死が二人を分かたない世界

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魔界編:第8章 現世へ

創造主たち

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 真っ白な姿で、全てを包み込むように優しく笑ったその人は……正反対に真っ黒な、僕たちの主を優しく抱きしめた。

「会いたかったよ、クロ」

 そう柔らかく紡がれた言葉は、あまりにも耳に心地良くて、緊張なんて飛んでいって、癒されてしまう程だった。

 魔王様はただ、神様に擦り寄るように抱きついたまま、返事をしない。それなのに、神様はそんな魔王様を抱きしめながら、うんうんと優しく頷いていた。

 そんな甘えるような魔王様の姿を目の前にして、この護衛は人を選ぶと……改めて理解した。
 ユキと晃臣さんをうかがえば、穏やかに微笑ましいような表情で二人を見ている。

 二人にとって主の幸せそうな表情は、喜ばしいことなんだな……そう思ったら、思わず僕も自然と表情が緩んだ。
 そんなタイミングでパチッと、神様と目が合って、色素の薄い瞳にドキッとして、思わずたじろいでしまった。

「君が真里くん?」
「は、はいっ!」
 急に声をかけられて、緊張で心臓がバクバクする! 魔王様みたいな威圧感や、恐怖なんかは感じないけれど……相手が特別な人すぎて、どんな顔をしていればいいのかさえ分からない。

 そんな僕の心情を解きほぐすように、至極優しい笑顔で微笑みかけられて。

「よかったね」

 ただ、そう一言だけ。
 その一言だけで、長い間ユキに会いたくて会いたくてたまらなかった気持ちが報われたような、そんな感情に襲われて、視界が揺れた。

 僕の気持ちを全部知っていて、知られていて、それを分かってて言ってくれているんだって……心のずっとずっと奥の方から感情が湧き上がってきた。

 自分でも驚くほど目頭が熱くなって、止めようとしても止まらなくて、どうしていいか分からない……。
 ユキの顔を見れば落ち着く気がして、隣に立つユキを見上げたら、パッと視線を逸らされてしまった。

「ユキくんも泣いてもいいよ?」
「……はぁ、泣きませんよ」

 ユキがぐっと息を詰まらせてから、神様の方に向き直して、困った顔で笑っていた。僕の前ではよく涙を見せるユキは、他の人の前ではそれを見せない。
 僕にだけ弱いところを見せてくれるから、そう思ったらまた胸の奥が熱くなった。

「ウチの子を誑かさないで」
 魔王様が神様の鼻をキュッとつまむ。
 その声は抗議というより、自分を見て欲しいって感情が乗っているみたいだった。
 いつもはあんなに怖いと思ってしまう魔王様が、今日はやけに可愛らしく見える気がして、思わず頬が緩んでしまう。

 目元を拭って手を下ろしたら、ユキがその手のひらに指を這わせて、絡めてきて……。言葉には出さなくても、ユキの気持ちが伝わってくるみたいだ。
 ユキの手を握り返せば、いつもより存在を強く感じる気がして、なおさらユキと一緒に居られる幸せを感じる。

 現世で擬態してる体だからか、こうしていると、まるで同じ時代に生まれて来たかのような気がしてくる。
 ユキも特別な人じゃなくて、特別な力もなくて、ただ平凡に二人で暮らす幻想を、叶いもしない事だと分かっていても、思わずにはいられなかった。

「……なんだか疎外感を感じますね。さて、現代っ子の真里さん、最近の現世の流行りって何ですか?」
「えっ……あっ」
 晃臣さんに声をかけられて、ユキとの世界に浸っていたところを引き戻された。
 恥ずかしい、今どんな顔してたんだろ!

 思ってもなかった質問の答えを考えながら、繋いだ手をどうしようかと迷っていると、ユキが顔色を変えずにギュッと強く握ってきた。
 これは離したくないってこと? 可愛すぎない?

「流行ってるものですか? 流行に疎いので、自信がないですけど……」
「真里さんが知っているものでいいですよ、こちらの主は人間の流行りものが好きなのです」
 ウチの主は、人が困ったり、悩み足掻く姿が好きみたいです……とは、さすがに言えない。

「まだ流行ってるのか分からないですけど……タピオカとか……?」
 さすがに死んでからの現世の流行はわからないし、全然自信がないけど……!
「それって、あれだよね?」
 神様が指を刺した先には、白い移動販売車のようなものがあって……。でもそれは遠すぎて、売っているものの内容なんて、とてもじゃないけど見えない。

「すみません、遠すぎてわからな……ッ!!!?」
 神様の方を見れば、いつの間にか小学生くらいに小さく、可愛らしくなった魔王様が、神様に抱えられていた。
 どこまで甘えん坊になるつもりなんだ! 普段とのギャップに、僕はもう戸惑いを隠すことが出来そうにない。

「だから、魔王様は気にしなくていいって言っただろ」
「……うん」
 本当に僕たちには目もくれず、神様のことしか見えてないんだな……。
 こんなにずっとくっついて居たいほど好きなのに、別々の世界で過ごさなくちゃいけないなんて……なんだか切なくなってきた。

「じゃあこちらは我が主と、私の分をお願いしますね」
 ポンッと晃臣さんがユキの肩を叩いて、ユキが眉間に深くシワを刻んだ。
「俺に買いに行かせるつもりか!?」
「この前の、貴方が使えるように構築するの、大変だったんですよ?」
「――ッ、あぁクソッ!」
「あの、僕が……!」
 こういう時に買い出しに行くのは、一番下っ端の役目では!? 体育会系じゃないから、ちょっと言い出すのが遅くなったけど!

「「真里くん(さん)はここで」」
「……はい」

 神様と晃臣さんから同時に引き止められて、僕が出しゃばるのは不可能になった。

「あ、クロは要らないみたいだよ」
「……分かりました」
 はぁ、とユキが前髪をかきあげながら、僕と繋いだ手を、少し名残惜しそうに離した。

「何かあったら呼べ」
 ユキが繋いでいた手で僕の頭をポンポンとすると、そのままその手で晃臣さんの肩を小突いた。
「……分かってるよな?」
「分かってますよ、だからこうして内緒にしてまで私が来てるじゃないですか」
 僕の頭にしたみたいに、晃臣さんの肩を叩いて、ユキは移動販売のワゴンまで歩きはじめた。

 信じられない……ユキが使いっ走りにされてる!!!

 魔界じゃあり得ない光景だ……!
 ユキに有無言わさず動かす事ができるのは、きっと今ここにいる人達だけだろう。

「あの、魔王様はさっきから喋ってないですけど」
「あぁ……クロと私の間に発音は不要だよ」
 テレパシー!? じゃあ、さっき魔王様が口に出して拗ねて見せたのは、僕たちに聞かせたいって意図があったわけだ。
 なんとなく、魔王様が神様とユキの両方に対して、独占欲を出したんだなっていうのが分かった。

「さて、鬼の居ぬ間に語らいましょうか」
 ずずいと晃臣さんに迫られて、ユキは体よく厄介払いのような扱いを受けていると理解した。
「ユキさん過保護で大変じゃないですか?」
「まぁ、確かに過保護ですけど……」
 僕は僕でユキに激甘だし、お互い様って気はする。

「嫌になったら、いつでもこちらに来ていいですからね」
「ありがとうございます、でも嫌になることはないですよ」
 そもそも、魔界と天界を自由に行き来できるのか? って疑問が一番大きい。けど、それを知ったところで、僕はユキから離れる気はないんだから、無意味な疑問だ。

 魔王様を見れば、抱き抱えられたまま神様の頭に頬を寄せて、口元だけ笑顔を取り繕ったような、いつもの顔を見せた。
 いつもならそんな表情に、いろんなモヤモヤとした感情が沸くのだけど……。今日は見た目も幼い上に、擬態していて強大な魔力を感じないせいか、嫌な感じがすごく薄れている。僕の中の魔王様のイメージが、今日はやけにマイルドだ。

「真里くんはクロが怖い?」
「えっ……と、それは」
 突然頭の中を見透かされたように言われて焦る……いや、実際に見透かされてるのかもしれない。
「君がクロの事を怖いと感じているのなら、それは君の感情がそう思わせてるだけの事だよ」

 僕の感情が……? でも実際に怖い思いをした事もあるし、恐れるなというのは難しい。
「クロは、気に入らない人間を側に置いておくほど、器用じゃないんだ……覚えておいてほしいな」
「……はい」
「こう見えて真里くんのこと、気にかけてるみた……あっ」
「黙って」
 魔王様が神様の鼻をギュッと摘んで、不機嫌そうな顔を浮かべている。
 ずっと魔王様に嫌われているんだと思ってたけど、もしかしてそれは僕の思い込みだったんだろうか……。

「見て、アレ」
 魔王様が神様の腕から降りて、いつもの大人サイズに戻る。横に並ぶ神様と魔王様は、サイズ感までピッタリと一緒に見えた。

「ほら、困ってる」
「本当だ、困ってるね」
 二人で同じ顔をして、クスクスと同じように笑っている。それは楽しくて仕方ないように見えて、人を小馬鹿にしているようにも見える。

 何を楽しんでいるのかと視線の先を確認すれば、移動販売のワゴン車に近付けず、右往左往するユキの姿が見えた。


「女の子の列に並べないんだね」
「売ってるのも女の子だからね」

 あー……なんだ、人の反応を楽しむ様は、創造主の共通点なのか。

「こういう人達なんですよ」
「えぇ、理解しました」
 晃臣さんに背中を押されるように、僕はユキを助けに向かう事にした。
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