人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~

九十九清輔

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第二十一章 諸行無常

第一二七話 在り得ない結果

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 観覧席に設けられた演壇にて、司会の男が仕合の決着を絶叫する。
 勝負あり!
 トーナメント第一試合は『コッペリア・エリーゼ』の勝利!
 勝負あり!
 オーケストラ・ピットに控える管弦楽団が、壮麗な曲を高らかに奏で始める。
 青いドレス姿のマスクで目許を隠した女が、哀切な高音で聖歌を紡ぎ上げる。
 狂喜の極みで歓声を送る貴族達も、その歌声に倣って聖歌を口ずさみ始めた。

 恐れを知らぬ勇猛な魂よ、聖戦の果てに昇天する意思よ。
 我らが聖女・グランマリーの御許に還り給え。
 新たなる叡智の礎となりて、再び我らの元へ戻るその時まで。
 痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ。
 眠れ眠れ、永久に。 眠れ眠れ、恐ろしくはない。
 眠れ眠れ、永久に。 眠れ眠れ、恐ろしくはない。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 煮え立つ様な闘技場の喧騒に包まれながらも、カトリーヌは安堵していた。
 エリーゼの勝利で仕合が決着――そう繰り返されるアナウンスを聞いた為だ。
 そして『蒸気式小型差分解析機』より出力される数値も改善、安定しつつある。
 専用用紙に打ち出された各種数値はレオンの身体情報であり、数値の改善はレオンを蝕む様々な不調や苦痛の緩和を意味していた。
 
 カトリーヌは顔を上げ、レオンの後姿を見遣る。
 レオンは『待機スペース』と闘技場を隔てる鉄柵に手を掛け、変わる事無く不動でエリーゼの様子を見守り続けている。
 しかしその後姿からは、先ほどまでの強張りが消えている。
 やはり、身体に掛かる過剰な負荷が消えたという事か。
 カトリーヌは軽く息を吐きながら、次々とタイプアウトされる用紙へ視線を戻す。
 そこに示された数値は、既に正常の範囲内だ。

 そう、仕合中の数値変化は異常だった。
 仕合を行うエリーゼの『神経網』を保護すべくレオンは、彼女が体感する疲労や痛覚といった負荷を、自身の神経と脳を使って処理していたのだ。
 過負荷が数値となって、明確に現れていた。
 カトリーヌは『蒸気式小型差分解析機』を用いて、レオンの義肢に内蔵された『知覚共感処理回路』に干渉、懸命にその過負荷を抑えるべく働き掛けていたのだ。
 その作業が功を奏したのは、隣りに座るドロテアのおかげだった。
 ドロテアが体内の機能を用いて、レオンの負荷をある程度軽減していた。
 カトリーヌは傍らのドロテアに視線を送る。
 謝意を伝えようと思ったのだ。

 ――が、声を掛ける事は出来なかった。
 ドロテアの横顔が、涙に濡れていた為だ。
 黒い布で覆われた目許から涙が溢れ出し、光る筋となって頬を伝っている。
 切なげに眉を顰め、口許は真っ直ぐに結ばれている。
 そんなドロテアの様子にカトリーヌは戸惑う。
 どうという言葉を掛ける事も出来ないまま、カトリーヌは再び手元へ視線を落した。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

 見よ! 彼の者を見よ!
 聖女・グランマリーに選ばれし、勇者たる者の姿を見よ!
 聖戦の高みを望む猛き魂、そのありかを見よ!
 嗚呼! 我らグランマリーの子! その叡智を顕し給え!
 嗚呼! 我らグランマリーの子! その勇気を示し給え!

 怒涛の如き貴族達の濁った歌声が、円形闘技場内に籠った熱を搔き混ぜる。
 管弦楽団の演奏とスチーム・オルガンの音色が、異様な荘厳さを伴って響く。
 その只中へ飛び出したのは、ベルベット側の『待機スペース』に控えていた男達だ。
 皆、血相を変えており、焦りの為か足取りもおぼつかない。
 血溜まりの中に倒れ、もはや動かないベルベットの元へ、よろめきながら近づき跪く。
 やがて男の一人がベルベットの手を取る、体内を巡る『濃縮エーテル』の流れを確認しようとしたのだ――しかしその指先に脈動を感じ取る事が出来ず、項垂れた。

 おもむろに男の一人が立ち上がる、年老いた男だ。
 男の眼は哀しみと怒りに満ちていた、そして何事かを叫ぶ。
 ベルベットに背を向け立ち去るエリーゼに向かって、叫んだのだ。
 しかしその声は闘技場の喧騒に掻き消され、届かない。
 老いた男は叫びながら歩き出そうとするが、他の男達に肩を掴まれ制止される。
 介添え人に過ぎない者が、こんな場所で騒ぎを起こせば命は無い。
 男達は悲壮な表情で、エリーゼを睨みつけるばかりだった。
 
 ◆ ◇ ◆ ◇

「――あと一歩届かなかったね、イザベラ」

 ダークグレーのタキシードに身を包んだマルセルの口調は、穏やかだった。
 黄金に煌めく左の義肢――その指先で自身の顎を撫でながら続ける。

「残念な結果だけれど、勝負は厳しいモノなんだよ、こういう事もあるのさ」

「違う……こんな筈は無い、こんな事は在り得ないんだ……」

 ベネックス所長はバルコニー席から身を乗り出し、闘技場を見下ろしたまま答える。
 いや、答えているのかどうか。
 表情を強張らせ、口の中で否定の言葉を何度も繰り返す。
 こんな筈は無い、在り得ない、負ける筈は無かった、こんな筈は――。
 未だ仕合の結果を受け入れる事が出来ないのだろう。

「気持ちは解るよ、ボクも『ピグマリオン』だ。でも、これが現実なんだ」

「……何が解るだって?」

 軽い口調のマルセルに、ベネックス所長は刺すような視線を送る。
 その視線を気にする事無く、マルセルは言った。

「気持ちだよ、キミの気持ちだ、イザベラ。負けて悔しいって気持ちくらい解るさ。ただ解らないのは……こう言っちゃあなんだが、『あんな連中』と関わる理由だ。あんなのとは関わらない方が良い。解るだろう? イザベラ……」

 言いながらマルセルはバルコニーから闘技場へと視線を落し、顎で示した。
 動かなくなったベルベットの周囲に集まり、回収作業を行う男達だ。
 ベネックス所長は険しい表情で、マルセルを睨みつける。

「……彼らは私のパトロンだ、『ベルベット』錬成に際し、出資してくれた有志達だ。『あんな連中』だなんて言い方は止めてくれ」

「いやいや、『あんな連中』は『あんな連中』だよ。『ジブロール自治区』の自然を守るだのなんだのとお題目を唱えながら、テロリストに肩入れして地下資源の価値を吊り上げ、頃合いを見計らって売り払い、たんまり儲けた成金達だ。『クレオ派錬金術』の名を継ぐ『錬成技師』のキミが、つき合って良い連中じゃ無いね」

「違うっ……!!」

 皮肉な調子で語るマルセルの声を遮る様に、ベネックス所長は叫んだ。
 一歩マルセルへ近づくと、フリルブラウスの胸元に手をあて、荒れた声で言う。

「彼らも私と同じ、『神聖帝国ガラリア』にっ、故郷を奪われた同志だ! この国の誤った『神性』に大切なモノを奪われたんだ! だから私は……『ベルベット』を錬成し、この国が掲げる『神性』を否定しようとしたんだっ……!」

 マルセルは軽く首を振った。
 モノクルに繋がる細いチェーンが淡く揺れる。

「どうだろうね……キミは本気でそんな事を望んでいたのかな……? ボクが知る限りキミは、そんなレベルに留まる『女の子』じゃあ無かった筈だ――」

 金色の義肢を差し伸べながら。
 灰色の瞳を子供の様に光らせながら。
 マルセルは口許に微笑を湛え、囁く様に告げた。 
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