい」

「行きます。……一緒に」

「眠いですよ。始発に乗ると、二十五分くらいで着きます」

「眠いのは、数字のせいにします」

「強い」

「“二十五分だけ同行”ルール、どうですか。私は荷物を持って、口は出さない」

「口、少しは出してください。“総務翻訳”が市場でも役に立つかも」

「市場語→日本語、やってみます」

 タイマーが鳴った。二十五分の輪が閉じる音は、いつもやさしい。湊は立ち上がり、整理券の紙を机に並べた。25のスタンプが、並ぶだけでかわいい。

「試しに、今週の土曜。5:25のバスで」

「数字の遊び、好きですね」

「遊びがないと、現実は長いです」

「行きます。イヤリングは要らないけど、スニーカーで」

「歓迎します」

   ◇

 午後。総務に戻ると、私はまずA5の小さなポスターを作った。文字は大きくない。余白をたっぷり取って、中央に一行。

《層は数えません。二十五分、いっしょに見ててください。》

 その下に小さく、“整理券は25枚まで/今月は旧価格のまま(25日のみ)”。
 葵が肩越しに覗き込む。

「優勝」

「まだ印刷しただけ」

「この余白、いい。総務の壁に貼っとく?」

「ありがとう。でも、掲示板に一枚、商店会に二枚。社内は雑談チャンネルにリンクだけで良さそう」

「了解。あ、コピー紙なら二十五枚まで無料ってルール、覚えてる?」

「覚えてる。今日はジャスト」

「やりおる」

 夕方、商店会の掲示板にポスターを貼る。通り雨のあとの空気が、紙の匂いを遠くまで運んだ。隣には「二十五円引き」の手書きカード。数字は町内会でも働く。
 貼り終えて少し離れて見ると、一行の上に街灯が落ち、紙の白がゆっくり黄味を帯びた。たぶん、誰かの帰り道の速度で読まれる。

   ◇

 閉店後、店に戻った。扉の札は「CLOSED」。ガラス越しに、湊が今日の売上を数えている。鈴が控えめに鳴る。

「ポスター、貼ってきました」

「ありがとうございます。もう“見てた”人がいたらしくて、近所のパン屋さんが『手伝えることある?』って」

「やさしい連鎖」

「数字が橋になること、ありますよね」

「あります。今日はいっぱい見ました」

 湊は、クラフト紙の束を差し出した。できたての整理券。1から25まで、印が綺麗に並ぶ。

「最初の一枚、侑里さんに持っていてほしい」

「私、当日、朝は扉の外で二分だけ。会議がある」

「知ってます。**“姿勢の良い一番”**ってやつです」

「それ、褒めてます?」

「最大限」

 私は1/25の小さな紙を受け取った。手ざわりが、頼もしい。数字が、今日の私に重みを渡してくる。

「市場の件、土曜の5:25で」

「はい。駅前の二十五番のりば」

「語呂が良すぎる」

「語呂は味方です」

 帰り際、レシートの裏に彼が一筆。
《土曜、5:20に店前。二十五分だけ、朝の匂いを。》
 私はメモを重ねた。
《了解。寝坊したら数字のせいにする(しない)。》

「しないでください」

「しません」

 鈴が鳴る。外は風が出ていて、雲が速い。市場の匂いを、まだ知らない。早朝のバスに乗る自分も、知らない。知らないものは、だいたい少し怖い。でも、25という取っ手があれば、手を伸ばせる。

   ◇

 夜。二〇五号室。壁のメモに、一行追加する。

《土曜 5:20 店前 → 5:25 バス → 市場(25分)》

 ベッドサイドに整理券の1/25を置き、電気を消す。暗闇の中で、紙の存在感だけが残る。
 目を閉じると、オーブンの前で待つ二十五分の静けさが浮かんだ。見てること。焦らない。
 その先に、どんな“苺の値段”が待っていても、二十五の輪の中で決めていける気がした。

 携帯のアラームを「4:55」に設定する。二回目を「5:05」。念のために「5:15」。
 目覚められますように。
 市場の朝、バスの振動、紙袋の匂い――想像だけで、少し目が冴えた。

 寝る前に、整理券の数字を指でなぞる。1、2、3……25。
 最後の二十五皿、にしないための、最初の一枚。ここから、やれることをやる。

――――

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