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第28話「ふたりで歩く、夕暮れの約束」
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今日の空は、まるで春を待ちきれない子どものように、ふんわりとした雲が軽やかに流れていた。
畑の端に植えたミントが、さわさわと揺れながら甘い香りを広げている。
ひまりは麦わら帽子を手に持ったまま、空を見上げて深呼吸した。
「今日も、いい天気だね」
そんなひまりに、隣を歩くユウトくんが小さく頷いた。
「うん。ひまりと一緒に歩いてると、空まで違って見えるよ」
「ふふ、それはちょっと褒めすぎかも」
からかうように笑いながら、ひまりはユウトくんの腕をそっと見た。
何も言わずに差し出された手。その温もりが、風よりも優しくひまりを包み込んでいた。
二人は今、村の外れにある「ミラの丘」に向かっていた。
そこには、季節ごとに咲く野の花が広がり、少し高台になった場所からは、村全体を見渡すことができる。
そしてなにより、カオリさん――いえ、母との思い出が詰まった、大切な場所だった。
「ここ……前にも来たこと、あったんだよ」
そう言いながら、ひまりは草の間から覗く平たい石を指さす。
そこには、風に消えかけた古い文字が刻まれていた。
《旅人へ。疲れたらここでひと休み。ミラの丘までもう少し。カ》
「カオリさんの……」
「うん、でもね、あの時はまだ“カオリさん”って思ってた。でも……本当は、あの頃からもう、心のどこかで分かってたんだと思う。母親だって」
ひまりの声は、風の音に溶けるように静かだった。
ユウトくんは言葉を挟まず、ただ黙ってそばに立っていた。
「ずっとね、“家族がほしい”って願ってきた。温かい食卓、誰かの帰りを待つ夜。絵本に出てくるような、小さな幸せ。でも……まさか、こんな風に見つかるなんて思ってなかったな」
小さく笑って、ひまりは草の上に腰を下ろした。
「村に来て、カオリさんに会って、まるまるちゃんや動物たちとも出会って……そして、ユウトくんにも」
「……ひまり」
ユウトくんも腰を下ろし、ひまりの隣に座った。
しばらく沈黙が続いたけれど、その沈黙はどこか心地よかった。
やがて、夕陽が丘の向こうへ傾きはじめた。
「……俺、ずっと考えてたんだ。どうしたら、ひまりの力になれるのかって。どうしたら、もっとそばにいられるのかって」
不器用なほど真っ直ぐなその言葉に、ひまりの胸がきゅうっとなった。
「ユウトくん……」
「ううん、今日は……ちゃんと呼んでほしい。名前だけで」
「え?」
「ひまりが俺を、ただの“ユウト”って呼ぶのを……ずっと、聞きたいって思ってた」
その一言で、ひまりの頬がぱっと赤く染まる。
「……わ、わかったよ。ユウト……」
口にした瞬間、何かが変わった気がした。
距離じゃなく、気持ちの奥のほうが――そっと繋がったような感覚。
ユウトの笑顔が、少し照れて、それでもとても嬉しそうだった。
「ありがとう、ひまり」
「ふふ……なんだか照れるね」
「うん、でも嬉しい。これからは……ひまりの夢、一緒に叶えていきたい」
「私の夢?」
「温かい家庭を作るって言ってただろ? その隣に、俺がいてもいいかな」
「……うん」
そう答えると、まるでそれを祝福するかのように、空にオレンジの風が吹いた。
まるまるちゃんがどこからともなく現れて、二人の間にちょこんと座る。
「まるまるちゃんも、賛成だって」
ひまりがそう言うと、まるまるちゃんは「ぷるるっ」と可愛く鳴いた。
空には星が一つ、また一つと灯っていく。
やがて、村の家々からは夕餉の香りが流れ始めた。
ひまりは立ち上がり、ユウトの手を取った。
「帰ろっか、ユウト」
「……ああ、帰ろう」
この手を、もう離さない。
この夕暮れを、いつか子どもたちに語ろう。
そんな想いが、風とともに流れていった――。
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畑の端に植えたミントが、さわさわと揺れながら甘い香りを広げている。
ひまりは麦わら帽子を手に持ったまま、空を見上げて深呼吸した。
「今日も、いい天気だね」
そんなひまりに、隣を歩くユウトくんが小さく頷いた。
「うん。ひまりと一緒に歩いてると、空まで違って見えるよ」
「ふふ、それはちょっと褒めすぎかも」
からかうように笑いながら、ひまりはユウトくんの腕をそっと見た。
何も言わずに差し出された手。その温もりが、風よりも優しくひまりを包み込んでいた。
二人は今、村の外れにある「ミラの丘」に向かっていた。
そこには、季節ごとに咲く野の花が広がり、少し高台になった場所からは、村全体を見渡すことができる。
そしてなにより、カオリさん――いえ、母との思い出が詰まった、大切な場所だった。
「ここ……前にも来たこと、あったんだよ」
そう言いながら、ひまりは草の間から覗く平たい石を指さす。
そこには、風に消えかけた古い文字が刻まれていた。
《旅人へ。疲れたらここでひと休み。ミラの丘までもう少し。カ》
「カオリさんの……」
「うん、でもね、あの時はまだ“カオリさん”って思ってた。でも……本当は、あの頃からもう、心のどこかで分かってたんだと思う。母親だって」
ひまりの声は、風の音に溶けるように静かだった。
ユウトくんは言葉を挟まず、ただ黙ってそばに立っていた。
「ずっとね、“家族がほしい”って願ってきた。温かい食卓、誰かの帰りを待つ夜。絵本に出てくるような、小さな幸せ。でも……まさか、こんな風に見つかるなんて思ってなかったな」
小さく笑って、ひまりは草の上に腰を下ろした。
「村に来て、カオリさんに会って、まるまるちゃんや動物たちとも出会って……そして、ユウトくんにも」
「……ひまり」
ユウトくんも腰を下ろし、ひまりの隣に座った。
しばらく沈黙が続いたけれど、その沈黙はどこか心地よかった。
やがて、夕陽が丘の向こうへ傾きはじめた。
「……俺、ずっと考えてたんだ。どうしたら、ひまりの力になれるのかって。どうしたら、もっとそばにいられるのかって」
不器用なほど真っ直ぐなその言葉に、ひまりの胸がきゅうっとなった。
「ユウトくん……」
「ううん、今日は……ちゃんと呼んでほしい。名前だけで」
「え?」
「ひまりが俺を、ただの“ユウト”って呼ぶのを……ずっと、聞きたいって思ってた」
その一言で、ひまりの頬がぱっと赤く染まる。
「……わ、わかったよ。ユウト……」
口にした瞬間、何かが変わった気がした。
距離じゃなく、気持ちの奥のほうが――そっと繋がったような感覚。
ユウトの笑顔が、少し照れて、それでもとても嬉しそうだった。
「ありがとう、ひまり」
「ふふ……なんだか照れるね」
「うん、でも嬉しい。これからは……ひまりの夢、一緒に叶えていきたい」
「私の夢?」
「温かい家庭を作るって言ってただろ? その隣に、俺がいてもいいかな」
「……うん」
そう答えると、まるでそれを祝福するかのように、空にオレンジの風が吹いた。
まるまるちゃんがどこからともなく現れて、二人の間にちょこんと座る。
「まるまるちゃんも、賛成だって」
ひまりがそう言うと、まるまるちゃんは「ぷるるっ」と可愛く鳴いた。
空には星が一つ、また一つと灯っていく。
やがて、村の家々からは夕餉の香りが流れ始めた。
ひまりは立ち上がり、ユウトの手を取った。
「帰ろっか、ユウト」
「……ああ、帰ろう」
この手を、もう離さない。
この夕暮れを、いつか子どもたちに語ろう。
そんな想いが、風とともに流れていった――。
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