雨の向こう側へ

seiru

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雨の向こう側へ ⑮

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《Shou side》



火曜日の残業終わり__。


ひとりの帰り道は、梅雨の後半戦が始まったかのような、湿度の高い雨模様。

悠里さんに褒められた傘を差して、頭上で奏でられる雨音を聞きながら駅に向かっている。

そして脳内では、悠里さんと語り合った時間をひたすらにリピート再生している。


金曜日の夜に駅まで見送った後、ひとりで歩く道のあの寂しさ。

家に戻り、ふたりで過ごした余韻が残る部屋のあの切なさ。

どれもこれも、悠里さんが僕に教えてくれた感情で、出会わなければきっと知ることはなかった。


僕の過去を全て話すことで、どんなに優しい悠里さんでも距離を取ろうとするだろうと覚悟していたのに。

彼の考えや行動は、やっぱり僕の意に反していた。

僕には全く嫌悪感を見せずに、触れたいとまで言ってくれて。

維月に会いたいと言い出した時は、悠里さんの怒りがにじむ瞳に少しだけ怯えてしまったけど。

そこまでして僕を想ってくれることに、感動したのも本当で。

なのに。

耐えきれないと言って、苦しそうに僕への想いや過去を打ち明けてきた時は、きっと僕だけじゃなく本人も驚いていた。

初めて見る姿と普段からのギャップに、一瞬だけ戸惑ったけど、すぐにその戸惑いを打ち消す願望が込み上げてきた。

この人を救いたい、と。

救われるだけじゃなく、僕にだって救うことが出来る。

そう感じたら、どうしても悠里さんを抱き締めてあげたくなった。

背の高い彼を引き寄せ包み込むと、無意識なのか甘えるように頬を重ねてきて。

触れる頬と耳から、電流みたいな痺れが体を巡り、感じる鼓動と聞こえる吐息に、ずっと浸っていたかった。


恐らく、僕達はお互いのことが【好き】。

だけど、悠里さんに限っては、一時いっときの感情で僕を抱き締めたり僕にキスしたりすることだけは避けてほしかった。

それは、二度と過去を繰り返したくない想いと、ノンケである悠里さんを簡単に僕と同じ世界に連れて行きたくないから。

男である僕を【友達】じゃなく【恋人】として大切に思ってくれるのなら、僕の過去の全てを知った上で、もう一度自分と向き合ってほしかった。

それでも。

【惚れてる】と言われた後の僕は、本当は泣き崩れそうになるのを必死で我慢していたんだけど…。


気づけば、街灯の灯りが映えるくらいに空は暗くなり、悠里さんのお店の看板の光もこちらに届いてきていた。

金曜日までは会わないと決めているから、目の前は通らずに対面といめんを歩き、遠目に眺めるようにしている。

今は仁さんが店頭だろうか。

悠里さんも今頃、僕とのことを考えてくれているのかな。


『ぁ…れ?』


あと少しで目の前を通り過ぎようとした時、お店から女性が出てきた。

佐々木だ。

認識してすぐに駆け足になり、声を張り上げた。


『佐々木っ!』

『えっ、渡辺くんっ!
お疲れ様ー。
今、仁さんにスーツのクリーニングを頼んできたんだ。』

『そっか…あの…あのさっ。』

『うん?』

『ちょっと…お茶しない?』

『お茶…って…っぷっ!』

『えっ?なんで笑うの?』

『だって!お茶って時間じゃないから。』

『ぁ…そ、そっか。』

めしってこーぜ?』

『ははっ、うん。』

『あー、悠里さんに会わなくていいの?』

『い、いいよいいよ。
てゆーか、その話もしたくて…。』

『ほほーっ。解った!
んじゃ、行こっ!』


考える暇も無く、誘っていた。

これは偶然会えたんじゃなく、きっと必然。

彼女も悠里さんや僕と同じく、何かを抱えて内に秘めている。

もしも吐き出せる場所が必要なら、僕がその場所になりたいから。

本当の佐々木で居られるように。



 ______




《Yuuri side》



その日の夜、20:30__。


店を閉めてから、今夜は仁と共にリビングで、晩酌がてらの夕飯だ。

今夜は、仁の得意料理の唐揚げと炒め物がダイニングテーブルに並んでいて。

いつもの席にふたり向かい合って座り、ビールを片手にお疲れの乾杯をする。

仁の唐揚げは、マジで美味うまい。

これも、もう時期食べられなくなるのかと、小さく吐息を漏らしてから口に放り込むと同時に、仁がそっと音を立てて箸を置いた。


『悠里。』

ふぁいはい?』

『あ、ごめん、飲み込んでからでいい。』

『ぃ…いいぉいいよひゃべってしゃべって。』

『そっか…。
俺さ、11月に若菜と結婚式を挙げることになったから。』

『けっ!…ケホッ!ケホッ!』

『あーぁぁ、とりあえずビール飲めっ!』


危ねぇ…。

まさかの結婚式まで話が飛躍していて、驚きすぎた。

ビールが喉を通過して、身体中に浸透すると、今度は喜びが込み上げてきて、右手を差し出し固い握手をする。


『仁っ!おめでとう!
プロポーズ、成功だったんだな!』

『うん、まぁな。』

『あれから全然話してくれなかったから、まさか上手くいかなかったんじゃ?って心配してたんだよ。』

『いやいや。
プロポーズって言っても、サプライズ的な感じにはならなかったからな。
若菜に【結婚したい】って言われて、俺も同意してからのプロポーズだったから。』

『どんなシチュエーションで言ったんだ?』

『それは内緒。』

『えーーー、教えてくれたっていいじゃん、俺達親友だぞ?』

『これは若菜と俺だけの思い出なんだよ。』

『ふーん…まぁ、そりゃそーだよな。』


わざと不貞腐ふてくされる俺を見て笑う仁は、肩を叩いてなだめてきた。

普段からクールな仁が、若菜ちゃんの前でどんな顔でどんな言葉で愛を伝えたのか。

もちろん、本気で知りたいとは思ってはいないけど、興味はあるよな。


『今度、悠里に挨拶したいそうだ。』

『え?若菜ちゃんが?』

『うん。
俺にとって悠里は、家族も同然だろうからってさ。』

『あっは。
なんか改まると照れ臭いなぁ。』

『俺の大事な婚約者の願いを叶えてやってよ。』

『おっ、言ったな?
もちろんだよ、親友の頼みだ。
何処かで美味うまいものでも食いながら会おうか。』

『ん、ありがとう。』








俺の元カノと、今でも職場の同僚として繋がりのある若菜ちゃんだから、きっと俺に気を遣ってきたところもあるはずで。

俺の方こそ、若菜ちゃんに挨拶やお礼を言わなくては。

そして、誰よりも祝福の気持ちを伝えてあげたい。


『それでさ。』

『うん。』

『お前はどうなの?紫陽くんと。』

『えっ?あー…まぁ、それが色々とありまして…。』

『どれ、聞かせてみ。』


俺も今夜、仁に話そうと決めていたから。

金曜日の夜の出来事と、俺なりに整理した想いを、順を追って話していった。


紫陽くんの過去を知って、複雑な気持ちになったことは否定しない。

話を聞いた上で、彼の過去を想像し始めたら止まらなくなるだろうし、そんな紫陽くんを思い浮かべたいとも思わない。

だからと言って、過去を変えられる魔法なんて持ち合わせていないし、変える必要もないと思っていて。

その過去があったから、今の紫陽くんが存在する。

そして、今の紫陽くんと出会った俺は、彼に惹かれていった。

本当の自分で俺と向き合ってくれようとしている紫陽くんを、嫌いになるなんて選択肢があるわけかない。


『改めて言わせてもらうけどな、悠里。』

『ん。』

『紫陽くんは男だ。』

『そうだな。』

『性別とか過去とかにとらわれず、彼自身を好きになって、これからも愛していけるってことだよな?』

『うん。』

『恋人になってからの方が、乗り越えなきゃいけないことが沢山あると思うけど、大丈夫か?』

『大丈夫。』

『その自信の根拠は?』

『ひとりじゃないから。』


即答した俺を見て、珍しく目を丸くした仁は、くすっと笑ってから小刻みに頷いて、ビールを一口飲んだ。


『ん…。
その言葉を聞けて、俺も大丈夫だと確信したよ。』

『え?』

『お前、ひとりで抱え込んで、ひとりで何でも乗り越えようとするだろ?
俺がここから居なくなったら、自分がズタボロになってることにも気づけずにひとりで頑張って、知らぬ間にぶっ倒れるんじゃないかって思ってたから。』

『仁…。』

『紫陽くんがお前の傍に居てくれるなら、俺は心置き無く若菜の元へ行ける。』


ほんと、心配しすぎなんだよな。

でも、お前が居てくれなかったら、ここまで冷静な行動は出来ていなかった。

こうしてすぐにお互いのことを話し合えて、意見を言い合える関係が、俺を支え続けてくれた。

例え離れて暮らすことになっても、この関係はお互いにくたばるまで失いたくない。


『俺も、紫陽くんにプロポーズするかな。』

『その前に告白だろ。』

『あ、そうでした。』

『ははっ。
紫陽くんもさ、ノンケのお前の気持ちを受け入れるには、相当悩むと思うんだよ。
女としか付き合ったことがない男を、男である自分の恋人に…って、責任も感じるだろうしな。』

『うん…。
だから、こうして時間を設けてくれたんだよな。』

『大事にされてるな、お前も。』

『ん…感謝してる。』

『めでたく恋人になったら、ここに一緒に住めば?』

『まだ気が早いって。』

『あー。
告白して断られるかもしれんしな。』

『おーい、やめれ。
でもまぁ…有り得る話だけど。』

『ふふ…。
お前の誠意は、ちゃんと伝わってるよ。
大丈夫。』

『ん…ありがとな。
そろそろ唐揚げ、もう1個食べてもいいっすか?』

『おう、食え食え。』


ん、冷めても美味い。

もしも、ここで紫陽くんと暮らしていけるなら。

いつか仁と若菜ちゃんに、この唐揚げを作りに来てもらえる日が来るといい。

紫陽くんもきっと、この味のとりこになるはず。

そんな想像が先走ってしまうほどに、紫陽くんを求めて止まない。


________



《Shou side》



『渡辺くん、何か話したいことがあるんじゃない?』


訪れたファミレスで注文し終えると、向かいに座る佐々木が前のめりに質問してきた。

果たして、こうしてこの場を設けた判断が、正しいのかどうかは不確かで。

それでも、悠里さんに相談して心に決めていたからと、咳払いをひとついて改まった。


『柳さんの、ことなんだけど…。』

『柳ちゃん?』

『ん…。
ストレートに聞くけど、彼女の噂って聞いたことある?』

『噂…。
それって、男癖が悪いって話かな?』

『え…知ってた。』

『あはっ、渡辺くんが知ってるくらいだもん。
私の耳にだって入るよー。』

『そうだよね…。
それで、実は僕も今年のバレンタインデーにチョコを貰ってさ。』

『そうだったの?』

『うん。
やんわりと断ったはずなんだけど、この前の飲み会でまたアプローチされたというか…。』

『マジかぁ…困った子だねぇ。』

『それと…。』

『うん?』

『悠里さんにも会いに行って、迫られたらしい…。』

『ぇ…。』


顔色が変わった。

柳さんは、佐々木の紹介で悠里さんのお店へ行ったと言っていたらしいけど、そうじゃないんじゃないかと僕は思っていて。

僕が倒れて悠里さんが駆けつけた飲み会で、柳さんは彼に目を付けた。

それで、佐々木に彼が何者なのか聞き出したんじゃないかと目論もくろんでいる。


『そっか…悠里さんに一目惚れでもしたのかもね。』

『佐々木にお店を紹介されて来たって言ってたそうだよ。』

『ほぉ…紹介と言えば紹介なのかなぁ?』


どうやら、目論見もくろみは当たっていたらしい。

でも、論点はそこじゃなくて。

注文したハンバーグセットと和定食が届いたタイミングで、直球で聞いてみた。


『ねぇ…佐々木は柳さんのこと、本気なの?』

『んー。
たぶん、本気じゃないと思う。』

『たぶん?』

『私さ、渡辺くんの目にどんな風に映ってるのか解らないけど、恋愛に対して冷めてるところがあってね。』

『そう、なの…?』

『うん。
私達の世界ってさ、出会える確率もめちゃくちゃ少ないし、出会えたとしても遊びで終わることが多いじゃない?』

『まぁ…ね。』

『私も散々遊んできたし、本当は真面目に恋愛がしたくても、裏切られるとか別れることに怯えちゃって。
だから、柳ちゃんのことも【目の保養】みたいな感じで好きなんだと思う。』


佐々木も、恋愛で傷ついた過去があるんだろう。

そして自分を守るために、恋愛を諦めて感情が動かないようにしているんだろう。

表向きは、明るくて頼り甲斐があって、悩み事なんてなさそうに見えるように、佐々木自身が自分を操っていて。

そうすることで、本当の自分だけじゃなく、周りの人も傷つかないように制御している。


『ごめんね、夢のないことばっか言っちゃって。』

『ううん…気持ち、良く解るから。』

『私のこと、心配してくれたんだよね。
魔性の女である柳ちゃんに、私が本気で惚れちゃってたらどうしようって。』

『うん…。』

『優しいな、渡辺くんは。
ありがとうね。』

『いや…。』

『悠里さんと、何か進展あった?』

『ぇ、あ、うん…。』

『なになに?教えて?』

『実は…【惚れてると思う】って言ってもらったんだけど。』

『えーっ!すごいっ!
あの悠里さんが言うんだもん、本気の本気だよ!』


それから、僕の過去のことや悠里さんと伝え合った想いを聞いてもらった。

合間合間に相槌あいづちを打ちながら、表情をクルクル変えて感情豊かに受け入れてくれる。

佐々木と恋人になる人は、間違いなく幸せになれるのに。

誰か、佐々木を見つけ出してくれないかな。


『渡辺くん、物凄く勇気あるね。
敢えて悠里さんに過去を話さなくても、傍に居られる存在だったのに。』

『いや…それじゃ僕が嫌だったんだよ。』

『ん、解るよ。
過去を隠したまんまじゃ、今の自分も偽ったまんまだって思ったんだよね。』

『うん…。』

『渡辺くんとこうして仲良くなって、レズビアンであることを隠さずに話をするようになってから、私も恋愛に対する考え方が少し変わってきた。』

『そうなの?』

『うん。
傷つくことを恐れてたら、何も変わらないんだよなって。
視野も狭くなるし、出会える人とも出会えなくなるよね。』


僕は、佐々木と悠里さんから気付かされて。

佐々木は、僕と悠里さんから気付かされているってことか。

この相乗効果って、悠里さんが存在しなかったら成り立たない。

やっぱり、彼は光のような存在。

暗闇に居た僕と佐々木に、降り注いだ光。


『佐々木が佐々木で居れば、絶対幸せになれるよ。』

『渡辺くん…。』

『僕は佐々木に憧れてるし、佐々木のお陰で自分を誤魔化さずに、隠さずに居ようって思えたんだよ。
だから…今度は僕が佐々木の背中を押したい。』

『……。』

『僕も悠里さんも、佐々木と同じだから。
経験してきたことは違っても、負ってきた傷や痛みや悲しみはとても似てる。
だから…。』

『うん…。』

『だから…みんなで幸せになろ?』

『ふ…ふふ…っ。』

『な、なにっ?』

『可愛いなぁと思ってさっ。』

『か…可愛いって…。
これでも真面目に言ってるんだよ。』

『うん、伝わったよ。
幸せになろう、3人とも!』

『うん。』

『だから。
悠里さんに渡辺くんの想いを思いっきり伝えてきてよねっ。』

『ん…解った。』

『万が一!
悠里さんが【気が変わった】とか【つき合えない】とか言い出したら、ソッコー私を呼びなさいっ。
ボッコボコにしてやるからっ。』

『えっ…怖っ。』

『『あははっ!』』







『それくらい、渡辺くんの幸せは私の幸せも同然なの。』

『ありがとう…。』

『うん。
いい笑顔してる、渡辺くん。』


自分のセクシャルの違いに気づいてから、ずっとずっと密かに夢見ていた世界へ続く道に、優しい光が差し込んでいる。

佐々木との関係性も夢のひとつだったけど、現実となって僕の日常に馴染んでくれた。


僕に笑顔をもたらしてくれている優しい光の主の元へ、今すぐにでも飛んでいきたい。

そして僕も、貴方の光になりたい。



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