死が二人を分かたない世界

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魔界編:第11章

予感と感情

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 例の朝がやってきた、憂鬱な朝だ。
 あの日僕とユキは少し喧嘩になった。

 僕はユキが覇戸部さんの為に動くこともイヤだったし、ましてやそれが二人っきりで出かけるなんて承諾できる筈もなかった。
 だってそれってデートじゃないか! ユキにそのつもりがなくても、向こうはデートのつもりだよね!?
 ユキの承諾してほしいというお願いを食い気味断ることで、僕はあの日意思表示した。

「絶対にイヤだ!!!!!」
「今回の件に応じれば、ハルキは俺たちの条件を呑むらしい……俺は真里との時間が欲しい、夜に触れあうだけじゃ全然足りない」
 少し悲しそうにそう言われれば、僕はユキのお願いを聞いてあげたくなってしまう。

「真里は、俺を独り占めしたくないか?」
「したいに、決まってるよ……!」
 そんな聞き方ってズルい! 僕がユキを三日間も独り占めできるなんて、嬉しくない訳がないんだから。
「なにも考え無しで応じると言ってるわけじゃない」
 ユキが寝ころんでいたベッドから上半身を起こして、ふぅ……とため息をついた。僕も同じようにベッドに座りなおして、思わず真剣にその場で正座した。

「真里も、アイツもお互いに抵抗があって話し合いにならないだろ……一緒に居ると冷静になれないのは明らかだ」
「確かに、そうだけど……」
「これからお互い一緒に行動することも増えるのに、いがみ合っていても良いことは無い筈だ」
 一緒に行動なんてごめんだけど、同じ直血悪魔同士協力し合わなければならないのは確かだ。
 実際覇戸部さんは前回僕を庇ってくれたり、仕事の面ではある程度線引きしていると思う。

「今魔王様の周りにいるのは、数少ない信頼できる者たちだけだ……内輪で禍根を残しておきたくない」
 ユキの言い分はもちろん当然で、僕たちは恋人同士や恋敵という関係性の前に、魔王様の直血の眷属という立場があるんだ。
 子供っぽく、イヤだイヤだと駄々をこねているのは僕だけなのかも。

「だから、アイツの話もちゃんと聞いたうえで、俺にとって真里が大切なんだと伝えようと思っている……もう真里が睨まれることがないよう、不安になることがないようにしたい」
 フッと優しく笑ったユキに頭を撫でられて、これ以上イヤだと言えなくなってしまった。

 ユキに呆れられたくない、聞き訳が悪いと思われたくない。
 こんな時は義両親の顔色を窺っていた、『いい子にしてなきゃ捨てられる』って悪癖が顔を出す。

「わかってる……頭では分かってる……」
 思わず下唇を噛んだ。じわっと目元に熱いものが溜まって、それを引っ込めたくて息を吐いた。息は吸えない、吸ったら声が漏れてしまいそうだった。

 頭では理解しているし、そうすべきだと思ってる。僕の悪癖も警鐘を鳴らしている。それでもイヤだと思う感情は抑えられなかった。
「嫌なことはちゃんと嫌だと言ってくれていいんだ」
 ユキに腰の辺りから抱き寄せられて、その肩に頭を預けた。自分の心の狭さにも、独占欲の強さに呆れてしまう……。

「複雑な感情にさせてしまったな……真里は何も悪くない、俺だって同じ状況なら嫌だって言うからな」
 ヨシヨシと頭を撫でてあやされたら、昂っていた感情が少し落ち着いてきた。

「真里が嫌なら断ろう、他にまた機会はある。俺も複数の問題が一度に解決できるなんて安易に考えて、真里の気持ちを軽く見ていた……すまない」
「ううん、いいよ……断らなくても大丈夫」
 小さな子供みたいにされて、少し恥ずかしい気持ちで腕の中から離れると、ユキは少し驚いた顔をしていた。

「複数の問題って事は、他にもまだあるんだよね? ユキは僕よりずっと周りを見てるのに、僕はユキの事ばっかりだね」
「真里……」
 ユキが僕の気持ちを受け止めてくれた、イヤだって言ったら断ってくれるつもりだった……その気持ちがあるなら十分だ。

「今回ハルキさんの話に乗るのは、覇戸部さんへの報酬なんだよね? 覇戸部さんがそれを要求してきた理由は?」
「あ、あぁ……真里も想定はしているだろうが、アイツの魔力が減ったまま回復の兆候がないらしい……先日の拠点制圧で大幅に魔力を減らした事が問題になっていてな」
 その理由を聞く限り、覇戸部さんからの要求というより、ハルキさんがユキにごり押ししたようにも聞こえる。

「それで、ユキは覇戸部さんの魔力回復の手伝いに駆り出されるわけだね……」
 僕とユキの魔力回復方法が、イチャイチャすることだから……魔力回復の手伝いなんて聞くとやっぱりイヤだなーと思ってしまうんだけど。

「真里が心配するようなことはありえないからな!? 現に五百年あり得なかったことだ」
 そうだ、覇戸部さんは五百年もユキを想い続けているにも関わらず、ただ見ているだけで幸せといわんばかりに満足しているんだ。

 それだけ聞けば、覇戸部さんはただのユキのファンだ……ファンがその恋人に強めにやきもちを妬くなんてことはおかしい行動ではない。

「僕が覇戸部さんに睨まれたり、嫌われているのは別にいいよ……ただ、君に触れられたくないだけ」
「くふっ、何の心配をしているのかと思えば……俺がアイツと手をつないで歩いたりすると思うか?」
 ユキはたまらず吹き出すように笑うけど、そんなこと言うから想像してしまった。

「ユキからしなくたって、向こうはしたがるかもしれないじゃないか!」
「いやーないない、真里はアイツの反応を知らないから……」
「知らないよ! だから心配してるんじゃないか!」
 そうやって旧知の中を見せられると、僕は余計にムキになってしまう。あぁ、また子供っぽいことを言ってしまった……だって、五百年なんて長い時間、僕にはどうやったって覆せないんだから。

「すまない、俺はいつも真里を怒らせるな……そんなつもりないのに……ちゃんと約束を守るよ」
 また抱き寄せられて、背中や頭を撫でられると、やっぱり子ども扱いされている気がする。
「油断……しないでね」
「しない、しない」

 どうにもユキは分かってくれていないような気がするけど、OKをした手前それ以上言うのもしつこい気がして……ユキと仲直りのキスをして、その日の話は終了になった。

 それから数日経った今日まで、なんとなくお互い喧嘩になったりギクシャクするのがイヤで、この日の事に触れないようにする雰囲気があったんだけど……。
 そんな事をしていたら、あっという間に当日になってしまった。

「これならいいか?」
「うーん……ユキは何着ても似合うし、魅力的だから心配だよ」
 今はユキが自分だと周りにバレないようにと変装中だ。
 何せ二人はこの世界で魔王様に次ぐ、ナンバー2と3だから……そんな魔王様を守護する二大巨塔が、二人して魔王様の元を離れている状況は知られたくないらしい。

 ユキはルイさんに選んでもらった服を着ていて、いつもよりダボっとしたズボンにスニーカーをはいて、白のインナーに黄色のラインが入った黒い上着を着ていた。
 誰が見てもユキだと気づいてしまう犬耳は、人間の耳に見えるように見た目を魔力で操作している。
 さらにサングラスまでしてその涼し気な目を隠していて、パッと見ただけで普通の人がユキだと気付くのは難しそうだった。

 特徴的な長い綺麗な黒髪は、ユキの代名詞の一つだけど……この世界には髪の長い男性も普通にゴロゴロいるし、なにより短くしたり、髪色を変えた僕も一緒に過ごしたことがないユキと、覇戸部さんが時間を過ごすのがイヤだった。

「これが終わったら二人でゆっくりしような」
 いつもと違う雰囲気のユキに、チュッとキスされると、なんだか妙にドキドキしてしまう。
「その格好のまま……僕とも過ごしてくれる?」
「いいぞ、真里は本当に可愛いな」
 ユキが僕の頭を撫でて、行ってくるといって直轄領まで転移してしまった……何でもないように、いつものように。

 僕は胸の内がソワソワして、嫌な予感がする気がしたけど……覇戸部さんと二人きりって状況に嫉妬している気持ちなんだと、見て見ぬ振りをしてしまった。
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