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44 空間の扉、その先に
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焚き火の灯りが静かに揺れている。
夜の林は、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。魔装獣ダロスとの戦闘で消耗した私たちは、ようやく落ち着いた空気の中に身を預けていた。
「主、魔導書は?」
クローバーが膝の上で眠るモフ丸を撫でながら、私に声をかけた。
「今は使わないわ。空間魔法は扱いが難しいし……それに、“繋がる先”が見えないものは危険すぎる」
私はそっと【空間の扉】の魔導書を抱え、荷物の奥にしまった。
ステータス上は“時空魔法”が使える私でも、この魔導書には未解読の部分が多く残っている。無理をすれば、意図しない場所――あるいは、戻ってこられない“外”へ飛ばされることもあるだろう。
それに、このスキルは――おそらく私の“幸運”に依存する。
思えば、私はこれまでたびたび“あり得ない偶然”に救われてきた。たまたま落ちていた回復薬、罠の直前でつまづいた足、倒した魔物がレアドロップを残したり。
それは、数値として現れないスキル。【幸運】という名前の、不確かな力。
「……でも、これは“偶然”じゃない気がするのよね」
「主?」
「さっき、扉の気配の中に……誰か、いた気がしたの」
フクスケが顔を上げる。
「扉の“中に”、ですか?」
「うん。声が……響いてきた。“わたしを取り戻して”って」
「それは――幻聴や魔力酔いじゃないんです?」
そうだったらいい。でも、あのとき感じた“気配”は確かだった。
私に似た何か。あるいは、別の“自分”。
(異世界からの転生者――って、私達だけなのかな)
ふとそんな思いが浮かんで、慌てて打ち消す。
この世界には、まだ知らないことが多すぎる。魔装獣の存在も、神の眷属の記憶も、最近ようやく分かりはじめたばかりなのだ。
その時だった。
《ガサ……ガサッ》
再び草を踏む足音が近づく。
「また……!? 今度は敵じゃないといいけど……」
私は警戒して立ち上がり、杖を構えた。クローバーもすぐに動き、フクスケが後方を守る。モフ丸は寝ぼけ眼ながらもすぐに戦闘態勢に入り、グラトンは――
「ぷにゅ……」
どこからかマシュマロを取り出して、焚き火に向かっていた。
(緊張感ないな……)
そして、木立の陰から、1人の少女が姿を現した。
ボロボロのマントに身を包み、目だけを覗かせている。小柄だが、しなやかな身のこなし。腰には短剣。なにより、その鋭い視線は油断ならない。
「……ここで何をしている?」
少女の声は低く、警戒心が滲んでいた。
「そっちこそ誰? こんな夜に、森の奥で……ただの通りすがりじゃなさそうね」
「……通りすがりじゃない。追われてるの」
少女はマントの裾を掴み、ゆっくりと一歩引いた。
「追われてる……?」
「“王都の目”に」
その言葉に、空気が変わった。
“王都の目”――王都で密かに暗躍している監視組織だという噂は、何度か耳にしたことがある。反乱分子や異端者、王家の秘密を知る者を処分するための、裏の組織。
「まさか、あんた……王都から来たの?」
「元はね。でも、今は逃げてる。“ある情報”を手に入れたせいで」
少女はようやくマントのフードを取った。栗色の髪に、鋭い金の瞳。年齢は、私とそう変わらなさそうだ。
「名前は?」
「……サラ。盗賊だった。でも、今はそれ以上の意味がある」
「サラ……。とりあえず、敵じゃなさそうね」
私は杖を下ろし、焚き火の傍へ戻った。クローバーも緊張を解き、モフ丸が「もふ?」と首をかしげる。
サラも少し迷ったようだが、やがて静かに腰を下ろした。
「あなた、魔導書を持っていたでしょ。さっきの光と魔力の揺れ……それは“扉”を開こうとした痕跡だ」
「……見てたの?」
「見える人間は限られる。私も“幸運”に関わる人間だからね」
その一言に、私は思わず息をのんだ。
「……あなたも?」
「ええ。私には【盗神の手】というスキルがある。“運”に干渉して、必要な物を“引き寄せる”力」
“幸運”に似ていて、どこか異なる力。だが、それは確かに“運命に干渉する”ものだ。
彼女の話は、偶然とは思えなかった。
この出会いも、導かれていたのかもしれない。
「もしあんたが“空間の扉”を使えるなら……王都の闇の中心へ、踏み込める」
「それって――あなたが持ってる“情報”と関係ある?」
「そう。“王都の目”の中枢、そして……王女セレナの行方に関わるものよ」
焚き火の炎が、大きく揺れた。
まるで、これから始まる運命を予感しているかのように。
---
夜の林は、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。魔装獣ダロスとの戦闘で消耗した私たちは、ようやく落ち着いた空気の中に身を預けていた。
「主、魔導書は?」
クローバーが膝の上で眠るモフ丸を撫でながら、私に声をかけた。
「今は使わないわ。空間魔法は扱いが難しいし……それに、“繋がる先”が見えないものは危険すぎる」
私はそっと【空間の扉】の魔導書を抱え、荷物の奥にしまった。
ステータス上は“時空魔法”が使える私でも、この魔導書には未解読の部分が多く残っている。無理をすれば、意図しない場所――あるいは、戻ってこられない“外”へ飛ばされることもあるだろう。
それに、このスキルは――おそらく私の“幸運”に依存する。
思えば、私はこれまでたびたび“あり得ない偶然”に救われてきた。たまたま落ちていた回復薬、罠の直前でつまづいた足、倒した魔物がレアドロップを残したり。
それは、数値として現れないスキル。【幸運】という名前の、不確かな力。
「……でも、これは“偶然”じゃない気がするのよね」
「主?」
「さっき、扉の気配の中に……誰か、いた気がしたの」
フクスケが顔を上げる。
「扉の“中に”、ですか?」
「うん。声が……響いてきた。“わたしを取り戻して”って」
「それは――幻聴や魔力酔いじゃないんです?」
そうだったらいい。でも、あのとき感じた“気配”は確かだった。
私に似た何か。あるいは、別の“自分”。
(異世界からの転生者――って、私達だけなのかな)
ふとそんな思いが浮かんで、慌てて打ち消す。
この世界には、まだ知らないことが多すぎる。魔装獣の存在も、神の眷属の記憶も、最近ようやく分かりはじめたばかりなのだ。
その時だった。
《ガサ……ガサッ》
再び草を踏む足音が近づく。
「また……!? 今度は敵じゃないといいけど……」
私は警戒して立ち上がり、杖を構えた。クローバーもすぐに動き、フクスケが後方を守る。モフ丸は寝ぼけ眼ながらもすぐに戦闘態勢に入り、グラトンは――
「ぷにゅ……」
どこからかマシュマロを取り出して、焚き火に向かっていた。
(緊張感ないな……)
そして、木立の陰から、1人の少女が姿を現した。
ボロボロのマントに身を包み、目だけを覗かせている。小柄だが、しなやかな身のこなし。腰には短剣。なにより、その鋭い視線は油断ならない。
「……ここで何をしている?」
少女の声は低く、警戒心が滲んでいた。
「そっちこそ誰? こんな夜に、森の奥で……ただの通りすがりじゃなさそうね」
「……通りすがりじゃない。追われてるの」
少女はマントの裾を掴み、ゆっくりと一歩引いた。
「追われてる……?」
「“王都の目”に」
その言葉に、空気が変わった。
“王都の目”――王都で密かに暗躍している監視組織だという噂は、何度か耳にしたことがある。反乱分子や異端者、王家の秘密を知る者を処分するための、裏の組織。
「まさか、あんた……王都から来たの?」
「元はね。でも、今は逃げてる。“ある情報”を手に入れたせいで」
少女はようやくマントのフードを取った。栗色の髪に、鋭い金の瞳。年齢は、私とそう変わらなさそうだ。
「名前は?」
「……サラ。盗賊だった。でも、今はそれ以上の意味がある」
「サラ……。とりあえず、敵じゃなさそうね」
私は杖を下ろし、焚き火の傍へ戻った。クローバーも緊張を解き、モフ丸が「もふ?」と首をかしげる。
サラも少し迷ったようだが、やがて静かに腰を下ろした。
「あなた、魔導書を持っていたでしょ。さっきの光と魔力の揺れ……それは“扉”を開こうとした痕跡だ」
「……見てたの?」
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その一言に、私は思わず息をのんだ。
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“幸運”に似ていて、どこか異なる力。だが、それは確かに“運命に干渉する”ものだ。
彼女の話は、偶然とは思えなかった。
この出会いも、導かれていたのかもしれない。
「もしあんたが“空間の扉”を使えるなら……王都の闇の中心へ、踏み込める」
「それって――あなたが持ってる“情報”と関係ある?」
「そう。“王都の目”の中枢、そして……王女セレナの行方に関わるものよ」
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まるで、これから始まる運命を予感しているかのように。
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