『ひまりのスローライフ便り 〜異世界でもふもふに囲まれて〜』

チャチャ

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第30話「忍び寄る影、守りたいもの」

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夜が明けると、村の空気はぴんと張り詰めていた。
普段なら朝市の準備でにぎわう広場にも、人の姿は少なく、代わりに村の自警団の男たちが慌ただしく動いていた。

「昨日の羽根、やっぱり“あの魔物”のものだそうだ」

ユウトが、朝早くひまりの家に来てそう告げた。
手には、村の警備強化を知らせる回覧板が握られていた。

「“あの魔物”って……まさか、赤羽の狼?」

ひまりの脳裏に、幼い頃、カオリから聞いた魔物の話がよぎった。
黒い体に赤い羽根、音もなく近づき、空から襲いかかってくる――。

「そう。昔、近くの村で多くの人が襲われて……。でも、ずっと出てなかったんだ。なぜ今になって」

ユウトの言葉に、ひまりの胸に不安が膨らんだ。

「……わたし、カオリさんと話してみる」

ひまりは急いで奥の部屋へと向かう。
縁側で朝の陽射しを浴びていたカオリは、すでにその気配を察していたように、静かに立ち上がった。

「ひまり、来ると思ってたわ」

「やっぱり、何か知ってるんでしょ? 昨日の羽根、あの赤い光も……カオリさんがずっと隠してきたことと、関係あるんじゃないの?」

問いかけるひまりに、カオリはゆっくりとうなずいた。

「ええ……“結界守”が動き始めたのよ」

「結界守……」

異世界の秩序を監視し、異分子を排除する者たち。
カオリがずっと恐れていた存在。
そして、ひまりの存在もまた、彼らにとって“許されざるもの”――。

「私がこの村に来たとき、封じたはずだったの。でも……気づかれたのかもしれない。あなたが“ここにいる”って」

「じゃあ、わたしのせいで……?」

「違うわ。あなたのせいじゃない。むしろ私が、守るべきものから目を背けてきた罰よ」

ひまりはその言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
でも今は、もう逃げたくなかった。

「……ユウトくんと、約束したの。どんな時も、守り合って生きていくって。だから私、戦いたい。逃げない」

「ひまり……」

「わたし、もう子どもじゃない。ここにいるみんなを、カオリさんを、そして自分自身を――守りたいの」

しばしの沈黙のあと、カオリは穏やかな笑みを浮かべた。

「……強くなったのね。本当に」

その目には、かつての不安や迷いはなかった。

「準備しましょう。もう一度、結界の力を使う必要があるわ。でも今度は、私一人じゃない。あなたがいる」

**

その日の午後、村の会議所には数名の自警団とカオリ、ひまり、そしてユウトの姿があった。

カオリは、村の外れにある“古の石碑”について説明を始めた。

「あの石碑は、ただの記念碑じゃない。“結界守”を封じるための術式の一部なの。かつて私がこの地に結界を張ったとき、力の焦点をそこに置いたの」

「……じゃあ、そこが狙われる可能性が?」

「ええ、封印を破るなら、あそこを壊せばいい。向こうもそれを知っているはずよ」

自警団の隊長・ゲンゾウは深くうなずき、対策をすぐに練り始めた。

「夜の見回りは二重に。子どもや老人たちは広場の集会所に集める。村全体で守りに入るぞ」

「俺も加勢します!」

ユウトが真っすぐ手を挙げた。
ひまりもその隣で強くうなずいた。

「わたしも行きます。……カオリさんと一緒に、結界を強化する準備を」

「ふむ……では、頼んだぞ。もうこれは村全体の戦いだ」

会議は緊迫感を帯びながらも、村人たちの連携で着実に備えが進められていった。

**

夕刻。
ひまりとカオリは石碑の前に立っていた。

そこは森の静けさに包まれ、どこか異質な空気を放っていた。

「ここで、あなたの力を試す必要があるわ。地球と異世界、両方の血を引くあなただからこそ、できる術式がある」

「……わたしに、できる?」

「ええ、大丈夫。私がついているもの」

母と娘が向かい合い、手を重ねた瞬間――
風がふわりと舞い上がり、石碑の紋章が淡く光を放ち始めた。

「……!」

ひまりの胸の奥に、何かが流れ込む。
それは母の記憶、かつての異世界での戦い、そして――ひまりを守ろうとしたカオリの願い。

涙が一筋、こぼれ落ちた。

「ありがとう、カオリさん……ううん、“お母さん”」

その言葉に、カオリは思わず目を見開いた。

「……もう一度、呼んで」

「お母さん」

カオリはひまりを強く抱きしめた。

「……ごめんね。そして、ありがとう」

二人が抱き合ったその時、空に再び赤い光が走った。

「来る……!」

夜の帳が落ちきる前に、“それ”は現れる。

でも今の彼女たちは、もう逃げない。
守りたいものがあるから。
繋がった絆があるから。

**

その夜、村の上空を黒い影がよぎった。
赤い羽根を持つ狼のような魔物が、風を裂いて舞い降りようとしていた。

「来たぞ――位置につけ!」

ゲンゾウの叫びに、自警団たちが持ち場につく。
ユウトは剣を握り、ひまりの隣で強く頷いた。

「大丈夫、絶対守るから」

「うん、わたしも!」

母と娘、そして村の仲間たちが、ひとつになって立ち向かう。

すべては、明日の平和のために――。


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