死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

拒絶反応

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 ユキの動きはすさまじく速かった。

 その手を引いて前を歩いていた筈の僕を、後ろから曲がり角に引っ張り込んで、一瞬で家まで転移した。
 転移した先は家の寝室で、僕が現状確認をする暇もなく、ユキはそのまま浴室へバタバタと駆け込んだ。

 寝室に一人取り残された僕が呆然としていると、かなり強いシャワーの音と共に、おええええっ……と、ユキらしくない嘔吐えずく声が!!

「ちょっ……大丈夫!?」
 靴を履いたままなのも構わず慌てて浴室に入ると、ユキが服のままシャワーに打たれながら吐いている。
 食べ物を食べていないからか、出ているものは黒い魔力の塊だった。粘度のある塊が、ごぽっとユキの口から溢れる……。
 黒い塊に水が当たるとじゅわっと音がして、その塊は水蒸気を上げながら下水へ流れた。

 ただ事じゃない! 寄り添おうとユキの横に座り込むと、シャワーはビックリするほど冷たかった。

「ユキ……!?」
「うっ……」
 顔は真っ青で苦しそうに胸元を押さえている。どうしよう、どうしたら!?
 ユキの体を起こして正面から抱きしめた。後ろから抱きしめるだけじゃ足りないと思った、その体を支えてあげたかった。

「だめだ、汚れる」
「いいよ、ユキの魔力なら」
 抱きしめて背中に腕を回すと、ユキはもう一度黒い塊を吐き出した。
 背中に落ちてきたその塊は火傷しそうなほど熱くて、その魔力濃度がどれだけ濃いものなのか……僕は身をもって体感した。

 熱さで体を強張らせたせいで、ユキが僕を引きはがそうとした。
 絶対に離すまいと腕に力を込めてユキを抱きしめたら、苦しそうに歪んでいた顔が少し和らいだ。

「真里っ……」
「うん、ここにいるよ」
 ユキが僕の背中に腕を回して、強く抱き返してくるのにホッとした。濡れた髪を頬でかき分けるように、首元に顔を埋めてくる。甘えるようなその仕草が愛しい。

「真里の匂いが流れる」
 ユキがスイッチに手を当てて水を止めたかと思うと、深呼吸でもするかのように僕の首元の空気を吸い込んだ。

 匂いに敏感なユキにそこまで全力で嗅がれると……さすがに、ちょっと恥ずかしい。
「そんな匂いじゃなくて、もっと俺の好きな匂いがいい」

 ユキが好きな匂い?
 ユキが好きな……。

「好きだよ、ユキ……大好きだよ」
「ん……」
 ユキの満足げな顔に、正解だったかと安心した。
 ユキの事大好きだって匂いなら、いつだってどんな時だって期待に応えてあげられる。

 落ち着かせるようにユキの背中を撫でていると、僕の背中に回ったユキの手が絶妙な力加減で下へと降りてきて……。
「——っ!」
「真里っ……」
「アッ……」
 ゾワッと背中に走る感覚に、体が震えた。その手は腰から降りてきて、割れ目を濡れた服の上から撫でられて思わず声が出てしまう。

「あぁ、可愛い……抱かれたいって匂いがする」
「は、恥ずかしいから……」
 だいぶ余裕が出てきたみたいだ。ユキの顔色を確認したくて、少し体を離して覗きこんだ。
 真っ青だった血色は少し戻って来ていて、苦しくて涙が滲んだのか目元が少し赤くなっていた。

 さっきユキが僕にしてくれたように、赤くなったその目元を指で拭った。
 それだけじゃ足りなくて、その目元にキスすると、ユキが嬉しそうに笑うのがたまらなくかわいい。

「俺がさっき我慢したのに、真里がやるのか」
「ごめん、我慢できなかった」
 ユキが顔を傾けながら距離が縮まって……目を瞑って受け止めると、唇は酷く冷たかった。
 僕の口内を舐める舌も冷たくて、温めてあげたくてその唇を包むように覆ったり、舐めたりした。

 少しずつ僕の体温と混ざって、ユキが熱を取り戻していくのが嬉しい。

「真里、あったかい……もっと……」
「ん、いいよ……僕も温めてあげたい」
 ユキの首に腕を回して、誘った。

 ユキと触れ合うところ全部が冷たい、触れてくる指先も凍りそうなほどに感じた。それは僕の体がいつもより熱いからなのか、それともユキの体が冷たいからなのか……。

 重たく濡れた服が肌に張り付く、最後まで脱ぐのは億劫すぎた。お互い最低限にはだけさせた衣服の隙間から、繋がった部分で体温を混ぜ合った。

 何度も何度も確かめるように名前を呼ばれて、強く求められているのが嬉しくて……浴室の無機質な床の上も気にならなかった。
 包み込むように抱きしめてきた体は冷たかったけど、中に注がれたユキの魔力は熱を取り戻していた。ユキに分けて少し下がった僕の体温は、内側から燃えるみたいに熱くなった。

 僕の中からユキがいなくなると切なくて、もっと触れていたくて手を伸ばした。
 ユキも同じように思ってくれたのか、僕を膝の上に抱えて抱きしめてくれる。ユキの膝の上が好き……たくさんユキに触れられる。

「すまない、こんな場所で……」
「たいぶ回復したみたいだね、良かった」
 まだ魔力は満タンって程じゃなさそうだけど、ユキの総魔力量からして、今日一日で枯渇するほどではないだろう。吐き気の症状もすっかり落ち着いたみたいだ。

 いつものようにその長い髪に指を差し入れると、濡れて重くなった髪が指に引っかかる。
 これはこれで水も滴るいい男だけど……お互いびちゃびちゃに濡れたままなのは、快適とは言い難い。

 体温と魔力が幾分回復したとはいえ、冷たい水で体が冷えたのも違いなくて、ユキと話したいことはたくさんあるけど……。

「とりあえず、お風呂に浸かって温まらない?」
「最初からそう言わないとこが、真里の可愛いとこだな」
 ——っ! 本当だ……! 最初からそうすれば良かったじゃないか!
 急に恥ずかしくなって両手で顔を覆ったら、ユキは悪戯でもしているような顔でその手を外しに来る。

「俺は真里に温めてもらうのが一番いい、ありがとう」
 少し意地悪な顔から、心底嬉しそうな笑顔を見せられたら……ズルいじゃないかそんな顔、反則だ。

「……どういたしまして」
 そんな顔を見せられたら、嬉しくて胸が熱くなるのは僕の方。
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