【完結】あなたの正しい時間になりたい〜上司に囚われた俺が本当の時間を見つけるまで〜

栄多

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あなたの正しい時間になりたい

意図された出会い 2

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 食事が終わり、柏木と西脇のコーヒー、澪緒のカフェラテ、デザートがサーブされた。
一気にテーブルが華やぐのを目にして澪緒はスマホを取り出す。

「あの、デザートの写真撮らせてもらっていいですか?今度の食品メーカーのカレンダー作る時の参考になりそうなので」
「どうぞどうぞ。あ、俺も撮っちゃおっかな~」
西脇は澪緒が物撮りできるように自分のデザートを澪緒のほうに寄せる。柏木も慌ててスプーンを置きそれに続く。
「ありがとうございます」
澪緒は2人に礼を言ってアイスが溶けないうちに急いでオレンジのキャラメリゼ、テリーヌ・ショコラ、洋梨の赤ワイン煮をスマホで写真におさめる。
柏木のオーダーしたオレンジのキャラメリゼは軽く焦がしてあるオレンジにフレッシュなミントが添えてあった。
カレンダーにはこういうのが一番映えるなと澪緒は頭の中で算段する。

「失礼しました。ありがとうございます」
お辞儀をすると感心したような柏木の瞳とぶつかった。
「澁澤さん仕事熱心なんですね」
「こうやってネタ探ししないと、とっさの時に提案できないんです」
「ああ、入社したとき副島部長からも同じことを言われました」

思わぬところで柏木の口からその名前が出て澪緒はギクリとする。洋梨に入れたナイフが止まる。
「副島さんが?」

不倫がバレたか?
男しか愛せないことがバレたか?
常にその2つに怯えている澪緒は、何の脈絡もないのに最悪の場面を想像する。

「研修の時に仰ってました。デザイナーがアイデアを出せるのは常にアンテナを張って色々なものを見てるからだ、と。澁澤さんも副島部長のご指導があってそうされてるんですか?」
「そう、ですね。でも一番は好きだからやってるって感じです」
「副島部長とは仲がよろしいんですか?」
「いえいえ、全然。雲の上の人って感じです」
「そうなんですか?入社した時、お2人が近くのカフェから出てくるところをお見かけしましたが」

吐きそうになった。
あなたの正しい時間になりたい、と言ったあの日だったからだ。

「柏木さん…あの店にいらしたんですね。副島さんとはあの店で偶然会っただけです。上司とバッティングして気まずかった」
あのカフェは今どきの完全リノベーション物件。3階から上はホテルになっていて、あの日はそのホテルで副島に抱かれたあと、1階でランチをした。
あんなサイアクな場面を見られていたとは。
何が目的だ?
遠回しな脅し?
先ほどまで肉をがっついていた澪緒の食欲が一気に失せる。

なおも柏木は続ける。
「副島部長は社の中で1番仕事を受注する方だと伺いました。自分も、いずれ一緒に仕事をするだろうから仲良くしとけと言われています。どんな方なんですか?」
「副島部長かぁー。ひと言で言うと、社内の人気者ですねぇ。人徳あるし、上からも下からも頼りにされてて。奥さんもめっちゃ綺麗ですよ。ねえ?澁澤さん」
「あっ、ですね。副島さんのSNS見ますか?めっちゃ投稿してますよ」
チャンスとばかりに澪緒はスマホをタップする。

この写真投稿のSNSには、普段なら到底直視することはできない代物が写っている。
奥さんや家族、溢れるほどの幸せで埋め尽くされた写真たち。
それでもアプリのアイコンをタップした。

澁澤澪緒は、副島部長と何一つ関係ない男。
仲良くはないし、慕ってもいない。好きでもない。ましてや不倫なんてもってのほか。
ただノリの良い上司がいてラッキーって思ってる。
そんな、軽い部下に見えるように。

「素敵ですね。自分の質素な生活とは雲泥の差です」
副島の写真を見て柏木が感想をもらした。
「ですよね、俺たちランチ代も節約してるのに」
しっかりしろ、澁澤澪緒。
何もかも明るみに出て破綻したくはないだろう?
澪緒はそう己を鼓舞し、震える親指で画面をスライドし続ける。

「すっご、新車、無事納車、だって。いいなぁ」
「ドイツ車の四駆…ずいぶんいい車だ」
柏木は澪緒にぐっと体を近づけスマホを覗き込む。
「柏木さん車詳しいんですね」
「詳しくはないですが、好きです」
好きです、のところで至近距離で柏木と目が合い澪緒は慌てて顔をそらす。

「こんなこと聞くのもなんですが…副島部長は、相当所得があるんですね。背後に写ってる新築の戸建て、ご自宅ですよね」
「そうそう!柏木さん鋭いですね!それ建築士に依頼して建てたとかいう自慢のご自宅ですよ。副島部長、何年前からか官公庁のコンペのコツ完ッ全に掴んだみたいでそっから落札しまくり給料も爆上がり、合コンも誘われまくり、今ノリノリですよあの人」
喋り好きの西脇が聞かれていないことまで暴露する。
話題が移って脱力した澪緒の背中を柏木の大きな手がゆっくりさすった。
びっくりしたが疲労感で一歩も動けない澪緒はそのまま西脇の話に耳を傾けた。

「へぇ…それは羨ましい。官公庁の事業はそんなに魅力があるんですか?」
「一番の魅力は、取りっぱぐれがないんです」
「取りっぱぐれ?」
「金です、金。官公庁は必ず払ってくれるんですよ。ギャラを。民間企業ってごくたまに踏み倒してきたりするんですよ。もちろんそんなことする会社はほんの一部の例外中の例外中の例外の会社だけですよ?」
「なるほど。副島部長はかなり太い金脈を開拓したということですね。会社にとっては貴重な人材だ」
「そう…ここだけの話ですけどね、そんなんだから今会社が副島一強みたいになってて、誰も文句が言えない感じになってるんですよ。いや、副島部長は何も悪い事してませんよ?でも1人に権力が集中するって良くないじゃないですか。営業の部長もそれすごい懸念してて。だから澁澤さんに期待してる人、実は多いんです」
「俺?」
話の雲行きが怪しくなったところで、突然出てきた自分の名前に澪緒は何事かと驚く。

「澁澤さん才能あって超ーー顔可愛いのにめっちゃ腰低いじゃないですか。それに傾聴スキルも高いからクライアントの指名増えてるんですよね。だから、副島部長と並ぶくらいになって、一強体制を終わらせられたらなーって、ウチの部長は思ってますね」
「ウチの部長、というのは、営業の氷室部長ですか?」
「そうです。俺らのひーくんです」
この場が重い空気にならないように西脇は氷室をあえて、あだ名で呼んだ。小さな笑いが起きる。

「ひーくんの方針なんですね。分かりました。自分も早く仕事を覚えて澁澤さんの力になれるよう頑張ります」
その言葉に嘘偽りはない気がして澪緒はふっと肩の力を抜いた。
「柏木さん落ち着いてますね。失礼だけど、30代かと思いました」
「全然大丈夫です。昔から老けて見られるんですよ。自分、新卒で入った会社で初対面の外注の方から『以前はどこの会社にお勤めだったんですか』って聞かれたことあります」
西脇と澪緒は、遠慮なく爆笑した。


 帰りの満員電車で、柏木は澪緒をドアの隅に立たせ自分はその前に立ち車内の人混みから澪緒を守った。
驚くと共に、自分の性的指向と不倫の罪のせいで疑心暗鬼になりすぎている自分を恥じた。
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