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第32話「揺れる想い、選んだ道」
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朝露に濡れた草を踏みながら、ひまりは村への小道をゆっくりと歩いていた。森の奥での出来事から一夜が明け、まるで夢のような時間だったのに、空気は不思議なほど澄んでいて、どこかすっきりした気持ちが胸に残っていた。
「……お母さん、大丈夫かな」
隣ではユウト――いや、昨夜からはもう“ユウトくん”じゃなく、“ユウト”だ。呼び方が変わっただけで、少し距離が近くなった気がして、まだ照れくさい。
「結界守たちは退いた。でも、完全に安心ってわけじゃないって、カオリさん言ってたよな」
ユウトが草を払いながら歩き、まるまるちゃんがその後ろをふわふわついてくる。
「でも、わたし……もう、逃げるのはやめようって思った。お母さんのように、私もこの世界で、生きていきたい。大切な人たちと一緒に」
「……うん。俺も、ひまりと同じ気持ちだよ」
歩幅を合わせながら歩く二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
*
村へ戻ると、朝市が始まっていた。
「おかえり、ひまりちゃん! 昨夜は心配したんだからね!」
パン屋のおばちゃんが声をかけてくる。ひまりが笑って「ただいま」と返すと、周囲の人たちも自然と笑顔になった。
まるで何事もなかったような、あたたかな朝の風景。
「……やっぱり、好きだなぁ。この村」
「だな。俺も、ここが一番落ち着く」
ユウトが小さく笑う。
そのとき、後ろからひまりの名前を呼ぶ声がした。
「ひまり!」
カオリだった。頬に少しだけ疲労の色を浮かべながらも、微笑んでいた。
「村の人たちには、祠のことも、結界守のことも黙っておいたわ。大丈夫よ、これからも私たちは、ここで暮らしていける」
「……よかった」
思わず胸が熱くなる。もう失いたくないと思った。母の笑顔も、村の景色も、そしてユウトも。
カオリはまるまるちゃんを撫でながら言った。
「ただ、ひまり。あなたにはまだ、“選べる道”が残ってる。……この世界で暮らすことを望むなら、それでいい。でも、地球に戻ることだってできるのよ。あのペンダントがあれば」
「地球……」
聞き慣れた響き。でも、どこか遠い記憶のような場所。就活で失敗して、心が折れそうだったあの頃。
「でも、今の私は……」
ひまりはユウトを見た。彼もまた、静かにひまりを見ていた。
「地球は、帰る場所じゃない。ただの“過去”だと思ってた。でも、もしかしたら、ちゃんと向き合えば、母のように“選んだ道”にできるのかもしれない……そう、思えてきたの」
カオリは黙ってうなずいた。
「もう少しだけ考えさせて。私は、この村で、もっと自分の足で生きてみたい」
「……うん。待ってるわ、どんな答えでも」
*
その日の夕暮れ、ひまりは畑でにんじんを抜いていた。慣れた手つきで土を払いながら、日々の営みに戻っていく感覚を味わう。
「ひまりー、こっち手伝ってー」
隣の畝でユウトが、苦笑いしながらカゴを運んでいた。
「ふふっ、いいよ。ユウト……くん、って言いかけた。変な感じ」
「俺としては、もうずっと呼び捨てでいてほしいな」
にっこりと笑うその顔を見て、ひまりの胸がまたきゅっと鳴った。
「……うん。ユウト、これからも一緒にいてね」
「もちろん。お前が選ぶ限り、どこへでもついてくよ」
二人の手が重なる。夕日が畑を赤く染める中で、ひまりはまた一歩、新しい日常を踏み出していた。
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「……お母さん、大丈夫かな」
隣ではユウト――いや、昨夜からはもう“ユウトくん”じゃなく、“ユウト”だ。呼び方が変わっただけで、少し距離が近くなった気がして、まだ照れくさい。
「結界守たちは退いた。でも、完全に安心ってわけじゃないって、カオリさん言ってたよな」
ユウトが草を払いながら歩き、まるまるちゃんがその後ろをふわふわついてくる。
「でも、わたし……もう、逃げるのはやめようって思った。お母さんのように、私もこの世界で、生きていきたい。大切な人たちと一緒に」
「……うん。俺も、ひまりと同じ気持ちだよ」
歩幅を合わせながら歩く二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
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村へ戻ると、朝市が始まっていた。
「おかえり、ひまりちゃん! 昨夜は心配したんだからね!」
パン屋のおばちゃんが声をかけてくる。ひまりが笑って「ただいま」と返すと、周囲の人たちも自然と笑顔になった。
まるで何事もなかったような、あたたかな朝の風景。
「……やっぱり、好きだなぁ。この村」
「だな。俺も、ここが一番落ち着く」
ユウトが小さく笑う。
そのとき、後ろからひまりの名前を呼ぶ声がした。
「ひまり!」
カオリだった。頬に少しだけ疲労の色を浮かべながらも、微笑んでいた。
「村の人たちには、祠のことも、結界守のことも黙っておいたわ。大丈夫よ、これからも私たちは、ここで暮らしていける」
「……よかった」
思わず胸が熱くなる。もう失いたくないと思った。母の笑顔も、村の景色も、そしてユウトも。
カオリはまるまるちゃんを撫でながら言った。
「ただ、ひまり。あなたにはまだ、“選べる道”が残ってる。……この世界で暮らすことを望むなら、それでいい。でも、地球に戻ることだってできるのよ。あのペンダントがあれば」
「地球……」
聞き慣れた響き。でも、どこか遠い記憶のような場所。就活で失敗して、心が折れそうだったあの頃。
「でも、今の私は……」
ひまりはユウトを見た。彼もまた、静かにひまりを見ていた。
「地球は、帰る場所じゃない。ただの“過去”だと思ってた。でも、もしかしたら、ちゃんと向き合えば、母のように“選んだ道”にできるのかもしれない……そう、思えてきたの」
カオリは黙ってうなずいた。
「もう少しだけ考えさせて。私は、この村で、もっと自分の足で生きてみたい」
「……うん。待ってるわ、どんな答えでも」
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その日の夕暮れ、ひまりは畑でにんじんを抜いていた。慣れた手つきで土を払いながら、日々の営みに戻っていく感覚を味わう。
「ひまりー、こっち手伝ってー」
隣の畝でユウトが、苦笑いしながらカゴを運んでいた。
「ふふっ、いいよ。ユウト……くん、って言いかけた。変な感じ」
「俺としては、もうずっと呼び捨てでいてほしいな」
にっこりと笑うその顔を見て、ひまりの胸がまたきゅっと鳴った。
「……うん。ユウト、これからも一緒にいてね」
「もちろん。お前が選ぶ限り、どこへでもついてくよ」
二人の手が重なる。夕日が畑を赤く染める中で、ひまりはまた一歩、新しい日常を踏み出していた。
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