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第17話「小さな村の市と、忘れられた手紙」
しおりを挟む「今日はね、近くの村で市が開かれるの。よかったら行ってみる?」
朝食の後、カオリが笑顔でそう声をかけてくれた。
この地に住む人々が手作りの野菜や布、雑貨などを持ち寄る、小さな市――それは毎月満月の前日に開かれるという。
「面白そう! 行ってみたい!」
ひまりの目が輝いたのを見て、まるまるちゃんも「ぷきゅ」と返事をする。もふりんも、なぜか風呂敷をくわえて玄関に走っていった。
「ちょっと、まるまる、あんたも行くつもりなの?」
---
村までは徒歩で30分ほど。道は緩やかで、木漏れ日がきらきらと地面に揺れていた。
カオリがひまりの横で歩きながら、ふと懐かしそうに言った。
「昔、この道を歩いた時は、あなたをおぶっていたのよ」
「……うそ」
「ほんとう。まだ、よちよち歩きだった頃ね。まるまるちゃんより小さかったんだから」
「じゃあ……わたしは、この景色を見たことがあるんだ」
風が吹き、木々がざわりと揺れた。
どこか懐かしい音。まだ幼かった頃の記憶が、風に乗って胸に届くようだった。
---
村の広場に着くと、すでに市はにぎわっていた。
「新鮮な卵だよー! 早い者勝ちだよー!」「薬草のお茶はいかが?」
小さな露店が並び、人々の笑い声が広がっていた。
ひまりは思わず目を輝かせ、あちこち見て回る。
「このお花の飾り、かわいいですね」
「それは娘が作ったんです。よかったらおまけしますよ」
「ありがとうございます!」
小さな飾りを髪につけてもらい、ひまりは少し照れながら鏡をのぞき込んだ。
その横でまるまるちゃんは、露店の下で気持ちよさそうにお昼寝をはじめてしまった。
「まるまる……しっかりして……」
---
ひとしきり見てまわったあと、ひまりたちは村のはずれにある古道具屋に立ち寄った。
棚には、年月を感じる陶器や本、手紙の束などが所狭しと並んでいる。
「すごい……宝の山みたい」
そのとき、ひまりはふと棚の隅に目を留めた。
古びた箱。その中には、封筒が数枚、丁寧に並んでいた。
手に取ると、一枚の封筒の裏に、見覚えのあるイニシャルがあった。
《K.I》
「……カオリさんの、イニシャル……?」
「それ、気になるの? それねぇ、もう何年も前にここに持ち込まれたものだよ」
店主の老婆が、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「旅の途中で立ち寄った女の人がいてね。何通か手紙を預けていったのさ。『いつか誰かが受け取るかもしれない』って」
ひまりはカオリのほうを振り返った。彼女は少し驚いた顔で、ゆっくりと手紙を受け取った。
「……まさか、まだ残っていたなんて」
封を開けると、中からは手紙と、小さな花の押し葉が出てきた。
ひまりは、そっとその文字を覗き込む。
《――ひまりへ。あなたが幸せに生きていることを、いつかどこかで知ることができたら、それだけで私はいい。》
それは、まだひまりが孤児院にいた頃に書かれた手紙だった。
追われる身だったカオリが、再会を願って残した、たった一つの希望。
「……気づかずにいたんだね、こんなにも近くに、ずっとあったなんて」
ひまりは、押し葉をそっと手帳にはさんだ。
---
夕暮れの道を戻る途中、セイが村に向かって歩いてくるのが見えた。
「あっ、セイさん!」
「お疲れさまです。市に行ってたんですか?」
「うん。楽しかったよ。セイさんもこれから?」
「はい。頼まれていた薬草を届けに。でも、その前に……」
セイは、ひまりに包みを差し出した。中には、温かそうなケープと、もふもふの耳あて。
「冬が近づいてきましたから。ひまりさんに似合うと思って」
「わ……ありがとう。あったかそう」
「まるまるちゃんと色を合わせてみました」
「ぷきゅ?」
まるまるちゃんも、まんざらではない表情で耳あてをかじっていた。
---
その晩、暖炉の火を囲んで、ひまりはカオリと肩を寄せて座った。
「……あの手紙、書いたときはどういう気持ちだったの?」
カオリは少し考えて、ぽつりと呟いた。
「希望、かな。あの時はただ、あなたがどこかで幸せに生きてくれればいいって、それだけだったのよ。でも……」
ひまりを見つめて、カオリは微笑む。
「今は、一緒に幸せになれる気がする」
ひまりの胸が、ほんのりあたたかくなった。
「うん、わたしも。……ここに来て、本当によかった」
もふもふとした毛布にくるまりながら、ひまりは目を閉じた。
外は冷たい風が吹いているけれど、家の中は、ぬくもりに満ちていた。
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