【完結】あなたの正しい時間になりたい〜上司に囚われた俺が本当の時間を見つけるまで〜

栄多

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あなたの正しい時間になりたい

意図された出会い 1

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 都内の建材メーカーの打ち合わせが終わってビルを出た途端、澪緒の隣で歩く営業の西脇のお腹がグーと盛大な音を立てた。

「澁澤さん、俺、腹減っちゃって死にます」
「打ち合わせ内容濃かったですもんね。どっか入りますか。西脇さん一杯くらい飲んだらどうですか」
「神ー。じゃああそこ行きません?」

西脇が指差す先には、オープンテラスの席が出ている老舗フレンチ『libertéリベルテ』があった。
わずかだけど独特のハーブの香りが漂ってくる。
即決してその店に向かう。

「あー肉にするか魚か…両方いくかなぁ。フレンチってパンだから足りないんですよねー。澁澤さん、デートのメシとかどこ行くんですか?」
「えっ、デート?…うーん、普通に…カフェ、とか?」
「カフェとか足りなくないですか?あ、澁澤さん細いからあんま食べない?俺、女子向けの雰囲気いい店って量少なくて耐えられないんですよね。だからデート飯の前に牛丼行くんですよ。それでカフェメシに耐える。あー腹へってきた」
「ふふふ」
普段、不倫がバレないよう極力自分のことは話さない澪緒。
しかしいかにも中高大一軍陽キャであろうイケメンの西脇はそんな澪緒とは対照的で、頭に思い浮かんだことがそのまま口から出るタイプ。一人でベラベラと永遠に喋り続ける男だったから、会話に困ることや、せっかく澪緒に興味を抱いて話しかけてくれる人間にも線引きしなきゃいけない罪悪感を感じることがなく、ありがたかった。


店内に入りギャルソンが2人を席に案内しようとした時、西脇が一人の男性に気づいた。
「あれっ、柏木さんがいる!澁澤さん、あそこにいるのウチの営業部の新人です」
「えっ」
西脇は身軽にその席へ近づいていった。
テラス席やその付近の席に客が集中していたが、その柏木と呼ばれた男が座っていたのは店内全体を見渡せるような壁際の席。

この流れでは柏木と共に食事をするんだろう。
初対面の人間と食事をすることに澪緒はちょっと気後れする。
「柏木さん、どうも!」
「西脇さん。お疲れ様です」
柏木と呼ばれた男は澪緒と西脇に気づくとサッと立ち上がった。
その長身に驚く。
180㎝以上はある。
副島より高い。ということは190㎝近くあるということだ。
モデルのような背の高さ。いや、全身から漂う精悍な雰囲気はバレーやバスケの選手と表現する方が合っているか。
175㎝の澪緒は思わず見上げる。
柏木はグレーのスリーピースのスーツに、中は水色のシャツ、ネイビーのネクタイ。手首に巻かれた時計は日本の老舗のクロノグラフ。
雑誌から抜け出してきたような、完璧なスタイル。
ーー痺れるようにカッコいい、大人の男。

「どうぞ」
柏木は澪緒と西脇に壁際の席をすすめてきた。
前職はよほど上下関係の厳しいところだったのか、先輩に席を譲るその動作は板に付いていた。
「いいですいいです、そのままで。全っ然気にしないでください。失礼しまっす」
西脇は明るく恐縮してから向かいの席に着席する。
澪緒も遅れて西脇の隣に着席する。

「柏木さん、紹介しますね。デザイン部の澁澤さんです」
「はじめまして…澁澤澪緒です」
澪緒は金髪の頭をペコリと下げる。
「はじめまして、先週から入社しました、柏木理緋都かしわぎりひとです」
「りひと、さん。すごい印象的な名前ですね」
「よく言われます。学生時代は自分の名前に気後れしてたんですが、一発で覚えてもらえるんで今は気に入ってます」
「ですよね。絶対忘れない」
澪緒は広告代理店の人間として今まであらゆる職種の人間と顔合わせてきたが、そのどの職業にも当てはまらないような、独特の雰囲気を持つ男だった。

「柏木さんおいくつでしたっけー?」
「28です」
年上の後輩か。ちょっとやりづらい。
そう思いつつも澪緒は苦手意識が表情に出ないよう笑顔を作る。

「澁澤さん、柏木さんイケメンでしょー?俺柏木さんが営業に入社してきた時、どっかのモデルさんが広告業界に転職してきたと思っちゃいましたよ」
「それ俺も思いました」
「そんな、照れます」
「爽やかだし夏生まれって感じだしこれからの季節にピッタリ!どうですか澁澤さん!」
「どうって。はは。柏木さんホントに夏生まれなんですか?」
「すごい。当たりです。8月8日です」
「うっそ!当たった!」

確かに西脇がモデルと勘違いするほど、柏木は整った顔をしていた。
いわゆる大人顔のイケメン。
二重なのに鋭い目、すっと通った鼻筋。笑うと左右対象に引き上がる形の良い口角、シャープな顎のライン。澪緒は思わず見とれてしまうが、慌てて気を引き締める。
副島の顔が脳裏をよぎったからだ。
副島は、澪緒が男と二人でいる場面に遭遇するとあとで嫉妬めいた発言や態度をとってくる時がある。
自分を棚に上げてーー澪緒はそう思う時もあるが、惚れた弱みでなるべく誤解されるような行動は取らないようにしていた。
神経質になりすぎだと思いながらも、念の為周囲を確認したい。

「…西脇さん、遠慮なく飲んでくださいね。俺、頼んじゃいましょうか」
「澁澤さん、神ー」

店員を探すふりをしながら、この店に副島がいないかをサッと確かめる。店内はまだ昼前。
いるのはインバウンドの観光客、和装の女性たち、都心の海沿いのタワマンから来てそうなサングラスをした女性たち。
副島らしき男性客はいない。
澪緒は内心密かに胸を撫で下ろす。

「澁澤さん、どうかされましたか?」
「えっ?」
「何か心配そうにしてるから。大丈夫ですか?」
柏木は澪緒の本心を問うように、瞳の奥の奥まで見つめてきた。

「大丈夫、です。柏木さんも飲みますか?」
「いや、俺は勤務中なので」
「そうですか」
澪緒は驚いた。
初対面の柏木に、自分の何もかもを見抜かれた気がした。

「澁澤さん、もしかしてフレンチ苦手でした?無理に誘っちゃってすいません」
「まさか!この店ずっと来たかったんです。何も心配してないから大丈夫です。打ち合わせ終わったら安心してどっと疲れが出ただけです」
「澁澤さん、遠慮なく俺の隣、どうぞ。壁側のソファ席の方がリラックスできますし」

最悪な展開。
副島に見つかったら何を言われるか分からない。
澪緒はそう思いつつも、この場の振る舞いとして柏木の申し出をこれ以上断るのも失礼な気がした。
「じゃあ、失礼します」
「はい。どうぞこちらに」
観念して柏木の隣に移動する。
ギロチン台に登るような気持ちで柏木の隣に着席する。
しかし、座るとそこは当然ながらギロチン台などではないことがわかる。
澪緒の隣には、大人の男性の身長くらいある布製のついたてがあって、それが周囲からの視線をシャットアウトした。
隣には澪緒を隠すように長身の柏木が座り、正面には西脇が座る。
澪緒を隠すような配置だった。
澪緒は思わず柏木の顔を見上げる。
「澁澤さん、注文どうしますか」
「…ガッツリ肉いきます」

『そうだ、澪緒。ボーイフレンドを作れ。正しい時間になれない俺の、せめてもの罪滅ぼしだ』

なぜかその言葉が浮んだ。
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