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雨の向こう側へ ②
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《Yuuri side》
『ただいまー。
ちょい遅くなった!悪ぃ。』
『おぅ、おかえり。
カレー作っといたから、温めて食えなー。』
『やった!ありがと、仁!
ヤバいくらい汗かいたから、先にシャワーしてくるわ。』
『はいよ。
あ、映画は?どうだった?』
『いや、それがさ、マジ最高っ!
絶対観るべき!
仁が疑ってた主人公がさ、実は…』
『おいっ!言うなよ!』
『あ…失敬っ。』
『ったく、ほんと天然。
ほれ、入ってこーい。』
そう。
仁の言う通り、俺は天然というか、中身が子供のまんまというか。
それが長所だと仁は言ってくれるけど、2年付き合った元カノは、それが短所だと言って2ヶ月前に去って行った。
今日は1日休みをもらって、ずっと気になっていた映画を観た後、人生初のジムに入会して体験してきた。
想像より遙かに気分爽快で、身も心もデトックス出来たと思う。
何故、今まで存在も知らなかった1駅先のジムに通い始めたのか。
それは先日、店の常連客のお客様に言われた言葉が、仕事人間の俺の耳に、緊急事態のサイレンのように響き渡ったことがきっかけだ。
【あら?
悠里くん…少し太ったんじゃないかしら?】
【えっ?そうですかっ?】
【そうよ、間違いないわ。
若いからって油断は禁物よ?
30代になるとね、嘘みたいに代謝が悪くなるんだから。
私なんて還暦超えちゃって…諦めと言うより、もう開き直ってますけどねっ、あははははは!】
うちの店の裏に住む堀越さんが会計を済ませ、店の外に出たのを確認してすぐ、後ろを向いて腹の肉を確認した。
【確かに…こんなに摘めなかったはず。】
別にもう誰に見せるわけでもないし、俺が太ろうが痩せようが世間には関係ないんだけど。
面と向かって【太った】と指摘されると、意外と気にするものですね。
シャワーで汗を流しながら、改めて全身チェックをしてみる。
『んー。』
学生時代に夢中でやっていたバスケのお陰で、未だに筋肉は付いているものの、締まりが無くなっていることは否めない。
これが、先月32歳になった男の運命なのか。
『おーい、悠里。』
『わっ!何っ?』
風呂場のドアのすりガラスの向こうで、ルームシェアしている仁の低い声が俺の名を呼んだ。
『明日少し早く起きて、ご新規さんのジャケット仕上げちゃうからさ。
気にせず寝てろよな。』
『え?ご新規さん?
俺が留守中に来たの?』
『ん、急ぎなんだそーだ。
それがさー、めちゃくちゃ美人でさー。』
『まーたそんなこと言ってるし!
若菜ちゃんにチクるぞ。』
『いやいや、違うって。
男だよ、おーとーこー。』
『………。』
"Gacha!"
『仁!お前!男にまで手ぇ出す気じゃ…』
『流石にねーわ。
つーか俺、生まれてこの方、浮気したことねーし。』
驚いた勢いでドアを開けた俺の裸体を上から下まで瞬時に見ては、呆れ顔で翻り去っていくから、急激に恥ずかしくなるじゃんか。
俺と仁は大学時代の同級生で、卒業して3年後にふたりでクリーニング屋を始めた。
元々は俺の母親の店だったが、俺が大学2年の時に他界してから約5年間、ずっと閉めていた。
亡くなって1年が経った頃、喫茶店に誘ってきた仁から思いもよらない言葉をかけられ、それは今でも鮮明に思い出せる。
【ふたりでクリーニング屋、やらないか?】
【あれからさ、色々調べたんだよね。
どうやって汚れを落とすのか?って。
したらさ、めちゃくちゃ面白れーの。】
【悠里の母ちゃんが『汚れと一緒に心の浄化もしてあげられる仕事』って言ってたって話、俺にも響いちゃったわけ。】
【卒業したら家出るからさ、悠里んちに住み込みで働かせてもらうのもアリだし。
あ、なんなら明日からでもいいし。】
鳩が豆鉄砲を何発も食らったような顔、だったと思う。
衝撃と共に、知らぬ間に蓋をしていた涙腺の栓がすぽんと抜けた音がして、父親が死んだぶりに涙が止まらなくなった。
カウンター席に座っていたこともあって、オーナーの男性がおしぼりを渡してくれて、その温もりがまた沁みたっけ。
仁はクールで、淡々とした語り口なヤツだけど、たまに熱すぎる台詞をシレッと言うから参ってしまう。
つまりは、かけがえのない親友なのである。
それからは、店主となる俺の背中を陰からグイグイと押してくれることで、ここまでなんとか辿どり着いた。
母親が【師匠】と慕っていた、老舗クリーニング店の寛太さんにもサポートしてもらい、知識も基本から新しいモノまで幅広く増えていった。
昔からの常連客である堀越さん始め、母親の腕を信じてくれていた人達も、俺と母親を重ねて喜んで来てくれている。
そんな中でのご新規さんは、恵まれた環境で働く俺達の背筋をピンッと伸ばしてくれる存在で。
『男に【美人】って言葉、使うのか…?』
ふんわりと仕上がったバスタオルを頭から被り、伸びてきたパーマヘアを必要以上にクシャクシャと掻き回しながら、俺もそのお客様に会ってみたいなんて淡い期待を掻き消した。
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