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第29話「それぞれの想い、夜空に浮かぶ約束」
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星が瞬く夜の村は、昼間とはまるで違う顔を見せる。
遠くの森からはフクロウの声、畑のあたりでは虫の音が控えめに響く。
ひまりは、寝間着のまま縁側に座って、湯気の立つハーブティーを両手で包み込んでいた。
昼間の出来事が、まだ胸の奥に柔らかく残っている。
ユウト、と呼び捨てにした瞬間のこと。
繋いだ手の温もり。
あの笑顔。
「……夢みたい」
ぽつりとこぼした言葉に、まるまるちゃんが「ぷるん」と鳴いて答えた。
どうやら彼女(?)も、眠気に負けたひまりと一緒に縁側にいたらしい。
そのままもふもふのおなかに頬をうずめると、なんともいえない安心感に包まれた。
「ねえ、まるまるちゃん。私……ちゃんと、前に進めてるかな」
まるまるちゃんはこくんと小さくうなずいた(ように見えた)。
その仕草に、ひまりは小さく笑う。
「うん……ありがと」
そのとき、玄関の戸がそっと開く音がした。
「ひまり、まだ起きてたのかい?」
声の主は、母――カオリだった。
「うん……なんだか、眠れなくて」
「ふふ、私も。やっぱり、親子ね」
カオリは湯飲みを手に持ち、隣に座った。
二人で空を見上げると、夜空はどこまでも澄んでいて、まるで心の中まで透けて見えそうだった。
「……今日、ユウトくんと話したの。家族のこと、未来のこと。私……やっと、“ここにいたい”って心から思えた」
「そう……よかった」
カオリは湯飲みの縁に指を添えたまま、小さく笑った。
その笑みには、深い安堵と、少しの寂しさが混ざっていた。
「でも、母さん――ううん、カオリさんは?」
ひまりがそう尋ねると、カオリはしばらく言葉を選ぶように沈黙した。
「私はね……もうずっと、逃げてきたの。過去から、責任から、そして、あなたから」
「……」
「異世界に来て、“結界守”の目を避けながら、身を隠すことばかり考えてた。あなたを守るためって言い訳しながら、本当は怖かっただけ。自分が母親として向き合うことをね」
ひまりはカオリの手にそっと自分の手を重ねた。
「でも、今は違うよね? ちゃんと一緒に、前を向いてる」
「そうだね……ありがとう、ひまり」
カオリはそっと手を握り返した。
しばらく、星の話をしたり、昔の村のことを話したり、静かで穏やかな時間が流れていった。
けれどその夜。
村の東の空に、ほんの一瞬だけ――赤い光が走った。
それはまるで、遠くで何かが軋んだような、危うい気配だった。
**
翌朝。村の広場は、どこかざわついていた。
「……魔物の痕跡、ですって?」
ひまりは驚きながらも、昨日の“赤い光”を思い出していた。
まさかあれが……
「でも、ここ最近この辺りじゃ見てなかったのに……」
「森の東側の方で、黒い羽根が見つかったって。村の警戒網も強化されるらしいよ」
ユウトくんが心配そうに眉を寄せた。
「ひまり、しばらくは一人で畑に出るの、控えた方がいいかも」
「うん……わかった。ありがとう、ユウトくん」
自然と「くん」が戻っていたけれど、それが今は少し照れくさくて、二人は見つめ合って笑った。
そんな様子を、少し離れたところからカオリが見ていた。
(……来るかもしれない)
赤い光の正体に、彼女は心当たりがあった。
“結界守”たちの動きが、ついにこの村にも届いたのかもしれない――と。
「ひまり……どうか、あなたの大切な時間を壊されませんように」
そっと胸に手を当て、カオリは静かに祈るように目を閉じた。
村の平穏を脅かす影が、確かに近づいている。
でも、もう逃げない。
ひまりと、ユウトと、この村を――自分の手で守りたい。
その決意が、再び彼女を歩かせようとしていた。
そしてその夜。
ひまりとユウトは、再びミラの丘に向かっていた。
「ひまり、ひとつ、お願いがあるんだ」
「なに?」
「……あの丘で、もう一度約束してほしい。どんな時も、隣で支え合って生きていこうって」
「ユウトくん……ううん、ユウト。わたしも、同じことを考えてた」
夕暮れの丘で交わした約束が、今度は夜空の下で、しっかりと結ばれていく。
星たちはその様子を、どこまでも静かに見守っていた。
---
遠くの森からはフクロウの声、畑のあたりでは虫の音が控えめに響く。
ひまりは、寝間着のまま縁側に座って、湯気の立つハーブティーを両手で包み込んでいた。
昼間の出来事が、まだ胸の奥に柔らかく残っている。
ユウト、と呼び捨てにした瞬間のこと。
繋いだ手の温もり。
あの笑顔。
「……夢みたい」
ぽつりとこぼした言葉に、まるまるちゃんが「ぷるん」と鳴いて答えた。
どうやら彼女(?)も、眠気に負けたひまりと一緒に縁側にいたらしい。
そのままもふもふのおなかに頬をうずめると、なんともいえない安心感に包まれた。
「ねえ、まるまるちゃん。私……ちゃんと、前に進めてるかな」
まるまるちゃんはこくんと小さくうなずいた(ように見えた)。
その仕草に、ひまりは小さく笑う。
「うん……ありがと」
そのとき、玄関の戸がそっと開く音がした。
「ひまり、まだ起きてたのかい?」
声の主は、母――カオリだった。
「うん……なんだか、眠れなくて」
「ふふ、私も。やっぱり、親子ね」
カオリは湯飲みを手に持ち、隣に座った。
二人で空を見上げると、夜空はどこまでも澄んでいて、まるで心の中まで透けて見えそうだった。
「……今日、ユウトくんと話したの。家族のこと、未来のこと。私……やっと、“ここにいたい”って心から思えた」
「そう……よかった」
カオリは湯飲みの縁に指を添えたまま、小さく笑った。
その笑みには、深い安堵と、少しの寂しさが混ざっていた。
「でも、母さん――ううん、カオリさんは?」
ひまりがそう尋ねると、カオリはしばらく言葉を選ぶように沈黙した。
「私はね……もうずっと、逃げてきたの。過去から、責任から、そして、あなたから」
「……」
「異世界に来て、“結界守”の目を避けながら、身を隠すことばかり考えてた。あなたを守るためって言い訳しながら、本当は怖かっただけ。自分が母親として向き合うことをね」
ひまりはカオリの手にそっと自分の手を重ねた。
「でも、今は違うよね? ちゃんと一緒に、前を向いてる」
「そうだね……ありがとう、ひまり」
カオリはそっと手を握り返した。
しばらく、星の話をしたり、昔の村のことを話したり、静かで穏やかな時間が流れていった。
けれどその夜。
村の東の空に、ほんの一瞬だけ――赤い光が走った。
それはまるで、遠くで何かが軋んだような、危うい気配だった。
**
翌朝。村の広場は、どこかざわついていた。
「……魔物の痕跡、ですって?」
ひまりは驚きながらも、昨日の“赤い光”を思い出していた。
まさかあれが……
「でも、ここ最近この辺りじゃ見てなかったのに……」
「森の東側の方で、黒い羽根が見つかったって。村の警戒網も強化されるらしいよ」
ユウトくんが心配そうに眉を寄せた。
「ひまり、しばらくは一人で畑に出るの、控えた方がいいかも」
「うん……わかった。ありがとう、ユウトくん」
自然と「くん」が戻っていたけれど、それが今は少し照れくさくて、二人は見つめ合って笑った。
そんな様子を、少し離れたところからカオリが見ていた。
(……来るかもしれない)
赤い光の正体に、彼女は心当たりがあった。
“結界守”たちの動きが、ついにこの村にも届いたのかもしれない――と。
「ひまり……どうか、あなたの大切な時間を壊されませんように」
そっと胸に手を当て、カオリは静かに祈るように目を閉じた。
村の平穏を脅かす影が、確かに近づいている。
でも、もう逃げない。
ひまりと、ユウトと、この村を――自分の手で守りたい。
その決意が、再び彼女を歩かせようとしていた。
そしてその夜。
ひまりとユウトは、再びミラの丘に向かっていた。
「ひまり、ひとつ、お願いがあるんだ」
「なに?」
「……あの丘で、もう一度約束してほしい。どんな時も、隣で支え合って生きていこうって」
「ユウトくん……ううん、ユウト。わたしも、同じことを考えてた」
夕暮れの丘で交わした約束が、今度は夜空の下で、しっかりと結ばれていく。
星たちはその様子を、どこまでも静かに見守っていた。
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