死が二人を分かたない世界

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魔界編:第4章 与太話

追憶

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「これから暫くは毎日来れる時に鍛錬に来てください」
「ま、毎日~っ!?」
 綺麗に整えていたはずの髪型が、ぐっちゃぐちゃになるくらいしごかれた聖華は、カズヤさんのその言葉に素っ頓狂な声を上げた。

「伊澄さんは置いてきても良いですし、連れてきても構いませんから」
「俺は子供か!」
 あの後聖華と一緒に僕も少し指導してもらって、事務所に戻ってきて今は解散の流れだ。管理課の僕達は自分たちの仕事もしなければいけないから、あまり維持部隊事務所に長居は出来ない。

「真里も……来れる時は来て下さいね」
「いいんですか!?」
「真里は筋が良いのでもっと教えたいです、本当に管理課には勿体無い人材ですよ」
 そう言ってもらえるとすごく嬉しい、僕の生前憧れた強い男像に、死んでから目指せるなんて不思議な気分だ。

「真里と離れるのが名残惜しいな」
 ユキが僕を引き寄せて額にキスする……今日は朝方近くまでお互いの体温を感じていて、いつもより長く一緒に居るのに……甘えてくる様なユキが可愛くて、思わず顔が緩んでしまう。
「また後でね」
 僕の髪をいじるユキの手を、ポンポンとなだめる様にして、カズヤさんにお礼をしてから維持部隊の事務所を出た。

「堂々とイチャつきやがって」
 管理課への道すがらチッと、髪を結い直す聖華から舌打ちが聞こえて、今更ながらに我に返って恥ずかしくなった。

 事務所に戻れば伊澄さんの言っていた通り、散乱していたはずのガラスは綺麗に片付けられて、窓は新しいガラスに修繕されていた。
「聖華、組合会にも顔を出しておきたいから、ついて来てくれるか?」
「はぁ!? 少しは大人しくしとけよ!」
「……だから、顔が出せなくなるって話をしに行くんだよ」
 聖華は機嫌が悪く、伊澄さんに喧嘩腰だ。今日は久々に聖華の素の男口調を聞いている気がする、対人戦の訓練なんて男臭い事したせいで、中身が男寄りになってるのかもしれない。

「お前、自分で宣言しといて……」
「うっさい! このどっ……ハゲッ!」
「だからハゲてねぇって」
 喧嘩しながら事務所を出ていく二人を、同僚たちと生温かい目で見送る。あの二人、どう考えても数日前と態度が違う気がする……主に聖華の態度がだけど。

「童貞野郎って言わなかったな」
「ハゲって言ってたけどな」
「ヤッたな」
「間違いねぇ、ヤッたな」

「……ええっ!?」

 聖華の親衛隊の如く取り巻いていた同僚たちが、無の表情でそんな噂話をする。言葉一つでそこまで露見するなんて……二人の事より僕にはそっちの方がよほど驚きだし、恐怖だ。

 僕達が居なかった間も、管理課の業務には特段支障はなかったらしく……みんな打ち込み作業にも慣れて来て、最近は呼ばれることも少なくなって来た。
 僕がこの部署で頼まれたのは、打ち込み作業の指導だから……もちろん実務や書類整理なんかもしているけど、最近ここでの自分の存在意義を感じられない。

 こんな状況なら僕が不在にしていても問題はないだろう、それならカズヤさんに誘われるまま、維持部隊で稽古をつけてもらうのもいいかもしれない。本音を言えば、ユキも居るし……というのは少なからずある、完全に私情だけど。

 他の人と同じように打ち込み作業を進めながら、ぼんやりと自分が維持部隊に入れたらーなんて事を思い描く。ユキは喜ぶかな? 嫌がるかな? 僕が危ない事をするのをユキは嫌がるからな……ユキと一緒に居たいのもあるけど、すぐ側であの背中に追い付きたいという気持ちもある。
 魔王様が僕が維持部隊に入るのを嫌がっているのであれば、そもそも無理な話なんだけど……。

 そんな事を考えていると程なくして、伊澄さんと聖華は無事帰ってきた。道中やはり襲撃にあったらしいのだけど……年齢操作をしていない聖華は長身で存在感があるし、一般悪魔としては魔力量も多いらしく、ひと睨みで相手は退散したらしい。
 意外な事に、聖華は横に居るだけでも護衛役が務まっているみたいだ。

 終業時間になって、みんなが伊澄さんにお大事に~なんて笑いながら帰っていく中、念の為家まで護衛の必要がないか聞いてみた。

「ありがとう、こいつだけでも何とかなりそうだから大丈夫だ」
「そもそもアタシ達、転移陣で家まで飛べるからね」
 伊澄さんと帰ってきてから少し機嫌を持ち直した聖華が、札のようなものをピラピラと振っている。もしかしてあれで転移陣を開いてるんだろうか? 

 二人はそのまま一緒に陣の中に消えて……ふと、みんなが二人の事を噂していたのを思い出した。
 そっか、幼馴染同士で仲直りしたなら良かった……そんな事を思いながら、僕も想い人がまだ帰らない家に帰宅する。

 ユキが帰ってくるまでの間、料理の練習をしようかと思い立つ。温泉街でユキに美味しいものを食べさせたい……そう思って挑戦しようと意気込んだのだけど、ユキの好物を僕は知らない。
 ひとまず自分の好きなものを作ってみようかと、頭に浮かぶのは母さんが作ってくれたハンバーグ、横に添えられたエビフライ、カレーライスも好きだった。思い返して見ると、なかなかのお子様舌だな……なんて一人で笑ってしまう。

 僕が好きな料理は近代のものだから、もしかしたらユキは食べたことがないかもしれない。存在自体は知ってるかな……? そういえば昔、僕たちがまだ小さい頃、ユキにハンバーグの話をした気がする……ような?

 思考を過去に落としていく……何か思い出したい、ユキとの思い出を。きっかけがあれば思い出せるんだ、その時の夢と……近い状況の夢をいくつか。
 まだ僕が母さんに引き取られてすぐの頃、絵本で見たハンバーグが食べたくてお願いしたんだ……はじめて食べたハンバーグがすごく美味しくて、嬉しくて、夢の中でどんなに美味しいかって話を雪景に……雪景? あの時の彼の名前は、"雪景"じゃなかったような……なんだったかな、確か……。

「ただいまー」
「せっきまる……」
「はっ……え!? なんだ急に子供の頃の名前で呼ぶなんて!」
 驚いた顔をしたユキがリビングの扉を開けた瞬間、すごく恥ずかしそうな、むず痒そうな顔をして口元を隠した。

「ご、ごめん! 今日は早かったんだね!」
 思わず口に出してしまった……! そうだ、しっかり思い出した、僕はユキが14歳で元服するまで"せっきまる"って呼んでたんだ! なんで今まで忘れてたんだろう、雪景って呼んでるより長くその名前を呼んでいたのに。

「あ、謝らなくてもいい……が、流石にその名前で呼ばれるのは恥ずかしい」
「そっか、僕には数年前まで君を呼ぶ名前だったから、懐かしいんだけど」
「……真里に呼ばれるのは嫌じゃないが、なんか子供扱いされてるみたいだろ」

 ユキが僕の座るソファに一緒に座る、いつもならこのままどこかしら触れてくるのだけど、今日は恥ずかしそうに僕から目線を逸らしている。
 そんなに子供の頃の名前を呼ばれるのって恥ずかしいんだろうか? 生まれた時から名前が変わらない僕からすると、よくわからない感覚だ。

「そういえば、子供の頃だから気にしてなかったけど、"せっきまる"ってどういう字書くの?」
「あぁ……雪に鬼に丸だよ、それで"雪鬼丸"。父親の幼名も同じだった」
「どおりで、ユキには勇しすぎる字面だと思った」
「……。」
 思ったままの感想を言うと、ユキは急に真面目な顔をして黙ってしまった。

「似合わないか?」
「うん……もっと愛らしくて、綺麗な名前の方が……似合って、る……」
 ユキが僕が話す言葉を聞きながら、次第に泣きそうな顔になって……なんで、そんな顔するんだって、こっちまで胸が苦しくなった。

「そうか……」

 ユキが精一杯作ったような不器用な笑顔に、胸がざわつくような気がした。
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