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雨の向こう側へ ④
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《Shou side》
5日後の木曜日__。
『渡辺くんっ。』
『あ…お疲れ。』
『そっちも定時で上がれたんだね。』
『うん、久しぶりにね。』
会社の外に出て階段を2段降りたところで、背後から同期の佐々木に声を掛けられた。
違う部署でお互いに残業ばかりしているせいで、たまに食堂で会うくらいだから、帰りに顔を合わせるのは少し新鮮な気がする。
女性だけど女性らしくない、と言っては失礼なのかもしれないけど、いつもパンツスタイルのスーツを着こなしていて、短めの髪も似合っていて。
しかも、語り口がさっぱりしているから、僕の中では【会社内でいちばん話しやすい人】に認定している。
いつもひとりに慣れている道を、誰かと歩幅を合わせて歩くこと自体、僕には苦痛に思うことだけど、佐々木にだけは何故か抵抗感がないのが不思議だ。
『そうだっ。
渡辺くん、スーツのクリーニングってどうしてる?』
『え、クリーニング屋に出してるけど。』
『どこっ?』
『あー、駅の近く。』
『わっ、そこ教えてー!
さっきさー、パンツにコーヒー零しちゃったんだよー。
ほら、シミになっちゃった。』
そう言って、腕に引っ掛けていたスーツのパンツを信号待ちで大胆に広げて見せた。
見た瞬間、佐々木が今履いている物への疑問が浮かび見下ろすと、あまりにラフな黒のジャージパンツが目に飛び込み、不覚にも吹き出してしまった。
『あ、笑ったな、こら。』
『ごめん。
今の今まで気づかなかったから。』
『でも、やった!
渡辺くんが笑った顔、見れた。』
『……。』
『まぁそういうことだから、そのお店、教えてくれる?』
『いいよ、帰り道にあるから。』
『助かったー!』
確かに、1日の中でも笑うことなんてほとんど無いんだから、職場の人間に笑顔を見せること自体、余計にレアなんだろうとは思う。
ジャージパンツに白いブラウス姿で陽気に歩く、一見可笑しな女性を連れている僕は、行き交う人達の目にどんな風に映っているのか。
恥ずかしいとか呆れるとか以上に滑稽で、緩んでしまう口元に気をつけながら、例のクリーニング屋を目指した。
─────
《Yuuri side》
平日の17:00を過ぎると、店の前の道を歩く人の数が段々と増えてくる。
5月半ばともなると、だいぶ陽が延びて西日が強くなり、南向きの店舗のドアを出ると、右からスポットライトのような光が照りつけ、思わず目を細めてしまう。
『ありがとうございましたっ。
お気をつけて。』
『はーい、また来まーす。
ほら、コタくんもバイバイして?』
『ばいばぁぁい、ゆーり♪』
『あはは、またね、コタくん。』
常連の若いお母さんと息子くんの後ろ姿を見送り、店内に戻って一息つくために、いつものカウンター内の椅子に腰掛ける。
母親が愛用していたロッキングチェア風のこじんまりとした椅子だけど、座ると毎回深い息が自然と漏れて安らぐ。
昼飯を食べてからずっと立ちっぱなしだったから、腰に少々違和感を感じるなぁ。
結局、先週の金曜日にジムに行ってから一度も行けていない現状を考えると、通うことを習慣づけるには相当の気合いと根性が必要で。
『んー今夜は遅番だし…明日は絶対行く!』
声に出して自分に約束した俺は、脇のミニテーブルに置いてある雑誌を何の気なしに手に取った。
仁が店頭に出る時、いつも読んでいる週刊誌だ。
おこぼれをもらうようにたまに読ませてもらっているけど、最近は俺の目を引くような話題が無くて、週刊誌の記者の仕事も大変そうだとぼんやりと思ったり。
今日もパラパラと小気味よく捲っていくと、ふと見覚えのある人物の顔写真で指が止まった。
『あれ?
これ、浅倉維月だよな。』
元カノが好きで、俺と同い年だとかなんとか言って騒いでいた記憶があるけど。
と、軽く回想しつつ、太く歪な文字で書かれた見出しを読んでみる。
【浅倉維月 新恋人は『ゲイ』だった!】
【本人に直撃! 『いつか公表するつもりでした』】
『え…えっ?…えーーーーーーっ!?』
誰も居ないことをいいことに、カウンター内でひとり立ち上がり、思いきり叫んでしまった。
手遅れだけど口を塞ぎ、作業場に居る仁とバイトくんにはバレていないことを耳で確認し、ひとまずは安堵。
驚きすぎて乱れた呼吸を深呼吸で整え、改めて白黒写真の浅倉維月に向き合ってみる。
『ゲイって、つまり、男だけど男が好きってことだよな…。
うわぁぁ…マジか、結構好きだったんだよなぁ、この人の演技。』
再び大きくなりそうな独り言を、両手で強く抑え込んで座り、今まで観てきた浅倉維月のドラマを急ピッチで脳内再生させてみた。
背が高くて所謂塩顔で、声も低くてとにかく女性に大人気で。
鍛え上げられた肉体美がドラマで披露されて、あちこちで話題になっていたのが記憶に新しい。
そんな今をときめく人気俳優がゲイってなると、人気のバロメーターも急速に下がっていくのかな。
いや、でも待てよ?
今、俺、【好きだった】って言ったよな?
ゲイだったと知ったからって【嫌い】になるのか?
いや、別にその人のプライベートなんて関係なくね?
仕事が俳優なだけで、俺達と同じ人間なんだし。
演技が上手くて、観ている人に感動を与えてくれる存在なら、ゲイだろうと何だろうと素直に尊敬するべきだよな。
自分の中に無意識の偏見があったことに気づき、これからも今までと変わらず、浅倉維月という人の活躍を見守ろうと小さな決意をした時だった。
『こんにちはー。』
ショートカットの女性と、線の細い男性が店内に入ってきて、慌てて雑誌を置いて立ち上がり、初見のお客様にしっかりと頭を下げた。
『いらっしゃいませっ。』
『ぇ…。』
『こんにち…あ…あれっ?』
その男性が俺を見て眉を上げたと同じくらいに、俺も気がついて目を見開いた。
あの時はスポーツウェアだったけど、目の前にいるスーツ姿の男性は間違いなくあの時の人だ。
『渡辺さん、ですよね?』
『はい…え、なんで雨宮さんがここに?』
『あ、えっと、ここ、俺の店なんです。』
『そ…そうなんですかっ。』
『いや、びっくりっすね。あっ!!』
『え??』
『美人さんだっ!!』
『??』
やってしまった。
思ったことをそのまま言ってしまうこの口を、今すぐ縫い付けて閉じてしまいたいけど、それじゃぁ仕事にならないのであって。
でも、仁が話していた【美人】な男性のお客様が渡辺さんのことだとすぐに合致したくらい、ちゃんと正面から見る彼は、ネットで検索した男性達のように綺麗で納得してしまう。
『あのぉ、お知り合いですか?』
『あー、すみませんっ。
ちょっとプライベートでお会いしたことがありまして。』
『そうだったんですね。
え、渡辺くんはここに何度か通ってるわけではなかったんだ?』
『まだ1回お願いしただけなんだけど、完璧に仕上げてくれたから通うつもりで。
でも、この前は別の方が…。』
『えっと、アイツはここを一緒に切り盛りしてる親友でして。』
『なるほど…ほんと、びっくりですね。
たまたま会社の最寄り駅で、ここが通勤途中にあって伺ったので…。』
『そうだったんですか。』
『奇跡の再会って感じなのね。
てゆか【美人】って、私じゃなくて渡辺くんに向けて、でしたよね?』
『あっ!いやっ!そのっ!』
『あははっ!
いいんですよ、だって渡辺くんは会社一の美形社員で有名なんですもん。』
『へぇ…やっぱり。』
『お兄さん、見る目があります!
さすが接客業をされているだけありますね。
なんか面白い展開だなぁ♪
じゃぁ、早速お手を拝借ということで、このパンツをお願いしたいんですけども。』
『はいっ、かしこまりました。』
渡辺さんは、普段から口数は少ないみたいだ。
こちらの女性とは同じ会社みたいだけど、どういう関係なんだろう。
そんなことを脳裏で考えながら、差し出されたパンツのシミを検証していく。
『これは、コーヒーのシミですかね?』
『わっ、凄いっ!大当たりです。
見ただけで解るなんて、流石ですねー。』
『ありがとうございます。
こちらですと、閉店までには仕上がりますけど、受け取りはどうなさいますか?』
『お店は何時から開いてます?』
『普段は9:00からですけど、もし明日の出勤時に受け取りを希望されるようでしたら、合わせますよ。』
『えー、嬉しすぎる!
じゃ、うちは9:00出勤なんで、8:30頃に伺ってもいいですか?』
『はい、大丈夫ですよ。
お名前を伺っても宜しいでしょうか。』
『佐々木です。』
『承知致しました。』
一見すると、真逆なふたりだ。
こんな時、母親はよく花に例えていたっけ。
佐々木さんは間違いなく向日葵で、渡辺さんは紫陽花のイメージ。
暖色と寒色。
晴れと雨。
真逆なモノを持っている者同士の方が惹かれ合うと思っている俺からしたら、ふたりはとてもお似合いだと思う。
伝票を書きながらそんなことを考えていると、ミニテーブルに無造作に置いた雑誌に佐々木さんが気づいた。
『浅倉維月の記事、読んでたんですね。』
『あ、はい。
ちょっとびっくりしましたね。』
『うんうん。
でも、なんか素敵だなって思っちゃいました。』
『俺もです。
めちゃくちゃ人気があるのに、きっぱり認めたってことですもんね。
潔くてかっこいいなって思います。』
『ですよねー!
渡辺くんは知ってた?
浅倉維月がゲイだって公表したこと。』
『え…うん、まぁ、なんとなくは。
芸能人とか、あまり興味なくて…。』
斜め下を向いて、伏し目がちな表情まで絵になるというか。
うん、【儚い】って言葉がしっくりくる。
ジムでエアロバイクを漕ぎながら話した時は、初対面だし横顔だったし、全く気づかなかったけど、会社一の美形社員と言われるのもめちゃくちゃ納得。
それこそ俳優やモデルになれるんじゃないかな。
『こちらが伝票です。
では、明日の朝8:30頃にお待ちしております。』
『はーい、ありがとうございます。』
『あ、渡辺さん!』
『は、はいっ。』
『明日の夜、ジム行きます?
よかったら、待ち合わせませんか?』
『え…。』
『なになにー?
ふたりはジムに通ってるの?』
ポンコツな俺でも、また言ってはいけないことを言ってしまったとすぐに悟った。
このふたりは、そこまで親密な関係ではないんだ。
きっと、ジムに通っていることも知られたくなかったんだと、慌てて謝ろうとした俺を遮るように、渡辺さんの声がピシャリと返ってきた。
『明日は、行きません…。』
『そうですかっ。
いや、俺、あれから全然行けてなくて。
明日こそ行こうと思ってたから、つい。』
『僕もですよ。
残業が多い仕事なんで、なかなか。』
『ですよね。
いつかまた、偶然会えるといいですね。』
『はい…ありがとうございます。』
薄らとした柔らかな微笑みも、彼にとってはかなり頑張っているんだろうと想像してしまう。
元気いっぱいに渡辺さんの肩を叩いた佐々木さんが、俺に手を振り彼をエスコートして店の外へと出ていった。
なんだろう。
まるでフラれたような感覚に陥っている。
元カノにフラれた時とは、明らかに違う。
あぁ、そうか。
俺から誘って断られたからか。
今までの俺は、誰かとデートしたり付き合う時、自分から誘ったことがなかったし、仁を遊びに誘えば必ずOKをもらってきた。
この店を始めようと決めた時だって、仁に声をかけられたからじゃないか。
たまたま誘って断られてガッカリするとか、俺って相当ワガママで身勝手な奴なんだな。
そんな自分の本質を今頃知ってしまった俺は、まるで夢だったかのように誰も居なくなったフロアを、ただただ茫然と眺めることしか出来なかった。
───────
《Shou side》
『あーーもうっ!』
改札を抜けて、帰路の方向が違う佐々木と別れた僕は、先頭車両が停まる位置のホームで、ずっと吐き出したかった叫びを特急が通り過ぎる間に解放した。
一体何だったんだ、あの展開。
どうしてあの店にアイツが居るんだよ。
アイツの最寄り駅と僕が通勤に使う駅が同じだって、初めて会った時に敢えて言わなかったのに。
しかも、佐々木にまでジムのことを知られてしまったじゃないか。
『ほんと、ウザい…。』
まさか、維月の話題まで出るなんて思いもしなかった。
これは神様の悪戯なのか?
だったらそれは、悪戯じゃなく立派ないじめだと訴えてやる。
ふたりして【潔くてかっこいい】とか、解ったようなことを言っていたけど。
あの男は…
あの男は、僕をズタズタに傷つけた張本人なのに…。
髪を掻き上げ、ネクタイを緩め、天を仰ぐ。
こんな時、思いきり雨に当たってズブ濡れになりたくなる。
人影が見えなくなるくらいの激しい雨に打たれては、自分の存在を消してほしくなるんだよ。
そんな希望なんか絶対に叶えないと云わんばかりに、西日が誇らしげに僕を照らし続けた。
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