『ひまりのスローライフ便り 〜異世界でもふもふに囲まれて〜』

チャチャ

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第31話「結界の夜、守るべき場所 」

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夜の森は静かだった。風が木々を揺らすたびに、どこか遠くでふわりと動物の足音がする。ひまりは焚き火の前に座りながら、あたたかいスープをすする。隣にはユウトくん、そしてまるまるちゃんが膝の上で丸くなっていた。

「もうすぐだって、カオリさんが言ってたよ。結界守が動き始める時間帯」

ユウトくんが薪をくべながら、そっと声を落とす。

「うん……怖いって気持ちもあるけど、それより、守りたいって思うんだ。あの村を。カオリさんの居場所を」

ひまりは空を見上げる。満天の星。その下で、自分がここにいる意味を思い返していた。



昼間、カオリがひまりとユウトを森の奥へと案内した。そこには、苔むした祠のような小さな石の建物があった。

「ここが、結界の核よ。私が二十年前に張った結界の中心。これが壊されると、あの村も、私も見つかってしまう」

カオリの声は穏やかだったが、瞳は揺れていた。

「だから、結界守たちはこれを狙ってるんだね?」

ユウトくんが問いかけると、カオリはうなずく。

「彼らは異世界の秩序を守る存在。私のように、地球から勝手に来て、定住してしまった人間は、"異分子"なの。……でも、私はただ、ひまりを守りたかった。それだけよ」

ひまりの胸が、きゅうっと締めつけられた。ずっとずっと、知りたかった真実。母がどうしてここにいて、どうして自分を手放したのか。その答えが今、目の前で語られていた。

「ひまり、ごめんね。本当はもっと早く伝えたかった。あなたがこの世界に来てくれたとき、心からうれしかったの。でも同時に、恐かったのよ。あなたまで巻き込まれるんじゃないかって」

「……ううん、わたし、来てよかった。お母さんに会えてよかったよ」

自然と、"お母さん"という言葉が口をついて出た。カオリの目に涙が浮かぶ。

「……ありがとう、ひまり」

その時、祠の奥で微かな光が灯った。まるで結界が反応したかのように。



そして今、夜が訪れ、決戦の時が迫っていた。

「結界守は、直接的に人を傷つけるような存在ではないわ。だけど、彼らの"秩序"のために、村や人の暮らしが壊されてしまうこともあるの」

カオリがそっと祠の前に立つ。まるまるちゃんが、不安そうにひまりの腕を引っかく。

「まるまる……大丈夫。わたし、守るよ」

ユウトくんが、そっとひまりの手を握る。

「一緒に、な」

ドクンと心臓が跳ねた。ずっと、こうして隣で支えてくれていたユウトくん。優しくて、まっすぐで、少しだけ不器用なこの人が、今のひまりには、とても心強い。

そのときだった。

森の奥から、淡い青い光がふわりと現れた。浮遊する光の中から、長いローブをまとった人物たちが現れる。彼らの瞳は無機質で、どこか人間離れしていた。

「結界の干渉を確認。規定違反者を発見。排除手続きを開始します」

機械のような声が森に響く。

「カオリさん、下がって!」

ユウトくんが剣を抜き、ひまりは身を挺して前に立つ。

「この村は、私たちの暮らしは、間違ってない! だから、帰って!」

ひまりの胸元で、ペンダントが光を放つ。それは、カオリがひまりに密かに渡していた、地球と異世界をつなぐ力のカケラ。

光が拡がり、結界守たちがたじろぐ。

「感情の干渉、想定外……」

淡い衝撃が走り、彼らの姿がゆらりと揺れる。

「ひまり……それは……!」

カオリの目が見開かれる。ペンダントの力、それは結界の本質だったのだ。

「これは、母がくれた想いだよ。この世界で生きるって、そういうことなんだ!」

叫ぶひまりの声に、まるまるちゃんも「きゅー!」と声をあげる。

ユウトくんが剣を構え、カオリが結界を強化し、ひまりが想いを放つ。

光が爆ぜ、結界守の姿が淡く溶けていく――。

「規定再構成……本件、観測対象へと変更……」

最後の言葉を残し、彼らは森の闇へと消えていった。



夜が明ける頃、祠には静けさが戻っていた。

「……終わった?」

「うん、多分。少なくとも、今は」

カオリがほっと息を吐く。ひまりは、ユウトくんと顔を見合わせて笑った。

「ありがとう、ユウトくん」

「俺の方こそ。……でもさ、そろそろ"ユウトくん"は卒業でもいいんじゃない?」

「え……?」

「こんなに一緒にいて、こんなに大事に思ってるのに……ひまりにだけ"くん"って呼ばれるの、ちょっと寂しいなって」

照れくさそうに笑うユウトくんを見て、ひまりの顔が一気に赤くなった。

「じゃあ……ユウト、ありがと」

名前を呼び捨てにした瞬間、彼の笑顔が一段と優しくなった。

「……ああ、嬉しいな」

森に、朝日が差し込んだ。新しい日々のはじまり。ひまりたちはまた、日常の暮らしへと戻っていく。

けれどその心には、強く結ばれた絆と、守るべきものの尊さが、確かに刻まれていた。


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