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雨の向こう側へ ③
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《Syou side》
次の日、土曜日のam9:00ー。
『いらっしゃいませ。
あー、渡辺さん、おはようございます。』
『おはようございます。』
『完璧に仕上げておきましたよ。』
『急がせてしまってすみませんでした。
ありがとうございます。』
職場近くで見つけたこのクリーニング店は、今時珍しく、一軒家の一階が店舗になっていて、木を基調にしたログハウス風の店構え。
駅と職場の道中にある小さな商店街にあって、以前から視界には入っていたけど、木曜日の夜に汚れてしまったこのジャケットを急遽昨日の帰宅時にお願いしていた。
『いい生地を使われてますよね、このジャケット。』
『オーダーメイドで仕立ててもらったんです。』
『そうなんですね。
特殊な薬剤を調合して、生地を傷めないように仕上げておきました。
確認お願いします。』
顎下に軽く髭を蓄えたこの店員は、見たところ30歳前後だろう。
下ろすと肩くらいの長さの髪を束ね、気だるい雰囲気を醸し出してはいるけど、喋り方は丁寧で落ち着く。
赤ワインのシミが目立っていた薄いグレーのジャケットの前身頃を確認すると、見事に跡形もなく消えていて、この人の印象は昨日よりだいぶランクアップしたけど、残念ながら僕のタイプではない。
『すごいですね…綺麗に落ちてる。
ありがとうございます。』
『良かったです。
しかし、オーダーメイドなんて羨ましいなぁ。
まだお若いのに、何かの記念にとか?』
『いや…プレゼントに頂いたというか。』
『ほーぅ、いいですね。』
『これ、着て帰りたいんで、タグを取って貰ってもいいですか?』
『はい。』
若いと言っても、もう26歳だけど。
来月にはひとつ歳を重ねるし、オーダーメイドのジャケットくらい持っていてもおかしくないし。
これ以上、僕のことを詮索してほしくないから、スマホを出して決済のアピールをすると、速やかに反応して手際よく支払いを済ませた後、緑色のプラスチックのカードを出してきた。
『これ、うちのポイントカードなんです。
ポイントのランク毎に割引特典があったり、誕生月にささやかながらプレゼントもあるんで、良かったら登録しませんか?』
『あ…それは、何をどこまで登録するんでしょう。』
『名前と誕生月、あと連絡が取れる電話番号だけですよ。
匿名でも構いません。
商品のやり取りのデータも、ここにちゃんと残ります。』
『そうですか…。
じゃ、お願いしようかな。』
今後も世話になるかもしれないし、これも付き合いだ。
匿名なら、普段から使い慣れているモノがあるし、携番くらいなら教えてもなんの問題もないからと、差し出された用紙に記入していく。
"ユウリ"
"09092…"
『【ユウリ】?』
『え、何か?』
『あ、いや、自分の友人の名前が【ユウリ】なもんで。』
『そうなんですか…珍しい名前ですね。』
『ですよね。
もちろん匿名ですよね?』
『そうですよ。
好きな漫画のキャラクターからもらいました。』
『なるほど。』
その人、どんな字を書くんだろう。
聞いてみたい気持ちも過ぎったけど、そこまでこの人と関わりたいとは思わない。
でも、人と被らないだろうと選んだ名前の人間が、こんな身近に居るなんて奇跡に近い。
『ありがとうございました。
また何かありましたら、お立ち寄りください。』
『はい、また来ます。』
木製の洒落たドアを押して外へ出て閉まる瞬間、店内からさっきの店員とは違う声が漏れ聞こえてきた。
『じーん、おはよー。』
もうひとりの店員だろうか。
あの店員は【じん】っていうのか。
振り返ってもドアは無情に閉まり、店内を覗けるような窓も無いから確認できなかった。
クリーニング屋って、なんとなく女性の店員のイメージだったけど、この店は男性率が高そうで僕にはある意味有難いのかも。
なんだかんだと好都合なこの店には【○】を与えておくか。
自分にとって都合がいいか否かでしか生きられなくなった僕から、【○】を貰える確率なんて低いんだから、逆に感謝して欲しいくらいだ。
なんてことを思いながら、左手にぶら下がっているジャケットの買い主に会うために、向かうべき目的地をホテルへと切り替えた。
──────────
《Yuuri side》
『じーん、おはよー。』
『おぅ、おはよ。
遅番なんだしゆっくり寝てろっつったのに、早くね?』
『んー、美人なお客様が気になっちゃってさ。
身支度も整えちゃいました。』
『え。今帰りましたけども。』
『うっそ!マジかっ!えーーーーっ!』
ほんと、俺ってマヌケ。
結局、いつもの早番の時間に目が覚めて、そこからスマホで【美人な男】を検索してはその美しさに度肝を抜かれ、こんな人達が現実世界に居るのかと確認したくなってしまったという。
作業場から店のカウンターに繋がるスライドドアを開けたまま固まる俺に、ニヤリと笑った仁が手招きしてくる。
『んじゃさ、ひとつ教えてやるよ。』
『なになに?』
『その美人さん、カードを登録してくださったんだけどさ。
なんと匿名で【ユウリ】。』
『えっ?なんでっ?俺っ?』
『いや、これは奇跡だろ。
もし今度来てくれる時は、お前が接客しないとな。
んでもって、【運命の出会い】だ。』
『いやいやいやいや、流石に男に【運命の出会い】は感じないわ。』
『なんで。
俺達だってある意味【運命の出会い】だろが。』
『あ、そっか。
恋愛に限った話じゃないか。』
『そゆこと。
まぁ、今の時代、同性に堕ちることも無くはないがな。
それくらい、美人ではある。』
仁の言っていることがよく解ってないけど、ますます会いたくなったのは確かだ。
匿名で【ユウリ】。
何処から取ったんだろ。
幾つくらいで、仕事は何をしていて、趣味はなんだろ。
軽く妄想癖のある俺の脳内が、身勝手にその美人な男性像を作り上げていく途中で、両手を腰にあてた仁が深いため息をついた。
『俺、早番終わったら若菜んち行ってくるわ。』
『あ、うん、解った。
泊まり?』
『うん、たぶん。』
『たぶん?』
『んー。
なんか話があるんだと。
万が一、喧嘩になったら帰ってくるかも。』
『なんだよ、それ。
喧嘩になったとしても、一緒に居るのがパートナーの務めだろ?』
『まぁな。』
仁と若菜ちゃんは、付き合って2年が過ぎた。
つまり、俺が元カノと付き合った年数とほぼ同じだ。
若菜ちゃんと元カノは職場の幼稚園の同僚で、仁の友達に誘われた合コンで知り合い、2組のカップルが成立したという経緯がある。
俺と元カノが別れた理由は、俺が結婚に前向きじゃなかったことがいちばんで、当然その理由を知っている仁は、俺に気を遣っているようで。
若菜ちゃんも結婚願望が強いことは俺も知っているし、仁も子供好きだから、そろそろかなと話していたのに、俺が元カノと別れる少し前からは、そんな話をしてこなくなっていた。
立ち話もなんだから、カウンター内の椅子に各々になんとなく腰掛け、いい機会だから話を続けてみる。
『仁。』
『ん?』
『もし若菜ちゃんが結婚したいって言うなら、俺になんか遠慮しないで、ちゃんと答えてあげるんだぞ?』
『いや、別に遠慮なんかしてねーけどさ。』
『俺は俺の人生を生きてるし、お前はお前の人生を生きなくちゃ。
結婚してこの家を出て、家庭を築いたとしても、親友であり同僚であることには変わりないんだしさ。』
『ん、解ってる。』
『俺、意外とひとりで何でも出来るんだぞ?』
『どうだかねぇ。
男ひとりじゃ、実は女より弱い生き物だったりするんだぜ?』
『それでも、何とかなるんだよ。』
俺の中に何故、結婚願望が無いのか。
自分でもよく解ってないけど、たぶん親の影響なんだろうってことにしておいて、自分を納得させている。
父親は呑んだくれで、まともに仕事をしている姿を見たことがなかったし、その分母親がこの店を切り盛りして生計を立てていた。
父親が脳幹出血で急死した時は、安堵しすぎて勝手に涙が溢れ出したあの感覚は忘れられない。
葬式中に人目をはばからずに泣く高一の俺を見て、【父親を亡くして可哀想に】ともらい泣きする人達に、心の片隅で申し訳ないと思いながらも、母親がアイツから解放されたことに嬉し泣きし続けた。
『悠里?』
『あ…ごめん、ぼーっとしてた。』
『なんか俺ら、身内みたいな会話してるよな。』
『ぷっ…確かに。
俺が親で仁が息子、みたいな?』
『ヤダなー、親が天然とか。』
『呑んだくれよりは全然マシだろ。』
『そりゃそーだ。
つーか、お前は11:00からなんだから、もう少しゆっくりしてろよ。』
『いや、もうここで寛ぐわ。
今日のバイトくん、10:00からだよな?』
『そ。
じゃ、俺は作業場に行くとするか。』
『よろしくー。』
"Patan_"
父親が亡くなって4年後に、唾液腺に悪性の腫瘍が見つかった母親は、1ヶ月店を休んで手術を受けた。
無事に手術は成功して退院したけど、それから2日後の真夜中、俺が寝入っている間に家を抜け出し、彼女は自分の意思で亡くなったことを早朝に知ることとなった。
残されていたメモ書きに、父親が恋しいようなことが書かれていて、感情が魂みたいに抜けていくほど呆気にとられたっけ。
あんなにクズな男だったのに、一度そんな奴に依存してしまったら、周りに何と言われようと抜け出せないもんなんだなと思い知った。
【人を愛するって、どういうことなんだろう。】
32歳になる前に元カノに聞いてしまった時、返ってきた言葉が全てだと思っている。
【2年も付き合って未だに解らないなら、もう二度と恋人を作る資格なんてないよ。】
元カノが、俺に依存していなくて心から良かったと思った瞬間だった。
だからもう、俺は独りで構わない。
誰かを傷つけるくらいなら、独りで居ることなんて容易いことだから。
『コーヒーでも、飲むか…。』
独り言だって、得意分野だ。
──────────
《Shou side》
『へぇ、綺麗に落ちてるな。』
『うん。
せっかく悟さんが買ってくれたのに、まさかの初日にワインを引っ掛けられるとか。
最悪だったけど、消えてよかったよ。』
『アイツ、ユウリに付き纏ってたヤツだろ?
俺とユウリの関係を知って勝手にキレるとは、まだまだお子ちゃまだな。』
悟さんは、先月ゲイバーで知り合った人。
車業界でエンジニアをしていて、43歳の既婚者だけど、奥さんもレズビアンだという。
つまりは、【子供が欲しい】という奥さんの希望を叶える為に、ゲイとレズビアンの友情婚を選択したらしい。
今どき珍しくはない話だし、お互いに性的志向を理解した上での籍入れで、お子さんに対してはちゃんと親の任務を果たしているようだけど、抑えきれないゲイの本能を満たす為に、僕に声をかけてきた。
僕自身、もう誰も愛さないと決めていたし、性欲だけの関係は都合が良かったから、すんなりと彼を受け入れたけど。
一昨日の夜に悟さんとバーのカウンターで飲んでいた時、一方的に僕に好意を寄せていた男が突然現れて、飲んでいたワインを引っ掛けて去っていった。
『オーナーが、もうアイツは出禁にするそうだ。』
『そりゃそうだよ。』
『ユウリはモテるからな。』
『別に、僕には関係ないよ。』
『お前から恋愛感情を消失させた男は、相当罪なヤツだよな。』
『……。』
今日は休日で、午後から家族サービスが待っているという悟さんは、午前中の2時間だけ僕に充てている。
普通の恋愛なら辛い立場なんだろうけど、僕には好都合でしかない。
決してイケメンでもないし、高身長でもないし、引き締まった体をしている訳でもないけど、特に光る場所が見当たらない所が悟さんのいい所だと思うようにしている。
羽織ってきたジャケットの仕上がりを確認した後、慣れた手つきで脱がせてきた悟さんは、自らもデニムシャツのボタンを外しながらベットに向かっていく。
それを目で追って横たわったのを確認してから、僕もその隣へ自動的に横たわった。
ボタンの外れたシャツの隙間から上半身が見えているけど、40代の階段を横道逸れずに上っているのがよく解る肉付きで、少しは僕を見習えよと言いたい気持ちを、咳払いで逃した。
『ソイツ、俺が知ってる奴なのか?』
『さぁ…どうだろ。』
『少しくらい答えてくれてもいいじゃないか。』
『忘れたんだから、ぶり返してほしくない。』
『傷が残ってるってことは、忘れてないってことだろ。』
『……。』
それくらい、自分がいちばん解っている。
傷が癒えていないから、これ以上傷つきたくないから、感情を失くしていることも解っている。
それを他人から指摘されるのが嫌だから、本当なら恋愛をしない理由も言いたくなかったのに、悟さんに相手をしてもらうには、出会ったあの時に言うしかなかったんだよ。
『悟さんも、知ってる人だよ。』
『へぇ。バーに今も通ってる?』
『いや。』
『今通ってなくて、俺が知ってる奴…。
まぁ、アイツってことはないか。』
『誰?』
『浅倉維月。』
『……。』
『え?マジで?
あんな有名人と付き合ってたのか。』
『遊ばれただけだよ…。』
『なるほどね。』
『もういいでしょ。
早く、しようよ…。』
久しぶりに音にして聞いた名前だった。
それくらい記憶が薄らいでいたのに、やっぱりぶり返したじゃないか。
チクチクと胸が痛み出すと同時に苛立ちが込み上げてきて、悟さんの背中に思い切り爪を立ててやった。
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